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その魂に祝福を

作者:玄月
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魔石の時代
第三章
  世界が終わるまで、あと――3

 
前書き
葛藤編。あるいはすれ違い編。

更新作業中、操作ミスでしばらくの間公開されていました……。
前書きや後書きのない時点で読まれた方がおられましたら申し訳ありません。
本文の一部が微妙に変更されています(言い回しや改行等を直した程度ですが)。
お騒がせしました。 

 


 欲望とは、いわば贅肉のようなものかも知れない。
 そう言ったのは誰だったか。だが、言い得て妙だと当時の自分は納得した記憶がある。
 当時――つまり、世界の復興が進み、ある程度の規模の集落が生まれ、そこに住んでいれば当面生命の危険だけは考えなくていい……場所によっては、食うに困る事もない。つまり、心に余裕を持つ事ができるようになった頃だったはずだ。
 心に余裕が生まれれば、それまで気にならなかった事が気になるようになる。生きる事に必死だった頃には、決して考えない事を考えるようになる。それ自体は別に悪い事ではない。サンクチュアリの活動がより活発になったのも、彼らに余裕が生まれたからだ。食料の供給もある程度安定したため、農業もより効率的で質のいい物を、と考えられるようになってきた。音楽や演劇、絵画といった文化が再び育まれていくようになったのも、余裕が生まれたからこそである。
 ただし、残念ながら良い事ばかりではない。より多くを求めるという欲望は、『奴ら』が残した瘴気と結びつき、魔物化を誘発した。とはいえ、それ自体は昔から――それこそ旧世界でもよくあった事である。むしろ、聖杯が失われたからか、それとも全体的にはまだ余裕がない人間が多いのか、数はまだ減少したままだと言える。もっとも……そうでなければ、とてもではないが新生サンクチュアリだけでは対処しきれなかっただろう。現時点でも充分に対応しきれているとは言い難い。世界に復興の兆しが見え始めたとはいえ、魔法使いの数……ひいてはサンクチュアリの構成員は決して多くない。その勢力、影響力もまだ限定的なものだ。他の組織は玉石混合で、求心力としてはいささか心もとない。この場合の求心力というのは、魔法使いの統括という意味で、だ。いや――求心力がないというのは正しくない。サンクチュアリが最大勢力だと言う事実は変わらないが、魔法使いによって構成される組織はその数を増やしつつある。ただし、それもまた必ずしも良い意味ばかりではない。
 魔法使いの暴走。一部の魔法使いが徒党を組んで、集落を襲う。あるいは、そのまま暴君として君臨する。そう言った事態が各地で起こっていた。
 だが、残念ながら現在のサンクチュアリにそれら全てを取り締まるだけの力はない。とはいえ、日々届く救済要請を無視する事は、サンクチュアリの信念――ひいては歴代ゴルロイスの理想に傷をつける事になる。さらに言うのであれば、魔法使いの立場を再び悪化させることにもなりかねない。旧世界の知識を多く残している彼らに、『セルト人の悲劇』の再来に対する恐怖がなかったといえば、それは嘘になるだろう。
 理想と現実の違い。そして、静かに差し迫る危険。それらを前にして、サンクチュアリの一部の魔法使いは、とある逸話に解決策を求めた。
 異端の救済者モルドレット。世界の終わりに際して、自らの命を投げ打って二代目ゴルロイスを守り抜いた、語られざる聖人。彼は、あえて破門される事でゴルロイスの理想を汚さぬまま彼女を守り抜いた。……全ての魔物を殺すという形で。
 言うまでも無く『殺し』は、サンクチュアリにとって禁忌だった――が、魔法使いの暴走は日々深刻なものとなっている。彼らの暴走は、ゴルロイスの理想を汚す事でしかない。一部の魔法使い――まだ若い魔法使いを中心とした彼らは、とある組織を復活させる事を選んだ。
 秘密結社アヴァロン。かつて魔法使いをまとめ上げた最大の組織であり――魔物や掟破りに対する『殺し』を公的に認められた機関でもある。もちろん、サンクチュアリにとっては血濡れた抗争を繰り広げた敵対組織だとも言える。そんな組織に彼らが着目した理由。それは、『魔法使いの掟』が、魔法使いの規範となっていたからである。お世辞にも簡単に守れるものではないが――それでも、あえて逆らうものは多くなかった。その理由の一つとして、アヴァロンという組織に対する恐怖がないとは言えまい。掟に反すれば粛清される。そんな恐怖だ。彼らはそれに着目した。
 ゴルロイスの理想を守るため、自らの手を血で汚す。そう進言し――予定通りに破門された彼らは、新生アヴァロンを設立、各地に刺客を放った。
 時に魔物を。時に暴徒化した魔法使いを。アヴァロンの名に恥じず、彼らは徹底して殺して行った。――その果てには、彼らを生贄にし続ける事で魔物化した同胞さえも。それは、まさにアヴァロンの魔法使いの生き様だった。
 それに心を痛めたのは、当時のゴルロイスだった。何故なら、彼らは元々サンクチュアリの同胞であり、手段は異なれど今もその理想のために戦っているのだから。
 だが、表向きだって協力する事は出来ない。それこそ、彼らの犠牲を無駄にする事にしかならないのだから。だから、その代わりに一つの知識を彼らに送った。
 二代目ゴルロイスが世界の終わりの中で研究を開始し、その基礎理論を構築するまでに至った代償に対する鎮静魔法。それはおそらく、いずれ現れる『名もなき人』のために遺されたもの――つまり、永劫回帰に抗う彼女なりの答えだった。そしてその魔法は、後に組織を問わず多くの魔法使いを救う事になる。……もちろん、自分も例外ではない。



