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Rainy Heats

作者:JIN753315
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Rainy Heats

水中で溺れてしまったかのような、水がそこら中を叩きつける様な雨音が室内に響く。
照明を落としているからか、やけに音も余計に響く気がする。
『本日は雨天ですー』
壁一枚を隔てても届くような、凛とした、整った声で少女らしさも忠実に模した電子音が雨音に混じらずに響く。
「次」
放った声に反応し、眼前の黒字に緑だけが表示されたそっけないモニターに表示された内容が変化し、文字の羅列を絶えず電子音が告げる。
『現在午前9時50分、降水確率午前100%、午後80%、現在の気温322℃、現在の湿度約78%。ちょっと涼しいくらい?』
読み上げているのは今日の天気と現在の外気温と湿度だ。いつもどおりの正常値だ。
「次」
天気のページから別の情報が表示されているベージへと移動し、自動的に読み上げが始まる。
『機体内部温度134℃、問題なしっ』
正常である情報が画面に表示される。内部温度も正常なようだ。
「次」
『地表温度289℃、昨日から2%減少。問題なさそう、いけるいける』
これも正常値の範囲。その後もひと通りの情報に目を通し、復唱を行う。結果は問題なし。
最後に画面を変更し、時刻のみが表示されているものにする。
電子音が時刻のカウント読み上げを開始する。
『3、2、1、0、ぽーん。午前10時をお告げしますー』
午前10時。行動を開始する時間だ。
指でモニターを二度タップすると、それに呼応し薄暗かった部屋に照明が灯り、その部屋の全貌が顕になる。
椅子とそれに取り付けられた肘掛け、そして左右と前に嵌め殺されている窓があるだけ。
その中に決して大きくない私の体が収まってしまえば、この空間はいっぱいになってしまう。だが、それだけで充分だった。私が居るのは車両の中なのだから。
『開始時間になったんでー、移動を開始してくださいー』
「了解。A地点からB地点に移動を開始する」
すかさずモニターの画面も変化し、地図を表示した。
車両の低い唸り声を上げ、厚い金属の板を打ち鳴らした様な音と、振動を混ぜた物へとシフト、車両が前進を始めた。
はめ殺した窓から見える景色は、砂利の様に細かい砂礫と少しばかりの山が広がるだけの荒野だった。
雨はさらに雨足を強め、地面に雨粒の模様を刻み、それを更に割くように、わずかに土煙を上げて車両は進んで行く。
程なくB地点と呼ばれる場所にたどり着くが、移動が完了しても景色はほぼ変わらなかった。荒れ果てた荒野。どこまでも続く一面の砂礫。
B地点と呼ばれた場所に違いを見出そうとすれば、山がなく平野だけが広がっていることだろうか。
「B地点に到着。周辺を検索しつつ待機する」
レコーダーに報告を終えて、車内の照明も最低限だけ残し、エンジンをアイドリング状態にする。
そうしてまた車内は薄暗くなり、モニターが放つ薄緑の光だけが残る。
表示されている画面には機体の状態がリアルタイムに表示されているが、全く変化しない。内容に飽きたのか、あてもなく機体内部のデータベースをクローリングする。その間も周辺の検索はかかさず行うが。
周辺地図を表示してみると、等高線と機体の位置を示す三角形、目標値地点が幾つかポイントされたマーカー、そして僅かな地名が表示された。
「秋葉原、か」
ここはかつて秋葉原と呼ばれた、若者の趣味と享楽であふれた土地、らしい。この砂礫が広がる平野が、だ。
地名に触れると過去のデータベースに残っていたと思われる情報がウィンドウに列挙される。
そして最後までスクロールすると『2578/08/31雨による壊滅を確認』とだけ残して秋葉原に関する記述は終わっていた。
「また、雨」
ため息にも似た、雨への嫌悪。だがおそらく、現在の世界に雨を好む者は少ないだろう。
突如、車内に赤色の照明が灯り否応なくぼんやりとしていた意識を覚醒させられる。
雑多な情報を表示していたウィンドウも閉じられ、最低限まで絞り込んだ周囲の情報を細かく表示していた。
そして先程まで秋葉原の情報があった平野に新たな点がポイントされる。
赤色の、丸。
『敵だよ!敵!』
車体に搭載されたOSから放たれる金切り超えにも似た音声。そう、敵だ。私の、私達の。
外部に搭載されたカメラで地図にポイントされた位置の映像を表示する。
だが、映された映像は濃い霧と雨のみを映すだけ。だが、それも知った上での行動だ。即座にカメラのフィルターが置き換わり、全く別の世界を映した。
緑の地平に、黄色の空、青の雨、そして地面に薄く広がった赤色の何か。
その赤に青色が混じり、積み重なってゆく。さながら、板を重ねあわせて積み上げる積み木だ。
それが、徐々に積み上がり形を成して行く。足と腕は鶴橋の様に尖り、細身の人を模した形状だった。
ここまで来ればフィルターは必要ない。フィルターを解除し、先ほどの荒野が広がる世界を映し出した。
変化していることがあるとすれば雨が小ぶりになり、霧が晴れていたこと。
そして映し出されていたナニカは、人の形をしたナニカに変貌していた。それは、氷でできた結晶体だった。
だが、顔に相当する場所には一つ大きな目だけが存在し、それ以外の部品はない。手の先には指がない、関節もない。
奴らは、雨が凍りできた存在だ。たが、ただの氷ならばそれで良いが、こいつは動く。
観察するうちに胃の当たりがむかむかとし、胃酸が喉元まで込み上げてくる。
―――――やっぱり、ダメだ。
奴らは私達にとってそんな存在なのだ。見れば吐き気がするし、気持ち悪い。
だからこそ―――――はやく、殺したい。
こんな気持ち悪い事になるのはあいつ等のせいだ。早く殺してさっぱりとした食事がしたい。早く殺して、昨日発掘した2000年代の音楽を聴きたい。早く殺して、早く殺して早く殺して早く殺して早く殺して―――――
感情の流れに逆らわず、殺すための行動に移る。
武器を自動迎撃から手動に、オートからセミオートに、安全装置を解除し照準を合わせ、同時に機体に仕込まれた機関銃の射撃準備が完了―――――する前に引き金を引いた。
発光。直後に光の70%まで加速された陽電子に牽引された弾丸が2km前方に着弾。雨まじりの土の塊が巻き上がる。
引き金を引く、発光。引き金を引く、発光。引き金を引く、発光。相手が既に吹き飛んでいていなかったとしても構わない。引き金を引く、発光。画面から相手の反応を示すサインが消えた、引き金を引く、発光。画面に残弾ゼロの表示、引き金を引く、発光しない。
引き金を引く、発光しない。引き金を引く、発光しない。
三度弾丸が発射されていないことに苛立ち、射撃を中止。機関銃を格納する時間が惜しいので排除する。そのまま機体を相手の居たであろう場所に前進させる。
今まで射撃管制を行なっていた画面をロックサイトから近接格闘用に変更する。
別に特攻するわけでも、自分が殴り込むわけでもない。
この機体でやるのだ
操作画面を操作し、近接格闘状態への変更を行う。
前進する涙滴状の車体が開き、蜘蛛を模したような4足のモノになる。
だが、足に指はなくただの鋭角状の刃物だ。その足を地面に突き刺し、刃先を潰しながら前進する。
結晶体は直前にまで肉薄しても気付かない、そのまま形成した鋭角状の腕で相手を押さえつけ、突き刺した。部位も関係ない、動きを止めるための行動ではない。
ただ単純な、破壊。相手を消滅させるための、自身の破壊衝動を満足させるだけの破壊行動だ。だが、相手も無駄にやられるだけではなく、抵抗を行おうとするが、右腕しか動かないようだ。
先の銃撃で左足に相当する部分が欠損、左肩も抉れており繋がる左腕もだらりと下がり動かない。その右腕の防御も虚しく、肘の部分を貫き引きちぎる。
あとは刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して
彼らに痛覚はあるようで、刺すたびに相手の体が跳ねる。面白い
しかし痛覚はある様だが、急所に相当する場所はない。だから、四肢の動きを封じて原型を留めなくなるまで破壊する事、それが一番有効的で、なおかつ自身の欲求を満たすことができるのだからお得だ。
二十回ほど同じ動作を繰り返し、原型がほぼなくなった。
ここに来てセンサをようやく確認し、すでに相手の活動は停止し、ただの氷の塊が散らばる程度の存在になっていることを確認する。この塊も、しばらくすれば溶けてなくなってしまうだろう。
「戦闘終了。帰投準備に入る」
『了解しましたー。でも毎度思うんだけど、もっと安全にできない?』
OSにしても、この機体の扱いには不満があるようだ。
「無理ね。やらないと、殺されるわ」
『ふええ・・・悪魔が居るよぉ・・・』
その言葉は、決して悪意を込めて行ったのではないだろう、だが
「悪魔は、あいつらだろう」

西暦2570年頃、今からおおよそ200年前の事に遡る。
地球上では石油、石炭、天然ガスを含めすべての天然の燃料資源を食い尽くし、石油製品はすべて人工プラスチックからなるものに変化していた。
利用エネルギーは太陽光、核融合の二極化が進み、より小型で効率の良い発電方法を求めていた。
つまりは、2000年代から500年余たってもあまり生活は変化していないのであったが、その生活に変化が訪れるのは2577年のことになる。
その年は世界的に降水量が多く、中東の砂漠地帯のスコールも酷かったそうだ。
だが、スコールの被害を確認すべく現地に到着した報道官が目を疑う自体が起こる。
元々中東の砂漠地帯は紛争が起きていたが、石油資源の枯渇に伴い、収入源が消滅したために政府が瓦解し、更に情勢は悪化した。結果、豪奢な建造物すらも戦場と化していた。
だが、その戦場が跡形もなく消え去っていたのである。
厳密に言えば、建物が基礎すらも残さず粉々に砕かれ、平坦な土地になっていたのである。
後はスコールの後である事を印象付けるような大きな水たまり。
当時は大量破壊兵器が使用されたとして、中東のテロ組織の摘発や米露中への一斉捜索、日本の核開発競争への参加かとも疑われた。
当日と思われる日の衛星写真も、都市上空が厚い雲に覆われており、その間に何が起きたかは不明なままだった。
ただ、雲が晴れないままであることは、都市一つを吹き飛ばす様な兵器は使われていないことを証明するものでもある。
結果、紛争の中で起きた災禍として、原因を引き続き調査するだけでその年は暮れた。
翌年2578年の夏、インドネシア北部の現地住民の報告が挙がる。
島が一つ消えた、と。
その報告を境に都市や島、国そのものが相次いで消滅したとういう報告が挙がる。
イギリス沖のメインランド島、インドネシア沖リアウ諸島、沖縄、台湾が相次いで消滅した。
その際には必ず雨が降っていた、その共通点だけが明らかになるが、何が原因なのか不明なまま刻々と時間だけが過ぎていった。
そして2579年春、アメリカはニューヨークが同様に消滅した。
郊外で発生したハリケーンはニューヨークを直撃し、それに伴い雨が降っていた。
だが、その際に撮影を行った調査員が一部始終を撮影していたため、原因が明らかになり始める。
まず、武装した人間が雨に便乗して都市を破壊などしていなかった。撮影された映像にそのような人間も、車両も、航空機でさえも撮影されておらず、写っていたのはただ雨だけだった。だが、雨が降った場所から次々にビルが倒壊していく。
その映像と、倒壊したビルの傍らにあった水たまりを解析してみても、ただ雨が降っただけという結果に終わる。
ただし、その雨粒の速度が音速の10倍という解析結果が上がった。
水滴を高速で発射し、鉄板を裁断するウォーターカッターというものがあるが、その雨はそれを何倍もの威力にしてなおかつ大量に降ってきているのだ。
自然界的にはありえない、そんな結果だが現実にニューヨークが壊滅した。その結果を踏まえて人間が何も行動を起こさないはずがない。
まず原因と思われる雨雲を除去する方法が実践された。手段は至って簡単だ。雨雲をアメリカが所有するミサイルの爆風によって吹き飛ばす方法が採択された。だが、実際に実施されたのはたった二度だけだった。
一度は太平洋沖に発生した物に打ち込み、雨雲を消滅させた。しかし同時に付近を航行していたアメリカ所有のタンカーを爆風で転覆させた。
もう一度は北京郊外に発生した物だったが、観測が甘く打ち込んだのはただの雨雲だった。結果、郊外の農村を壊滅させることになる。これの影響は大きく、アメリカが中国を狙ったという憶測が世界中に波及し、この方法への反対意見が多くなり雨雲への攻撃は以降中止となった。
しかしこのまま雨の対抗策を講じず、ゆるやかに全滅するのを待つ人類ではない。雨が脅威ならば、雨の届かない場所に行けば良い。要は、地下シェルターを作成したのだ。
ただ、相手は音速の雨を降らせるため、ただのシェルターならばあっさり貫通されてしまう。そのため、地表近くに高温を発生させ、地表に届く前に雨を蒸発させ、身を守った。
だが、それにより地表は上空500mまでおおよそ摂氏200℃まで加熱され、地上での生活は事実上不可能になった。
それでも、雨雲が常に上空に居るわけではない。雨雲が上空に無い際には、地表の温度を下げ外出の制限はあるものの、地上へ出ることは可能だった。
人間が地下に潜っておおよそ50年経った頃、地下の生活にも慣れた頃だった。
その頃になると、地上の建造物はほぼすべて雨によって砕かれ、都市は砂礫が広がる平野と化していた。
山は低い物は標高が大きく下がり、平野と一体化しようとし、雲が発生する高度以上の標高の山は中腹が削られ、崩れ落ちて原型を留めていなかった。
だが、そんな中でも人間はしぶとく生き続け、シェルター内で完全に物資を製造できるようになっていた。
外部調査も盛んに行われ、地表の状態を調査し続けていた。
人は、雨に対して完全な対抗策を得られたわけではなかったが、その中でも生き残る手段を見だしていた。と、思われた。
この状態でも、晴れ間は一時とは言え存在し、その間に飛行機を飛ばし遊覧と雲の観測と移動、大気圏外から地表の観測が行われていた。
この高度になると雲も眼窩に広がるだけで、危険な存在ではない。
注意するべきは離着陸の際、滑走路近くの上空に雲があった場合だけだ。しかし、着陸する場所の天気も既に把握しており、今日は雲もない快晴の予報だ。
そして、カナダシェルターから飛び立った乗客乗員200名あまりはコロラド州上空に差し掛かった。そこでは今、雨が地表を穿っている真最中だった。
雲の合間から見える地表の景色には既に人は居ない廃墟のビル群が広がっているだけ、だが雨は容赦なく砂礫へと変貌させてゆく。
そして観測のために雨雲の上空を通過しようとした時だった。
はじめに見えたのは小さな亀裂が雲間に発生した
それが目に変化した。
瞳孔は縦に細く長く、眼球は赤く、おおよそ人の、いやこの世にあるすべてのものとは全く別物の目が雲の中から大きく見開かれた
それがこちらを見ている
それは品定めをするように、観察しに来た人間を逆に観察するように
一つ、まばたきをした
それが合図だった
周囲に広がる雲全てに目が広がった。
大きさはバラバラだが、目玉一つの隙間もなく、同じ目が、こちらを見た。
これは見間違いなのか、確認もするまもなく、雨が上向きに降り始めた。気づくべきだったのだ、地表にあれだけの速度の雨を降らせる雨雲は、上向きでも雨を降らせられるのだと。
瞬く間に雨は勢いを増し、機体を貫き、装甲で覆ったわけでもない機体に耐えられるわけがない。後は薄紙が雨に打たれるがごとく、貫かれるだけだった。地表に落ちた残骸など、存在せず、仮にあったとしても地表の雨に再度打たれて消滅する。
この情報は観測情報と共に送信された音声データのみ存在し、機体に備え付けてあったブラックボックスすら回収はできなかった。
この事から、雨が飛行機すら狙うということが明らかになり、人類は活動範囲を地上はおろか空も奪われ、完全に地下に潜む生活を強いられた。
だが、それが空だけで終わればよかった。
雨雲は形を持ち、編隊を組み、地上にまでも降りてきた。
雲でできた5~6mの人に似た体を形取り、頭部には真紅の瞳がひとつ。
四肢は破壊することだけを考えたのだろうか、腕には手は存在せず鋭角状。
足は――――そもそも彼らは浮いたまま移動するため歩く必要はないためだろう、腕と同じ鋭角状になっている。
だが、地上を高温にしているためか長くて10分しか地上にはいない
その10分で彼らは人間の気配を感じることができるのだろう、地下シェルターがある場所を正確に破壊する。
手段も実に単純で、ただ目標を一撃殴るだけだった。
だが、彼らが行なっているのはあの雨を降らす事と同じ事を行なっているのだ。
当然、周囲には衝撃波による破壊が待っている。
被害は雨が一日降り続いたよりも大きい一都市を破壊できる威力を放つ。
救いなのは三つ。
一つ目は彼らが一撃放つと消滅する――――というよりも、自身の一撃で自らも吹き飛ぶのだ。
二つ目は一撃で都市は破壊されるものの、地下シェルターへの被害が軽微であること。
つまり、ひと月でシェルターを修理し、できれば彼らを迎撃する。
それが私たちの役目。だが、生身では叶うはずもなく、おまけに地上の環境は地獄そのもの。この環境で動き回れる物が必要ということのなり、彼らを迎撃するための兵器、つまり私が今乗っている機体を日本の企業が開発し、その時に蜘蛛に似ていることから洒落も入れたのか『雨蜘蛛』と呼ばれ、その名が今でも使われる。
雨蜘蛛は核融合エンジンによって動作し、排気熱をプラズマとし機体の周囲に放射するため雨を退け、排気熱からプラズマを放出し、周囲に放つこともできる。
しかし問題がないわけではなかった。機体周囲とプラズマへの熱に対する耐久に問題はなかった。問題は操縦者の耐熱性だった。
どれだけ放熱しても耐熱版を張り巡らせても、機体内部の温度が操縦席も100℃を下回らず、通常の人間が乗り込んだ場合、血液が沸騰して破裂する。
動力機構はその程度で動かなくなることはないが、操縦者が動かなくなってしまっては意味が無い。
遠隔操縦にするという案もあったが、地表に張り巡らした熱源から発せられるノイズにより電波が届かず、仮に届いたとしても動作にラグが大きく使い物にならなかった。
そこで、私達を創る事を提案される。摂氏300℃までの極限環境でも活動できる耐熱人造人間、後にドイツ語で傘を意味する『シルム』と名付けられる者達を開発した。
体組織や骨格に有機珪素系の有機シランを用い、高温下での活動を可能にしたが、完成したものは体だけ、つまり脳まで既存の技術では作れなかった。
世界的に医療科学は進歩していた、だが脳を再現することも解析も遅々として進んでいなかった。仮に進んでいたとしても、耐熱素材で作ることは不可能だっただろうが。
そこで脳はクロム、ニッケル、チタンを主成分とする耐熱合金に覆われた人工知能、つまりコンピュータを採用した。
そのため活動には電源が必要となり、肩甲骨の辺りにバッテリーを予備も含めて埋め込み、給電は非接触式を採用し、雨蜘蛛のシートに座ることで給電できる。
ここまで見れば完璧な人造人間だが、開発の際にどこをどう紆余曲折したのか、色々な機能が追加された。
まず食事だ。エネルギーならば電気だけで賄えば良く、体組織の修復や保護ならば該当箇所を交換すればいいだけのはずだった。
だが、何を考えたのか人間と同じ食料から栄養を吸収できるようにした。
人間の食料は主に炭素系の構成物質であり、私達には吸収する意味もエネルギーに変換する意味もない。だが、炭素系物質から必要な物質を抽出し吸収できるようにし、不要なものはすべて発電エネルギーに変換する胃に相当するものを作ってしまった。なんという無駄な努力だろうか。
かくて、食事をすることになり、おまけに私たちは『おいしい』という感情も付随させられてしまったのである。
次に雌雄の存在だ。しかし現在生産されているタイプにも、子孫を残すという機能は存在していない。なぜ二つの種類が作られたのかは、『男女差別の垣根をなくすため』だそうだ。
この二つに関しては今でも賛否両論の意見が相次いでいるのだが、雌雄は特に気にしたことはないし、食事は美味しいと感じるのでそれはそれで良い。
そして『楽しい』という感情。人間であれば特定の行動に反応し脳から快楽物質が分泌され、一種の興奮状態になり、判断能力の一部を鈍らせる。
だが、その特定の行動に目をつけた。我々が『敵を殺す』ということに対して『楽しい』と感じればどうなるだろうか。
その場合、脳から痛覚を感じる機能が解除され痛みを感じなくなり、機体が壊れても自身の体が千切れても相手を殺し続けるだろう。なぜなら、奴らを殺すことがこの上なく『楽しい』のだ。
万が一奴らに倒されても、悔やむことなく壊れて行けるし、仲間内でも偲ぶことはあっても惜しむことはない。
つまり我々は、彼らに対してだけ機械になれるのだ。
こうして完成した我々『シルム』は、全世界の地上へと派遣され、各地で雨と戦っている。


