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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百六十一話  地球制圧




帝国暦 489年 6月 24日  オーディン 宇宙艦隊司令部  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



目の前のスクリーンにはがっしりとした男の顔が有った。相変わらず渋いな、ワーレン。バツイチで子持ちだけれどモテるだろう。
「状況を教えてください」
『はっ、現在陸戦部隊を上陸させ地球教本部の偵察と進路設定を命令しております。後四、五日で終了するものと思われます』

なるほど、原作ではコンラート・リンザーがやった仕事だ。リンザーにはユリアン、ポプラン達の協力が有ったが今回はそれが無い、偵察隊は多少苦労しているかもしれない。
「その後の予定は?」
『一箇所を除く各所出入り口をミサイル攻撃で塞ぎ、装甲擲弾兵を送り込む事を考えています』

これも原作と同じだ。地下要塞だからな、攻略案はどうしても同じになる。
「これまでに要塞内の人間が逃げた可能性は有りますか?」
ワーレンが初めて困惑を見せた。
『我々が来てからは無いと思います。少なくとも封鎖を突破して逃亡した宇宙船は有りませんしそれを試みた宇宙船も有りません』

地球教を討伐すると決めたのが九日だ。それから二週間以上有った。逃げるには十分な時間が有る。まあ総大主教は残ったかもしれない。ド・ヴィリエは如何かな? 逃げたとすれば逃亡先はフェザーンの筈だ。ルビンスキーが手ぐすね引いて待っているに違いない。どちらが勝つか……、負けるなよルビンスキー。

「ワーレン提督、装甲擲弾兵の装備は何を考えていますか?」
『銃火器、トマホーク、クロスボウ、ナイフです』
まあ標準的な装備だ。
「催涙弾と閃光弾、それと長距離音響装置を用意して頂けませんか」
『それは、可能ですが』
ちょっと意表を突かれたか、ワーレンは戸惑っている。

「地球教は信者にサイオキシン麻薬を与えて洗脳しています。そのため信者は死を怖がりません。命を投げ出して抵抗してくる筈です。装甲擲弾兵も彼らを制圧するのは容易ではないでしょう」
『そうかもしれません』
ワーレンが表情を曇らせた。犠牲が多い事を喜ぶ指揮官はいない。

「ですから催涙弾と閃光弾、長距離音響装置で相手の抵抗力を削ぎ落とせないかと考えたのです。そうなれば制圧もし易いと思うのですよ」
『なるほど』
「ああ、それと防毒マスクも用意した方が良いでしょう。地球教側も似たような手段を講じてくる可能性が有ります」

うん、良い感じだ、ワーレンはウンウンと頷いている。催涙弾は涙、鼻水、くしゃみ。閃光弾は光と音で視覚と聴覚を奪う。長距離音響装置は内耳を攻撃して平衡感覚を奪う。いずれも直接の殺傷能力は無いが戦闘力は確実に削げる。相手の戦闘力を奪ってから制圧すれば装甲擲弾兵にかかる負担も重くはならない筈だ。キチガイの相手は肉体面よりも精神面でスタミナを削られるからな。原作ではかなり酷い状況になっている。

『御教示、有難うございます。早速に準備させましょう、閣下が気遣って下さると分かれば兵達も喜ぶと思います』
「ちょっと思い付いただけです。余り大袈裟にはしないで下さい」
いや本当、あんまり大袈裟にして欲しくない。上手く行くかどうかも分からないんだから。そう思ったがワーレンは首を横に振った。

『閣下が常に我々の事を考えて下さる事は小官が良く分かっています。小官も閣下の御配慮の御蔭で命を失わずに済みました。もし地球教徒に殺されていればこの艦隊はとんでもない混乱に見舞われていたでしょう。犠牲になってしまった護衛の事を思うと胸が痛みますが閣下の御配慮により我々は任務を遂行出来そうです』
「……」

犠牲? どういう事だ? そんな話は聞いていないぞ。いや、まず落ち着け、ワーレンは任務遂行中だ。不安を与えるんじゃない、訊くべき人間は他にもいる。
「ワーレン提督」
『はい』
「地球教は帝国の敵では有りますが同時に人類の敵でもあると私は考えています。必ずその根拠地を叩き潰してください」
『はっ、必ずや御期待に添います』
互いに敬礼をして通信を切った。

ヴァレリーにフェルナーとキスリングを呼ぶようにと頼むと溜まっている決裁の処理、報告書の確認に取り掛かった。最初に読んだのは憲兵隊と兵站統括部監察局からの合同報告書だった。憲兵隊と監察局は汚職に関わった軍人を取り調べているがどうやら殆どが常習犯らしい。貴族達が居なくなる前から罪を犯している。金額が小さかったので目立たなかったのだろう。過去に遡って調べているため取り調べには時間がかかりそうだ。