 
 随分と懐かしい顔が夢に出た。
 いつもより遥かに早い時間帯に目が覚めたのはそれが理由であり、そのまま道場に足を運ぶ原因でもあった。さらに言えば、久しぶりに剣を振るう――息子や娘たちに教えるためではなく、自らを高めるべく振るう気分にさせるには充分だった。
(相変わらず俺に迷惑な女だよ、お前は……)
 夢に出たのは、恭也の母親――生みの親だった。彼女が自分にとってどんな存在だったかと言えば、おそらくそのひと言が全てを現してくれるだろう。唯一の例外は、自分に恭也を授けてくれた事くらいか。
 面倒事と自らの若気の至りの象徴のようなその女は、恭也を俺に預け――ついでに家から金目の物をすべて持ち去って姿を消してからもかなり長いこと……というより、ようやく忘れた頃になると夢に出てきた。妻――桃子と結ばれてからもだ。全く迷惑な女だった。それでもさすがになのはが生まれる頃にはいい加減夢にもでなくなったが。そんな女が、一〇年ぶりに夢枕に立ったのだ。不吉さを覚えるなと言う方が無理な話だ。
(衰えたな。年は取りたくないものだ)
 現役自体と比べ、明らかに衰えた太刀筋にため息をつく。衰えたのが太刀筋だけでなければいいのだが。いや、
(別に衰えただけじゃないか)
 太刀筋の乱れは身体の衰えばかりが原因ではない。自分自身の心に迷いがあるせいだ。
(今さらなんだがな……)
 今さら自分が迷っても仕方がない事だった。事態はすでに僕の手を離れ、動き始めている。そして、その決断を下したのは僕自身だった。
『本当に止めねえ気か?』
 なのはが時空管理局という魔法使いの組織に協力したいと言い出したのは、今から三日前の事だった。その日の深夜、呆れとも怒りともつかない口調でリブロムに告げられた言葉がそれだった。
『相棒が恐れていたのは正にこの状況だ。それくらいは分かっているだろう?』
 そんな事は分かっていた。この世界に危険物がばら撒かれた時点で――それを追ってユーノがこの『世界』を訪れた時点で、彼が所属する『組織』もまた迫りつつある。その『組織』に僕らが目をつけられるを恐れたからこそ、光は早々にこの家から姿を消したのだ。……それは、あらかじめ決まっていた離別だとも言える。
 もしも俺が姿を消したなら、その時は俺と関わった痕跡を全て消し去ってほしい――光を家族に迎え入れる際に言われた言葉だった。この時点で光が異界の魔法使いの来訪を予見していたかどうかは僕にも分らない。だが、それでも僕は彼の言葉に頷かざるを得なかった。理由は簡単だった。
 御神光は、妹の――御神美沙斗の『息子』であり相棒だ。つまり僕ら不破家、御神家一族の仇である奴らに目をつけられていると言う事だ。下手をすれば桃子達までが犠牲になる。あの子が姿を消すと言うことは、そういった危険が迫りつつあるという合図でもあった。傍にいれば全てから守れる訳ではない。離れたところで動くからこそ守れるものもある。それは分かっていた。だからこそ、約束していた。外から迫る脅威は光が払い、僕はこの家を――家族を守ると。
 なのはを送りだしたこの決断は、彼の願いに――約束に反するものだっただろうか。
「君だってなのはを止めようとはしなかっただろう?」
 その結論を先送りするような気分で、リブロムに告げていた。
『オレが止めて止まるような奴じゃねえしな』
 リブロムの返事は、あっさりとしたものだった。
『だからオレは、ユーノの奴にあのチビを守らせる事を選んだ。ついでに言えば、危険に巻き込まれない程度に……ついでに言えば、誘導されている事に気付かない程度に好きにさせるつもりだった』
 その隙に光がジュエルシードを回収。その後、ユーノを口止めして――必要とあれば口封じをする。それが、桃子になのはを託された時にリブロムが描いていた青絵図らしい。
「見込みが甘かったんじゃないか?」
 もっとも、僕らが早い段階でもう少ししっかりと止めていればここまでの事にはならなかったかもしれないが。
『クソったれ。ンな事は言われなくても分かってんだよ』
 ともあれ、リブロムの思惑以上になのはは深入りした。いや、違うな。光に何か異変が起こっているからという事もあるだろうが――
「業には抗いきれなかったか?」
 本人が言うよりも遥かになのはの成長を楽しみにしていたのだ。僕と同じく。結局のところ僕らはきっと同じ業に囚われている。あるいは光も。
(まぁ、本人は意地でも認めなさそうだが)
 傍にいれば分かるが、光にも見た目相応の――あるいは人間らしい未熟さはある。
『……まぁな。元々未来を求める奴の邪魔をするのはオレの仕事じゃねえんだ』
 未来を求める者。なのはは一体どんな未来を求めているのだろうか。それは分からない。けれど、その未来に光がいないと言う事はあり得ないだろう。僕らよりもなのはの親をしている――なんて、店の常連客にはそんな冗談を言われているくらいだ。……あながち冗談とも言えない所が、我ながら少々情けないが。
「それなら、僕も同じだよ」
 あの子が自分の道を歩み始めたなら、それは止められない。少なくとも、光に帰ってきて欲しいと願っているのはなのはだけではないのだ。
『だからって不死の怪物のために実の娘を危険に曝すか、普通?』
 リブロムの言葉に僕は何と返しただろうか。雑念を振り切れないまま続けていた素振りを止め、ため息をつく。
「……血が繋がっているとかいないとか、そんなことで区別するような半端な気持ちで君達を家族に迎え入れた訳じゃないんだよ」
 光が『帰らない』ではなく『帰れない』と言った事を知った時に、僕が覚えたのは喜びであり安堵だった。……結局のところ、それが答えなのだろう。残念ながら、今一番光を手助けできる力があるのはなのはだ。危険を伴う事は、誰よりもなのは自身が分かっている。だから強制するつもりはないが……あの子が光の後を追いかけたいと言うならそれを止める事はしない。
『だが、あのチビはまだ迷っているぜ?』
 リブロムの声が再び耳の奥に蘇る。それはそうだろう。だが、それは進むべき道を見失っているだけだ。そのせいで辿り着く場所までも見失いつつあるかもしれない。
(迷っているのはなのはだけじゃないな)
 選択と決断。それに対する覚悟。魔法使いには常にそれが要求される。光はそう言っていた。そんな事は誰でも変わらない――初めて聞いた時は思ったが、
(なるほど。確かに重いな)
 戦いに明け暮れる日々の中では常に傍にあったはずの重さだった。それをしばらく忘れていたような気がする。忘れたまま……よりによってまだ幼い末の娘にそれを要求してしまったのではないか。迷いの正体を見極められれば――自ずとその答えも分かる。
「ああ、そうだな。あの子はきっと迷っている」
 送りだす以外にしてやれた事があるのではないか――父親としてそう思う自分。
 己の道を見定めた相手にそれ以外の何をしようと言うのか――剣士としてそう思う自分。おそらくは同じような葛藤を光も抱えている事だろう。あるいは、なのは自身も。
「だけど、道を踏み誤る事はないんじゃないかしら?」 
 気付けば入口に桃子が立っていた。手にタオルを持っているところを見れば、たまたま通りかかった訳ではなさそうだ。やれやれ、本当に集中力が乱れている。こんな姿を恭也達に見られでもしたら師として示しがつかない。
「きっと、リブロム君がちゃんと導いてくれるわよ。何て言ってもあの子は、光の相棒なんだから」
 荒事に慣れている僕より、桃子の方が不安なのではないか。そう思う。実際、その目には不安の影が写り込んでいる。だが、それでも――その言葉にはリブロムへの……そして、息子達への信頼があった。母は強しとは言うが――彼女の姿を見るとつくづくその言葉を痛感する。あるいは、僕等よりも遥かに強いのではないかとすら思う。
 だからという訳でもないだろうが、燻ぶっていた不安は霧散していった。……少なくとも、しばらくの間は。それに、思い出した事もある。
「そうだな」
 偽典リブロム。それは光の相棒であり、その力の全てを記した稀代の魔術書であり――そして、あのお人よしと血肉を……魂すらも分けあった半身であるという。ならば、口では何と言おうともなのはを見捨てる事なんてできる訳もない。そんな事はおそらくリブロム本人こそが一番よく理解している事だろう。