戦闘後に機体をチェックし破損箇所を確認する。
戦闘での被弾や被害はなし、ただし近接戦闘で関節が破損。車両状態には戻れるものの、再度展開は不可能な状態、おまけに主砲は全弾撃ち尽くした挙句に近接戦闘を行っているため、銃身は溶け切っており、たとえ弾が残っていても撃てなかっただろう。
また近接戦闘の代償として、関節が歪んでおりこれ以上腕が曲がらない状態になっていた。
無論、歪みが大きく、機体表面に熱の層を発生させることができず、雨に打たれている今、漏が発生している。
こればかりは仕方がない。それ以上の機体剛性を求める場合ただの鉄塊になるぐらいしか方法はないのだから。
ひとまず漏水を防ぐ手を打たなければならない。
機体表面からどろりとした褐色の液体が発生し機体を覆いはじめ、数秒もかからず機体を覆い尽くし、硬化した。
これは熱発生率の良い特殊セメントで、水を加えた後も数時間発雨を防げる程度の熱が続く。硬度はそれほどでもないが、熱の層を作れるため重宝される。
欠点として、機体が硬化することで武装の展開や変形も不可となり、重量バランスも変化するため操縦性も悪化することだ。
だが、雨に撃たれて死ぬよりは生存率が上がるのは確かだ。
あとは機体から出る際に外部から破壊でもしてもらわない限り出られないことか。
のろのろと速度の上がらない機体で川を目指す。
水中では雨に直接撃たれることはなく、ダメージも少ないためだ。
何より水中では物質化した雨が入ってくることがなく、重量も気にすることは少ない。
川に入水した瞬間に、機体の周辺から一気に水蒸気が立ち昇る。
今まで雨を防いでいたのだから当然のことだ。立ち上る水蒸気の中、機体を水中に沈めた。
雨に強い機体とはいえど、長時間の運用、ましてや戦闘を行えば問題が起こる。
そのため、実質の雨の降る場所での活動時間は実質2時間ほど。
燃料や搭乗員がそれ以上活動に耐えられるとしても、劣悪化した環境では機体そのものの連続運用は厳しいのだ。
運用時間と行動距離を鑑みて、私達はドッグを内蔵した移動基地、母船といったほうが正しいが、そこを拠点にしている。
しかし、海上でも雨が降る。そのため母船は水上艦でなく潜水艦である。
川を下り、太平洋沖におおよそ1時間。周囲にソナーを打ち、現在位置を確認する。
そして前方に島が見えてきた。もちろん、地図上に島などない。そう、これが母艦である。
全長10km、全幅1kmの鯨を思わせる巨体を誇る潜水艦。
中にはドッグや居住区、食料の生産ラインも完備し、完全自給自足が成立した動く都市とも言えるものだ。
発電は海水から生成される三重水素を燃料とした核融合発電を行っているため、エネルギーもほぼ無限に問題なく使用できる。
ただ、その中に人間はほぼ、運用はほぼすべて我々がしているようなものだ。
その中に我々が5千機ほど、乗機が200機ほど搭載してあり、この『雨蜘蛛』の母艦として各地をめぐっている。
だが、この艦は母艦としての意味以外に、主な仕事は別にあり、それは水没した都市や海底から資源を回収することである。
畜産、農産物から食料は生産出来ても、機体の補修や弾薬、雑多な日用品はさすがに生産することは難しく、極限まで消費は抑え、破損した部品はリサイクルするなどしている。
それでもやはり消費する量が若干多い、そのため海中から資源をサルベージし利用する。
海中に沈んでしまえば雨に打たれることはなく、時には全く被害を受けずに海面上昇により沈んだ都市があり、そこから鉄資源や鉱物資源を回収することができる。
また、沈没した艦船からも回収を行っている。
数百年前の艦船でも、海中にあればそのまま残っているケースも多く、サルベージされずに残されているケースも多い。
かのタイタニック号、アメリカの空母ホーネット、日本の戦艦大和など。
だがこれは、ただの資源の調達ではなく、サルベージだ。没した場所の記録を付け、慰霊した上で資源として活用させてもらっている。
現在ではほとんどの艦船のサルベージが終わり、海中からは沈没船はほぼなくなっている。
また、海中に沈んだ都市からも資源を回収し終えているため、資源調達が難しくなっているのが現状だ。
今回は日本の横須賀に最後のサルベージ作業に来ていたために付近に発生した雨に対して行動できた。
ビーコンと無線誘導により、機体を帰還コースに乗せる。
鯨の口を思わせるハッチが上向きに開き、そこから昆布の様な布状な物、これは機体の保持用のアームであり、近くで見ると海藻というよりは百足に近い、それが機体を固定する。
これに掴まれ、内部に収納、旗艦が完了となる。
完了と同時にセメントの除去が始まり、まずは搭乗員が居る場所から優先的に行われる。
後は除去が完了するのを待てばよいのだが、今回は待つ理由がない。機体が歪み、ハッチが開かないため、除去が終わってもさらにそこから救助を待つのだが、その時間がたまらなく嫌いなのだ。よって行うことはひとつ。
シートの背もたれ部分に備え付けてある斧を持ち、振り上げ、フロントガラスに斧を突き立て、フロントガラスを叩き割ることである。
だが、蜘蛛の巣のヒビを作るものの破壊には至らない。
それもそのはず、雨の攻撃にも一撃は耐えられるように設計されており、人では破壊できない様に設計されている。ただし、人間であればの話だが。
二撃目の衝撃でガラスは砕け、自身の肩幅ほどの穴がでる。そこからもぞもぞと這い出た。
辺りには待機している自身の乗っていたものとほとんど同じの機体がところ狭しと停泊しており、そのどれもが修理の真最中だった。
私にだけ言えることではないが、この機体の破損率は高く、戦闘を一度行えばまず戦闘を行えない。機体が脆いというわけではない。我々の扱いが悪いということが原因だろう。
これを部隊全員が行うのだから常にここは修理中の機体で埋め尽くされている。
修理が不可能なほど破損し、そのまま解体されて資材へと変わるものも珍しくはない。
この破損状態を見越してか、機体の構造はモジュール化されており、破損した場所だけを交換するだけで良いため修理作業の効率は良好である。
今回私が乗った機体は、四肢と砲身を交換するだけで済み、作業も十時間ほどで終了すると試算できている。また、修理作業がロボットにより全自動化されていることも、短時間で修理が出来る要因だろう。
よって、我々が行う作業は修理後の最終チェックを行うことだけ。修理に関しては楽なものである。
だが、それでも修理場が空くことも、ロボットが手を休めることは滅多にない。
高速で修理が完了するため、間を開けずに出撃でき、その度に半壊以上の損壊を受けて帰投する。その繰り返しだ。
出撃する方も、修理を行う側も、こんなことを続けていれば人では精神が持たないだろう。
人が自身たちを守るために我々を創った理由にそれも含まれているだろう。
我々が守り、その間に人が乾坤一擲の一撃を作る。この間にも人は奴らを根絶するための手段を研究しているはずだ。
そのための我々、そのためのこの船だ。
桟橋に飛び降り、自身が乗っていた機体を振り返る。すでに表面のセメントは除去され、機体の外装が見えていた。
黒く、弾丸のような機体。この機種は人類が10年前に作成したもので、量産性や修理効率が良いことが売りだ。
また、駆動系の調整やOSの更新が多く、そのたびに性能が向上していた。
しかし、近年その調整はおろかOSも更新が滞っていた。
おまけに最新の物では、電源を落とすたびに設定が初期化されてしまうというバグも見つかっており、各々自身の機体様に設定データ持ち運び、それをインストールしないとまともに動かせないのが現状だ。
そのため、艦の者総出で、空いた時間にOSのバグを修正している。
だが、空いた時間などはそうそうなく、遅々として進まないのもまた現状だ。
人間にはすでに開発できる技術者がいないのでは、とまことしやかに囁かれている。
しかし、相手側にも変化はないため問題は起きてはいない。今のところ、だが。


帰還するとまず行うことは司令官への報告だ。
詳細なものは戦闘ログをそのまま共有ネットワークに流してしまえばそれで終わりだが、司令官へ直接会って帰還の旨を伝える。それがここでのルールとなっている。
今では珍しい木製のドアで設えられた司令官室前に着き、体組織の戦闘状態を解除し、休息状態になっていることを確認する。備え付けられたノッカーとドアを破壊しないためにだ。
ノッカーを一度叩き、反応を待つ。ややあって
「はい?誰です」
壁越しでも伝わる柔和な声が返ってくる。
この声を聞くために司令官を訪れるものも多い。
「司令、私です」
「はい、お入りなさい」
部屋にはいると、前掛けを掛けた白髪の老女。彼女がここの司令官、深見華だ。
「1900に帰還いたしました。詳細は戦闘ログを」
「はいはい。分かってますよ」
実のところ帰還時刻も、戦闘ログを流した報告も特に意味は無い。現に司令も聞き流しながら手を動かしている。本来の目的は違うのだ。
「はい、あなたはお砂糖四つだったわね。早くこっちに来なさい」
備え付けられたやけに沈むソファに落ち着く。
「貴女、また無茶したのね?もう欠員が出るのはごめんよ?」
「お気遣いありがとうございます。しかし、問題ありません、次も帰還します。砂糖も四つ頂きましたし」
「もう、そんなこと言っていると技術班に言って、あなたの胸を減らしてお腹のお肉を盛ってあげちゃいますよ」
「む、胸は関係ないじゃないですか」
「あら?じゃあお腹だけならよかったのかしら?」
「そっちも嫌です!」
司令官の淹れるコーヒーと他愛のない談笑、実のところこれが目的だ。
我々は食事が可能であり、この艦内で食料の自給自足は叶っている。しかし、艦内で生産できないものも多からず存在し、その一つがコーヒー豆である。
栽培に成功した他の艦があるとは聞いたことがあるものの、この艦では木が定着せずに栽培に失敗している。
そのため、入手できるタイミングは他の艦との交流時か、地下に寄港した時ぐらいであり、加えて嗜好品の搬入量は限られているために、コーヒーが飲めるのは限られた時のみ。
貴重なコーヒーだが、別段香りが良い豆を使っているわけではなく、すでにそういった豆は絶滅しているだろう。
香料を調整すれば良い香りも得られるだろう。だが、それでいいのだ。
「そのままの物を知っておかないと、後で何をしようとしたのか忘れてしまうのですよ」
万が一人、人類が全滅して絶滅しても、あなた達が覚えているように、とも。彼女曰くそういう事らしい。私達を軽んじる人間が多い中、彼女は人類と同じくらい私達を見てくれている。
そんな彼女だからこそ、人類を守る前線で私達とともに戦えるのだろう。
「ん?なぁに?見つめられるとちょっと恥ずかしいのよ?」
年齢に似合わない照れる仕草。この人はいつでも乙女の心を忘れない様だ。
「なんでもないです」
「あ、もしかして技術班が作ってくれた石鹸が効いてシワがちょっと減ったの解る?」
「違います」
顔をスキャンした結果、むしろいつもより増えているのは言わないでおく。
本当に他愛のないことだが、私達には大事なことなのだ。人類を守る、だがまずこの人を守らなければいけないということの再確認のためにも。
「ウソ言っちゃってー、悪い子には技術班にいいつけちゃうぞー」
「・・・違います」

自室に戻り、着ていた肌に密着する戦闘用のスーツを分離する。
このスーツは前後に分かれる構造になっており、挟むように着る、と言うよりは固定する。
肩と、太ももに固定具用のボルトがあるため、着る際にも脱ぐ際にも専用の工具を使うか、脱着用のクローゼットに入らなければならない。
生き残るためなので仕方ないのだが、やはり少々面倒臭いものである。
脱着用のクローゼットに入り、四肢を固定。内部から工具が伸び、固定具を解除する。
「んっ・・・」
スーツは肌に張り付いているため、分離の際はかなりくすぐったい。固定具を外す動作もそれを助長する。だが、くすぐったいからと体をよじることもできないので、やや拷問に近い。
これが好きだと言うものも少なくはないが、少なくとも私は慣れない。
スーツを脱ぐという拷問に耐え切り、部屋着として放り投げておいた膝丈まであるスウェットのパーカを頭からかぶり、部屋に設えた充電器に倒れこむ。
充電器とは言っても、見た目はベッドであり、マットレスもあるしシーツもあるため、寝心地は良い。いくら私達が人工物だと言えど、硬いベッドでは人工筋肉が傷んでしまうためだ。
今回、体は無傷で帰還でき、部屋でこうしてころころと転がっていれるが、破損した状態だと、技術班の居る『病室』に送り込まれてしまう。
破損状態が良く、体の60%以上が残っていればほぼ新品に換装してもらえ、戦果や勤務態度によっては体のサイズを変更してもらえたりする。胸とかも含め。
だが、仮に60%以上体を失ってしまった場合、余剰パーツに分解される。
ただし、記憶媒体に損傷がない場合は新しい体に移植される。そんな奴は何人も見かける。
私達を作成する場合、記憶媒体に人格をイニシャライズし作成した後に、組み立てた体に接続する。だが、稀に人格データが、組み立てた体に拒否反応を示し、歩けない、食事ができないといった事態になる場合がある。
そのような場合にも『病室』に送られ体を変更する。不便な体を変更し、より戦いやすいように動きやすい様にするためだ。
その60%以上の場合に変更するという規定は、損傷する場合は人格が体にうまく適合していなかったから損傷してしまったのではないかという意味もある。ちなみに私自身も、何度か体を変更している。
最初は体が適合できなかったために、呼吸が出来ずに変更。次に左半身を失くし変更。その次は腰から下の下半身全て、計三回変更している。
一番初めは、それはもう出るところは出て引き締まったいわゆるグラビア体型だったのだが、出るところが災いしたのか、脳の命令が呼吸器にうまく伝わらず、作動せず呼吸ができなかった。
二回目は、胸はあまりないものの身長が高いモデル体型だった。だが、腕の長さと足の長さが影響したのか、二度の破損。そして、何度か行っていくうちにその人格がどのような体を好むのか解る。
私の場合は、この胸も薄く低身長な、いわゆる少女体型が、人格として最適な形だった。
機体の操縦には特に支障ないものの、最初の体から考えてみればちょっと残念なものである。
しかし、生き残るためには仕方のない事である。たとえ胸は薄くとも。たとえ低身長だとしても。


艦の食料生産や、機体の修理はほぼ意志のないロボットが全自動で行っている。では、我々は艦の中では何をやっているのか?実は、ほぼ寝ている。
日がな一日、出撃する時と食事以外は充電器の上で寝ている。しかし寝ているとは言っても、ただ何もしていないわけではない。
機体の調整を艦内のネットワークから行えたりするし、報告書の提出や別の艦との情報交換も欠かさない。そして、共有ネットワークの余剰リソースでゲームをしたりする。
艦内ではレクリエーションの施設を作成する余裕はなく、共有ネットワーク上でのゲームが唯一の娯楽となっている。
ゲームとは言っても、自身の仮想モデルを作成し動かす、仮想空間内での仮想生活だ。
そのため、ゲーム内の仮想空間が実質の生活空間と言っても過言ではない。
ゲーム内ではなんでもあるし、なんでもありである。通貨を集めるために会社を起こしても良いし、未開の地を求めて探検を行っても良い。内部に戦闘シミュレータもあるため実戦経験も積める。
リソースが余っていれば新たなゲームも作るし、仮想モデルの新しいパーツを作ったりもする。
パーツも様々なものがあり、自分の今の姿を再現することもできるし、動物、それこそ植物になることだってできる。
残念ながら私は森林浴しながらの光合成ライフを満喫する気は無いので人型の姿を取っている。
ただし、一番初めの頃の体をモデルにしている。小さい体型だと色々と不便なことが多いため、この姿を採用したのであって他意はない。ないったらない。
ネットワークに接続し仮想空間にログインする。
仮想空間内では感覚器官もゲーム内に接続しているため、香りや味も感じることができる。
さすがにエネルギーはゲーム内で摂取することはできないので、現実世界で摂る必要はあるが。
仮想空間内の感覚に接続し、データのロードが開始され、部屋が構築される。
仮想空間に降り立つと、視界が変化していること、首の左右の辺りに重みがあること、足元がやや見えにくいことを確認する。仮想空間内の体に入れていることを確認するだけだ。
ログハウスに近い、丸太製の家。実のところ、丸太のテクスチャを張り合わせただけの物だが、それなりに愛着がある。なにせ自分で建てたのだから。
一時期の流行りで、家の建築を競ったことがあり、ここはそれの名残だ。
だが、あまり建築に関しての感覚が乏しいようで一部屋に家具や装飾を入れただけの部屋では結果が出るはずもなく、散々な結果となったが、住むには支障はないので使い続けている。
今はその熱も冷め、各々好きなことをして過ごしている。ちなみに、私がこの空間で行うことは、いわゆるハッキングだ。別に艦内や地下に対して行うわけではなく、サルベージされた情報端末へのハッキングだ。
海没した地下都市からは稀に情報端末が厳重に保護された状態で発見される場合がままある。雨が何時降るか分からない時代でもあり、データを保護するために予め保護した状態で外部からアクセスする手法が一般的だったためだ。
しかし保護されている情報に、何の防御策も用意していないわけでなく、セキュリティが施されている。それの解除だ。中には戸籍データの様な公的な非公開資料から、個人が所有する思い出の記録が入っていたりする。
それを回収し、記録されていたデータを地下に送信する。
このデータが貴重なものかははっきり言ってわからない。むしろほとんど使いものにならないものだろう。だが、こんな歴史があった、という記録は残しておかなければならない。そのために回収するのだ。
だが、たまに女性の裸の写真や動画が大量に見つかることがあり、そういった特に重要性のないものはほとんど破棄している。特に胸の大きい物は重点的に。
その中の一部は、そういったものがもしあった場合に欲しいという者に提供している。ただし、データを提供する代わりに演算能力を少し拝借している。
一人の演算能力ではハッキングに少し時間もかかるし、早くできることに超したことはない。
今回の端末にはそのような類の物が入っていないことを祈りつつ、データを展開し始める。
回収した端末の記録媒体を自身の解析用端末に接続する。もちろんこの端末はネットワークからは隔絶されており、内部にウイルスなどがあっても影響が最小限になるようにしている。
今回の対象にはウイルスは入っていなかったものの、やはりと言わんばかりに、セキュリティが施されており、パスワード、暗号化は当たり前で、特定の順番でアクセスをしなければデータを消去するようにも設定してあり、全てのデータを回収するにはいささか骨が折れそうだ。
しかし、一部のデータは回収に成功し、使われていた端末がある研究機関の端末であること、内部には何かしらの研究データが詰まっていることが判った。
その研究機関は雨について、地上を放棄する寸前まで研究していたようであり、最後に端末にアクセスした日付が、その都市に大規模な雨が降る前日であった。
研究者たちは、自身達が死ぬ前日まで雨に対する有効な対策方法を模索していたのだ。
案の定、この内部の情報を現在のデータベースと照らしあわせてみても、データは提出されていない。この未提出のデータは私達に何を与えてくれるのだろうか?
解析が一段落し、若干の暇ができた頃に視界の端に通話コールのアイコンが浮かび上がる。応対用に通話回線をつなげ、通話を開始する。
『ごめーん、ちょっといいー?』
栗色でモンブランみたいなふわふわなウェーブを持つ女性の顔が画面に映る。私達と同じ『シルム』の人工人間の菊井梨花。リソースを分けてもらっている者の一人だ。
「どうしたの?今日は非番じゃなかったの?」
『いやーん、今日これから出撃しなくちゃいけなくなってねー』
「え?あなた、昨日も出撃したわよね?」
出撃の間隔は通常ならば、機体の疲労などの理由で数日空きの間隔で行われ、連続の出撃などはないはずだ。
『それがねー、そろそろ燃料なくなるんだって。んで、あたしと、あんたと、あと何人かしか今動けないんだってさ』
この娘は、指であっちこっちを指しながら常に指を動かす娘で、手先が器用であり、同時に動きまわらなければ落ち着くことをしない。忙しいが、見ていて飽きない。
「あー、そうか。もうそんな時期か」
機体の燃料は長時間でも稼働するものの、常時稼働していないと再稼働には時間がかかり、そして連続使用時間はおおよそ3千万時間。つまり一年稼働すれば燃料切れとなる。
そのため定期的に燃料は補充しなければならないが、その燃料は我々には作れない。この荒廃した地上では生産工場も作れず、この母艦では作成できる広さがないので当然ではあるが。
『だからさー、そっちにもそろそろくるんじゃない?出撃コール』
言い終わるのを待っていたとばかりに、2つ目の通話コールが入る。
コールに応対し通信画面が梨花の隣に展開される。相手はいつもの作戦指揮の少年オペレータさん。
『出撃命令が出ました』
脳内に少年特有の舌っ足らずな声が響く。彼らが志望したのか、そんなふうに作られたのか、彼らは少年なのである。
『出撃ポイントは昨日と同じ秋葉原跡地、B-11です』
ふと出撃命令の内容が引っかかった。
「待って、さっき出撃した場所なら大丈夫じゃないの?」
雨の出現はいつも突然だが、この短時間で出現するのは聞いたことがない。
『今日は例のお使いですよ。戦闘したいなら別の場所にそのまま行ってもいいですが』
「わかったわ。何時ぐらいに出てくるの?」
『予定では1400です』
通信画面の左下に設置してある時計が11時を示している。あと三時間。今から支度をして一息入れてもいいぐらいの時間だ。
「了解。出撃準備に入るわ」
『よろしくおねがいします、お姉さん』
さらりと爆弾発言を残して、通信が終了される。こいつは、なかなか手馴れている。
『え?なに?あんたも出撃すんの?』
「そうよ。でも私は回収作業よ」
『うへぇ、つまんなそう』
「贅沢言わないの。さっき帰ってきた機体を無理させられないでしょ?」
『それもそーねー。じゃ、私も出るから。そいじゃね』
「ええ」
こちらも通信画面がクローズされる。
同時に仮想空間での作業を終了し、端末をシャットダウンする。この内容の解析は帰ってきてからだ。帰ってこられたら、の間違いか。
仮想空間から感覚が切断され、現実の感覚が戻ってくる。肩の重さや、目線の位置などは戻らなくても良いのだが、それはかなわない。少しばかり、じっと胸を見る。
現実に若干の嫌気を覚え、ベッドでころころと転がる。仮想空間から戻る際の感覚のずれや、嫌気を追い払うための一種の儀式だ。
数分間満足するまで、目が回り始めたので終了とする。
気持ちが切り替わったところで、乱雑にショートカットファイルを置いた画面上に、タイマ付きの付箋を【1400 秋葉原【B-11】と書き込み貼り付ける。
そうしてから、目を開けた。横になっていた充電ベッドからもぞもぞと這い出て支度を始める。
ひとまず、肌に付いた埃を洗い流してから、例のスーツを装着しなければならない。脱ぐときの拷問に耐え切った直後にまた向かわなければならないのは気が引けるが、仕方ない。
ベッド脇に備え付けた給湯器のスイッチを操作し、温めの温度でバスタブに湯を貯めはじめる。
シャワーも備え付けてある風呂付きの部屋だが、急ぎの出撃や遅刻でもしない限りシャワーは使わない。時間もあるのだからゆっくりと入りたい。それに、帰れると限らない出撃だ。少しくらいのんびりさせていただきたい。
全ての部屋に設えている風呂は大きめに設計されており、ゆったりと入れる様になっている。別に精神的に疲労するわけでもないが、司令官の計らいでせめて風呂くらいとのことで、このような設計になった。風呂は嫌いではないので、ありがたい限りだ。
その大きな湯船に湯が張り終わると同時に、パーカを脱ぎ捨て、飛び込んだ。
「おちゃー!」
飛び込んだ衝撃で盛大に水が跳ね上がり、浴室全体を水浸しにする。
こんな時ほど小さな体で良かったと感じる。大きな体だと衝撃も大きいし、なにより貯めた湯が多く溢れてしまってもったいない。
飛び込んだ後は暫く潜り、水面が揺らめくのを眺めながら物思いに耽る。風呂に浸かると色々と考えてしまうのは、人も動物も人工物ですら同じだと思う。明日の日替わりはなにかとか、OSのバグ修正の妙案や、次の出撃では行きて帰ってこられるのか等。時系列も意味があるものからないものまで様々だ。
そして、それによって自分がこれからどうしたいか、それを再確認できる。
私は、一体何をしたい―――――。
数分間潜って考えていたが、結果は空振りに終わる。こうやって何度も考えているが、考えがまとまったことはない。
確かに雨を退けて戦うことは大事だ。だが、それによって自分が何を得られるのか、何を欲しているのか。それがわからない。
ただ破壊すれば良いはずだが、その戦いの果てに私はどうなってしまうのだろう。
ぐるぐると考えを巡らせていたが、ひとまず考えを中断し、身体の腱までほぐすように湯に浸かる。
出撃まで、後わずかだ。


