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FAIRY TAIL 星と影と……(凍結)

作者:天根
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悪魔の島編
  EP.19 S級クエスト解決

「ゴホン……では、改めて整理するぞ」

 ルーシィ・オン・ステージから数分後……ようやく落ち着きを取り戻したワタルは咳払いをして、先ほどの痴態を誤魔化し、依頼解決に向けての説明を始めた。
 当然その程度で誤魔化しきれるものではないが、自分たちの存亡に関することのため、村人たちは一旦意識を切り替える。

 因みに当のルーシィは飛んで行ったネジが嵌ったのか、自分がやらかした事に気付き、見た事の無い形相をしているエルザに怯えて、ナツとグレイの陰で震えている。
 ナツとグレイとてエルザは怖いのだが……完全に自業自得とはいえ、小動物のように震えるルーシィを怒れる(エルザ)の前に放り出すのは気が引けたのか、彼女のなされるがままだ。
 いわゆる一つの仲間意識というやつである。

 そのエルザは見ていて憐れになる程に震えているルーシィに怒る気が削がれたのか、溜息を吐くと村人たちの方を向き、ワタルの確認に加わった。

「依頼内容は紫色の月を壊す事。その紫色の月が出ている間、君たちはその姿になってしまう」
「それは3年前からの事だそうだが……間違いないか?」

 エルザの問いに、村人たちはざわつきながらも肯定の意を示す。その反応に頷いた彼女は歩き出しながらも、ワタルとリオンから得た情報をもとに説明を続ける。

「紫色の月は月の雫(ムーンドリップ)の影響。その月の雫(ムーンドリップ)の儀式は3年前から行われていた……村からも、遺跡に降りる光が見えていたはず。だが――――キャア!!」

 説明の途中だったのだが、エルザは可愛らしい悲鳴と共に落とし穴へ真っ逆さまに落ちて行ってしまった。

 ルーシィがリオンの部下の魔導士を迎え撃つために、処女宮の星霊・バルゴに作らせたこの落とし穴――ルーシィ以外からは、作った本人のバルゴにすらもお粗末と評された――は村の壊滅と共に無くなったはずであった。だが、ウルティアの“時のアーク”はこんな(ルーシィ以外から見て)しょうも無いものまで復活させていたのだ。
 先程エルザの逆鱗に触れかけた彼女は、ナツとグレイの陰で今度こそ終わったと、絶望する。

 響いた悲鳴は普段の冷静なエルザから発されたとは思えない程に可愛らしく、ワタルは不意打ちに内心ドキドキしながらも、落ちた彼女に手を貸す。

「あー……ほら、掴まれ」
「あ、ああ……」
「ったく――ッ!?」
「お、おい!?」

 突然だが、ガルナ島は月の雫(ムーンドリップ)の儀式で発生した魔力の膜で覆われている。この膜が、魔力に対して敏感なワタルの第六感を乱しているのは既に説明しただろう。
 ワタルは近距離感知という方法でこれに対応。だが、いつもとは違う感知方法は知らず知らずのうちにワタルのストレスとなり、僅かとはいえ、その精神を侵していた。
 さらに言うなら、ウルティアの誘いへの動揺と彼女との激闘もまた、自分では気付かないままにワタルの魔力を大きく消耗させていた。

 魔法とは精神に大きく直結するものだ。そのため、魔力に対する感受性が異常に高いワタルの精神の魔法発現への影響は、普通の魔導士より大きく表れる。
 感受性が高いという事は、言い換えれば繊細という事で、他人にとっては大した事ないものでも、精神に大きな影響を及ぼしやすいという事だ。
 これがワタルの最大の弱点といっていいだろう。


 さらに……エルザへの想いですら、この時はワタルの心に負担となって表れた。
 エルザが自分にとってどういう存在なのか――極小さなものではあるが、モヤモヤを感じていたワタル。加えて、先程のルーシィの言葉はワタルが思っていた以上に心を大きく揺さぶって精神を乱し、消耗を加速させた。