「なぁ、アルフ。管理局ってのは、あの状況で兵力を出し渋るくらい人手不足なのか?」
 傍らに立つ――ここ最近頻繁に料理を手伝わせているアルフに問いかける。執行官というのが具体的にどういった地位なのかは分からないが、使い捨ての歩兵程度ではないはず。それをむざむざと失いかけてなお――いや、それを言えばそもそもそんな地位の人物がいきなり出撃してくるというのも奇妙な話だが。
「どうかな。アタシもそんなに詳しい事は知らないんだけど……でも、フェイトに匹敵する魔導師ってのはそうそういるもんじゃないよ」
 元々センスは悪くなかったのか……それとも身近なところで悪すぎるセンスの持ち主達を知っているせいなのか。ともあれ、彼女に料理を教えるのはそこまで難しくない。食材の鮮度や調味料の度合いを嗅ぎ分けられる鼻の持ち主というのも大きいだろう。
「いくらフェイトが優れていたって、物量で押されればそれまでだろう。最新鋭の戦車一〇台とそのせいで型落ちになった戦車一〇〇台でぶつかったら、最新鋭の方が負けるんじゃないか?」
 時計代わりにつけておいたテレビをちらりと見ながら問いかける。怪獣映画らしき宣伝で、たまたま戦車が映ったのでそう例えたが――実は機械系はあまり詳しくない。案外最新鋭の方が性能にものを言わせてねじ伏せるのかもしれないが。
「そりゃまぁそうかもしれないけど。……何か向こうにも色々事情とかしがらみとかあるみたいでね。魔導師を何人も抱えた部隊ってのはできないらしいんだよ」
 包丁の扱い――というか、その為の力加減はまだ危なっかしいが、それでも姉と比べれば遥かにマシだ。あとは単純に慣れの問題だろう。と、それはさておき。
「ほう」
 それは好都合だった。クロノの腕は決して悪くないが――それでも彼と同格の魔導師数人程度ならやり方次第では出しぬける。仮にも世界を滅ぼす怪物見習いだ。さすがにその程度の自負はある。それに、あの対応から考えられる事があった。
(あの連中が欠員が出る事を望んでいない)
 アルフの話と併せて考えれば、あの女が率いる部隊には――あるいは、管理局全体を通して人員を潤沢に使い捨てるだけの余力がない可能性は充分にあり得る。もっとも、単純に指揮官にその気がないだけかもしれないが。
(やれやれ。前者だとするなら多少は楽ができるかもな)
 いや、後者でも同じか。出し惜しみしている間に各個撃破できればそれでいい。
 しかし、予想通りだとするなら魔法使いらしからぬ組織だ。
 目的を達成するためなら、仲間――同行者どころか自分自身すら代償に捧げられる。魔法使いの組織とはそんなものだ。いや、アヴァロンやサンクチュアリ、グリムといったような大きな括りならともかく、魔物の殺害に赴く魔法使い達の多くは単なる集団であって組織ではない。欠員が出ようが、最後の一人になろうが連中には関係ない。利用価値があれば利用するし、なくなれば生贄にする。そんな関係だ。だからこそ、魔法使いにとって気の置けない仲間や相棒というのは極めて重要な――それこそ、その関係そのものがその後の生き方を左右しかねないほどの存在となる訳だが。
(いや、新世界ならそこまで殺伐とした関係ではなかったか……?)
 声にせず呟いてから首を振った。記憶が侵蝕されている。新世界の事が上手く思い出せない。記憶の代わりに流れ込んでくる、どす黒い衝動を慌てて抑え込んでから呻く。
(実際のところ、どちらが厄介かと言われるとな……)
 なりふり構わず、どんな犠牲も厭わず襲い来る集団と、固い結束で結ばれた組織。どちらがより厄介かと問われれば返事に困るところではある。だが、そのどちらであれ人手不足の組織なら、普段より多少は楽ができるだろう。
「いただきます」
 取りあえず三人で昼食をつつく。色々と問題は山積しているが、この瞬間だけは平和なものである。……これでも、同席している全員が魔法使いなのだが。
「アルフ、お前はもっと野菜を食え。そしてフェイトはちゃんと肉も食べること」
「いいじゃん。アタシ狼だもん」
「えっと、でも……ほら、アルフはお肉好きだし」
 だと言うのに、この訳のわからない平和っぷり。
「そんなところでまでチームワークを発揮しないでいい」
 それぞれ野菜と肉を交換し合う二人に、何度目かのため息をつく。 
 恩師や彼と同じ時代を生きた友人達が聞いたら腰を抜かしかねない状況である。……我が恩師ながら、実に殺伐とした世界を生き抜いてきたらしい。
(向こうはそこまで殺伐としていないようで羨ましい限りだ)
 もっとも、あの女――リンディとやらが割って入ってきた理由が、戦力的な問題からなのか。それとも単純に身内だからなのか。それとも別の何かがあるのかは、今の時点では判断がつかないが。ともあれ、管理局とやらがそこまで殺伐とした関係性で行動しているわけではなさそうだった。
(人手不足で青息吐息になっている組織なら、やりようはいくらでもある。少なくとも、今この世界にいる奴らを戦闘不能に持ち込む事は難しくないはずだ)
 増援がくるまで少なくとも数日以上の余裕はあるだろうし、来たところで向こうの事情が変わらない限りはやる事は変わるまい。専用の大部隊でも組まれれば厄介だが――それを編成するには色々と面倒がありそうだ。となれば、もっと長い時間がかかる。つまり、リンディ率いる部隊を壊滅させられれば当面の脅威は取り除けるという事だ。
(もっとも、戦闘にならずに済ませられれば一番なんだが……)
 それは無理だろう。向こうの価値観で考えれば、違法行為をしているのはこちらだ。事情を説明したとして、どれほど効果があるものか。残念だが、今のところ治安組織を懐柔できるほどの手札はない。今の状況では精々がフェイトの身柄と引き換えになのはの安全を確保できるかどうかか。それでは意味がない。
(まぁ、いいさ)
 連中にとって泣いている子どもを牢獄にぶち込むのが正義だと言うなら、それで構わない。この子たちを犠牲にしなければ世界を救えないと思っているなら、それでもいい。
 生憎と俺も正義の味方を気取るつもりなどない。そして、掟破りは今さらだ。覚悟ならすでに決まっている。
(さて、あの女の首が狙えるか?)
 結局のところ、戦いなんてのはいつの時代も首の取り合いだ。少数精鋭の組織が勝つには大軍を率いる司令官の首を取るしかない。逆に少数精鋭の精鋭達に散々ひっかきまわされたところで、最後まで司令官が健在ならいずれ大軍が数に物を言わせてねじ伏せるはずだ。俺達が勝つには、最低限あの女を始末しなければならない。
(まぁ、やってやれない事はないだろうが……)
  司令官を討った時、一番厄介なのは部下の暴走だ。制御を失い暴走した武装組織ほど厄介なものはない。周囲への被害は甚大なものになるうえ、こちらも殲滅戦しか選択肢がなくなる。そして、そうなったら終わりだ。向こうの戦力にもよるが、戦闘が長期化すればまず間違いなく殺戮衝動が抑えきれなくなる。
(組織が崩壊するか、それとも暴走するか。それを見極めている暇もないしな)
 その見極めは難しい。指揮官が討たれた場合の適切な対応法が周知されているか、それに従うだけの規律が徹底されているかといった組織の仕組みや体質の問題はもちろんとして、実際にその部隊を率いる統率者の人徳や人望、その部隊内における実際の人間関係、士気の程度、蓄積している不満など要因は他にいくつもある。
(……いや、どちらに転んでも厄介な事には変わりないか)
 自分が馬鹿げた想像をしている事に気付き、ため息をつく。どうにも思考が攻撃的だった。あの女を殺して手に入る目先の勝利に一体どんな意味がある?
 暴走しようが崩壊しようが――あるいは新たな指揮官が台頭しようが、俺達にとっての脅威が減る訳ではない。あくまで脅威の性質が変化するだけだ。
 それ以前の問題として今この世界にいる連中など、管理局のごく一部にすぎないのだ。壊滅すれば次の部隊が派遣されるだけの事である。そして、そうなれば今以上に深刻な対立状態に陥るのは避けられない。
(さすがに片手間で済む様な相手じゃあない。しかもあの女どもを皆殺しにできたとして、それで何か問題が解決する訳でもない。むしろ、増えるだけか)
 複数の世界を牛耳る組織に喧嘩を売るなど、ほんの僅かな時間稼ぎのための代償としては重すぎる。自分ひとりならまだしも、今はそうではない。それに残り時間も乏しい以上、現状維持が最も妥当か。
(だが、向こうから仕掛けてくれば応戦するより他にない)
 そうなれば、なし崩しに殺し合いが始まる。殺戮衝動に侵された今の俺では、それは止められない。そして、始まってしまえば全てが終わる。
 状況は予断を許さず、敵は厄介だが、打つ手が乏しい。つまり、窮地に追いやられつつある。それを認めざるを得なかった。
(しかし、最も差し迫った脅威が『身内』だって言うのが皮肉だな)
 目下最大の脅威は言うまでも無く殺戮衝動だった。つまり、文字通り血肉に溶けた――溶けていた存在こそが最大の脅威だという事だ。魔法使いらしいと言えば魔法使いらしい結末かもしれないが。
「あっ!」
 昼食を済ませ皿を洗っていると、隣で手伝ってくれているフェイトの短い悲鳴を上げた。いや、歓声だったのかもしれない。慌ててデバイスを取り出し、彼女はこう言った。
「ジュエルシードの反応があるよ!」
 