再出撃する際に雨蜘蛛は完全に修復されていた。だが、回収任務であろうが、また破損して帰還する事になるのは目に見えていた。今のうちに修理ロボットに謝っておくこととする。
今回の出撃のお使い、それは地下から運ばれてくるカプセルを回収することで、カプセルは地下にいる人が物資の輸送用に地上に運んでくる。
だが、射出した先で破壊される可能性があるため、防衛も含め出撃することもある。今回は防衛も目的の一つだ。
係留されている機体を簡単にチェックし、帰還した時に使用できなかった機体後部のハッチから乗り込む。
この機体の後部はコンテナになっており、中には大量とは言えないが物資を積み込むことができ、この中にサルベージした物資を積載することもできる。
その脇の通路を通り、1mの厚さがある隔壁を開け、ようやく操縦席へとたどり着ける。
操縦席にハッチをつければこんな無駄なことをしないで済む、とも考えたがこれは潜水するし、雨にも耐えなければならないため、操縦席周辺は隔壁や重厚な装甲に覆われている。もちろん自分の命を守るための物であるが。
確かに、利便性は良いだろうが、ハッチの駆動系、気密性を鑑みると防御性能と両立できない。そのために外部との接触を極力断ち、隔壁を開けでもしなければ、立ち入ることもできないほどの操縦席となった。
しかしそれでも雨の一撃には紙風船を潰すように壊されてしまう。人の技術でも守りきれないものも多い。
シートに座り、と言うよりほぼ横になり、機体との接続を開始する。機体との接続はプラグやケーブルなどは必要なく、無線で接続を行う。量子通信が可能である今、有線でも無線でも接続のラグは無い。
中にはこだわりのために無線でなくわざわざケーブルを持ち込んで接続する者も居るようだが、そのあたりは好みだ。
無線でのログインを開始し、セキュリティロックを解除する。
『おはようございます。はじめまして、ナビゲーションシステム、タイプA-00です』
OSにプリインストールされているナビゲーションシステムが起動を告げる。
損傷が激しく、修理時に電源を落としてしまったために設定が初期化されており、初回起動時と同じメッセージをしゃべり始める。
『チュートリアルを開始しますか?開始するには―――――』
「ああもう、うるさいってば!」
出撃前に設定したパッチファイルを適用し、初期設定から変更する。
変更項目は約2万件。100ファイル適応に1秒かかったとしても200秒。約三分のロスだ。
幸いOSの人格データは保存されているので、全てのデータをバックアップする必要はない。
『おっはよー!秋!』
更新が終わると、セットした自分の名前がいつもの調子で呼ばれる。
「はいはいおはよう、ビィ」
『もう出撃だよね?エンジンあっためとくね!』
「うん、お願い」
ビィの声に呼応するように、機体が出撃ルーチンに入る。エンジンの回転数を上昇させ、母艦との接続を解除、機体所定の発艦位置に移動を始めた。その間はビィによる自動操縦なので、ちょっと暇である。
発艦位置に着くと、まず機体を帰還の際に使ったあの百足のようなアームで固定された上で、トンネルの中に搬入され、前後の隔壁が閉鎖、隔壁が閉鎖を完了すると同時に、内部に水が注入され始める。
同時に操縦席が窪み、対ショック用のクッションが満たされ、その中に体を沈ませる。
海面まで上げることも、エレベーターなどで海中に出すこともしない。
なぜなら、発艦ではなく発射であるためだ。
『秋ちゃんとビィ、いっきまーす!』
直後、圧搾空気により機体が全面に急激に押し出され、機体が艦から押し出される。
この機体は魚雷と同じように、発射管から撃ちだされる。
この際、機体内には10Gほどの衝撃がかかり、また深海から一気に表層まで飛び出すため、通常の人間が乗った場合はまず間違いなく衝撃に耐え切れず、ピンク色の何かになってしまう。
圧搾空気によって発射せずに機体の動力だけで発艦する方法もあるのだが、この機体が発艦出来る速度を出すと、発生するプラズマが母艦に悪影響を及ぼす可能性がある。もちろんプラズマを出さない速度を出すこともできるが、その速度が母艦とほぼ同じ場合かそれ以下であり、おまけに水平を保つ事が非常に難しいため、事故が発生する。
そのため、圧搾空気によって発射する方法が一般的である。
発射直後のGを耐え切った後は母艦から充分に離れたことを確認し、機体を巡航速度まで加速させる。同時に機体周辺に高温のプラズマが発生し、周囲の海水が蒸発、イオンへと電離し始める。指定の場所までは約1時間。その間は敵襲など無いので、自動操縦に切り替え、のんびりと海中見学である。
数分ほど進んだ深度500mの辺りで、海中がやや白んだ。
『秋ちゃん!マリンスノウだよ!うわ!お魚いっぱい!』
海中に降る雪と、それを食料とする魚の群れに会ったようだ。
陸地で生物の営みが消えた今、地下以外で生息しているのは海中に住む魚達だけとなった。だが、海中での営みは変わらず続いている。
「あんまりはしゃいでると、コース逸れるよ」
『そんなヘマしないもーん!』
言いつつこっそり舵を修正したことは指摘しないでおく。到着の予想時刻には影響もないだろう。

予定していた上陸地点に到着、所要時間は約一時間半。予定通りだ。
上陸地点は海流の影響から前回使った京浜運河からのルートではなく、荒川から上陸を開始する。荒川とは言っても、2000年代の地図と比べると、ほとんどが海面と同化しており、河川敷が砂浜の様になっている。ただし浜は砂でなく瓦礫でうめつくされているが。
『上陸しまーす。びろーん』
浅瀬に到着すると、両腕を展開し、地面に突き刺し、機体を引きずり上げて上陸する。この姿は蜘蛛ではなくヤドカリではないかと思うが、節足動物門では同じ生き物なので問題はない。
そして相変わらずの天候は雨。やや小降りであるものの、これから大降りになり、結晶体が出現する可能性もあるため、油断はできない。
『あっきちゃんのためならえんやー、こーらー』
「なにそれ」
『私が秋ちゃんを養ってあげないといけないの!大丈夫!私が居るよ!』
「はいはい、ありがとねー」
『うん、わたし頑張るね!』
応援して頑張ってくれた所為か、機体の稼働効率が上がる。今後はもうすこし褒めて伸ばす方針にすべきかもしれない。
『じょーりーく。たぶんこれ最速タイムだよー』
「頑張った頑張った、ありがとねー」
『わぁい!』
判ったことは即実践することが大事だ。それで効率が上がるなら尚更だ。
『ついでに周辺調査始めるねーうぃー』
「うん、ありがとう」
直前に雨の反応を調べてはいるが、念のためチェックは欠かさない。もし、雨が直前になって発生した場合に、すぐに離脱しなければ命はない。
だが、予想とは全く別の結果が得られることとなる。
『秋ちゃん!向こう晴れてる!』
ビィの言った向こう、ちょうどカプセルを回収するポイントの上空に晴れ間が見えた。
「ビィ、雨の反応と、カプセルの反応は?」
『ちょっと待ってね・・・。うん、雨の反応はないから暫く大丈夫そう。カプセルは変わらず来てるよ。予想した時間よりちょっと早めに着きそうなくらい』
「そう、そうね・・・」
現在の位置とカプセルの出現予想ポイントまでの移動時間をざっと計算すると、今から行けばちょうどカプセルが出現するするタイミングで到着できそうだ。ならば、善は急げ、だ。
「ビィ、行くよ」
『やった!日光浴だぁ!』
土煙を上げ、機体は前進し始める。移動と同時に機体周辺の水分の蒸発する速度が加速度的に上がり、雨除けが正常に稼働していることが解る。


カプセルに入れられて来る物はほぼ変わらず、機体の動力に必要な反応物質と船内では交換の効かない代替部品だ。しかしカプセルは小さく人間一人ほどの大きさでしかない。おまけに送られてくる量もごく僅かだ。
だが、送られてくる動力源も部品も、交換はほとんど必要ない部分であり、必要量も少なく交換する期間も長いためさほど問題ではない。
だが、送られてくるタイミングはいつも前回受け取った物が枯渇する寸前であり、今回もそうだ。おまけに運ぶ際に破壊されることもあり、足りなくなることもしばしばだ。
精製に時間がかかることが原因の一つだが、それ以前に材料を確保する事自体が容易ではない。
我々が海中からサルベージした物や、地下を掘削して出た鉱物からでしか精製できない物が多く、その中から更に我々を作成するための素材も捻出しているらしい。
だが、部品が送られるタイミングが直前になる一番の問題は、地下での内紛、つまり戦争だ。
地表で我々が雨を地下に入れないようにしている最中、人は地下で争いを起こし、殺し合っている。
争いには資材は必要不可欠であり、我々が欲している物は主にそちらに大量に投入されている。
こんな場合協力して雨への対抗策を講じれば良い物を、自身達の戦争に余力を注ぎ、その中から搾りかすのような物を我々に与えているのだ。だが、それも必要なことなのだ。
なぜなら対立しているのが、人類をどうにか存続させる者と雨に恭順し死を選ぶ者なのだから。
こんな荒廃した世で、地下世界という閉じ込められた世界では死んで楽になりたいという思想に行き着く者も多いため、『雲』名乗り一種の新興宗教的な勢力となった。
そして何を考えたか、恭順しないものを駆逐した後に地表に出て雨の洗礼を受けるという思想に至り戦争が勃発する。
その戦争は発生してから10年が経過してもなお続き、現在に至る。
我々はその戦争には参加せず、地表の防衛と資源の改修、そして地中から上がってきた人間の処理だ。一応地表での作業用スーツは開発済みで、上がってくる人間の二割は地表での作業を行うためだ。
しかし、そのスーツも一雨に撃たれてしまえば終わりの代物で、作業員はまず生きては帰れない。残りの八割は、死ぬために上がってくる『雲』の信仰者だ。
そして処理とは言っても埋葬するわけでもなく、亡骸を焼いた灰を撒くだけ、たとえ埋葬したとしても、すぐに雨によって掘り起こされ墓の意味を成さないためだ。
今回の任務ではその作業を行う必要はない。だが、備えておいて損はない。

カプセルの受け取り場所は、毎度変化する。
なぜなら、カプセル自体がトンネル工事を行うボーリングマシンの様に地面を掘り進みながら上がり、硬い岩盤を避けて通るために位置がずれるためだ。
掘った穴は埋め、地中に雨が向かわないように、どこから上がってきたのか悟られないようになっている。そして細かい位置情報は地表付近に来た際に発信されるビーコンを頼りになる。
予定していた出現ポイントに到着すると、ちょう上がってきた様だ。
『秋ちゃん!あっち!』
ビィが方向指示のアイコンをコンソールに表示し、その方向を確認する。
『でもあれ、やっぱり蝉の幼虫だよねぇ』
想定した位置からやや東、ビィのいう通り蝉の幼虫が上がってきたように土を押し上げてカプセルが出てきた。地中から出てきたカプセルは円筒状で、先端に地面を削る円盤状の刃がついており、大人よりやや大きいことがセミの幼虫と違うことか。
『ほいじゃ、蝉取りしますか』
機体の下部には大きくはないが物資搬入口があり、そこからカプセルを回収できる。
カプセルの前に機体を移動させ、搬入口を開くとカプセルが搬入口に向かって動き始める。
搬入から後はビィの操作によって固定され、あとは帰還するだけだ。
『お使いが蝉取りなことについて、秋さん一言お願いします』
「ノーコメント」
だが、固定を終えた時に異常は起きた。突如機体内から異常を示す警報が鳴り響く。
「ビィ、なにこれ!」
『ふえぇ!カプセルの固定具壊れたー!』
「嘘でしょ!?」
通常の固定具ならば特に警戒する必要はない、だがこのカプセルの固定具に関しては別物だ。
この中には物資が梱包されているが、中には武装や弾頭もある場合も想定し、固定具は万が一の状況でも固定した状態から外れないように設計されている。
もちろん機体の故障や、カプセルの変形などの要因があったとしても、対処できるようになっている。が、その絶対にあり得ない状況に今陥っているのだ。
『カメラもセンサもなんか壊れてるしー!秋ちゃんなんとかしてー!』
「わかったからちょっと静かにしてなさい!」
機体を停止、エンジンをアイドリング状態にする。シートを起こし、カプセルの収納場所へと繋がるシート下のハッチを開ける。
『あん!乱暴しないで!』
ビィの発言は無視し、収納場所を覗きこむ。中は人間が屈んで一列で動ける程度の空間があり、そこにカプセルが固定されているはずだった。
だが、目にした光景は異様だった。五点式の固定アームが、ことごとく押さえつけるのをはねのけたように関節方向とは逆に曲げられていた。
そしてカプセルに目を向けるが、途中に別のものが視界に入る。
カプセルの扉が転がっていた。
カプセルが、開いている―――――。
それも、内部から。
のろのろとカプセルに目を向け、中身を見て視線を動かせなくなった。
カプセルに入っていたのは物資でもなんでもない、スーツを着用した人間だった。
だが、それ以上に驚くべきことは、スーツの大きさからその人間が十歳程度の子供だということに気づいたからだ。
スーツの顔の部分に透過できる素材はなく、顔は判別できないので男女の判別はできないが、年端もいかない子供が地表に送られてきたのだ。
カプセルが地表に到着するまでに要する時間はおおよそ二十時間。
その間ほとんど身動きもできず、地表にやっと出たと思えば雨に撃たれて死ぬ可能性のほうが大きい。まるで、棺桶だ。
慌ててバイタルサインを確認するが、問題なく生きている。
この歳で戦場からたった一人で逃げ延びたのだ。
『あーきーちゃーん。だいじょうぶー?カメラもセンサも壊れちゃって、わかんないよぉ』
ビィがたまらずスピーカーを使い話しかけてくる。
「ビィ、予備の脱出用のポッドあったでしょ?それ出して、早く!」
『えぇ!?そんなに酷いことになってるの!?秋ちゃん、お願いだから見捨てないでよぉ!』
「ああもう!さっさと出しなさい!」
『あきちゃん・・・おたっしゃでね・・・。わた・・・うぇ・・・わすれないからぁ』
予備の脱出ポッドが格納庫の壁から排出され、手元に転がってくる。この子の身長ならスーツごと入れても問題ないだろう。問題があるとすれば―――――
『うぇ・・・うぇぇ・・・』
ぐずり始めたこのOSをどうやって宥めるかだ。


『もう!秋ちゃんったら素直に言ってくれたらいいじゃん!』
「あんたに説明してたら時間かかっちゃうでしょ!」
母艦に帰投し、最初に行ったのはOSとの口喧嘩だった。と言うより帰路でもやっていたので続いているだけだ。
出撃の内容はどうあれ、機体は破損した状態で帰る羽目になった。修理を行うロボットもこころなしか仕事が増えたことに残念がっていた様に見える。
しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。破損した機体からカプセルを引きずり出し、子供のスーツをまず脱がさないと命にかかわる。
カプセルの酸素残量もギリギリであり、発火の危険性も孕んでいた。
慎重に子供の来ていたスーツを脱がすが、半分解体に近い作業を行わなければいけないような状態だった。
厳密に言うとこのスーツは、生命維持機能の付いた防護用のスーツではなく、戦闘用に改造されたものであり、自分一人では死んでも脱げない特攻用の戦闘服だった。
子供のサイズにもそれが存在する状況まで人間は追い込まれているのだろうか。
ネジを外し、時にはバーナーを使って分解し、ようやく子供を引きずりだした。
引きずり出された子供は、褐色の肌と白髪の少年だったが、その容姿以上に全身の銃創、裂傷が目立った。ほとんど治りかけの物が多かったが、衛生面が心配な環境での傷なので安心できない。
カプセルに入っていた子供を抱え、医務室を目指して駆ける。艦内には一応人間用の医務室は存在する。基本的に司令官の逃げ口としか使われていなかったが、ここに来て役に立つとは思わなかった。
医務室に飛び込み、治療用のベッドに横たわらせる。ベッドはカプセル状になっていて、少年を検知したのか自動的に閉まり、治療を開始した。
このベッドは一応外科・内科手術を自動で行えるベッドだが、今回必要なのは栄養剤と抗生物質の点滴と外傷の応急処置位だろう。
案の定、点滴のチューブが左腕に伸び、外傷の縫合が開始される。
心電図も確認できうるようになり、特に異常はみられなかったので安心だろう。
だが、この子は一体何をしに、地上に上がってきたのだろうか?その理由を確かめなければならないだろう。
それを確認する手段を司令官は持っているはずだ。


彼のことを問い合わせてもらおうと、司令官室に足を運んだものの、結果は空振りに終わった。
「司令官、あの子のことなんですが」
「うん、さっき地下に問い合わせてみたわ。今は返答待ちよ」
既に司令の耳にも入っていたようで、私が使用としていた事もお見通しだったようだ。
「だげど、あの子、もう死んでいる事になっているかもしれないわね」
地下の戦争はまさに泥沼と化していた。方や戦死しても、地上に上がっても死ぬことがわかって絶望を見出している教団の者、そして何時地上に戻れるか、この戦争に生き残れるのか、全滅してしまうのではないのかという希望を見失い始めている者。
両陣営共、開戦当時は拮抗した状態を続けていたものの、最近では教団に寝返り、生き残る派は押され始めている。もう生き残る意味もない、死んでしまったほうがいっそ楽だと。
そのため生き残る派は手段を選ばなくなってきたという話も聞く。例えば、前線に居る味方諸共密閉し水攻めを行う、消化した際に胃から毒ガスを発生させる菓子を配った上で、子供を難民として相手側に送るなど。
どちらが正しいのかはなんとも言いがたい。ただ、教団側は戦争に買った暁に集団自決を行う予定になっているため、こちらが勝たなければ必然的に人類絶滅である。
そしてこの子供も、そのために送られた兵士、いや兵器といったほうがいいのだろうか。
しかしこうして地上に送られ、生き残っている。まだ、生き残れるのだ。
ただし、兵器として送られた以上、ほぼ間違いなく戸籍はなくなっているだろうし、管理されてもいない可能性も多いにある。
それでも情報が得られるのならば、それに超したことはない。我々が得た情報も、地下の人間からのまた聞きで、おまけにかなり昔の情報でもあり、直接前線からの情報は得たことはない。地下の人間がまだ何人生き残っているのか、という事も。
「・・・この子は、何のために生まれてきたんでしょうね」
生まれて、たった十年余りで戦場に命を捨てに行かなければならない。そんな人の一生など、本当に意味があるのだろうか。
「それは私達にはわからないわ。でも、生まれてきた意味を考えるためにも、生きないとね」
司令官は昔を懐かしむ素振りを一瞬見せたものの、いつもの穏やかな顔のまま、凛としていた。
彼女もかなり長く生きているが、その中で何を見たのかを一切話してくれずに、いつもはぐらかされる。この人は、生きる意味を見いだせてはいるのだろうか?
「でも、私と同じ年になる前には考え終えて欲しいわね」
「それは一体、何年でしょう?」
「乙女の秘密よ」
薄く微笑んで、口に人差し指を立てる。逆の指でこちらの口にも立てられた。