 そして、魔力の枯渇が魔導士の身体にも悪影響を及ぼす事は、魔動四輪のスピードを長距離に渡って出し過ぎたエルザがどうなったかを思い出してもらえれば分かるだろう。


 長々と説明したが、一体何が起きたのかというと――エルザの手を掴んだのはいいが、思ったより体に力が入らなかったワタルは彼女を支えきれず、落とし穴に落ちてしまったのだ。

「いてて……大丈夫か、エル、ザ――ッ!?」
「あ、ああ……ッ!」

 エルザの上半身を覆う鎧に身体を打ちつけ、衝撃と痛みに顔を顰めて呻きながら目を開けると、ワタルは硬直した。

 倒れこんだ衝撃で絹の様に柔らかく舞い、情熱的な夕陽を連想させる美しい緋色の髪。
 剣を握り、数多の敵と戦ってきた姿からは想像もできないほどに華奢な首。
 健康的な赤みを帯びた頬は滑らかで、見ただけで柔らかいのがはっきりと分かる。
 髪色とはまた別種の赤色を持つ唇は瑞々しく潤い、鼻筋も綺麗に通っている。
 互いの姿が映るほどに近づいた目は、微かに潤んで優しい光を放っているようだ。

 傍から見れば、ワタルがエルザを押し倒しているようにしか見えなかった。
 呼吸すら止めてしまうほど、間近で見た彼女は魅力的で、ワタルは理性を殺しかねない光景に目を離せないでいた。


 このまま彼女を自分だけのものにしてしまえ。

 脳裏でささやく凶暴な獣の声に、ワタルは必死に抗った。

「……」
「――ッ」

 ワタルが理性と独占欲の狭間で葛藤しているその最中……彼の下敷きになっているエルザはゆっくりとその瞳を閉じる。
 瞑目した彼女は聖母のように美しく、侵しがたい――そんな理性の叫びは既に情けなくなるくらいあっさりと、脳裏でささやく本能にかき消されていた。

 つばを飲み込み、ワタルはゆっくりとエルザに覆いかぶさっていく。
 それが分かったのか、エルザは赤く染めた頬を緊張で強張らせるが……それは彼を止めるには至らない。
 10cm、5cm、3cm、2cm――2人の唇の距離はどんどんゼロに近付いていく。


 その時だ。


「おーい」
「!!」

 急に掛けられた声に、夢見心地で時間の流れすら錯覚していた2人は我に返る。
 エルザは目を勢い良く開けただけだったのだが、ワタルは違った。

「わ、わる……――!?」

 事故とはいえ、押し倒した形になってしまっていたため、彼女に謝りつつも飛び退いたのだ。
 しかしそこは狭い落とし穴の中。壁に後頭部を打ちつけてしまい、鈍痛かつ激痛で言葉にならない声で呻きながら蹲ってしまう。

「おいおい、大丈夫か?」
「ナ、ナツ!? あ、ああ、大丈夫だ、問題ない」
「顔赤いよ、エルザ。大丈夫?」
「大丈夫だと言ってるだろう!」

 上から掛けられたナツとハッピーの心配そうな声に、エルザが慌てて対応する。
 羞恥と怒りが入り混じった彼女の声は聞こえていたのだが……真っ暗な視界の中で火花と星が散って踊っていたワタルには彼らの姿は見えなかったため、手を振ることで返答とした。

 そうこうしている内に、視界と意識が回復してきたワタルが見たのは……顔を熟れた林檎のように真っ赤にしたエルザが、様子を見に来たナツとハッピーと言い争いをしている姿だった。




「大丈夫そうだな、一応」
「びっくりしたわよ。いきなり落ちちゃって、そのまま出てこないんだもの」
「あー……悪い悪い。ちょっと疲れたみたいだ」

 落とし穴から脱出したワタルは先程の事に動揺しつつも、グレイとルーシィに応える。
 彼らの表情は呆れが少しと後は心配一色で、落とし穴の中の2人の様子を見られた様子はない。そのことに一旦ワタルは安心し、呆気にとられている村人の方に向き直った。