 あくまでも自分達にとって、だが。ジュエルシードの反応があった場所まで、大した距離も無かった。むしろ、こんなにも近くにあった事に驚きを覚えたほどだ。まぁ、探し物など大体においてそんなものだろうが。
 とはいえ、見つけた事と回収できた事は別だ。今回のように、敵対者がいる場合はなおさらだった。とはいえ、奴らが出てきたのなら、それはそれで好機だった。一時的なものとはいえ、厄介な足かせを排除できるのだからむしろ望んでさえいた。……のだが。
「どうやら、魔導師ってのは死にたがりが多いらしいな」
 フェイトとアルフと共に物陰に身をひそめ、ジュエルシードが封印される様を見届けながら、呻いた。殺戮衝動とは全く関係ない殺気が身体を突き抜ける。もちろん、この可能性を全く想定していなかったとは言わないが――できる事なら的中して欲しくはなかった。つまり、
(やはりリブロムじゃなのはを止められなかったか……)
 それは予測していた事だ――が、理由は何であれ管理局はなのはを巻き込んだ。これでまた一つ、何としても排除しなければならない理由が出来た訳だが――それと同時、奴らは排除する事が出来ない戦力を得てしまった。
(俺がなのはを相手にしている間に、奴らは悠々と背後を取れるって訳だ)
 アルフの話からすれば、連中の本質は治安維持組織であるらしい。とはいえ、こうして一般人を最前線に放り出してきた以上、その言葉を額面通りに受け取るのは危険だろう。根本的なところで、相手は魔法使いの組織だ。どんな手段を使ってきたところで驚くに値しない。むしろ、これくらい露骨な罠ならまだ可愛い方だ。
(大体、治安維持って名目は決して組織の安全性を証明するものじゃあないからな)
 それに関しては魔法使いの組織であるかどうかなど関係ない。
 かつての自分の永い生涯の中で、治安維持を掲げる集団が繰りなす殺戮劇を何度見てきた事か。うんざりしながら呻く。
 そもそも治安維持というのは、定められた法に反するものを排除する、という意味でもある。向こうの法がどんなものかは知らないが――というか、それも深刻な問題だ。司法が……司法機関が正しく機能するには、何よりの前提としてまずその文明基盤に組み込まれている必要がある。いや、文化の一部と考えていいだろう。結局のところ、文化なり文明なりを共有している場所でしか、その法は法として機能しない。少なくとも、俺やなのはにそれへの従属を要求するのは傲慢というものだろう。
(まぁ、フェイト達を抱えている以上、一概に被害者面もできないのが辛いところだが)
 法の有効範囲というのは、国という括りに限った事ではない。村や集落、家族、友人……人と人が集まり、繋がった特定の集団の中でしか意味をなさない。法というのは、つまりそういうものだ。だから上は法律から始まって下は校則――いや、それこそ特定個人間での暗黙の了解まで多種多様な法が点在する訳だ。もちろん、複数の集団で共有される法――例えば、この世界で言う国際法など――はある……が、この世界の統治者たちと連中に何かしらの繋がりがあるとはとても思えない。
 ちなみに、だが。その法……その文化が有効である範囲を強引に拡大する手段は俗に侵略と呼ばれている。そして、侵略には必ずしも武力を伴うとは限らないし、笑顔ですり寄ってくる侵略者も珍しくはない――と、その辺りを軸にして理論武装しておくべきか。それで連中を追い払えれば安いものだ。しかし、それにしても――
(この様子だと、なのはは俺をおびき出すための餌ってところか)
 ジュエルシードを封印しても、なのは達が移動する気配がない。周囲を見回し、何かを探しているようだった。そして、そのなのは達を管理局の監視機械が見張っている。向こうの思惑はともかく、役割としてはまさしく餌だろう。魅力的な餌だが、だからと言ってのこのこと飛び出すのは馬鹿げていた。殺戮衝動に飲まれそうになりながら呻く。
(この状態じゃあな。下手に関わればなし崩しに殺し合いになりかねない)
 それは避けたいところだ。好き好んであの子の前で殺しはしたくない――が、いい加減そうも言っていられなくなりつつあるのも事実だ。原因が何であれ、管理局の前で正気を保つのは難しい。そして、殺戮衝動を鎮めない限りそれは悪化の一途を辿る。
「さて、どうするか……」
 しばらくの後、なのはとユーノ、そしてリブロムがどこかに収容されるのを見送ってから、思わず声に出して呻いていた。
 なのはがどの程度安全な――あるいは危険な状態にあるかを知るためにも、まずは管理局の内情をもう少し詳しく知りたいところだが、残念な事に探りを入れている暇も当てもない。ついでに言えば、連中と悠長に話しあう事もできない。
(もう一度リブロムと接触できれば情報交換もできるだろうが……)
 今なのはの傍から離す訳にはいかない。分かってはいたが、打てる手は少ない。苛立ちが呼び水となって殺戮衝動が再び疼き始めた。
「光?」
 心配そうにこちらを見てくるフェイトの頭を軽く撫でてやる。その感触に、黒く染まりかけていた意識が少しだけ軽くなったような気がする。いや、苛立ちが多少なりと収まっただけか。
「管理局はこの世界の人間をどう判断すると思う?」
「どうって……どういう意味だい?」
 反応したのはアルフだった。とはいえ、質問が上手く伝わらなかったらしい。肩をすくめてから言いなおす。
「あの連中にとってこの世界の住民は自分達と同じ人間なのか、それとも犬猫同然なのかを聞きたいんだが……」
 自分達と文化、文明を一切合財共有していない――自分達の価値観にない、あるいはそれから外れた存在。そんなものは、いくら姿が似通っていたところで家畜と変わらない。そう考えたとしても別に驚くほどの事ではない。人間とはそういう生き物である――少なくとも、そういう側面を持った生き物である事は、歴史が証明している。
「さすがにそういう扱いはしないはずだよ。魔導師じゃない人間だって管理局で働いてるって聞いた事があるから。……まぁ、事務仕事とかがメインみたいだけど」
 どことなく呆れたようにフェイトが言った。続けて、アルフも頷く。