司令官室から出て、再度医務室に向かう。そろそろ子供の治療が終わっている頃だ。
案の定治療は終わっており、あとは点滴を何回か交換するくらいだろう。幸い衰弱の度合いも低く、命に別状はない。体内に金属反応や毒物もなく、手術の跡も無いため爆弾や毒ガスを仕込まれている可能性もない。
外傷は少なからずあるものの、こればかりはすぐに治す技術はなく、自力で治してもらうしかない。現在の技術は一部衰退しており、タンパク質の複製技術、つまりクローン技術が失われてしまっているためだ。
もっとも、義手や義足、人工の内蔵に至るまで元の体とほぼ同じ動きを再現できるためほぼ不要な技術ではあるが。
ともあれ、この子供が目を覚ますまでは待機せざるを得ない。補給されるはずだった物資は、代わりにこの子だったためだ。
私が燃料を回収できるはずだったため、他の機体はすべて出撃、帰還したものの燃料は私の機体を残してすべてゼロ。全く身動きがとれなくなってしまった。
一応カバーに他の艦が動いてくれるようだが、遊撃はともかく補給には時間がかかる。他の艦からの燃料の補給は断られてしまった。他の艦も燃料事情は厳しい。
なお、本来受領できるはずの燃料が入ったカプセルはあったらしいのだが、どこかの岩盤にぶつかって消息不明なままビーコンが途絶えてしまい、行方不明となった。
つまり八方ふさがりだ。そのため、やることは子供の面倒を見るかネットワーク内で暇をつぶすくらいである。

再び仮想空間に接続、あの端末の解析を行う。
セキュリティロック、ウイルス、暗号化。全てが入り混じり混沌とした情報を読み取れるデータに整理する。そして、未完成の研究レポートを見つけた。
「地球・・・再生論?」
一見すると、気の狂った妄言の塊かと思うが、内容は全くの別物だった。
まず、雨の降水量、発生地点、の統計が細かく集計されており、また雨が発生する条件も予測されており、過去のデータと、このレポート以降に発生した条件が全て符合する。
地下内に空洞があり、空洞の気圧が20気圧以上かつ空洞内に鉱物の結晶が一定の間隔で形成されており、水で満たされていないこと。そして、付近で地殻の移動が起きる際に発生する振動に結晶が共鳴した際に、その地点に雨が降るという。
しかし、結晶化した雨が出現するのは空洞内が大きく、結晶自体も大きい場合に限られる。
そしてその共鳴した周波数の一部は人の組成組織によって共振し、エネルギーが発散状態になる。その際に雨が結晶化するのだと。
周囲にいた人間は結晶化した雨が発生させた衝撃でほぼ消滅するが、その直前には発生した振動により、血液が沸騰し爆発するか、万が一生き残ったとしても精神に異常をきたして死ぬ。
人類としては八方ふさがりな状況だが、結晶化した雨は別に人を殺す意志はないという。現に、人のみを狙う行動は起こさず地面だけを破壊している。
なぜ破壊するのか、なぜ出現するのかは依然として不明だが、これにより判明したこと、それは地下に形成された結晶を破壊しなければ、雨は降り続き、結晶化した奴らも出現し続ける。
逆に言えば、この結晶を破壊してしまえば、人類は雨の恐怖から開放される可能性があると。
しかし、これには大きな問題があり、空洞内の振動は人を殺せるに充分なものであり、人間が近づくことは不可能であること。結晶は肥大化を続けているが、破壊するための兵器を用いた場合、地球全てが沈下し、地上は海に沈むということ。そして、すでに人間に継戦能力がないということ。この説を立証するために地上を防衛する物、例えば劣悪環境でも稼働できるロボット等が必要であるということ。
そして、地中の一点に対して強力な振動を与えることで、結晶の固有振動数と同じ振動を起こすことができ、結晶を破壊できるのだと。
レポートはここで終わっていた。その一点、その場所さえ分かってしまえば、この戦いを終わらすことができる物。それをやっと見つけることができたのだ。
司令室への回線を開放、通話回線を確立させる。
「司令官、緊急のお話があります」
「なぁに?恋の悩みでも?それなら―――――」
どうやらまだ起きていてくれたようだ。
「雨の対処法が、わかったかもしれません」
やや間が空き
「部屋までいらっしゃい。濃い目のコーヒー、淹れておくわ」


「そう、あの端末に、ね」
司令室に入った直後に淹れたコーヒーが冷めるまで司令官は例のレポートを確認していた。
内容に嘘の情報がないか、ただの狂言なのか、真実が記載されているのかを吟味しているのだ。
司令官がレポートを読むのに合わせ、私は関連するデータを検索して表示していた。
予め用意していたデータもあったが、全く関係性のなさそうな空気汚染のデータなどもあったが。
「司令、このデータは信頼できると思います」
「少し落ち着きなさい。この地下の結晶、共振、雨の結晶化。全て検証すらされなかった情報だから、安易に信じることはできないわ」
だが、これまでの研究では謎、というしかなかった事実から来る疑心である。いままで雨の原因が、宇宙人説、地底・天空人説、はたまた地球の意志などなど。すべて夢物語の話だが、このレポートの内容も相当だ。
しかし、この内容の通りならば、我々は戦いから開放される。
地下の人間の戦争に関しては暫く継続するだろうが、地上への逃げ道が確立され、全滅という最悪の結末は回避される可能性が見える。
「それでも、こんなデータは初めてね。経過報告もされてないし、論文にすればかなりの数があるのに公表されてない」
「おそらく、報告する場所がなかった、ということでは?」
このレポートが書かれた当時は、ようやく地下への避難の準備が整い、避難が開始された頃に当たる。同時に主要都市が壊滅、おそらく報告する研究機関、通信インフラも同時に破壊され、研究員達の連絡も途絶していたのだろう。
その間も研究は進み、確信できるデータが得られ、あとはこの情報を公表するだけ。その時に雨にあったのだろう。
もちろん、公表したくなかったというわけではないだろう。レポートとデータはどうやら何度か記憶媒体にコピーされた形跡があり、各研究員はデータを持った上で脱出したのだ。
しかし、その情報はデータを解析するまで我々の手に届いていなかった。研究していた者はこれで浮かばれたのだろうか、それともこれまでの成果が世に出まわらなかったことを悔やむのだろうか。
「ともあれ、この情報は私とあなただけで判断できるものじゃないわ」
「しかし、司令官」
「もちろん、同じ研究者、人間が残したものを彼らは蔑ろにはしないわ。必ず検証を始める。それを待っても遅くはないと思うわ」
この雨を確実に解決できる方法である確証はない。だが、希望を見出せない以上、この可能性に賭けるしかない。しかし、この可能性によって逆に徒労に終わるか、信じて行動し、最悪こちらが全滅する可能性も孕む、諸刃の剣だ。
「私はこのデータを地下に送って話をしてみるわ」
「・・・ひとつ、提案があります」
「なに?」
「この情報、艦内に公開してもいいでしょうか?」
少なくとも、地下も我々も対抗策への情報には飢えている。対抗策がある可能性があるとすれば、これからの行動指針も決まる。
「・・・それは、だめね。たとえ情報が正しいと分かった後でも」
「ですが」
「私も一瞬迷ったわ。確かにこの方法を取れば雨との戦いは終わって人の戦争も終わる。でも、このことを知ったら貴方達は必ず、その命を捨ててでもやろうとするでしょう」
「・・・おそらく。それでも!」
「それが貴方達の役割だということはわかっています。でも、確証が持てない今行っても雨を止められるかわかりません」
「あなたのやろうとしたことは、間違ってはいません。でも、私は貴方達が無駄に死んでしまうところを見たくはないのですよ」
「非情になることも必要です」
「それは今ではないですよ」
「私は今から地下の者と話してきます。それが終わるまでゆっくり考えておきなさい」
「・・・わかりました」


秋が離席し、司令室には私だけが残った。
果たしてこのレポートがもたらす物は、希望か、ただの戯言と一瞥されるだけか。
既にレポートは地下に送信済みであり、研究機関によって検討が始まり、地下の政府でも協議が始まっているだろう。
送信した直後は疑心に駆られる声が多く、私のでっち上げた内容だとも追求されたが、ひとまず分析してみてからということだった。
やはり、地下の人間には信用度が薄い。しかし、それも仕方がないだろう。
地上に露払いという前線に放り出された老兵の身でもあるし、なにより―――――。
『お気分が優れませんかな?』
匿名の通信が開かれ、聞き慣れた声が響く。
「ええ、貴方の声が聞こえるのが特に」
『これは寂しい、元教祖殿』
この芝居がかかった通信の相手の男は現『雲』の教祖であり、元教祖とは、私の事だ。
『貴女が去ってしまって、教団の中は火の消えたように静まり返っておりますよ』
「でも貴方が就いてからは、燃料でも注いでるんじゃないのかっていうぐらい血気盛んだがね」
『「それは皆、教団の言葉を忠実にこなしているだけですよ』
「教団じゃなくて、それはあんたの言葉じゃないのかい?」
『とんでもありませんよ。それに教えのほとんどは貴女が作ったものではありませんか』
「どうかね」
人が地下に潜った直後の頃だ。その頃は全ての人間が雨への恐怖と、先の見えない絶望の最中にいた。
その為、暫定的な政府が発足し治安が安定する間、指導者を立てて人に希望を与えようとした。
そして、その時に政府によって抜擢された指導者。それが私だった。
その頃は雨に恭順するのではなく、打倒し生き残るという今とは全く逆の方針の人の集まりだけの存在だった。そして、人の心も落ち着き、地下の治安も安定した頃、この男が教団を新たに発足し、戦争を起こしたのだ。
その教団が現在の『雲』であり、私の元にいた者をほぼ従えていた。人は続く地上での戦いに心が麻痺し、死して楽になろうとしたのだ。
結果、私は彼の教団に追われ、追手からも逃げる形で地上の司令官として就いた。
追手を避けるためという理由もあるが、教団を制御しきれなかったための島流しともとれる処置だ。
『まぁ、それは置いときましてね。ひとつ、いい話を聞いたんでご報告にと』
「へぇ?」
『なんでも、雨の対抗策がわかったそうで。すでに研究班が動いているみたいですね』
「えらく情報早いじゃないの」
情報は教団には渡さずにいたが、ここまで早く漏れるとは思わなかった。
『いやね、政府の協議に快く参加を承認していただきましてね』
「あんた、政府をすでに掌握したのかい」
『いえいえ、私はまだまだ聞きに入れただけですよ』
「どうだか」
政府にしてもこいつの面は割れているはず。議会の参加など通常は認めないはずだ。
だが、その場に居て政府にしか開示していない情報を知っている。そのことは既に政府に教団の手が及んでいるということに繋がる。
『あと、もうひとついいことも聞きましてね。どうやら、貴女の艦がレポートを見つけたとか』
「おしゃべりな官僚がいたもんだね」
『いやあ、聞きもしないことを色々と話してくれましてね。助かります』
「で、あんたはどうするつもりだい」
『私はなぁにもしませんよ。ただ、このレポートは下手に広められると更に地下が混乱するかもしれませんのですわ』
「何が言いたいんだい?」
『そのレポートは、私達が管理した方がいいんじゃないかってことですよ』
「私達を消すつもりかい?」
『いえいえ、そんな物騒なことしやしませんよ。ただ、素直にデータを破棄して頂けるだけでいいんですよ』
「もし、逆らった場合は?」
『逆らえたら、の話ですがね』
「・・・やってくれるじゃないの。あのカプセルはあんたの仕業かい」
『さて、何のことやら』
先日のカプセルの回収任務、正しい目標は中に機体用の燃料を積んでいたカプセルが行方不明になっている。おおよそ、出現地点を適当な値にして出したために迷子になったのだろう。
そして、こいつは今この艦内に抵抗できる機体がほぼないことも知っている。
『では、念を押すわけではありませんが、人を送ってデータ消去を確認させていただきますね』
「勝手にしな」
『ではそのとおりに』
通信が切れ、直後に目眩がする。奴が苦手なだけだ。
「さて、どうしようかね」
現在動かせるのは、秋の機体のみ。しかしそれもあまり長くは持たないだろう。
レポート自体はあの子が保管しているが、守り切る術がない。
「昔は、食べて隠したもんだが、データじゃあねぇ」
お手上げ状態である。かと言って、奴の言いなりになるのも癪であるし、何より対抗策であるこれを簡単に捨てられるわけがない。
そこに通信が入る。医務室からのコールだ。
「司令官、子供が目を覚ましましたよ」
通信相手は秋だ。司令室を出た後は医務室にいたのだろう。救出したという責任感か、それとも、といったところだろうか。
「分かりました。ちょっと顔見せにいきましょうかね」


自分はまだ、あの地下の戦場にいるのだろうか、それとも夢を見ているのだろうか。
耳元で聞こえたのは火がうねり、耳朶を叩く轟音だった。そして人の怨嗟、怒号、銃声。
まだ僕は戦場にいるのだ。何時終わるとも不明なあの戦場に。
だが、その戦場が不意に氷のように溶け、代わりに写ったのが自分と同年代かそこらの少女。
戦場では見たことのないような真っ白な姿、それが誰かと考える暇もなくスーツを叩き壊され、あげく引きずり出された。
ああ、これは夢だ。どうやったらこのスーツを素手で叩き壊せるのか、おまけにこんな綺麗な女の子が居るものか。そして、その少女に担がれるという状態もありえない。
だが、夢は冷めるのだ。おそらく、あの溶ける前の戦場に。
意識が徐々にはっきりとし、眼前に光が溢れてくる。閃光弾が投げられているのだろうか。
ならばと目を瞑ったまま光が収まるのを待つが、一向に光は収まらない。
「ここはもう戦場じゃないわよ。まして教団の施設でもないわ」
聞こえた、柔らかい老人の声。戦場では、ないと
恐る恐る目を開けると、白の壁で統一された、清潔な部屋。地下ではこのような清潔な部屋は病院ですら存在しない。
「ようこそ、地上へ。とはいっても海の中だけど」
「う・・・み?地上・・・?」
海とは、あの地下の上にあるという水たまりのことだろうか。だがそれ以前に、白い部屋と、この老人は一体誰なのか。教団の施設ではないと言ったが信用できるのか。
「君は脱出用のカプセルに乗って地上まで来たのですよ。覚えている?」
「カプセル・・・?」
全く思い出せない、と言うよりどうやってそのカプセルに入ったのか、その直前に何をしていたのかを思い出せない。
「ちょっと混乱しているようね。アオイ君」
「なんで僕の」
「一応調べさせてもらったわ、教団側の人間じゃないかと思ってね」
「ああ、そういい忘れたわ。ここは第29防衛艦、雨と戦っている軍隊の一つよ。で、私はここの司令官をやっている者よ」
「じゃあ、本当にここは、地上なんですか」
「そうよ。よくがんばったわね」
言いつつ頭を撫でられた。優しくも力強い、子供をあやすものではない、慈しみに満ちていた。これを慈愛とでも呼ぶのだろうか。
「体が弱っていたみたいだけど、点滴打ったらすぐ良くなったわね。やっぱり若さって偉大ね。羨ましいわ」
言われて気づいたが、地下にいた時に感じていただるさも消え、いたるところから出血していた裂傷も古傷を残して処置されていた。
「さて、アオイ君。君のことを少し話してもらえないかな」
「僕の、ことですか?」
「そう。なにせ私達は地下の戦場のことも、君が何をしに地上に上がってきたのか、全く分からないの。だから、君の話を聞かせて欲しいの」
「ひとつ、お願いがあります」
「この年寄りにできることなら」
「地下を、助けてください」
「・・・難しいお願いね」
「もう、戦場で人が死んでいくのを見るのは、嫌なんです」
「努力するわ」
その言葉に安心したのか、アオイはぽつりぽつりと地下の戦場のことを話し始めた。


地下の戦争は既に泥沼の様相を呈し、特攻・生物兵器、殺す手段を全て注ぎ込んでいた。
教団側は死を恐れない、いやいずれ死ぬのだから今死んでもよいという必死の精神ではなく、死ぬための行動を起こしてくる。
それの防衛のために同じ世代の子供は全員駆りだされた。僕もそうだった。男も女も関係ない。使えるものは全部使う。生き残るためには仕方ないのだと。
そして、つい先日のことだ。教団は交戦地域一帯を落盤させた。もちろん、味方諸共だ。
幸い瓦礫に埋もれることはなかったが、部隊は自分を除き全滅し、後退を余儀なくされた。
粉塵と硝煙、戦闘用スーツに仕込まれた即席の耐毒ガスフィルターからのすえた臭い。それが、この戦場だった。
生まれてから10年間、ずっとこの世界で暮らし、得られるものはなくただただ失うだけ。
生き残るために戦っているのか、彼らと同じように死ぬために戦っているのか、既にわからない。聞いた話だと、この天井の上には海と呼ばれる大きな水たまりと地上の世界があるらしく、そこでも別の生物の様なものが地上に降ってきて、それを倒す戦いも起こっているらしい。
まるで風呂釜の縮図だ。戦火が火、海が湯、そして陸上の戦いが湯気だ。
そして人はその火と湯と湯気で苦しんでいる。ただの地獄だ。
この戦火のなか、向かう先はなかった。生き残ったとしても、住める場所は既に地下に存在しない。だが、地上に出ても瓦礫と荒野が広がるだけの世界と聞く。
一歩ずつ、あてもなく歩く。途中でスーツが破損し、幸いにも接続部分が割れたので脱ぐことができた。
そこから更に歩く。宛もない、希望もない。こんな地獄で、希望を持つことは、できるのだろうか。いや、一人居た。感情すら破綻してしまっているが、希望らしき物を常に抱いている変人が。
無意識に、その男がいる場所に向かってしまう。その男の希望に引かれたのか、男の希望が僕を呼び寄せたのか。
「んんー?ここの岩盤はやはり硬いなぁ。やはりここはTNTで一気に発破してしまったほうが良いか?いやでも硬いが脆いし、おまけに開けているから爆破の衝撃が一方向に向かわないからナンセンスだ。でもこれを手掘りはちょっと厳しいなぁ。持ってきた重機も持って行かれちゃったし、うーんやっぱり手掘りかなぁ、でもなぁ」
戦場から少し離れた洞窟で延々とひとりごとをつぶやく、手製のガスマスクとすでに煤と泥で茶色に染められた白衣を着た男。この男が何をしたいかは全く意味不明だ。
ただ、上に登ろうとする。意味があるのかもしれないが、理由は絶対に話さないし、必ず一人でやろうとする。
だが、衣装からしてどこかの研究者か医者だったようで、知識は豊富であり、気が向いた時に戦場に現れ病人を何度も救っている。
「あんた、まだやってるのかよ」
「んー?ああ、アオイ君。生き残れたようで何より。今日は全滅すると思ってたんだけどね」
こちらを振り向かずに、手元の手掘りの掘削機械を調整しながら淡々と話す。この男はいつも調子だ。知っていたなら、なぜ助けてくれなかったのだと。この男は戦争に興味が無い、いや人の生死にすら興味が無い。
「あんた、どっちの味方だよ」
「どちらの味方でもないよ。僕は、やりたいようにやるだけさ」
言いつつ、掘削機の整備が終わったのか再び坑道を掘り始める。長さはゆうに1キロを超えているだろうか。岩盤を避け、脆い地盤を避けながら掘り進めているために中は既に迷宮だ。
しかし不思議と落盤などはなく、奥には集落があるほどだ。住んでいたものは今日全滅したが。
「時に、アオイ君。君はこれからどうするつもりだい?」
不意に、掘削機械を止めて男は言う。
「どうって、何をだよ」
「これからのことさ。食料の備蓄もなし、補給もここ10日ほど途絶えているそうじゃないか。どうやってこれから生きていくつもりだい?」
男の言うことは正しい。輸送路を襲われたようで12日前の便を最後に補給が行われず、今日が最後の食料を食べ尽くしたところだった。
「ここを敵の前線を突破して、味方陣地に帰りつければ行幸。辿りつけられなくとも、敵陣の食料庫にでも立てこもる作戦だったんだろうけど、敵さんこの陣地を一旦放棄、更地にして歩きやすくなったところをもう一回進軍するだろうね」
図星だった。全く無計画にも程がある作戦と呼ぶのも憚られるほどの単純な強行作戦。だがこうしないとただ野垂れ死ぬだけだった。
「結果、作戦は失敗して部隊はほぼ全滅。じきに敵も進軍してくるだろうね。いっそ投降するという手もあるけど、どうする」
「投降したって、あいつら絶対に生かしてはくれないだろうさ」
「ま、そうだろうね。彼らは殺して自身も死ぬために戦っているんだ」
「あんたは、どうするんだよ」
「僕かい?僕は隠れて隠れて隠れ続けて、逃げ延びてやるさ。やりたいことができずに終わるのが一番悔しいからね」
「やりたいこと、ね」
「アオイ君には無いのかい?やりたいこと」
「・・・笑わないか?」
「それは、笑って欲しいのかい?」
「青色を見たいんだ。それも自然の」
この地下世界、見つかるのは土色と赤色のみ。青色は全くと言っていいほど見ない。一応合成色で作れるが、それでは意味が無いのだ。
「そうかい。青、青ね。君の名前の色、か」
「可笑しいかよ」
「いや、懐かしいね。昔は海の青色を見ていたけど、地下に潜ってからはとんと、だね」
「あんた、地上に居たことあるのかよ」
「ああ、いたとも。といっても、最後は雨に追われて着の身着のまま、さ」
「なぁ、地上ってどんなとこだった?」
「今は瓦礫だけの地獄だったけど、昔は平和なものだったよ。こことは大違いだ。おまけに爆風じゃない気持ちのいいくらいの風が吹くんだ」
「平和、か」
生まれてからずっと戦火の中に居た自分には考えられないことだ。
「いつ、平和になるんだろう」
「・・・それは、今かもしれないね」
「はぁ?」
「いや、なんでもない。それより、そこの白い箱に水が入ってるから、とってくれないか」
見ると壁に人一人が入れそうな表面が白の大きな箱がある。
「水なんて、そんなもの何時手に入れたんだよ」
水は地下では貴重品であり、地下水脈を両陣営が握っている。無論前線にはそこからの輸送物資であり、通常は手に入らない。
だが、この従軍してもいない男がなぜ、そのような貴重品を持っているのか。
「たまたま地底湖見つけたから汲んできたのさ。後で教えるよ」
「あ、ああ」
言われて特に疑問はなくなった。だが、何かがきになる。特にこの箱だ。
この白い箱は、ただの水入れにしては素材がどうみても金属であり、どこかで見たことがある気がする。だが、不思議と嫌な気持ちは感じない。
取手と思わしき物に手をかけ、引く。子供一人でも開けられるようにしてあるのか、油圧式のシリンダで開閉を補助してくれるようであり、案外あっさり開いた。
だが中は暗く、そして狭い。しかし、狭いのは中に物が詰め込まれているからであり、中の容積はかなりある。この雑多につめ込まれた中に水があるはずだが、容器らしきものは見つからない。
「なぁ、水ってどれ―――――」
後ろに居るはずの男の方を振り返る。だが、男は後方ではなく、真後ろに居た。
そして、箱の扉を閉め、外側からロックを掛けたような音もした。突然のことで体も脳も動かなかった。
「悪いね。水、切らしてたわ」
「あ・・・あんた、何を!」
「言ったろう、アオイ君。平和にするなら、いまだと」
「だから何を!」
「いいか、アオイ君。じきに教団がここに攻め込んでくるが、君と僕は生き残らなくちゃいけない。幸い僕はこの迷宮の中を知り尽くしているから絶対に逃げ切れる。だけど君を連れて行くとなると難しい」
「じゃあ、俺はここに隠れてろっていうのかよ!」
「いや、隠れるだけじゃ彼らに爆破されて終わりだろう。だから、君には地上に行ってもらう」
「はぁ!?」
「大丈夫。この場所から地上に出た時には地上は晴れているし、位置情報を出すようにしている」
「位置情報って・・・誰が見つけてくれるんだよ」
「それは―――――」
続きの言葉は銃声によってかき消された。教団が攻めこんできたのだ。
「アオイ君。質問にはいずれ答える。だから生き残ろう」
その言葉の直後に、箱がからエンジン音の周波数が上がり高音を吐き出し始め、足元に負荷がかかり始める。上に登って、いる?
気づいた直後に全身を固定され、身動きがとれなくなり、その上で上半身に金属を被せられる。さっきまで着ていた戦闘用のスーツだ。だが、型が古い上にサイズも若干大きい。
さらに何かを首筋に注射される。どうやら睡眠薬か仮死剤の様で一気に眠気が襲ってくる。
ここから地上まで時間がいくら掛かるかは不明だ。その間に発狂してもらっては困るからの措置だろう。
一体自分はどうなるかを考えたが、その思考が巡り終わる直前に、完全に気を失った。