 エルザはといえば……流石に何事も無かったようにとはいないようで、ぼおっとしているかと思えば赤面し、頭を振っている。とてもではないが説明できる様子ではなかったため、村人への説明は自然とワタルが引き継ぐことになった。

「どこまで話したか――――そうだ、遺跡だ。遺跡は調査したのか?」
「そ、それが……村の言い伝えで、あの遺跡には近付いてはならんと……」
「いや、誤解しないでくれ。責めてる訳じゃないんだ」
「う、む……」

 なるべく穏やかな声で尋ねるワタルに村長は唸り、村人たちは隣の者とヒソヒソと話す。
 どう見てもただ事ではない雰囲気に、ナツ、グレイ、ルーシィ、ハッピーが眉を顰め始めると、村長が重い口を開けた。

「……ワシらにもよく分からんのです。あの遺跡は何度も調査しようとしましたが、調査はおろか、近付く事さえできなかったのです」
「どういう事……? 近づけないって……」
「俺たちは普通に中まで入れたぞ?」

 ワタルとエルザ以外の妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々が怪訝な表情をすると、村人たちが懇願するように弁解した。
 曰く、信じてもらえない、何度も行こうとしたが一人もたどり着けなかった……etc。
 彼らの目には嘘は感じられず、ますます困惑する3人と1匹。

「やはりな」
「あ、復活した」

 いつのまに来ていたのか、ワタルの横でエルザが頷き、ハッピーの言葉も意に介さず、ワタルを見て口を開く。

「ワタル、後は私に任せてもらう」
「お、おい……」
「いいな?」
「はいはい……ったく――(……なんでコイツなんだか)」

 乙女思考に入っても、行動すれば基本的に強引で理不尽。いつものように彼女に振り回されながらも、ワタルは溜息を吐きつつも了承。内心で愚痴りながら、周りを見る。

「……あれでいいだろう」
「ああ、十分だ」

 ワタルが指差した見張り台と思われる建築物を目指し、これからやろうとしている事の準備に入ろうとしたエルザだったが、その前にもう一度ワタルに向き直る。

 さっきほど近くはないが、それでも他の者に話し声を聞かれない程度には2人の距離は近い。ワタルの頭に先の光景が思い起こされ、再び思考が凶暴な熱に侵されるかと思ったその時だ。

「あまり無理はするなよ」
「え?」

 穏やかな笑みと共に発せられた言葉に、ワタルは目を瞬かせると、思わず聞き返した。

「お前は他人に弱みを見せたがらないからな。パートナーなんだ、私くらいにはいいだろう」
「おま――」
「それだけだ…………ナツ、着いて来い!」

 続いた言葉への反論には耳を貸さず、エルザはナツに声を掛けて見張り台に向かっていく。その際に『月を壊す』などと言うものだから、他の者が期待に沸いたり高揚したりドン引きしたりしている中……ワタルは一人溜息を吐くと、胡坐をかいて座り込む。

「子ども扱いかよ、ったく……」

 口から出たのは憎まれ口だったが……その言葉とは裏腹に、顔には笑みが、胸の中には先ほど抱いた理性を焼き尽くす凶暴な熱ではなく、春の陽光のような暖かな熱が宿っていた。

 あれだけ醜態を晒したんだ、長くつるんでいる彼女なら気付いてもおかしくは無い。
 理性はそう思おうとしても、感情は違った。


 『男の自分が女のあいつに心配されたくない』という、どこか子供じみた思考。
 『パートナー』の言葉が、今までとは違う意味合いで心の中に入り込んだ事への戸惑い。
 『彼女に心配されて嬉しかった』という、何とも単純な思考。