「もちろん、管理世界内では他にも色々やってるみたいだけど、魔導師……魔法技術が他所の世界に迷惑をかけないようにするってのは大きな役割の一つだからね。基本的にこの世界の住民に危害を加える気はないんじゃないかい?」
 だが、実際問題としてなのはは巻き込まれ、最前線送りにされている訳だが。そして、子どもほど扱いやすい兵士はいない。さらに言えば、
(クロノは何故出てこない?)
 俺達は魔法使いだ。あの程度の傷なら魔法で癒すのは簡単なはず。となると、敢て高みの見物を決め込んでいると考えていい。民間人を――しかも子どもを前線に放り出して高みの見物とはなかなかいいご身分のようだ。まったく、預けておくには不安が尽きない。
(あの時解放するべきじゃ無かったかな……)
 いっそ、フェイトの部屋のどこかに拘束して監禁しておいた方がいくらか気が楽だったかも知れない。
(それとも、デバイスを破壊しておくべきだったか?)
 ユーノが戻って来なかった時点で、デバイスが回収できなかった……つまり、なのはが魔導師になった可能性には気付いていた。あの時点で家に引き返して――いや、せめてクロノと接触した時点で破壊しておくべきだったか。ちらりとそんな考えが浮かんだが……首を振って否定する。そんな事をすれば、なのはの性格からして丸腰のままでも追いかけてくるだろう。それなら身を守る術の一つも持たせておく方がまだ気が楽だ。
(あの時の状況なら、まだ魔法を使わせる方が安全だったはずだが)
 少なくともあの夜の時点でデバイスをそのままにしたのは、精々がお守り程度の意味合いでしかなかった。もちろん、魔導師としての覚醒に繋がりかねない代物を放置するのは本意ではなかったが、何より大切な事はなのはの安全だ。あの子が平穏に生きていける事だった。魔法に関わらせないというのは、あくまで手段に過ぎない。もっとも、
(またロクでもない選択をさせられた事には変わらないか)
 この選択が正しかったのかどうか。それは、今になっても分からない。さすがの士郎達も丸腰なら後を追わせたりはしなかったかもしれない。だが、リブロムやユーノに任せて送りだしていた可能性もある。恭也や美由紀を護衛に付けて、と言う可能性もあった。いずれにせよなのはだけが無事ならいい訳ではない。結局のところ、士郎達が止める以外の可能性を考えれば、やはり丸腰にする訳にはいかなかった。それに、言い訳をさせてもらうなら――、
(まさかこんな短時間であれほど飼い慣らすとは思わなかった)
 あのデバイスが相当に癖の強い代物である事もまた分かっていた。
 そう簡単には使いこなせない――その予想が見当違いだった事も……なのはの才能が俺の予想を遥かに上回っていたのも誤算だった。まだまだ詰めが甘いが、覚醒してからの期間を考えれば異常と言っていい速度で成長している。もしもあの急成長がユーノの指導によるものなら、その才能には素直に称賛するべきだろう。
(やれやれ。子どもの成長ってのは早いものだな)
 もう少しだけ子どもでいて欲しかった――勝手かもしれないが、そう思う。
 ともかく。なのはの才能とそれを開放するデバイス。それに加えてリブロムとユーノがいれば、少なくとも安全を確保するには充分だったはずだが――
(まさか士郎達が本当になのはを止めないとは思わなかった)
 誤算と言えるべき出来事はいくつもあるが、最大の誤算はそれだろう。殺戮衝動が目覚めた事よりも性質が悪い。まったく、これでは自分が何のために家を後にしたか分かったものではない。
(武闘派揃いなのも娘に甘いのも知っていたが、限度があるだろうが)
 リブロムを紹介したのは武闘派ではない桃子のようだが。彼女が止めなかったなら……まぁ、確かに誰にも止められないか。
(それにしても、仮にも司法組織がこうも簡単に一般人を巻き込むとはな)
 それは誤算と言うほどのものではない。なのはの脅威が一つ増えたと判断したからこそ、未だにリブロムもデバイスも回収していないのだ。リブロムはリブロムでなのはを煽っている節があるが……それでも本当に危険が迫れば、あの子を守ってくれる。
(それに、本当に危険なら――)
 まぁ、手がない事はない。リブロムが傍にいてくれる限りは。……もっとも、今の自分ではいくつかの意味で不安が残る方法だが。
 とはいえ、なのはが魔法に目覚め、しかも管理局と接触したという現実がある。それが覆されないのであれば、後に残る選択肢は決して多くない。
(さて、どうしたものか……)
 管理局とプレシア・テスタロッサ。自分達――なのはとフェイトにとってより危険なのはどちらか。これが一番悩ましい。治安維持組織なら無条件に信じられるか? あの女が掲げる正義は彼女達を救えるか?
(無理だろうな)
 結論は何の抵抗もなく胸を通過して行った。向こうに言わせれば俺達は罪人だ。その前提で考えれば、どちらが危険か分かったものではない。あの夜のフェイトの様子から考えてプレシアが安全だとは言えないが、だからと言って管理局を信頼する理由もない。
(さて、どこから手をつけようか)
 まずはやはりなのはについてだろう。不安要素の一つである管理局から引き離しておきたい。そのためには、あの子から戦闘能力を奪うのが現状で最も現実的な方法だろう。どの道、のんびりと説得などしている暇はない。デバイスを破壊した状態で士郎達につき返せばいい加減保護してくれるはずだ。だが、
(それで危険が回避できるかと言われれば何とも心許ないな)
 デバイスを失うという事は身を守る術を失うと言う事だ。もはや当初の――例えその思惑が完全に破綻していたとはいえ――ような念のための保険ではない。文字通りの命綱になっている。破壊しない事で生じる危険と破壊した事で生じる危険。どちらがより危険かは今の状況では判断できない。
 もっと根本的な解決法はないものか。例えば――
(やはり――)
 管理局を皆殺しに――
「それよりも、何だってアンタの妹は管理局にいるんだい?」
 衝動に呑まれる直前、アルフが訊いてきた。その言葉でどうにか踏みとどまる。
(クソッ、出来るものならとっくにやってるさ)