「それで起きてみたらここに居たのね」
話すのにも体力が必要で、休みをはさみながらの説明を終える。
「はい。でも途中で何度か起こされた気はしますが。割と乱暴に」
「あらあら、それはいけない子。ちゃんと謝らせないと」
司令はドアを開け、誰かを引っ張ってくる。守衛か何かだろうか。
「はい、じゃあ秋。謝っておきなさい」
「「は?」」
閉口一番に言われた言葉に狼狽してしまい、謝る相手も自分も相当驚いたようだ。
連れて来られた少女、その顔に見覚えがあった。
「お前、俺を起こそうとしてた奴・・・か?」
「そうよ。起きられたのね。よかった」
ふっと、ゆるめた彼女の表情に顔が熱くなる。だが、面と向かってなにかいうとなると恥ずかしく、適当な言葉でお茶を濁す。
「こんなちんちくりんが・・・」
先のゆるめた顔が強張る。どうやら禁句だったようだ。
「ちん・・・ちんちくりんですって!」
「うわ!ち、ちょっと待てって!」
「あらあら、だめよ怒っちゃ」
司令が秋と呼ばれた子を羽交い締めにして抑える。
「こんなはずじゃなかったんだぞ!最初はもっと色々とあったんだぞ!」
「しるかよ!このちんくちりん!」
「うわ!また言ったな!この・・・モグラ!」
「も・・・モグラ・・・」
地下にいた人間だからこその相手に対する、精一杯の罵詈雑言だったのだろう。
きぃきぃと叫ぶ秋が落ち着くまで時間はかからなかったが、彼女の僕に対する視線が痛い。
「さて、秋。あなたにはやってもらいたいことがあるの」
「はい」
「この子を地下に送ってあげなさい」
司令の言葉に、一瞬何も考えられなくなった。また、地下に―――――。
「そんな!また僕に戦えと言うんですか!」
「いいえ、違うわ。君には隠れていてもらうわ」
「隠れてって、どこにですか。地下に隠れるような場所なんかないですよ」
「私の知り合いに匿ってもらうわ。でも、条件、というよりお願いがあるわ」
「条件・・・?」
「あなたにはこのデータを持っていて欲しいの」
「これは、一体・・・?」
渡されたのは棒状の記憶媒体装置で、おそらく重要なのはこの中身だ。
「それは、この戦争を終わらせる事ができるかもしれないものよ」
「それを、なんで僕なんかに」
「そのデータは色々とあってね。いま、教団に狙われていて、ここにあることもバレてるの。だから、君にそれを持って逃げて欲しいというわけ」
「司令官、それはこの子を泥棒か何かにするだけです!」
「そうね、秋の言うとおりだわ。でも、逃げないとこの後に来る教団の人間に殺されるだけよ」
「しかし!」
「・・・僕が持って逃げたら、教団は確実に僕だけを狙って来るでしょう。おまけにデータも持っているんだったら尚更」
「その通りに動いてくれるといいんだけどね」
「なんで!君も狙われるだけなんだよ!」
「教団は、何もしなくても僕を狙うよ。そんな奴らなんだ」
「だからって・・・!」
「僕は戦争を終わらせたいし、そのためなら泥棒の汚名だって被る。そうしないとただ死ぬだけだから」
「なんで・・・なんでなのよ」
「秋、確かに彼は狙われるだろうし、危険なことをさせる責任は私にはある。でも、彼を傷つけたりするためじゃないことも解って」
「・・・分かってます。だから、今動ける私が、彼を送らないと」
「ごめんなさい、秋。でも今はあなたに頼るしかないの。そうしないと、彼も私もこの艦も、世界が破滅しか見えない世界になってしまう」
「・・・司令官、私からも一つお願いがあります」
「何?」
「彼を送った後、戦争が終わるまで彼と一緒に行動させて下さい」
「それは、ちょっと寂しくなるわね」
「そうすれば、より確実に彼を守れます」
「わかったわ。貴女の思うようにしなさい」
「ありがとうございます」
「さ、もうそんなに時間がないわ。秋、出発の準備をしてきなさい」
「はい、ほら行くわよ」
「え、僕は・・・」
「あんたの準備もしなきゃダメでしょ?ほらこっち!」



ほら、こっち来なさいな。服脱がせるから」
「待て待て待て、なんでお前がやるんだよ」
医務室から連れて来られたのは秋の自室だった。
出発の準備は色々とあるものの、人間用のスーツを着る際に、微小な埃も体に付着させてはいけないらしく、そのために風呂に入れさせられようとしている。
「だってあんたその服、脱げれないでしょ?」
今自分が着ている服は治療時に着せられた服で、どうやら自分では脱げないように作られているらしい。いや、本来なら脱ぐ方法もあるのだろうが、こんなものを着たことはないし、ましてやこの女が教えてくれるとは到底思えない。
「い、いやお前の目の前で脱ぐのは、ちょっと・・・」
「え?あ、さっきも言ったでしょ?私、人間じゃないから大丈夫」
ここに来る道中で簡単に紹介は終わっていて、秋が人工の人間であることも既に聞いていた。
だが―――――。
「大丈夫って、そんな問題じゃ」
「問題?ないじゃん。あーめんどくさくなってきたからひん剥くよー」
「ちょ、ちょっと待て・・・待てって!」
「待たん」
叫ぶことも許されずに衣服を脱がされた。これは一生のトラウマに残るかもしれない。

「いや、こういったのって、もうちょっと何かあるんじゃないの?」
「何かって、何さ?」
「・・・いいや、何でもない」
秋に衣服を剥かれ、後はされるがままに体を洗われている。
手を握られて気づいたが、秋の身体は人と同じように暖かく、柔らかい。人工の物と聞いたが、ほとんど人と変わらない。だからこそ―――――
「でさ。なんであんたは目、瞑ってるのさ」
「あ、泡が目に入ったら痛いだろ!」
目を開けずに秋の姿を目に入れないようにしていた。
「ふぅん。人って意外と細かいのねぇ」
実のところ、体を洗う際に秋も服が濡れない様にと、自身も服を脱ぎ始めた。そこから目を一切開けていない。
確かに秋は人工物で、ちんちくりんで、とてもじゃないがスタイルも良いとはいえない。
だが、それでもこいつの姿を見たら何かが終わってしまう気がしてならない。
「いや、別に私は姿みられてもいいんだけどね。同年代の裸くらい問題ないでしょ?」
心を見透かす様に確信を突いてくる。
「胸もないしさー、くびれも無いんだよ。ちょっとみてよ、最悪でしょー」
「し、知らねぇよ!」
頑なに目を閉ざしている所為か、ここぞとばかりに秋が近づいてくる。おそらく、眼前には秋の顔がある。
「んー?照れてるのかなぁ?かぁいい奴めー」
「ちげぇよ!バカ!」
「でも、私は後悔してないよ。この体になったからこそ、生きてこれたんだ」
秋の言うとおりかもしれない。自分の体は同年齢のものよりは少しばかり大きい。だからこそ、傷を受けても致命傷にならなかったのかもしれない。
逆に秋は、この小さな身体にすることで、生き残れたのだろう。生き残るということは、この事なのだろう。
お互いに、身体に関してはコンプレックスを抱いているものの、生き残るためには仕方ないと、割り切っている。むしろ、このコンプレックス自体が自信につながっているのかもしれない。
「だからこの身体、ちょっとだけなら見せてもいいかなって!」
「なんでそうなるんだよ!」
結局アオイは秋の姿を一切目に入れることもなく、風呂から出ることに成功した。
出発まで、後僅か。

秋達が出発準備を整えた頃、母艦は一機の輸送艇を迎え入れた。教団の使者だ。
使者は輸送艇から脇目もふらずに司令官室に踏み込んでくる。
「わざわざご苦労様。貴女も多忙ですね」
「お元気そうで何よりですよ。おばあちゃん」
深見咲、紛れも無く自身の孫で、今は教団の次期トップだ。
「貴女ちゃんと食べてる?ちょっと痩せたんじゃない?」
「体調は気遣っていただかなくて結構。それより、レポートを早く出して下さい」
にべもなく咲は答える。せっかくの再会だというのに。
「まぁまぁ焦らないの。せっかく来たんだからコーヒーぐらい飲んでいきなさいよ」
「それも結構。意外と私も多忙なんです。頂けるものは早めに頂きたい」
「つれないわねぇ。私は孫の成長が見れて嬉しいだけなのに」
「私は貴女の落ちぶれている姿を見たくないだけです」
落ちぶれた、確かに彼らから見ればそうだろう。教団を追われ、島流し同然の海中暮らし。彼らから見れば逃げ続けているだけの老人に見えるだろう。
「そう?でも私は充実してるわ。貴女と違ってね」
「私は満足しています。この教団に尽くせることを」
「嘘をお言い。あんたは教団じゃなくてあの男に尽くそうとしてるだけ」
あの男、教団の現トップのあの男だ。
「間違ってはいませんね。あの方は教団の鑑、あの方に尽くす事が既に教団に尽くしていることになります」
「悪い男に惚れちゃって、おばあちゃん心配だわ」
「心配も結構。それより早くレポートを出して下さい」
「せっかちねぇ」
もう少し粘れるかと思ったが、意外と頑固に孫が成長しており、呆れている。
「もう少し愛嬌があったほうが、男には受けるわよ?」
「私には異性は不要です」
「可哀想な子ねぇ。誰かを好きになったら、そんなまどろっこしいことも考えなくなるのに」
「不要ですから早く―――――」
その言葉を遮るように、艦内の出撃ハッチに注水が開始される警報が鳴り響く。予定より少し早い。秋が咄嗟に判断したのだろう。同時に管制室からも通信が入る。
『司令官、艦内システムがハッキングされています!』
「えー、それはたいへんじゃない」
これも全て秋との計画の内だ。演技はうまくはないがやるしかない。
通信端末から秋の顔が映し出され、雨蜘蛛の操縦席からの通信のようだ。傍らには、秋に詰め込まれた様にアオイもいる。
『司令、迷子を送ってきます』
「その子の行き先は分かってるの?」
『はい、大丈夫です』
『秋、もうちょっとこれどうにかならないかな・・・』
『アオイちゃん!私というものがありながら浮気!そうなのね!』
『ちょっと黙っててよ!今いいとこなんだから!』
なんだか賑やかなことになっている。だが、彼らにはこのくらいが丁度よいだろう。
「迷子になっても、迎えに行けないからね。気をつけてね。忘れ物はないわね?」
『・・・はい!』
「じゃあ、いってらっしゃい」
『行ってきます!』
『アオイちゃあああああん』
返事と共に通信の切断。これ以上話すと、こちらも引き止めてしまいそうだったので調度良い。
同時に発進管の注水が完了し、ハッチも開放する。彼らが向かうは、地中だ。
「今のは何ですか!」
通信の勢いに押され、黙っていた孫がヒステリックを起こしている。これではまだ人の上には立てないだろう。
「聞いての通り迷子をお家に送り届けに行ったのよ」
「あの子供も処分の対象ですよ!なぜ逃すんです!」
ああ、この孫は近いうちに躾ないといけないかもしれない。この苦虫を潰した様な顔も矯正してやらないといけない。
「迷子を送ってあげるのは、大人の責任よ」
「・・・逃かしてしまった物は、仕方ありません。レポートを頂いたらすぐにでも追跡します」
「全く、どこをどうしたら物一つにそこまで執着できるかねぇ。わかったよ」
「分かっていただければ結構」
机の引き出しを開け、中を見る―――――振りをする。
「あら、おかしいわね。ここにいれておいたはずなんだけど」
「早くして下さいよ。こっちには時間が―――――」
苛立ちを含んだ顔が、さっと青くなる。気づかれた。
「貴女まさか、あの子供に!」
「あらやだ、お菓子と間違えてあげちゃったかも。もう年ねぇ」
「くそっ!」
踵を返し、部屋から出ようとするが、ドアに手をかけて固まってしまった。
『司令官、どうも秋が司令官室と出撃ハッチをロックして出て行ったようです。解除まではしばらくお待ちください』
「あらあら、困った娘だわ。帰ってきたらほ・・・叱ってあげなきゃ」
孫は肩を震わせ始める。どうやら気に触ってしまったようだ。
「ここまでコケにされるのは、初めてですよ」
「そうね、でも貴女とゆっくり話せる時間ができて私は嬉しいわ」
打てる手は全て打った。あとは無事に秋が地下に到達できるかが鍵だ。

秋達が出発する直前まで時間をさかのぼる。
「なぁ、いい加減、服着てくれないかな」
「え、なんで?またスーツ着るために脱ぐのめんどくさいからいいじゃん」
「よくねぇよ!せめてタオルでも巻け!」
風呂から上がり、身体を乾燥させても、秋はなかなか服を着ようとしないために未だ秋を直視できないでいる。面倒臭がっているのか、ただ単にこの状況を楽しんでいるのか。
「わかったわかった。ほーらできたよー」
「嘘つけ、だったらなんでタオルの山が減ってないんだよ」
手元には自分も使うタオルがあるが、その山がひとつも減っていない。
「ちぇー。でも、君はちょっと女の子に対しての態度何とかしないともてないよ?」
「安心しろ。お前にだけだ」
「ひっどーい!このっ」
「うわ!抱きつくんじゃねー!」

なんとか放ってあったパーカを秋にかぶせ、自身は先ほど着ていた医療服を羽織る。
まだ次にスーツを着込まなければならないが、出発までの時間も有限だ。だが、今度も問題が発生する。
「あの・・・さ、ちょっとだけ待ってね。心の準備がいるから・・・」
これだ。なぜか秋がスーツを着ようとしない。痛みを伴う物では無いそうだが、秋達にとっては拷問らしい。人間用の物は着こむだけのもので、金属のような戦闘用スーツとは違い、素材もタイツのような素材だ。秋たちのものはやはり特別らしい。
「ぱっと入って終わりじゃないのか?」
「そうなんだけど、そうじゃないというか、なんというか・・・」
なんとも歯切れが悪い。
「うー、こんなことになるなら別に風呂入っておけばよかった・・・」
「踏ん切りが付かなくて時間がかかるんだったら、先にいっとくぞ?俺の方はもう着れたし」
「そう!そうして!一人じゃないと気合はいらないのよ!」
「わ、わかった。じゃあ先に行っとく」
「うん!」
と、秋に半ば追いだされるように部屋を追われる。そんなに邪魔だったのかと、若干引け目を感じてしまう。だが、着ておけば死亡率がぐっと下がる代物だそうだから着ておいてもらわなければ困る。
出発する場所は先に言われており、機体の停泊所だ。案内板を見れば行き方も書いてあるという。だが、その肝心の案内板に問題があった。
「これ、なんて読むんだ・・・」
てっきり図か何かで示してあるかと思えば、文字のみの指示だけだった。
生まれてからこの方、文字の読み書きなんてものはやったことがない。
これでは、目的地に到着することはおろか、この艦内で迷子になることは確実だ。
ここは一旦戻って、秋と一緒に行動したほうが安全という考えに至り、元きた道を戻る。
秋の部屋に戻ると、部屋の中に秋はおらず、着ていたパーカも放り出されていた。
「秋?」
いない、ということはないだろう。さすがの秋でも裸で歩きまわるなんてことはしない、はず。
では、どこに行ったのか。行き先はすぐに解る、スーツ脱着用のクローゼットの中だ。
さっきまで何も音がしなかった物が、今は機械音を出し、なにか作業をしている。特殊な機械を使わないといけないと言っていたので、現在秋はこの中でスーツを着ているのだ。
秋がいることに安心し、出てくるのを待つことにした。
「あっ・・・んっ・・・はんっ・・・やっ・・・!」
突如聞こえた秋の声がクローゼットの中からする。何が起こっているのかわからず、その場に凍りついた。このクローゼットの中で一体何をしている。
「あっ・・・ふぅ・・・」
声が収まり、スーツの取り付けを完了した秋がクローゼットの中から出てきた。だが、わずかに頬が上気している気がする。取り付けの余韻が抜けないのか、暫くは呆けていた秋だが、眼前にアオイを見つける。
「え・・・あれ・・・えっ!」
「よ・・・よう」
我に返った秋は一気に顔を赤めて―――――。
「で、でてけー!」
俺を部屋から追い出したのだった。