頭が痛いよ、補給や兵器製造部門は汚職が起き易い。本当なら監察がもっと厳しく取り締まらなければならないんだがどうにも力が弱い。元々嫌われる部署だからな、戦争とは直接関係が無い所為で引け目を感じているのかもしれない。強化した方が良いな、捜査能力が有り金の動きの分かる奴を監察に配備する。監察を強化していると分かるだけで抑止力になると思うんだが……。エーレンベルク、シュタインホフに相談だな。

次に読んだのは辺境開発の報告書だった。金がかかる、計画の見直しが必要だと書いてあった。早い話が開発を止めたい、それが無理ならペースを落とせ、辺境の貴族に任せろって事だな。金がかかる事は分かってるんだよ、馬鹿野郎。だからって止めてどうする、何も変らないじゃないか。

辺境を変えるためには投資しなくちゃならないんだ。北海道を見ろ、明治からずっと投資して開発したからあれだけ発展した。目先の事じゃなく百年先を考えろ! ……意識改革が必要だな、官僚達は辺境をお荷物と思いがちだ。あそこはこれから発展する宝の土地なんだ。そう思わせないと。

リューネブルクからも書類が来ている。装甲敵弾兵による模擬戦闘? 見に来いって? 目的は新たに開発した新型装甲服の機能性の確認? ようするに新旧の装甲服を着させての模擬戦か。俺に効果を確認させて新型装甲服を早期導入させようって事だな。予算獲得が狙いか。新装甲敵弾兵総監としては腕の見せ所というわけだ。本人は地球教討伐に行きたがっていたが部下に任せろと言って却下したからな。総監らしい仕事をし始めたじゃないか、リューネブルク。良いだろう、見に行こうか。出兵も間近に迫っている。新装備の御披露目が次の遠征になるかもしれないな。

三十分程書類を見ているとフェルナーとキスリングが現れた。一緒に待ち合わせて来たらしい。二人を応接室に誘った。飲み物は二人にはコーヒー、俺は冷たい水だ。二人が美味そうにコーヒーを飲んだ。そういえばここのコーヒーはかなりの上物だと言っていたな。

「アントン、地球教についてだが新たに分かった事は?」
俺が問うとフェルナーは軽く息を吐いた。
「残念だが余り良い報せは無い。先ず捕虜にした地球教の信徒達だが社会復帰は無理だ。この先は薬物依存症の治療という名目で檻の中に入れるしかない。檻から出る事は無いだろう、というより外に出すのは危険だ。犯罪を犯しかねない」

今度はキスリングが息を吐いた。やはりそうなるか、昔サイオキシン麻薬の摘発に関わった。その時患者の治療状況も確認した。サイオキシン麻薬治療センター、病院のような名称だが実際には監獄だった。サイオキシン麻薬への依存の酷い患者の殆どは拘束状態にあった。そして地球教の信者は洗脳されるほどに依存は酷い……。

「治療費も馬鹿にならないだろうな」
「ギュンター、俺達はその事で困っているよ」
何だ? 妙な事を言うな、フェルナー。
「治療費を払う人間が居ないんだ。一人暮らしや身寄りの無い人間ばかりを選んでサイオキシン麻薬を投与したからな。治療費は政府持ちという事にならざるを得ない」

溜息が出た。地球教の奴ら本当に碌な事をしない。好き勝手やって尻拭いは帝国にさせるか、あのクズ共。信徒を放り出せば犯罪を犯す、それを防ぐためには監禁するしかない。ルドルフなら全員殺しただろうな、麻薬に溺れる劣悪遺伝子を持っているとか言って。一番シンプルで安上がりで後腐れの無い解決策だ。

だが俺には出来ない、いや今の帝国はそれをすべきではない。劣悪遺伝子排除法とは決別したのだから。治療にかかった費用はいずれ地球教に請求する。連中の活動資金をそのまま治療費にしてやる。ワーレンには金目の物を探させよう。嫌がるかな。

「一般の、サイオキシン麻薬を投与されなかった信徒達だがいずれも地球教の真実を知って離れているよ」
「……地球教関連で初めて聞いた明るい報せだな」
フェルナーが肩を竦めた。いかんな、幾分皮肉が入った。そんなつもりじゃなかったんだが……。
「但し、念のため監視は付けて有る。つまり広域捜査局にとっての負担は減らない」
気が滅入るわ。ウンザリだ。

「地下に潜った信徒は居るのか?」
俺が尋ねるとフェルナーの顔が歪んだ。
「分からない、分からない以上居ると考えて捜索している。広域捜査局が一番心配しているのはその連中がサイオキシン麻薬の禁断症状から暴発するんじゃないかという事だ」
また溜息が出た。そうなれば一般市民に犠牲が出る事になる。