 お世辞にも正気に戻ったとは言い難いが、それでも努めて平静を装い――肩をすくめながら、言いかえす。
「あのな。ずっとお前達といる俺がそれを知っていると思うか?」
 何故なのはが管理局にいるのか。それはまず俺自身が知りたい。状況次第では俺も覚悟を決める必要があるのだから。
「アンタ兄貴なんだろ。予想ぐらいできるんじゃないかい?」
「……まぁ、なのはだけなら騙すのは簡単だ。今の状況なら特にな」
 あの子は人を疑うと言う事を知らない。それはあの子の美点であると同時に、最も危険な弱点でもある。なのはを騙し、利用するなど、腹の中に何を飼っているか分からないような連中にとっては赤子の手を捻るより簡単だろう。ただし、
(リブロムの奴、一体何を考えている?)
 リブロムまで騙せる訳がない。さらに言えば、得体の知れない相手になのはを押し付けたりもしない。……はずだ。そして、リブロム自身があの連中に積極的に協力している様子は見られない。むしろ警戒している。まぁ、それは当然だろう。今となってはリブロムの方が■■■■■■■■■■■に近いのだから。なると――
「まぁ、リブロムじゃあ止められなかったって事かな」
 やはり落ち着く形に落ち着いたということか。……最悪の事態を考え、俺の後継者とするべく止めなかった可能性もありえる……
(いや、それはあり得ないか)
 思いついた可能性を否定する。殺戮衝動は厄介だが、解決方法が分かっている問題でもある。そして、リブロムもまた何が起こっているかは把握している。あの日――管理局が介入してきたあの日に、リブロムと接触しているのだから。つまり、リブロムも管理局の足止めこそが必要だとわかっているはず。それにも関わらず、なのはが管理局に組している理由として考えられるのは、大きく分けて三つだろう。
 一つは身近な誰か――家族なり友人なりが人質に取られているから。それは俺が最も恐れていた事態の一つだ。幸い、現時点ではそれらしい様子は見られない。だが、
 もう一つは、洗脳や暗示の類で操られているから。なのは本人に限った話ではなく、家族や友人がそうなっている可能性も考えられる。その場合、見た目だけで判断するのは危険だ。そればかりは直接接触しなければ判断するのは難しい。
(とはいえ、今さら帰れないからな)
 あの家は見張られているはずだ。のこのこと敷居を跨いだ途端、家ごと吹き飛ばされる危険も――まぁ、考えておいて損はない。何せ一度はそうやって殺された身だ。
(だから、約束しただろうに――)
 ふつふつと怒りが再燃しかかったが――ここで苛立っていても仕方がない。今を乗り気ならなければ文句を言う機会すら巡って来ない。
(そうでないとするなら……)
 最後の一つは、純粋に本人の意思で協力しているという事になるだろうか。
(まぁ、最後の一つ以外だったらリブロムから何かしらの連絡があるはずだろうからな)
 基本的に洗脳や暗示の類はリブロムには通じない。もしもそうなら、必ず何かしらの連絡を寄こすはずだ。それがないという事はつまり――
(なのは本人の意思か)
 それが一番厄介な答えだった。恐れていたと言ってもいい。あの子が退かないというのであれば、自分の手で決着をつけるしかない。
(受け入れてもいいんじゃないか?)
 自分の中で誰かが囁いた気がした。だとすれば、それは俺に恨みを持つ誰かだろう。心当たりが多すぎて絞り込めそうにもないが。
「リブロムって、あの喋る本の事だよね。でも、魔法を使えるみたいなのに……」
 陰鬱なため息をつく直前、フェイトが小首を傾げた。
「そうだが……まず根本的なところで、アイツはなのはが苦手なんだよなぁ」
 それに、偽典リブロムが扱える魔法というのはそれほど強大なものではない。本来は、あくまでも緊急時の自己防衛が目的――つまり、逃げる事を前提としたものなのだから。
 まぁ、その目的から考えれば明らかに過剰な威力を叩き出せるのも事実だが。
「そうなの? 何か意外かも」
「そうだねぇ。逆なら分かりやすいんだけど。あの本、人相悪いし」
「まぁ、色々と事情があってな」
 その事情というのも、実はかなり可愛らしい……いやいや悲惨なものなのだが。
(しかし、まだリブロムと合流する訳にはいかないな)
 なのはの置かれている状況があまりに不鮮明だ。今、相棒を傍から離すのは論外だろう。プレシア・テスタロッサの力量が未知数である以上、彼女と接触するまでには合流しておきたかったのだが。■■■■■■■■■■■ではなくなった影響は、リブロムとの繋がりにも生じている。小競り合い程度なら――いや、戦場がこの『世界』であるならあまり気にならないが……今回はそうとも限らない。それに、
(ここまで力が下がってるとなると、あまり無茶もできない。いや、逆か)
 無茶をするためにも相棒が傍にいて欲しかったのだが。それに、
(あいつと軽口でも叩き合っていないと、どうにも調子が狂うな……)
 殺戮衝動の影響なのか、それとも単純に苛立っているせいなのか。どうにも思考が破壊的だ。管理局の登場により、殺戮衝動の侵蝕が早まったのも錯覚だとは言い難い。これでは連中との駆け引きなどとてもできそうにない。この様では、あの女どもを懐柔するなんて不可能だ。やはり当初の予定通り不穏因子は全て払いのけるべきか。それならそれで悪くは――
(ああクソ、つくづく厄介だな……)
 どす黒い殺意が常に渦巻いている。まるで性質の悪い熱病だ。それに加えて、苛立ちを覚えずにはいられない状況にあるのも事実である。俺もまた感情を持つ生き物である以上、こんな状態でいつでも冷静でいられる訳ではない。だが、それにしても――
(俺は今、自分から衝動に飲まれようとしていないか?)
 奇妙な違和感を覚えていた。まるで管理局を皆殺しにするより他にない――そう自分を説得したがっているような。そんな感覚に囚われた。殺戮衝動はその名の通り殺意を増幅させるが……しかし、単純にそれだけの影響だろうか。
(それ以外何があるって言うんだ?)
 そう言って笑い飛ばしてしまえれば良かったのだが――ふと覚えたその違和感はいつまでも意識に絡みついていた。