「なぁ風呂はいるだけなのに、なんでこんなに疲れなきゃいけないんだよ・・・」
「仕方ないでしょー。あんたが嫌々言うから」
「誰の所為でそうなったと・・・」
スーツを着こみ終わり、あとは出発を残すだけとなった。だが、そのタイミングも重要であり、早すぎても遅すぎてもいけない。
「じゃあ、乗ってね」
秋の機体のハッチが開けられ、操縦席と思われる場所に入る。が―――――。
「狭っ!」
狭い、椅子の上しか居場所がないほどだ。幸い上の空間は余裕があるものの、大人の体だと苦労しそうだ。
「しょうがないでしょ、基本一人乗りなんだからさ」
『秋ちゃん!この子誰!』
突然スピーカーから電子音で構成された声が操縦席中に響く。
「ああ、ビィは初めてだっけ。この子、あのカプセルに入ってた子だよ」
『あ、そうなんだ。あたしビィ、ここの制御用OSだよ!よろしくね!』
「うん、よろしく。・・・でも何かこの声は聞いた覚えあるけど」
「ああ、君を救助した時にこの子、自分が壊れて破棄されるんじゃないかって泣いちゃってたから、それじゃない?」
『だって!あの時秋ちゃん何も言わずに脱出ポッド出させるんだよ!普通そう考えるでしょ!』
「・・・もしかして、俺が壊したのって・・・」
『そうだよ!私をキズモノにした責任どうやってとってくれんのさ!』
「キズモノって・・・」
「いやー、あんたも罪づくりだねぇ。かわいい人造人間と、元気なOS。どうするよ?」
「どうもするか!」
『ひどい!キズモノにするだけして、私を捨てていくのね!ひどい!』
「あー!もう!」
「ちょっと静かに。誰か来た」
誰がそうさせたのかと講義したいところだが抑える。
秋の視線の向こう、一隻の輸送艇が入港してくる。おそらく司令から伝えられた教団の使者だ。
「いい?この先はタイミング次第で、私達の運命が変わるわ」
コンソールを操作し、司令官室のカメラを表示し、管制室へも通信回線を開く。
『秋さん、何時でもいいですよ』
管制室の少年からだ。自分よりも少し年上と思う。だが、彼も秋と同じ存在だ。実年齢はわからない。
「ありがとう、でもちょっとまってね」
司令官室のカメラは、リアルタイムで司令が映しだされ、音声も正常に採れている。
「あの教団の奴が入ったら、スタートよ」
『まっかせてよー!』
秋とビィにはそれぞれ役割がある。ビィは機体を制御し出発の準備。秋は司令官室のハッキングだ。ちなみに出港は管制室からやってもらえる。艦内システム全てをハッキングなどできないそうだ。
「で、僕は何すればいいんだ」
『にぎやかし?』
「座ってなさいな」
やることなしである。
「安心して、君を送ってあげるのが私の目的だから。君は送られてあげることを目的にしなさい」
反論しようとしたが、今自分にできることはおとなしく秋達に送られることだ。
「わかった。おとなしく送られてやるよ」
『素直でよろしい!流石未来の我が旦那サマ!』
「いつからお前を娶ることになったんだよ」
『えぇ!責任取らないっていうの!酷い!』
「だからさぁ・・・」
「来たわ!ビィ、出発するよ!」
『あいあいさー!』
司令官室を写していたカメラに長身の女が一人入ってくる。こいつが、使者。それを確認し、エンジンの回転数が上がり、騒音が大きくなる。
『お元気そうで何よりですよ。―――――ちゃん』
司令官室の通信音声が、始動したエンジン音にかき消される。使者と司令官は接点があるのだろうか?
同時に、画面横では秋が司令官室のドアロックをハッキングしているようで、異常な数の文字や数式が流れてゆく。使者に当分閉じこもってもらうため、ロックは厳重にしとけと、司令から命令されている。
ハッキングを開始してから二分も経たずに、文字の流れが停止する。ハッキングが終わった様だ。
「よし終わり!ビィ、あとどれくらい?」
『あと40秒で出発できるよ!管制ちゃんもいけるかな?』
『こちらは何時でも。そちらのタイミングでどうぞ』
「よし。じゃ、アオイは、こっち!」
脇に座っていたが、引っ張りあげられて、秋の上に乗らされる。
『あー!秋ちゃん抜け駆けはずるいよ!』
「こうゆうのは、早い者勝ちなの。でも、選ぶのはアオイだけどね。どうするよ?」
「・・・ノーコメント」
『優柔不断なのはだめだよ!アオイちゃん!』
「知るか!」
「そろそろいい頃ね」
司令官への通信回線を開き、会話を開始する。
「司令官、迷子を送ってきます」
『その子の行き先は分かってるの?』
「はい、大丈夫です」
「秋、もうちょっとこれどうにかならないかな・・・」
『アオイちゃん!私というものがありながら浮気!そうなのね!』
「ちょっと黙っててよ!今いいとこなんだから!」
通信先の司令が少し微笑んでいる気がする。まるでコントだ。
『迷子になっても、迎えに行けないからね。気をつけてね。忘れ物はないわね?』
「・・・はい!」
『じゃあ、いってらっしゃい』
「行ってきます!」
『アオイちゃあああああん』
通信を閉じ、出発時の衝撃に耐えるためにシートが沈み始める。自分と秋ごと。そこからさらにクッションが展開され、秋と自分がより密着させられる。
「ね、アオイ。ここまで密着してベッドに入るなんて、ドキドキしない?」
正確にはシートだが、沈んでクッションに埋まってしまうと寝袋か上等なベッドのようだ。
「し、しねぇよ」
『嘘はダメだよアオイちゃーん。心拍数上がってるのお見通しなんだよー』
「もう、勝手にしてくれ・・・」
直後、加速度がかかり、着ていた対Gスーツが膨らみ、Gの影響を最小限に抑える。
後に聞くと、この時のGは通常の半分以下であり、普通のGならば潰れていたという。


母艦から出発に成功した後に、向かうのは地下だ。だが、地下への侵入経路は二通りある。
ひとつはアオイが地下から地上に上がってきた方法とは逆。つまり地面を掘って行く方法だ。
地下都市はほぼ地下全てをくり貫いており、ある程度の深度まで潜ればどこからでも到達できる。そのため雨から守るのは一苦労なわけだが。
もうひとつは、海中トンネルを利用する方法だ。トンネルと言っても半径十kmに及ぶ海底に広がる穴であり、通常は潮の流れや気候が相まって開けることができず、閉まっていることが大半だ。
年に一回ほど、艦の修理や休息を含めて利用する際に開けてもらえるくらいで、利用頻度は非常に低い。
しかし巨大なこの穴をこじ開けることは不可能。そのため、ここに機体が通れる程の穴を開けさせてもらう。まさか、雨も海中まで来るとは考えられず、ここの強度はそこまで高くはなく、計算すると至近距離で主砲を二発放てば開くほどのものだ。
正規の方法であればそんな乱暴な方法を取らなくともよいが、教団に即刻バレる上に完全開放すると海流が乱れ、小型機であれば流れに飲み込まれてしまうのだ。
そこからの防御システムなどはなく、せいぜい防水壁が展開されるくらいだ。
それだけに気をつければ良い、はずだった。


彼女の出発を見届け、司令官室に孫と二人きりとなった。
「さて、時間はたっぷりある。何から話そうかね、咲」
「貴女とは喋ることは何もありません」
「あらつれない」
その直後、今度は地下からの通信が開かれる。今日は本当に忙しい日だ。
『やれやれ、やってくれましたね』
通信先は、また現教祖様だ。
「おや、なんのことかね?」
『全く、あなたには驚かされてばかりですよ。あと、少しだけあの子に替わっては頂けませんか?』
「やっぱり心配かい?私の孫だからかい?」
「いやいや、彼女だから心配なのですよ」
「どうだか」
端末を咲に放り投げる。
「総帥!申し訳ありません!私の所為で」
『いやいや、こうなることは予想できませんでしたからね、仕方ありませんよ』
「しかし」
『私がいけと命じましたからね。私の責任でもあるのですよ』
「そんな、総帥は―――――」
『それより、貴女とそこの司令官様の仲が悪いと聞きましてね。今のうちに仲直りして起きなさい』
「いや、それは・・・」
『暫くそこから出られないのでしょう?いい機会ですから少し話してみることです』
「・・・わかりました」
孫もそろそろ20になる頃だが、やはりまだ子供だ。この男に乗せられているようでは。
話が終わったようなので端末を受け取り、会話を再開する。
『で、貴女と所のが、少年を送り届けに行ったと』
「ええ。自慢の娘が付いて行ってくれましたよ」
『それなら安心ですね。ただ―――――』
「ただ、なんだい」
『お邪魔は入るみたいですが』
固定端末に、位置データをプロットした地図とパーソナルデータ、機体情報がまとめて送られてくる。
『彼も必死なんでしょう』
「炊きつけたのは、あんただろう」
おそらく教団が彼女らを捕獲しようとして動いたのだろう。データをそのまま秋へと転送する。
まだ通信が届く範囲内のはずだ。
「でも私達は見ることしかしないんですね」
『これでもいろいろ手は打ってるんですがね』
相手は苦笑しつつ答えてはいるものの、自分にもそれは言える。できることはもうすでにない。
『あの子と彼女らが協力できたのに、人と人がこの有り様では悲しい物ですね』
「貴方も、これで考えを改めて欲しいところですね」
『ご冗談を。私の考えは変わりませんよ』
「一度コーヒーでも飲みに来なさいよ。歓迎するわ」
『歓迎に関しては考えておきますが、でもコーヒーは遠慮しておきます』
「あら、どうして?」
『以前から言ってなかったのですがね、貴方の入れたコーヒーはあまり美味しくないのですよ』
「嘘おっしゃいな。うちの子達は皆美味しいって飲んでくれてるわよ?」
『それは、普通のコーヒーの味を知らないか、気遣いってやつですよ』
「・・・そうなの?」
一番身近な存在の孫を見るも、目を合わせてくれず、むしろ逸らされた。
「・・・まぢ?」
『・・・まぢです』
司令官室に、静寂が訪れる。


海中の秋達の目の前に、同型の雨蜘蛛が立ちふさがる。
『そこの雨具!すみやかに停止せよ!』
強制的に開放させられた通信端末からの音割れが激しい警告。ちなみに雨具とは、地下の人間が使う私達へのスラング的な呼び方である。
ただ、それを使うのは―――――。
『こちらは教団である!繰り返す!』
教団の者がよく使ってくる。彼らには自分たち以外、家畜以下の存在としか思ってはいないらしい。
「うわ・・・」
『秋ちゃん、この人うるさいから音切ろうよー』
「そうね」
人間側からの強制開放のため、回線はこちら側から切断できない。人間には命令権があり、私達はそれに従わなければならない。ただ、艦内ではまず使われない。
通信チャンネルの音量をミュートに、自動的に音声を文字にして表示される。が、未だ音割れが激しく、大半が解読できない状態になっていた。もとより聞く耳もないし読む目もないのであまり問題ないが。
「秋、なんか送られてきたぞ」
アオイには手持ち無沙汰が嫌というので、通信の確認をしてもらっている。
見ると、司令から相手側のデータが転送されて来たようだが、もう少し早く送って頂きたいものである。音声通信の画面から目を背け、データを流し読む。
こいつはいわゆる教団の狂信者。教団の意向に従わない者は悪とみなすようなそんな人間だ。
しかしそれでも人間。我々を停止状態にすることも可能だし、破壊することだって可能だ。
だが、その間に相手側は大事なことを仰っていたようで、機体の銃口をこちらに向けてくる。
おそらく返事をしなければ撃つと言っていたのだろうが案の定文字は判別できない。
『秋ちゃん、どうする?』
さて、どうしたものか―――――。
その、逡巡した一瞬だった。瞬きした瞬間に、相手が視界から消えた。そしてそれに遅れて鳴り響く警報音。
突然のことに反応できないが、意識の底ではこれが何かがわかっている。
これは、雨の結晶体だ。
『秋ちゃん!下!』
周囲のスキャンを実行し、雨の現在位置を計測し、見つけた。
わずか数100m先の海底、そこに相手の機体を押しつぶした球体、いや氷塊があった。
それもまだ、動いている。
人間を相手にしていて気が散っていたのか?いや、違う。それは現れた、というより今しがた通り過ぎたのだ。あの教団の男を巻き込んで。
通常、雨は地表に現れ、地面を穿つ。海面に、あまつさえ海中に出現するなど聞いたことがない。だが、目の前で起きていることはまさしく現実だ。
「この・・・化け物が・・・!」
こんな状況でも、いやこんな状況だからこそかもしれない、体中があの雨を倒すように動きはじめる。あの男を救出するための動きではない、自身も機体も顧みない、雨を殲滅するための動きだ。全兵装のロックを解除し、システムを戦闘状態に変更し―――――。
『助けてああああああああああああああああああ』
瞬間、さっきまで聞こえないようにしていた声が響き渡り、動きを止める。
音割れは更にひどくなり、断末魔がより強調される。
「戦っちゃ、だめだ」
アオイが、音量のスイッチを操作し、音を出したのだ。正気に戻すために。
そうだ、今戦えば自分はおろかこの子まで危険な目に会う。おまけにこの深海だ。少しの損害でも水圧で機体は圧潰するだろう。
あの男は不要だったわけでもないし、できることなら助けたい命だ。だが、彼を助けるということは、今手元にある命を自分ごと投げ出すということだ。
しかし、あの雨は果たして我々をみすみす見逃してくれるのだろうか?私達が見逃せば、奴も見逃してくれるのか?それはないに等しいだろう。
現に、人を葬り去った様に、我々も標的になるだろう。
「待って!あいつ何かしてる!」
アオイの叫ぶ方向には雨がいる。ただし全身から光を放ち始め、海中が明るく照らされている。
「なんでこんな時に・・・!」
雨が起こす災害、その一番の原因が爆発を起こすことだが、その前兆として全身が発光、おおよそ数分で爆発する。
爆発の要因はわかっていない、だが解ることはある。
あと数分で爆発すること、爆発の範囲からは機体の性能的になんとか退避できるということ、そして爆破後に起こる衝撃波と水流からは逃げ切れないということ。
それは、間違いなく死を意味していた。
「こんなところで・・・!」
おそらく、この雨が発生したのは偶然で、だれが狙ったものではない。だが、この偶然という不運な運命には逆らえない。遭ってしまったからには、どうしようもない。
『・・・秋ちゃん、ちょっとね。お願いあるんだ』
「・・・何?」
画面上にビィが即席で作ったであろう、脱出ルートと手順が示される。
機体表面にプラズマの層を発生させ、この機体を影にし、爆発と衝撃波、水流を防ぎ脱出ポッドで脱出するというものだった。
だが、この機体が頑丈だとしても、まとめて巻き込まれれば、いくらスーツを着込んでいても私も、彼も命はない。仮に脱出ポッドを使ったとしても生存率は誤差ほどしか上がらない。
「無駄よ。あの威力はあんたも知ってるじゃない!」
『やってみなきゃ、わかんないでしょ!』
直後、乗っていた私とアオイごとシートが下降し、そのまま脱出ポッドに詰められる。
「ビィ!何やってんの!止めなさい!」
『秋ちゃん。私ね、毎日楽しかったよ?喧嘩もしたけど、楽しかった』
「早く止めなさい!初期化するわよ!」
『でもね、楽しいだけじゃいけないんだって、ずぅっと考えてた。私が私である意味を』
「ビィ、お前」
『でも、今ようやくわかったんだ。私は、秋ちゃんとアオイちゃんが生きる事を諦めないように、応援するんだって』
「ビィ!」
『だからね、生きて』
脱出ポッドが射出され、丁度雨とビィが一直線に並ぶ形となる。これであれば、爆風は直撃しない。だが、秋は諦めきれずにビィとの回線を開く。
「ビィ!ビィ!」
『秋ちゃん、諦めの悪い娘は嫌われちゃうよ』
「諦めないわよ!あんたも簡単に諦めるんじゃないわよ!」
『わかってる、わかってる』
「分かってない!あんたはなんにも分かってない!」
『アオイちゃん、結構めんどくさい子だけど、秋ちゃんをよろしくね』
「・・・分かった」
『さっすがわが未来の旦那様!こりゃ秋ちゃんが落ちるのも時間の問題だね!』
「ビィ・・・」
『じゃあね、秋ちゃん。今度会うときは、アオイちゃん貰っちゃうからね!』
それだけ言い残して通信は切れ、秋は目を瞑ったまま何かをこらえていた。
脱出ポッドには一応透過ガラスが使われており、外部を確認できる。その視界の中で、ビィだけが搭載された機体が足を展開し、雨の結晶に組み付いた。
「伏せて!」
体ごとアオイを押し倒し、伏せさせる。そうすれば、いくらか生存確率は上がる。
雨は輝きを増し、海中にもかかわらず陽が刺したような状態になる。その輝きは一瞬だったが、直後に雨は爆発した。
それは爆発と呼ぶには単純すぎる、力だけを使った、無秩序な物の奔流だった。海水を追い出し、地面を抉り、自身を砕く。目的も何も感じさせない、力だけ。
だが、それ故に私達はその力を受け流す手段も、守る力も持ち合わせず、ただ悟るしかない。この力には逆らえないのだと。この力は、恐怖そのものだと。
だが、不思議とその恐怖から目をそらしてはならない、そんな気がした。
濁流に飲まれ、あまりの振動に気を失うまで、その恐怖を睨み続けた。

自動復旧プログラムを開始、記憶媒体のベリファイチェック、問題なし。システムを再起動する。
自身のシステムが起動し、意識がはっきりしてきた事を確認し、自動的に破損箇所の確認作業を行う。奇跡的に体に異常はなく、記憶媒体にも影響はない。
ただし、現在時刻から計算すると三十分ほどフリーズ状態が続いていたらしい。
確認作業の合間に原因を探るが、ログが飛んでおり不明。おまけに直前の記憶データの復元を試みるとエラーと共に自動的に再起動を試みようとするので中止する。
おそらくあの爆発の際に、何かの原因で自身にストップを掛けたのだ。原因は今のところは不明ということにしておこう。
今は、どうなっているのかの確認が必要だ。センサ系統をチェックし、軽微なエラーを確認したが無視。無理やり目と耳を使えるようにする。
「おい、起きろって!」
いきなり飛び込んできたのはアオイの顔だった。彼は、生きていてくれた。
同時に体の駆動系が動くようになる。体全てが稼動できる状態のまま残っていのだ。
おまけに、乗っていたカプセルはどうやらそれほど破損しなかったようで、まだ使えそうだ。
「私達は、生きている、んだな」
若干言語機能に異常が見られるが、データ的に一部破損している。問題は無いだろうが一応修復する。
「ああ。おまけに、あれだよ」
「あ、れ?」
彼が指さした物。それは
「結晶・・・?」
「そう、あのレポートに書いてあった結晶だよ。あの爆発の時、地面が崩れるのを見たんだ。たぶん、今はそこにいると思う」
「信じられない」
周囲を見回し、自分たちが居るのは空洞の横穴。衝撃で空いた穴に落ち、更にそこから横向きに吹き飛ばされたのだろう。
だが、そこに足りない物に気づきあたりを見回す。見慣れた自身の機体がない。
よく考えれば、先ほどまで乗っていたものは、脱出用のカプセルだ。
「アオイ!機体は、ビィは!」
フリーズする直前の記憶が徐々に解凍され修復される。そうだ、直前に脱出ポッドに乗ったのだ。そして、自分たちが生き残っているならば、あの機体も―――――。
「機体は、もう、ない」
「嘘だ!私達が生きているんだったらあいつも―――――」
「見たんだ!」
「見たって何を!」
「・・・あいつが、壊れるところだよ!」
その言葉をきっかけに、記憶データの復旧が完了し、脳内に映像がフラッシュバックする。
ビィの機体が、雨に組付き、爆破の衝撃と水流に飲まれ、ばらばらになった様子が、記録データに残っていた。
この映像は、自身が録画したものだ。直前まで私は見ていることしかできなかった、往年の相棒が破壊される瞬間を。
「あ、あ・・・・」
全身の人工筋肉が弛緩し、立っていられなかった。座り込み、いや、座ることすらもできず倒れこんだ。
脳内で機体が破壊される映像をリピートする。どうにか、機体が助かっていないか、破損箇所が少ないならば、見つけさえすれば何時でも復旧してやれる。
だが、映像は機体が破壊された直後に暗転し、部品がどこに行ったのか、どの程度壊れているのかも確認できなかった。
そして、ふと疑問が沸く。いくらビィが盾になろうと、計算上では間違いなく救助ポッドは破壊されるはずだ。何故、破壊されずにいたのか。
「そりゃあ、あいつの狙いがここだったからさぁ。失敗したみたいだけどね」
疑問を汲み取るように聞きなれない声の返答が来る。反響して場所が特定しづらいが、奥の影から声がするようだ。
「誰だ!」
咄嗟に腰に据え付けてある拳銃を構え、アオイを後ろにかばう。だが、構えた拳銃は震え、筋肉の弛緩を無理やり堪えても照準が狂う。
「おぉ怖いお嬢ちゃんだ。僕は怪しそうなやつだけど、全然怪しくない男だよ」
姿を表したのは全体的に痩せた、茶色に染まった白衣を着た男。だが、足取りも声にも生気が満ちており、異様な雰囲気を醸し出していた。
「あんた!生きてたのか!」
「やぁアオイ君。元気だったかい?」
両手を上げて武器の無所持と挨拶を器用に行う。
「アオイ、こいつは一体この変態は何者だ」
「秋、こいつは確かに変態で変人だけど悪いことも良いこともしない、少なくとも危害を与えることは絶対しないやつだ」
「んー、それは褒めているのかい?ちょっとぼかぁ泣きたいよ」
泣く素振りを見せ、緊張感が薄れてゆく。本当に何なのだこの男は。
「で、そんな変態が何でここにいる?」
「地下から上に登って掘ってたら、いつの間にか」
「あんたはモグラには見えないね。本当の目的は?」
「俺にはモグラって言ったくせに」
アオイのつぶやきは聞かぬこととし、奴の出方を疑う。アオイは大丈夫とは言ったが本当に大丈夫なやつなのかはまだ不明だ。
「・・・これはね、アオイ君にも話したこともない本当のことなんだけどね。ちょっと、昔の話をするが、いいかな?」
「構わない。ただ、短めに」
返答に納得し、話し始める。アオイを様子を見ても、初めて話される内容のようだ。
「僕はね、とある研究者に勤めていてね。まだ、雨の性質もわからなかった初期の初期、まったく解明されない雨に対して研究をしていたのさ」
ふと、研究員の単語が気にかかる。
「あんた、本当に研究者だったのかよ!今まで変な格好してるだけだと思ってた」
「ねぇお嬢ちゃん、ホントに泣いていいかい?」
「・・・話が終わったらいいよ」
「お嬢ちゃんいい女になるね、保証する。じゃあ続けるよ」
いい女の言葉に少し心が揺らいだが、言葉に耳を傾ける。
「研究も佳境になってきて、雨のかなり確信に迫る研究結果が見え始めた頃だ。結晶化した雨に襲われてね。幸い研究所からは離れてたけれど、僕以外の研究員が皆死んじゃってね。いやぁあれはちょっとグロかった」
「・・・その研究員は、血液が沸騰して死ぬか、発狂した」
「ふぅん、よく知ってるね」
話す内容は、確実にあのレポートの内容そのままだった。では、この研究者は―――――。
「貴方が書いた物だったんですね。『地球再生論』」
「うわ、何でそんな題名にしちゃったんだろ僕」
暫く手で顔を覆い、恥ずかしさを紛らわす仕草をする、がどうやら違った。
「そうだ、それは僕、いや僕達が検証して、あと一歩で理論も証明されるものだった」
覆った手を離した顔は別人とも思える、飄々とした雰囲気から鋭い、観察されているような視線へと変わった。
「だけど、研究の検証に使用したデータは雨の混乱から持ち出す暇もなく海に沈んでしまった。データもない、論文もない、証明してくれる仲間もいない。こんな状態じゃあ、この内容を話してもただの与太話にしか聞こえなかったみたいでね。今じゃ変態扱いさ」
「でも、私達はこの内容を回収して、信じてここに来た。かなり偶然な事もあるけど」
「不思議なめぐり合わせだねぇ。ちなみに僕は地下に避難してから今までこつこつとここに来るために登ってきてた。最後はさっきの爆発で開いたとこから登ったんだけどね」
「じゃあ、ここは」
「君たちの思ってる通りだよ。そう、これが雨を発生させているんだ」
頭上にそびえる異様な柱状結晶群。これが、雨をもたらした原因だ。
「今はありがたいことに共振も止まって、開いた穴から空気も流れてきてるから僕もアオイ君も無事だというわけさ」
周囲をスキャンしてみると、男の言うとおりこの中には通常の空気が流れ込んでいる。それが何時の空気なのか、どこから流れ込んでくるのかは不明だが、空気感染する様なウイルスも存在しないのでひとまず安心だ。
「わかったところで、ちょっと一息入れないかい?」
男が後ろを指した先には洞窟と、テントがひとつ。
戦闘後で、なおかつ覚醒した直後だ。自分はともかくアオイの身体が心配なので、言葉に甘えることとする。