「広域捜査局から地球に潜入した捜査員が二人いたな、どうなった?」
「連絡は無い。それどころじゃない、そんなところだろうな」
フェルナーが面白くなさそうな表情で答えた。つまりその二人は地球教の操り人形になった事が確定したという事だ。地球教を弾圧し始めたが惨憺たる有様だな。到底勝ち戦とは言えない。もっと早く叩き潰すべきだった、地球教の恐ろしさを誰よりも知っていたのに……。連中を一番軽視したのは他でもない、俺か。落ち込むわ……。

「その二人の件、ワーレン提督に報せてくれ。地球教が二人を使って帝国軍を混乱させる可能性が有る」
「分かった、直ぐ報せる」
「他には?」
「今の所、他には無い」
この野郎、未だ隠すか。

「アントン、ワーレン提督が地球教徒に襲われた時に犠牲者が出たと聞いた。本当か?」
顔色が変わったな、フェルナー。キスリングも変わっている。こいつも知っていて隠したか。
「事実なら何故私に報告が無いんだ? アントン、ギュンター」
「……」

二人とも答えない。分かっている、こいつらは俺を気遣ったのだ。報せれば俺が苦しむと思った。そして今黙っているのは俺が気遣われるのを嫌がると分かっているからだ。分かっているならやるなよ。
「二度とするな。私に気遣いは無用だ。良いな」
二人が頷いた。

「済まない、隠すつもりは無かった。ワーレン提督から何らかの成果が上がったのを確認してからと思ったんだ」
フェルナーがしょんぼりしている。こいつには似合わない表情だ、演技だと思おう。そうじゃないとこいつらのやった事を認めてしまいそうだ。

「馬鹿な事を言うな。犠牲に見合う成果が有れば私が納得すると思ったか? 犠牲が出た事実は変わらないんだぞ。アンスバッハ准将にも気遣いは無用だと言ってくれ。今回は不問にするが次にやれば処分をする。早急にあの一件の報告書を出せ」
二人が頷いた。

「ギュンター、フェザーンで動きは?」
「今の所は無い」
「フェザーンから目を離さないでくれ。帝国だけじゃない、同盟でも地球教は排斥されている。彼らが逃げ込む先はフェザーンしかない。フェザーンにはルビンスキーも居るからな」
キスリングが頷いた。ルビンスキーは必ず地球教を使って騒乱を起こす。

連中がフェザーンに集結するまでに後一月から一月半はかかる筈だ。騒乱が起きるまでにさらに一月から一月半か。騒乱が起きるのが大体九月から十月にかけてだな。ガイエスブルク要塞が移動要塞になるのが十月の上旬。出兵の準備と移動要塞の運用試験と最終調整で二カ月。出兵は十二月か年を越してからになるな、スケジュールは問題無い。煮詰まって来たな、そろそろ統帥本部とも調整に入るか……。



帝国暦 489年 7月 1日  オーディン 新無憂宮  バラ園  フリードリヒ四世



薔薇を見ていると“陛下”と背後から声がした。振り返ると国務尚書が片膝を着いている。はて、何時の間に来ていたのか……。立つように言うと国務尚書は一礼してから立ち上がった。
「如何した?」
「軍からの報告がございましたので陛下にお伝えいたしたく……」
「参ったと申すか」
「御意」
国務尚書が頭を下げた。

「地球教の事か?」
「軍が地球を制圧したそうにございます」
「そうか、……信徒共は手強く抵抗したのであろうの」
「詳しくは聞いておりませぬ」
国務尚書は視線を伏せている。言えぬか……、オーディンでも酷い損害が出た。根拠地の地球ならなおさらであろう。

「地球教はもう終わりか? 反乱軍の領内でも弾圧されていると聞くが」
「おそらくはフェザーンに逃げ込むのではないかと」
「そうか、あそこは今反乱軍の支配下にあったの。面倒な事にならねば良いが……」
「それが狙いにございまする」
国務尚書が薄らと笑った。狙いか、つまりフェザーンが混乱する事を望んでいるという事か。

「出兵が有るか?」
「御意。おそらくは今年の暮れ、遅くとも来年早々には大規模な出兵が有るかと」
「ふむ、ヴァレンシュタインがそう申しておるか」
「軍務尚書、統帥本部総長も言を同じくしております」
軍の総意か。宇宙統一、とうとうその日が来るのか……。

「ではこの薔薇を見られるのも残り僅かじゃな」
「……」
「帝都をフェザーンに移すのであろう?」
「恐れ多い事ながらそうなるかと思いまする」
国務尚書がまた頭を下げた。

「良き思案じゃ。予に不満は無い、思うようにするが良い」
「恐れ入りまする。それにしてもこの薔薇園は勿体のうございますな」
国務尚書が薔薇園を見回した。
「気に致すな。薔薇などどこででも育てられる」
元々好きで始めた薔薇の世話では無かった。他にする事が無かっただけの事、未練など無い。目の前で咲き誇る薔薇を見ながら思った、未練など無い……。






 
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