「封印完了!」
 三つ目のジュエルシードを無事に封印する。ひとまずの満足感を覚えたが――それも一瞬の事だ。すぐに周囲を見回す。だが、そこに求める相手の姿……つまり、光やフェイトの姿はなかった。
『まぁ、当然だろうな。相棒が奴らの監視に気付かねえ訳がねえ。オマエが奴らの軍門に下った事くらいはすでにお見通しだろ。なら、のこのこと姿を現す訳がねえ』
「…………」
 言いかえそうとして――何を言い返せばいいのか分からなくなった。本当にここにいていいのだろうか。昨日からずっとそればかり考えている。リブロムの言葉を信じるなら、もう時間がないのに。なのに、答えが出ない。
『なのはちゃん、収容するね』
 しばらくして、エイミィから連絡が入る。光達は姿を現さなかったようだ。あるいは、近くにいるのに見つけ出せないのか。
「はい……」
 返事に元気がないのは自分でも分かっていた。選択を迫られているのは理解している。その選択肢も実際は迷うほどには多くない事も――うっすらと感じていた。ただ、まるで無数の選択肢が広がるような……それでいて、何一つ選べるものがないような、そんな不安。それがずっと背中を押す。押されたところで、どこに向かえばいいのかも分からないのに。それが分かれば、選べるはずなのに。
『選択なんてのはそんなもんだ。その先の結果が分かってりゃ、誰も悩んだりしねえ』
 貸し与えられた部屋に戻り、ベッドに身を投げ出してから。思わずリブロムに泣き言を言うと、その本はいつになく真面目にそんな事を言った。
『どこに向かうかなんざ、オマエが自分で決めるしかねえんだ。そこに向かう道を誤りそうになったならケツに魔法撃ち込んでやるくらいならできるけどな。ヒャハハハハッ!』
 それは、そうなのだろう。私が何を望むのか。結局のところ、それが分かるのは私自身でしかない。そして、今はもう選ぶ事しかできない。全てが分かった訳ではないけれど――もう、選ぶ事でしか進めない。今の場所から先に進みたければ、次の何かを選ぶしかない。けれど、どんな道を選べばいい?
 今からでも光達に協力する?――でも、光に人を殺して欲しくなんてない。
 管理局に協力し、光を蝕む『魔物』の別の鎮め方を探してもらう?――見つかる当てもないのに、それで本当に平気なの?
 それとも、このジュエルシードに願ってみる?――それで解決するなら、何で光は自分でやらないの?
 ああ、違う。今考えなければならないのはそんな事じゃなくて――
(私は……私は一体、どうしたいの?)
 全ての悩みを、全ての迷いを消し去る。たった一つのカギ。
 それは、最初から自分の手の中にあるはずだった。