研究者はモガリと名乗り、彼の勧めで少しばかりの食料とコーヒーを頂けることになる。だが、三人もの食料を分けてもらうには気が引けたものの、彼曰く
「どうせ今日で戦いが終わるんだ。前祝いさ」
とのことで、相伴に預かることにした。
保存食の肉と乾パンを齧り、アオイの顔も幾分か良くなった。初めてのことで、パニックを起こすかとも思ったが、精神力が強いのか、逆に既に心が砕けているのか、落ち着いていた。
戦場を経験すると、人はこうなってしまうのか。有事の際には驚きも、喜びも感じなくなり、私達より人工物らしさを感じてしまう。
逆に私のほうが動揺してしまっている。相棒の喪失とあの爆発の恐怖が、やはり大きい。
今まであの爆発を目にしたことはなかった。まず見た物は帰還しておらず、その前兆を見たことはあるものの、爆発する前には既に倒してしまっていた。
初めて感じた恐怖という感情に、戸惑っているためか、淹れてもらったコーヒーを抱える手が震え、映る自身の顔は青く、水面は揺れていた。いや、この戸惑い自体も恐怖の姿だ。
避けて、離して、触れないようにする。恐怖の原因はもう見たくない。まして、目の前で何かをなくすということが恐ろしかった。
「秋、大丈夫か?」
「だ、大丈夫。まだ、頑張れる、から」
アオイの声がやけに遠く聞こえる。目を覚ました直後は感じなかったが、落ち着くとここまで恐怖が心を支配しているとは思わなかった。
このままでは、駄目だ。だけど、どうやって抜け出せばよいのだ、この恐怖から。
「秋」
アオイに手を包まれ、顔を覗かれる。
「大丈夫じゃ、ないだろ?」
アオイの手に包まれ、震えを押さえ付けられる。だが、力は掛けていない。アオイの心が震えを抑えてくれているのだ。
「そう、ね」
アオイの心は砕けていたのでも、精神力が強いわけでもない。心が強いのだ。だからこそ、ビィの行動も受け入れ、私の心を読んでくれる。
「もう大丈夫だな」
「あっ・・・」
手の震えが収まった辺りで手を離されるが、少し名残惜しく、手を追ってしまう。だが、恥ずかしいのでやめておく。その頃には、不思議と手の震えも収まり、恐怖から抜け出していた。
「なぁ、お二人さん。いちゃつくんだったら、ちょっとおじさんは席外していいかね?」
「い、いちゃ・・・いちゃ付いてなんかいません!」
「どうかね」
照れ隠しでコーヒーを一口啜るが、味に違和感を覚える。
「これ・・・いい香りがする」
「おいおい、嘘だろ。そこらで出回ってる安物の支給品だぜ?これが美味いんだったら、不味いものなんか存在しないぞ?」
「そうなのかなぁ・・・」
では、今まで司令官室で飲んでいたものは一体、何なのだろう。単に、悪いものだったのか、それとも―――――。
「さて、お二人さん。そろそろ本題に入ろう」
モガリがコーヒーを呷り、身を乗り出す。
「僕の目的はこの結晶を壊すことにあった」
空になったカップを掲げ、結晶を指す。結晶は未だ鈍い光を返すだけで、共鳴も始まっていない。やるなら、今だ。
「それは、最終の目標は私達も同じよ」
本来は地下に行くだけだったが、それもこの雨を止めるための準備に過ぎなかった。だが、その準備を飛び越えて目的にたどり着いてしまった。
「そりゃあそうだな、あれ読んじゃったらそうなるわ。で、どう壊すよ?」
「・・・どうって」
本来なら兵器としての能力は雨蜘蛛がすべてを担っており、それの操縦者として設計された私に兵器としての破壊力はない。
ここに来てビィの損失は大きい。心の損失もそうだが、戦力としても頼りきりだったからだ。持っているのは腰にある携行火器のみ。だが、これで破壊は不可能だ。
ただ、筋肉を戦闘状態にして、殴りつければ破壊できるかもしれないが、その場合は自身も壊れることが最低条件となるため採用しない。
「まぁ、ないだろうね。そこで取り出したるは、これよ」
男が懐から手のひらほどの箱を取り出す。だが、予め用意したものではなく、ちぎれたケーブルもつながったままで、一部が破損している。
「じゃーん、核融合炉。悪いけど、君の機体の残骸からもらってきたよ」
「な・・・!」
確かに、雨蜘蛛は核融合炉で稼働しており、その動力源そのものだ。この機体の動力炉は小型設計され、出力も抑えられているものの、その動力炉の核融合反応であればこの空間ぐらいは破壊できるだろう。
だが、その動力炉は並大抵のことでは取り出せるほど外部に露出したりしないし、なおかつ簡単に取り外せるものではない。どうやって、取り出した?
「この型は、僕が設計したんだ。分解くらいなら足だけでもできるよ」
あの機体を設計したのが、この男。
驚いたが、今はそれほど重要なこととは思えない。動力炉が分解できるほど機体が残っていた事が重要だった。
「じゃあ、機体はまだ―――――」
機体の損壊率によっては、OSだけ、ビィだけを回収できるかもしれない。希望は、まだあるのかもしれない。
「残念だけど、動力炉とちょっとくらいしか残ってなかった。使える物も少ししかなかったよ」
「そう・・・か」
一縷の希望を感じたが、やはり現実は厳しい。機体は残っていても、外側の張りぼてが残っていても意味は無い。
「で、これね。残ったパーツで作ってみたから、あげるよ」
渡されたのは手のひら大の通信端末の様なもの。装甲を使ったのか、表面の手触りは悪く、無理やりその形にした印象だった。
「これは・・・」
「発電力は弱いけど、永久バッテリーとスピーカーはおまけしとくよ」
見れば、内部にスピーカーが内蔵されているようで、音が出るように穴が開いていた。
箱の横にはボタンが付いていたが、色々と押してみるも反応はない。これはただの、ボタンが付いたガラクタの箱だ。
「こんなもガラクタ受け取っても、あいつは―――――」
『やぁん、秋ちゃん指使いえっちぃよぉーうへへ』
聞こえた聞き慣れた電子音声。それが、渡されたガラクタから発せられた。
「ビィ・・・?」
確証はなかった、この喋った電子音声は、あの子と同じ音声パターンで、性格で、私の名前を覚えているだけの全くの別物かもしれない。
『えへー。ビィちゃん、なんとか生き残れましたぁ』
「・・・ばっかじゃないの、あんた・・・」
この間の抜けた返事が、何よりの答えだった。OSに生命があるのかは不明だが、それでもビィは生きていた。
『うへへー、秋ちゃんの泣き顔頂きましたー。あ、カメラないから撮れないや』
「泣いてなんか・・・ないわよ・・・ばか・・・」
『・・・ごめんね』
何故だ、何故こんなに視界がにじむのだろう。声が掠れてしまうのだろう。ただ、相棒と再会出来ただけなのに。

秋はその後も声を殺して泣き、放心状態になっていた。暫くはそっとしておくべきだろう。
「モガリのおっさん、あんがとな」
「いやいや。でも、操縦席も相当壊れていたんだけど、ギリギリOSの部分だけ残っていたんだよ。あの爆発にこれだけ耐えられたのは説明つくけど、あんまりいいたくないけど奇跡だよ、ホントに」
『いやー、あの時は必死だったからね。あ、でも秋ちゃんとアオイちゃんにもう一回会いたいなーって思ってたら、ここに来れたんだ。でも、モガっちすげぇんだよ。ぱぱぱーっと私回収してこの形にしてくれたんだ。感謝してるよー』
「そりゃどうも。でもちょっとおじさん、お礼が欲しいかなって」
『あ、私アオイちゃんの二号なんで』
「え、アオイ君愛人持ちなの!?うわー」
「違います!」
泣きの余韻を晴らすために俯いていた秋は、肩を震わせてこっそり笑っていた。


私の復活まで少しかかったが、モガリはそれを待ってくれていた。
「もう大丈夫です」
「よぅし。感動の再会が終わったところで、本題に入ろう」
膝を一つ打ち、空気が引き締まる。これから始まるのだ。世界を救う戦いが。
「僕はこの炉を臨界させる準備を始める。君たちはポッドを修理してであの穴から地下に行くんだ。元々地下に行くつもりだったんだろう?」
あまりにも単純な計画。これ以上の無駄はない。だが、問題はある。
「ちょっとまてよ!俺達はいいとして、あんたはどうするんだよ!」
あのポッドは子供二人とおまけで定員ギリギリだ。大人一人が入る隙間はない。
「僕は掘ってきた穴に入ればいいだけさ。ちょっと進めば爆風にも耐えられる」
一応計算してみるが、彼の言うとおり爆風はこの空間だけを破壊し、奥の空洞までは影響は出ない。また、洞窟の内部の岩盤も頑丈にできているため、崩落の危険性も少ないだろう。
「それじゃ、世界、救っちゃおうか?」
モガリが右拳を突き出したので、全員同じように右拳を突き出し合わせる。
「ああ、やってやろう」
だが、洞窟内にひとつ気になるデータを秋とビィは発見する。
この事実をモガリが知らないわけがない、だが視線を合わせたモガリは黙って首を振って作業を開始した。

「とは言っても、俺達逃げるだけなんだよな・・・」
三人と一つは脱出ポッドを改造し、地下に降りる準備をしていた。改造とはいうものの、雨蜘蛛の装甲を貼り付け、破損した部分を補修するくらいだが。
「仕方ないでしょ、動力炉の制御は難しいから任せるしかないのよ」
『ぐぬぬ・・・この私が全力さえ出せればあんなもの・・・』
「ほれほれ、手が動いてないぞー」
動力炉の制御は複雑化しており、モガリが持っている端末でしか操作できない。秋にも一応は可能らしいが、演算と操作を行うためのソフトウェアは邪魔だからと削除していた。通常は、機体と操縦者が演算処理を分散して行うらしい。
加えて、現在のビィはバッテリーの性能によって機能をかなり制限されており、演算能力は大幅に制限されている上に、センサ類もほとんど積んでいない状態だ。
「だってビィだけでもできるし、いらないかなーって」
『秋ちゃんが私を頼ってくれるんだよ!そりゃあ頑張りましたとも!』
「秋ちゃんさ、それOSに結構負荷かかるから今度からやめてね」
「え、嘘・・・。ねぇビィ、それホント・・・?」
『え、ちょっと熱暴走気味だなーって思ってたけど、それが原因かな?』
「そうだよ。壊れなくてよかったね」
「う・・・気をつけます」
「わかればよろしい。ほい、できた。あとは逃げるだけだ」
脱出ポットを一つ強めにたたき、鈍い音がする。
ポッドには簡単だが推進装置も雨蜘蛛から拝借し取り付けてある。これがあれば最低限進むことができる。
『あんがとねモガっち。あ、ついでに聞いときたいんだけどさ、地下ってどんなとこ?』
「どんなって・・・僕は穴しか掘ってなかったようなもんだからなぁ。まぁあんまり良い所じゃないよ」
『ふーん。それでも、地上の荒野よりはいいかな?あそこ、何もなくなっちゃうし』
「でも、着いた頃には雨もなくなって、戦争も規模が小さくなる。昔の話を聞いてもあんまり意味ないかな」
「それもそうか」
「さ、乗った乗った。時間ないぞー」
言うと、モガリは向こうへと走っていった。水晶の共振は始まっていないが、何時始まるか不明だ。その前に終わらせたいのだろう。
でも、その前に御礼の一言を言っておかなければ。
「モガリさーん!ありが―――――」
言い終わる前に、脳内で目眩がするほどの警報が鳴り響く。これ、は。
「モガリさん!上!」
「は?」
モガリが見上げた場所には結晶と天井。だが天井が割れ、そこから雨の結晶体が降ってきた。場所は、モガリの真上だ。
これも、偶然か。いや、これは必然だった。
結晶が共振した時のみ、雨は本当に降るか。だが、共振しなくともそこに結晶があれば、雨は降るのではないのか。ここに居れば、共振しなくとも奴らは襲いかかってくる。
気づくのが、遅すぎた。
「秋!もってけ!」
モガリは逃げずに、動力炉とそれを操作するスイッチをこちらに投げた。逃げても意味が無いと、モガリはそう判断したのだ。
スイッチがこちらに届く前に、結晶体が着地した。その足元に居たモガリは―――――。
だが、モガリの安否を確認する前に、その床ごと踏抜け、さらに下へと落ちていった。
「モガリさん!」
「おっさん!」
『モガっち!』
結晶体が踏み抜いた穴に叫ぶが返答はなく、自分の声が響くだけだった。
踏み抜いた穴は深く、底が見えなかった。やがて、底から勢い良く風と青い光が吹き出す。
結晶体が、爆発したのだ。
「嘘だろ・・・なんで・・・」
アオイの疑問はわかる。だが、今はやらねばならないことを託された。手元のスイッチを確認し、破損していないことを確認する。
「アオイは先に行って!わたしがやる!」
「お前・・・はどうするんだよ!」
「私はモガリさんの作った道の方に行くわ。大丈夫よ」
『でも、秋ちゃんそれって―――――』
洞窟内の見ないことにしていたデータ、それが本当ならば―――――。
「いいから行って!早く!」
「・・・わかった」
『アオイちゃん、秋ちゃんは―――――』
「行って!結晶体がくる!」
秋がいうことは正しい。いつさっきと同じように結晶体が降ってくるかわからない。
早くしなければ。
「でもな、生きて帰ってこいよ」
「・・・わかってるわ」
「ビィ!行くぞ!」
『・・・わかったよ!秋ちゃん、約束だよ!』
脱出ポットに入り込み、シートに身体を固定する。
即席で作った推進器のスイッチを押し、推進器を点火。全身を始める。
振り返ると秋がこちらを眺めつつ、手を降っていた。
それを脇目に、穴へと飛び込み、地下へと向かう。


「生きて帰って、か」
手元の動力炉とスイッチを見るが、何度見てもこれは有線ケーブルでつながっており、おまけに短い。遠隔操作で押すことができればまだ生還の可能性はあった。
だが、有線であるということは、元々ここで自身もまとめて吹き飛ばすつもりだったのだ。
「ちょっと、難しいかな」
しかし、生き残ると約束した以上、できることはやる。
スイッチを押し、備え付けられたセグメント液晶が3を示す。猶予は、三秒。
全身の筋肉を戦闘用に変更し、反応速度と筋力を限界まで引き上げ、同時に爆発の威力を計算し、最も影響の少ない場所を導く。二秒。
筋肉の変更により演算能力が下がっているが、それでもコンマ三秒で計算を終える。もっとも影響が少ない場所は、先ほど結晶体が開けた穴。そこに飛び込めば爆風の影響が最小限になる。
動力炉ごと真上に投げ、そしてそのまま雨が開けた穴に飛び込んだ。だが、飛び込んでもこのまま下の地面に叩きつけられて死ぬ可能性もある。それでも、爆発に巻き込まれれば間違いなく死ぬ状況よりは、いくらか生き残る可能性がある。一秒。
飛び込み、穴の壁際に沿って落下、爆発に耐える事と地面へ激突した際の対ショック態勢を取る。ゼロ。
頭上で動力炉が臨界、空間がプラズマに満たされ、炸裂した。
しかし、それだけでは済まなかった。雨の所為で開いた穴は、衝撃によってもろくなっており、岩盤が崩れ、空洞も全て巻き込んで崩落した。
アオイ達が先に行ってくれたおかげで、彼らには振動などは伝わるだろうが、影響はないと言っていいだろう。
だが、自身への影響はどうやら少なく見積もりすぎていたようで、爆風に巻き込まれ、岩肌に激突し、吹き飛んできた岩が殺到し、腹を貫かれ両足を潰される。
「―――――!」
眼前が痛みにより真っ赤に染まり、何も見えなくなる。
その影響により、システムが自己保護のプログラムが実行され、強制的にシステムをダウンさせ、今度は目の前が真っ青になる。
ごめん、約束は守れそうにない、かな―――――。
その言葉も残せず、秋は稼働を停止した。


「うわ!」
降下している脱出ポッドの中でも、頭上で爆発が起きたことを感じた。秋が炉を爆発させることに成功したのだ。
自分が思っていた爆発より規模が大きく、不安がよぎるが、秋はきっと無事だと信じる。
「やったな・・・秋」
これで、地上の雨もなくなり、戦争もおわる。それなのに―――――。
『もう、雨とか戦争とか、どうでもいいじゃない・・・!』
「ビィ・・・?」
ビィは秋の無事も、この先の事も何も考えずに自暴自棄になっていた。
『アオイちゃん、なんで秋ちゃん止めなかったのよ!いいじゃない、雨があったって!戦争したままでも!』
「ビィ!ちょっと落ち着けよ!」
『だって!あんな装置で逃げられるわけないじゃない!』
あんな装置とはモガリが託したものだろう。モガリの装置に何か不備でもあったのだろうか。
「どういうことだよ、それ」
『わかんない?モガリさんは元々あそこで自分も巻き込んで爆発するつもりだったんだよ。秋ちゃんが持ってたの、あれもう自爆スイッチだよ!』
「だって・・・奥の洞窟に逃げれば大丈夫だって」
『あれね、嘘なんだよ』
「嘘・・・だって」
『あの洞窟、奥は崩落しちゃってて、逃げ道なんかなかったんだよ』
「じゃあ、秋は・・・」
『・・・』
「何とか言えよ・・・ビィ!秋は帰ってこれるんだよな!」
『・・・もう・・・わけわかんないよぉ・・・』
「秋・・・!」


雨の結晶が爆破した衝撃で、母艦も少なからず影響が出ていた。
潮流の変化、衝撃による損壊、生産していた食料がダメになったなどなど。
次々と被害報告が上がり、その全てに司令として目を通しておく必要がある。もちろん、損壊箇所は命令がなくとも修理が始まっており、八割以上修復している。
「次は・・・飛んできた牡蠣が外壁に刺さっている、か。修理ロボットも今は出せないからこれは保留だな。次・・・倒れてきた本で骨折・・・?あいつ、あれほど固定しとけっていったのに・・・こいつは謹慎だな」
被害報告が五月雨式に報告され、全てを確認、既読状態にした上で処理する。
「意外と多忙なんですね」
することもなく咲は椅子に腰掛けまんじりとしていた。出したコーヒーにも手を付けていない。
「そうよ。なんたって、私の艦で、家族だもの」
「地下の家族を放り出して、得た家族の方が大事ですか?」
「・・・あの時は、そうしたほうが安全だったのさ」
報告を読む手を止め、咲と向かい合う。
「貴方の言う安全は、教団の地下で息子と義娘を監禁することなんですか?」
「そうしなきゃ、殺されてたわ」
「そうしなくても、あの人達は死んだわ」
「・・・」
「二ヶ月前よ。私も聞いたのは最近だから貴女も知らないことでしょうね!」
「・・・そうかい」
「あの人達をなんで説得してでも連れて行かなかったの!そうすればあの人達は死なずに、貴女みたいに生きてたんじゃないの!」
咲はさらに続ける。
「私は必死に自分が何者か調べた。でもそのためには、教団の力が、生き残ることが必要だったの。その結果がこれよ!両親は死んで、貴女は裏切り者!答えてよ!」
「・・・あの子達はね、私を自由にしたかったと言ったよ」
「は・・・?」
「当時の私はね、人を活かそうとするので手一杯だったんだ。その上で、あいつが裏切って、追い出された。その時一緒にあんたの両親も追い出されたんだ」
「嘘・・・つかないでよ」
「でも、政府は私を政府のトップに祭りあげて、教団と対決させようとしたんだ」
「そんな・・・そんなこと・・・」
「その時にあいつらは、自分たちは教団のスパイだって言ったのさ。そうすれば、私もスパイじゃないかって疑われて、そんなやつをトップに置けないだろうって」
「私は反対したけど、すでに動いていてね。あれよあれよと、捕まって尋問の毎日さ。いつしか拘束し続けるのも問題になってね、私を海に出すことになった」
「待って、父さんと母さんは」
「拘束されたままだった。だから、教団側にこっそり言ったのさ。政府が拘束している夫婦は教団の重要な情報を握ったままだって」
「教団に救助を依頼する形になったけど、これが最善だと思ったよ。結果的に、教団に監禁される生活になったけど、不自由はなかったみたいだよ」
引き出しから一通の便箋を取り出す。書いてある字は息子、咲の父親のものだ。
「これって・・・父さんの」
「教団に監禁されて何日か経った頃に貰ったやつだよ。不自由なくやってるって書いてあった」
「そんな・・・だったら、なんで私に何も・・・」
「あんたは教団に預かって貰って、戦いに一切触れさせないようにしたんだ。私達とのつながりを一切伏せてね。そうしないと、あんたまで無駄に狙われる。だから、その関係を知られたくなかったんだ」
「じゃあ・・・私は・・・」
「あんたは、あんたの生き方を選んだだけだよ。私は、あんたが元気でさえいてくれれば、それでよかった」
「・・・意味分かんないわ」
「そうだろうね。私の心のことだから」
「・・・わかんないわ」

空洞を爆破してから数日が経過した。
あの後、ポッドは無事に地下に難着地に成功し、生き残ることができた。直後に司令から命を受けた人間が保護しに来た。元教団の人間で、司令官の友人らしい。教団の名にかなり抵抗があったものの、贅沢は言えない。
教団には保護と名の監禁を受けたものの、投獄などされずに一軒家をあてがわれた。それも司令官の働きかけだろう。
同時にビィのデータも即席の箱から、通信端末付きの物に移し替えられた。
本人新しい入れ物を気に入ったようだが、あの箱もしっかりと保管している。モガリとの、秋との思い出の品だ。
暫くはこの一軒家に住ませてもらい、戦況が落ち着いてきた頃に司令官の元にゆく手筈になっていた。加えて、司令とは端末で通信することができた。
『アオイ君、無事で何よりだわ』
「はい、ありがとうございます」
『私も元気ですよっ!』
『それは何より。こっちはちょっと大変だけど、皆無事だから安心して』
通信端末から見る司令はやや疲れた顔をしていたが、会った時の精気はそのままだった。
出発してから数日のことだが、聞きたいことは山ほどあった。
「あの教団の人はどうなったんですか?」
『あいつは説教して返したよ。若いもんの教育がなってないね』
「それは僕に対してもですか・・・」
『そうだね。特に女関係とか』
「勘弁して下さい・・・」
『で、説教はまた後だ。今度はあんた達の話だよ』
「はい」
結晶体との戦闘、地下空洞のこと、モガリのことを話すが、会話の中に秋の事を含むのを意図的に避けてしまった。司令はその内容をゆっくりと聞き、自分の中に落としこんでいた。
『そうかい・・・そのモガリって男、なかなかいい男だったみたいだね。で、だ』
司令は一旦言葉を切り、いう言葉を探しているようて、やや間を開けて続けた。
『秋は、どこだい?』
「秋は・・・その・・・」
『・・・死んだのかい?』
「違います!秋は・・・秋は絶対に生きる・・・と思います」
言っているうちに自身が無くなりそうだった。秋の事について話すのはなぜだか情けなかったからだ。知らなかったとはいえ、止められなかったのは自分だ。それでも、真実を伝えなければならない。
先の会話で外していた秋の事を全て話した。そして、最後に行方不明とした。
まだ死んでいると決まったわけではない。
『・・・わかった。秋のやつ、やりたいようにやったんだね』
「僕は、止められませんでした」
『いいんだよ。それも含めて秋の勝手さ。その勝手を許しただけさ。でも―――――』
一瞬司令の顔が曇り、言葉を切った。
『一言、なんか言ってくれればよかったのに』
その一言に、何も言えなかった。自分たちにも欲しかった、だがそれ以上にこの人に言うべきことはいくらでもあったんじゃないか、秋。

「なぁ、ビィ。お前は秋がこれで満足したと思うか?」
司令への報告が終わり、地下の街を散策しつつ、疑問が持ち上がる。
『・・・思わない』
「だよなぁ」
あいつは、希望を抱くことも、絶望を見出しもせず、生きようとしていた。同時に、だれかを生かそうともしていた。だが、それで自分が死んでしまっては元も子もない。
「とっとと帰ってこいよ、馬鹿野郎」
あの爆発の後、地上を観測すると雨は降るものの、破壊的なほどの雨量は観測されなくなった。
さらに、楽観視はできないものの雨の結晶体もぱったりと出現しなくなった。
それに呼応してか、教団は方針を雨の打倒に全力を尽くし、地球を再生する方向に転換した。
身代わりが早過ぎる上に、あのレポートを教本として売り出しているのだから呆れて、開いた口が塞がらない。
だが、これに従えない者が新たに規模は小さいが反抗活動を開始し、戦火は少しだけ縮小しただけだ。まだ戦争は終わらない。
それでも、秋とモガリさんが成し遂げたことは確実に成果を出していた。
人の全滅を避け、雨を根絶やしにして、戦争をなくす。彼女達は狙ってやったわけではないが、人の希望となった。
そのせいか、彼女を英雄に祀り上げ、教団の偶像にしようとしているらしい。バカバカしいにも程がある。まだ彼女が死んだわけでは無いし、なおかつモガリという人物の犠牲があったことも知っておいて欲しい。
しかし、地下ではそんなことなど知らない者も多い。中にはまだ戦争が続いている者さえいるのだ。
だが、一番驚かされる物は
「なぁビィ、あれって」
『あれって・・・うわぁ・・・』
見つけたのは既に完成しそうになっている、秋の姿をした石像だった。
大層にも裸婦像にし、おまけに何故か羽まで生えており、まるで彼女が辱められている気がしたので目をそらした。
だが、これも仕方のない事だった。今まで絶望を見出し、希望を得ようとしても得られなかった人間が、そこにある希望の塊の様な存在に縋らないわけがない。
ましてや教団の公認だ。こうなってしまうのは当然のことだった。ただし、本人の公認ではないが。
「これを秋が見たら、どう思うだろうな・・・」
『多分、壊して回ると思うよ。念入りに。もしくは作りなおさせる』
「どんなふうに?」
『これよ、これ』
ビィの画面に、お世辞も出ないほど均整のとれた女性が写される。秋とは似ても似つかない。
「だれだ、これ・・・?他人の姿を作らせるのか?」
『違う違う。これね、秋ちゃんバージョンいち。昔の秋ちゃんだよ』
「は!?」
『そいでこれが最後に撮った・・・今の姿。バージョンさん』
対比するように、先ほどの姿の横に今の姿が並べられる。今の姿は、最後に雨蜘蛛に乗った時の写真で、自分と秋のツーショットの様になっていた。いつの間に撮ったんだ。
「いや、別人だろ・・・これ」
『だよねー』
並べてわかるが、顔のパーツも何も全てが全く別物だ。これを同一人物とはとてもではないが言えない。
『秋ちゃんってさ、この姿になる時に全部のパーツとっかえたんだよね。そこまでしなくてもいいと思ったんだけど』
「そうか・・・」
二人の秋、両者とも秋であることに変わりはないが、容姿はまるで別人という不思議な状態だ。
『で、アオイちゃんはどっちが好み?やっぱり大き方?それともちっちゃい方?』
「・・・秋は、秋だろ」
『お?それって、遠回しなプロポーズ?いやん妬けちゃう!』
「生きて、くれてたらね」
『そう・・・だね』
ビィの言葉も、アオイの言葉もふわふわと宙を漂い霧散した。秋が居れば、この言葉も宙に浮かずに済む。だが、それは叶わないかもしれない。
こんな気持になるのならば、いっそ秋のそばに居続けてやるべきだったと少し考えもする。
今の心には秋が居ない虚無感しかなかった。
「行くか」
『うん・・・』
秋の石像は今も着々と完成してゆく。だが、数年もすれば地下は放棄され、再び人は地上へと上がり、十数年もすれば秋の事も忘れてしまうだろう。それまでの、偶像だ。
彫られた秋の顔はなんとも言いがたい悲しそうな表情をしていたが、このような顔をしたことはない。いや、するはずがない。秋はもっと―――――。
『危ない!』
ビィが叫ぶのと同時のことだった。見上げていた秋の石像が、ゆっくりと傾き始め、倒れはじめる。石像はかなり大きく、5メートルほど。下に人がいれば間違いなく潰されてしまうだろう。
ビィの声に反応し、作業をしていた者達は何事が起きたのか振り返りながら、蜘蛛の子を散らすようにその場を離れた。
避難が完了するのと掃除に、ゆっくりと石像は倒れ、原型がわからなくなるまで粉々に砕けた。
「いったい、何が・・・」
風に煽られ建造物は倒れたりする場合があるが、ここは地下のためその可能性はない。地震かとも思ったが、自分たちは全く揺れては居ない。ならば、何が。
その原因は、石像の真下にあった。否、その原因は上がって来た。
それは人より少し大きいほどの、白い箱。それが、蝉の幼虫が上がってきたように土を押し上げて出てきた。
「これは・・・」
『輸送用のカプセルじゃん!』
地中から上がってきたのは、地上へ物資を輸送するために使っていたカプセルだった。
だが、今になってなぜ。ここは地下で、輸送するものもないはずだ。
その間もゆっくりとカプセルは上昇し、完全にカプセルは地面から露出した。
だが、突如カプセルが揺れ、中から音が聞こえ始める。だが壁が厚く何の音かは判明しづらい。
音は暫く続いたが、しばらくすると静かになった。これは、カプセルの中に何かがいるのか?
一歩踏み出し、カプセルに近づく。
『アオイちゃんやめとこうよ!きっと地底人の侵略だよこれ!』
そんなことはあり得ないと思うが、確認せずには居られない。
カプセルまであと一歩のところまで近づいた瞬間、カプセルは突如外側に向かって凹んだ。
咄嗟に凹んだ箇所から横に飛ぶ。ビィの言う通りやはり、地底人?
だが、凹んだ形状をよくみると、人の拳の形に凹んでいる。それも、子供だ。
考えている間に、凹みは増えて行き、数えて六回目の時
「おちゃー!」
中に居た者の掛け声と共にカプセルの壁がはじけ飛んだ。接合部分が耐え切れなかったのだ。
だが、重要なのはカプセルのことではない。その声の主だった。
「うー・・・やっと出れたぁ・・・」
中からした声は、間違い様がない。だが、声はしてもカプセルから出てこない。
「秋!」
カプセルの中を覗き込み、彼女の名を呼ぶ。まだ確証はもてない。同じ声のロボットの可能性もある。
「あーアオイだ。やっほ」
声に反応し、片手を上げた姿は間違いなく秋だった。石像にあった悲しそうな顔ではない、柔らかな笑み。これが秋の顔だ。
ただし、両足を失くし、着ていたスーツはほとんどなく、肌が露出し、腹にはこぶし大の穴が開いており、そこから液体が流れ出ていた。その光景に一瞬目を伏せてしまった。惨すぎる姿だった。
『秋ちゃん!・・・てかアオイちゃんは見ちゃダメ!』
「み、見てねぇよ!」
正確には見たが、そんなことを言っている場合ではない。
「うわー裸見られちゃったわー。これは責任とってもらわないとダメだわ―」
「責任とか言ってる場合じゃないだろ!」
カプセルに入り込み、ひとまず自身の上着を秋に掛ける。こうでもしなければビィがうるさい。
「大丈夫だってさー。このくらいじゃ私は死なないよ。それよりおぶってよー、歩けないよ―」
両腕を伸ばし、アオイを招く。
「ビィ、これは大丈夫なのか?」
『うん。秋ちゃん達はおつむさえ大丈夫だったら、まず死なないよ』
「はーやーくー」
「わかった、わかったからおとなしくしろ」
秋に導かれるまま、秋を抱えようとするためにかがむが、伸ばした手で逆に秋に抱かれ、そのまま唇を押し付けられた。
突然のことで全く反応できなかった。
人工血液独特の甘い香りと、秋の香りが混じり、鼻孔に流れてくる。酸欠と相まって、目眩がする。
『うわっうわっうわーっ!秋ちゃん、その抜け駆けは反則だよ!』
ビィの反応を鬱陶しくしながら、キスを終える。そして閉口一番に
「抜け駆け?ちがうよ。これは、責任とってもらっただけ」
「秋、お前・・・」
「違うでしょ、アオイ?あんた、誰かが帰ってきたらそんな反応するの?」
秋が求めているものがなんとなく理解できた。それは責任でもなく、行動でもない。
「おかえり」
その一言だ。その結果に満足したのか、再び抱き寄せられる。
今度はキスはない、言葉にはキスで返答をするものではない。耳元で答えた。
「ただいま」

秋はあの爆発の直後、以前回収に失敗したカプセルが地中に埋まっているのを見つけ、それに乗ったらしい。中の燃料などは廃棄し、非常食もあったのでそれで食いついないでいたらしい。
だが、制御盤が狂っており、地下にも地上にも出れず数日間地中をさまよっていたという。
「爆風で飛ばされてさ、もう死ぬんじゃなかいって思ってた。でも、ビィじゃないけどさ、あんたにまた会いたいって思ったらさ、カプセル見つけたんだ」
「うん」
秋を抱え、ひとまず家に戻ることにした。秋の損傷が酷く、なるべく早く技師に見て貰わなければならない。司令官のツテで『シルム』の修理技師を家に呼んでいるが、どこまで完全に直るかは不明だ。
「カプセルの中でも電源落ちて、再起動しての繰り返しだった。けど、絶対生き延びてやるって思ってた」
「うん」
「そしたらなんかいきなり止まってさ、もう自力で行くしかないかって思って、カプセル壊したらさ、アオイがいるじゃん。もう天国だと思ったよ」
「・・・うん」
「いや、実際もうここ天国なんじゃない?だれも不条理に死なないし戦争もない。アオイも居るし、ビィもいる。私、夢見てるのかな?」
「夢じゃないだろ」
「じゃあもっかいキスしてよー。そしたら夢かどうか分かるじゃん?」
「断る。てかそんな時って普通痛みのほうじゃないのか」
「酷い!・・・あ、でも断られて心が痛いから、やっぱり現実なんだ」
「悪いけど、これが現実だよ」
「アオイのいじわるー。・・・でもさ、何かこの辺り石像多いけど、そんな芸術性の高いとこなのここ?夢の世界じゃなくてホントに現実?」
「いや・・・ここ現実だけど・・・それは」
秋の質問には返答しづらい。作成している石像はどれも少女姿だが、顔に至っているのは視界に入る範囲では存在しない事が救いだ。まさか、秋の石像を彫っているとは言えない。
どうしたものかと返答に困っていると、横から助け舟が出された。
「それは、貴女の修理が終わったらお話しますよ」
聞こえた柔和な、だが甘美すぎる声に背筋の毛が逆立ち、振り向かざるを得なかった。
「あんた・・・もしかして」
『教団のトップだ!』
そこに現れたのは、今の教団のトップ、その人だった。直で見たことはなかったが、写真では見たことがある。
「どうも、英雄のご一行」
言葉全てに悪意は感じないものの、底が見えないどろりとした粘着質な感触がまとわりつく。
根本的に、俺が触れてはならない人間だと確信する。
「俺達は、英雄なんかじゃない」
「いえいえ、世界を救い、戦争を止めた。充分英雄としての資格はありますよ」
「・・・勝手に言ってろよ」
『そーだそーだ!』
「では、そのように。しかし、資格はありますが名乗るのは貴方達の自由ですので。よければ、その布教に手を貸しますよ?」
「それは結構。私達は、そんな大層なものじゃない」
「それは残念。では、気が変わりましたらご連絡を」
その言葉を残し、仰々しく会釈した上で去っていった。だが、離れると背中にいやな汗が一筋流れ落ちた。あの男は、一体何者なのか。
『なによあいつ!あいつが戦争起こしたようなもんでしょ!なのにお咎め無しなの!』
「・・・終わったことには何も言えないわよ。大事なのはいまからどうするかよ」
『でもさー』
ビィがむくれるのも無理は無いだろう。だが、彼の指導力とカリスマは本物だ。現に、教団側の戦闘の八割以上が彼の一声で止まり、それに惹かれる物は多いだろう。
この戦いが続くことを止めたのは秋だ。だが、この実質的に戦いを止めたのは間違いなく彼である。そして、これから続く戦いを収束させるのも、おそらく彼だ。
その後ろをどこかで見たことのある女性が付いていた。従者なのだとすると、相当の物好きだろう。
「アオイー、はやく行こうよー」
「あ、ああ。わかった」
『でも秋ちゃんいいの?ゆっくり行ったほうがアオイちゃんに抱えられる時間多くなるよ?』
「ビィあんた天才・・・!アオイ、ちょっと寄り道もしていいわよ!」
「じゃあ真っ直ぐ帰るぞ」
「いやだー、もっとこのまま居させてー」
実のところ、アオイ自身悪い気はしなかった提案だった。だが、秋のこの姿は早めに治してやりたいのだ。


誰かが、追いかけてきて背中に呼びかける。
「待って下さい総帥!」
おそらく咲だ。外に出たのがこんなに早くバレるとは思わなかった。
「ふらっと姿を消して、人混みのなかに入るのはやめて下さい!一歩間違えば反抗団体に襲われるかもしれないんですよ!」
「いやぁ、ごめんごめん。外の空気を吸いたくてね」
「それら何か言って下さい!しかも彼らと接触するなんて・・・彼らには謝罪もろもろ含めての場を設けるはずだったんですよ!彼らには―――――」
「いいんですよ。これ以上、彼らに頼ってはいけません。それに、彼らはその様なことも望んでは居ませんよ」
あの『シルム』を偶像にする気はなかったが、どこからか情報が漏れこのような形になってしまったのだ。少々の引け目を感じる。
おまけに内部では彼らを英雄としても祀り上げようとしているのだからたまったものではない。
どうでこの教団も近い将来消滅する。おそらく、私が畳むことになるだろう。
「しかし、咲さん、貴女が居てよかったですよ」
「いえ、私は何も・・・」
教団は方針を転換した。だが、その提案を行ったのは咲だ。
「貴女がいきなり教団の元の姿に戻すと言った時に、私は来る時が来たと思いましたよ」
使者の任務が終わった直後、咲は私のもとに殴りこんできた。文字通り殴られもした。
「す・・・すいません、あの時は・・・」
「いいんですよ。私は、最初から貴女がそれを成すために近づいてきたと思っていました。もちろん私を殺す事も含めて」
「違います!私はただ・・・!」
「ですが、貴女は私を生かした。何故です?」
「・・・総帥、あなたは戦争を始めてしまった。でも、始めたからには終わらせなければいけない。貴方はその責務があるし、私はそれを最後まで見届けなければならない。祖母の代わりに」
「・・・分かりました。でも、たまに私も弱音を吐くかもしれません。そのときは、叱ってくれませんか?あの時のように」
「総帥・・・でも・・・」
「以外と、可愛かったですよ?」
「からかうのは、やめて下さいよ!」
「その調子ですよ。・・・さて、まだ仕事はたくさんありますね」
「でも、やるしかないです」
「一日でも多く生きて、皆を幸せにしてみろ!でしたっけ?せっかくですから、貴女の言葉に従ってみるとしましょう」
「言わないで下さい!」

保護を受けている家に帰り着くと、既に技師が到着しており、部屋の一室で秋の診断と応急の処置をしてもらった。だが、応急処置のため、義足などもないただの止血だ。これ以上の修理は工場で行う必要がある。
処置が終わると、その足で修理を行うために工場に向かうための準備が始まる。ひとまず歩けない秋には車椅子が与えられ、自分で動くことができるようになった。
『秋ちゃんもう行っちゃうの!やだよー女子トークしようよ―』
「帰ったらいくらでもやってあげるから待ってて」
『むー分かった。あ、あとね』
「ん?何?」
二人の会話が途切れる。どうやら秘匿回線での通話だ。数回言葉を交わし、通話が終わる。
「アオイってさ」
「ん?」
会話が終わると、次はこちら。ビィと何を話したのか―――――。
「結局ビィに見せてもらった中で、一番どれが好みだったの?」
「ビィ!お前!」
おそらく先ほどの会話を全部話したのだ。思い出して顔が熱くなる。
『だってぇー、今は秋ちゃんいるじゃん?』
「そうだけどなぁ・・・」
「実はね、今から直してもらいに行くけど、色々機能を制限したらどの姿にでもなれるらしいのよ。で、どうせならアオイの好みの姿になっとこうかなーって。で、どれ系の私が好き?」
「・・・秋は、秋だろ?」
先ほどの答えをそのまま使用する。本心だが、実のところ何も考えていないだけだ。
「ぶー。その答えじゃ受理できませーん。ちゃんと言えるまで私修理受けないよ?」
「何言ってるんだよ・・・」
「さぁさぁ、どれ系よ?」
「うう・・・」
「決めれないなら、こうするまで!」
いきなり胸ぐらをつかまれ、寝室に連れ込まれた上で、ベッドの上に投げ飛ばされる。
『秋ちゃん・・・!これはまさか・・・!』
「その通り、身体に聞くまで!」
「秋!お前本気かよ!」
『うおー!秋ちゃん流石っす!』
「でもビィには刺激強そうだから電源切るねー」
『いやー!秋ちゃん酷すぎ・・・あんっ』
電源を切られビィは沈黙する。こうなってしまうと為す術はない。
「さて、アオイ。これから君がどうなるか、わかるね?」
「わかんねぇよ!」
「今から君の身体をくすぐって、正直な気持ちを吐くまでやめません。泣こうが喚こうが、やめません」
「や、やめろ・・・!」
「いざ!」
「やめろおお!」

「すぐ戻ってくるから、浮気なんかするんじゃないわよ―!」
「わかったから、さっさと行けよ・・・」
あれから数時間、本当に白状するまで秋にくすぐられ続けた。
『で、アオイちゃんはどの秋ちゃんを選んだの?』
「・・・全部」
『欲張りー!でも、それってできるの?』
「身体の換装は何時でもできるらしいから、成長するみたいに身体をちょっとずつ変えていってもらうようにした」
『へー。だったら今回は、ちっちゃい秋ちゃんのままなんだ』
「そうなる。それで、俺と一緒に成長して生きていこうってなった」
『でも、秋ちゃん『シルム』だよ?人工生物だよ?それでもいいの?』
「だからだよ。それも含めての秋だから」
『ああん、もう二人の間には誰も入り込めない・・・!完全敗北だ!あたし!』
「わかったわかった」
これから先、希望も絶望も見ることになるだろうし、時には決断を迫られる事になるだろう。
でも、生きていくことを、生き残っていくことを考えて生きて行けば、必ず良い方向へと向かってゆくだろう。
だからこそ、秋と一緒に生きていくことを決めたのだ。彼女と共に居れば、生きてゆくことも生き残ってゆく事も可能な気がする。
人は、人以外の存在も、生きているのだ。生き残るために。

 
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