「なのはちゃん、大分参ってるみたいですね」
 食事もそこそこに、部屋へと引き揚げてしまった少女――なのはの背中を見送ってから、エイミィが小さく呟いた。
「そうね。……仕方がない事ではあるのだろうけれど」
 兄の異変。凶行に及ぶあの姿は、少なくないショックを与えただろう。そのうえで、あと数日で魔物と化すと宣言されたのだ。どれほどのショックを受けたか、想像する事すらできそうにない。
(そう、それは分かっているのだけど……)
 私達の故郷では……特に魔法の才能を持つ場合、就職年齢というのも低い事が多い。なのはと同い年ながら発掘隊に参加しているユーノなどはいい例だ。もっとも、彼の場合は一族そのものが遺跡探索を仕事としているので、家事手伝いという側面もあるのだが。
 いずれにしても、高町なのはは本質的に、ただの九歳の少女に過ぎないと言う事を忘れてはならない。
(……と、思うのは簡単なのよね)
 彼女の魔法の才能は破格だ。それに引きずられ、彼女を一人の魔導師として見てしまう。私達の常識を共有させようとしている。そんな自覚はあった。ただし、
「御神光と接触を取るには、彼女の存在が絶対に必要よ」
 自分に言い聞かせるように呟く。
 御神光を放置する事は出来ない。この世界にジュエルシードがばら撒かれている以上はなおさらだ。御神光とジュエルシード。この二つが同時に暴走すれば、私達では……アースラの戦力だけでは止められない可能性がある。援軍を要請したとして――それが到着するまでにこの世界が滅びかねない。
(御神光への対応。その指針をいい加減に決めないとね)
 時間がないのは明白だった。彼の相棒がそう宣言したのだから――いや、その宣言より早く、その時が訪れる可能性も考慮しなればならない。なのはの説得に応じないなら、その時は強硬な手段も止む無しだが――
(拘束できたとしても、問題は解決しないわね)
 御神光が扱う魔法は、全く未知のものだ。既存の――アースラにある技術で本当に無力化できるかどうかは分からない。また、代償とやらの鎮静方法は分かったが……積極的に殺人をほう助する訳にはいかない。だが、それ以外の方法など見当もつかない。
 何にしても情報が足りない。補いたいが、それができるであろうリブロムは私達への協力を一切拒絶している。いや、
「情報を出し惜しみしている訳ではないのよね……」
 今の状況で、リブロムが情報を出し惜しみする必要はない。彼は……彼らはすでに解決策を見出しているのだから。
 つまり、御神光を止めるには、彼が誰かを殺すのを黙認するしかないという事だ。だが、それしか方法がないと言うのなら一体何故――
(それしか方法がないとしたら、彼は何故ジュエルシードを集めているの?)
 保険だろうか。だが、彼らはすでに一〇個のジュエルシードをその手に収めているはずである。それではまだ足りないと言う事なのか。
「それとも、別の目的がある?」
 だとしたら、それは何か。あの少女達は、一体どうして彼と共にいるのか。疑問は尽きない――が、一つ一つ解決している暇はない。私達がやらなければならない事は明白だ。
 ジュエルシードの――ロストロギアの暴走は最悪、次元断層の発生に繋がりかねない。そうなれば、この世界だけではなく近隣の次元世界にも甚大な被害をもたらす。
(もしも、彼があくまでもジュエルシードの奪取に動くと言うなら――)
 その時は、私達も覚悟を決めなければならない。時空管理局巡行艦アースラの艦長として、まず世界の危機にこそ対応しなければならないのだから。この世界に生きる何十億人もの人間を……あるいは、それ以上の人間を救うための決断をしなければならない。私達の力には限界があって。その中でできる限り最善の選択をして。それが、どんな形であっても……その結果、犠牲者が出るとしても、だ。

 ――世界が終わるまで、あと九日
 
 

 
後書き
前書きにも書きましたが、更新作業中、操作ミスでしばらくの間公開されていました……。前書きや後書きのない時点で読まれた方がおられましたら申し訳ありません。本文の一部が微妙に変更されています(言い回しや改行等を直した程度ですが)。お騒がせしました。

さて、第三章も折り返しとなります。
今回は保護者達の葛藤と、主人公と管理局とのすれ違いがテーマとなっている……つもりです。何やら雲行きが怪しくなってきましたが……さて。






それにしても、来週こそは落ち着いて更新できるといいのですが……。
2014年10月26日:誤字修正
2015年10月17日:脱字修正
 
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