 それらがないまぜになって、外と内でちぐはぐな反応になってしまったのだ。
 ワタルは頭を掻くと、紫色の夜空を見上げる。

「まあ……お前で良かったよ」

 惚気と知らずそう呟き、ワタルはグレイたちに話し掛けられるまで、じんわりと頬が熱を持ったのを隠そうと、月を見上げているのだった。




「(これでいい……そのはずだ)」

 紫色の月を壊すために、投擲力を飛躍的に向上させる“巨人の鎧”に換装し、破魔の効果を持つ“破邪の槍”を手にしたエルザはナツを従え、見張り台に立ちながら考える。


 落とし穴の中での出来事は彼女には刺激が強すぎた。
 痺れる思考の中、感情のままに目をつむったエルザ。視覚を断ったからこそ、脳髄をくすぐるワタルの僅かな息づかいは、冷静になった今でもはっきりと記憶に残っている。


 自分は骨の髄までワタルに惹かれ、惚れている――そう改めて認識するのには十分だった。


 彼が自分の行為に応えようとした時、自分は歓喜した。それは否定しないし、できない。現に呼び掛けたナツを恨めしく思う感情はあった……だが、どこかで安堵している自分がいたのだ。
 いったい何故なのか。分からず悶々としていたのだが……冷静になった彼女の思考は、その答えを案外すぐに導き出してくれた。

 依頼そっちのけで自分の色恋沙汰にうつつを抜かすなど、筋を通す事を美徳とするワタルが良しとするはずがない。
 ではなぜ彼はそうしようとしたのか――その理由にエルザは心当たりがあった。

 自分が知るワタルの繊細さは日常生活に支障が出るほどのものではないが、戦闘のような非日常の中ではそうもいかない。
 悪環境の中、偶々自分が見ていた所では彼の繊細さが実害となって露呈しなかっただけで、実は彼が精神に影響を及ぼす何かを抱え込んでいたとしたら?
 もしそうなら、彼が自分と一緒に落とし穴に落ちてしまうほど疲弊してしまったのは、自分にも原因がある。『ワタルのいう事なら』『きっと何か考えがあるのだろう』……そんな風に理由を付けて、彼に任せて……いや、依存してしまう事がある。今回は、合流の際に僅かに漂ってきただけの香水の香りで抱いた嫉妬は彼の精神に負担を掛け、それがワタルらしくない行動を取らせてしまったのではないか。

 少し強引ではあるものの、エルザはこう考え、ワタルの重荷になってしまったと思い込んでしまった。

 もちろん、先ほどは『エルザへの想いですらワタルの心に負担となって表れた』と説明したが、それはワタルの精神の損耗の中では僅かな割合だ。大部分はウルティアが原因である。
 しかし、彼女は正義感が強く、頑固だ。ワタルを目標にしている彼女にそれを説明したところで、自責の念が強まる事はあっても弱まる事は無いだろう。

 ワタルの隣を歩くにふさわしい存在になりたい。
 それがエルザの根幹だからこそ、彼女はワタルより早く興奮と羞恥の熱から覚めたのだ。
 今すぐ彼に触れて先程の続きをせがみたい――そんな少女じみた想いに蓋をして、一刻も早く彼の重荷である自分から、共に荷を支える存在になろう――そう肝に銘じたのだ。

「(ワタル、私は強くなって見せる。だから――――)」

 キスはその時まで我慢しよう。

 エルザはそう誓うと、ナツが石突を殴ると同時に、紫色の月目掛けて思いっきり“破邪の槍”を投擲した。
 村人を蝕み、間接的とはいえワタルの精神への負担となっているものを破壊するための……そして、彼女の誓いを確固たるものにするための一撃。

「届けぇぇえええええええええええっ!!!」

 それは空高く上り――――天を破った。




「え!?」
「月!!?」
「これは……」
「割れたのは月じゃない……空が割れた?」

 ナツや村人たちが驚愕して、ルーシィが困惑して呟く。そんな彼らをよそに、ワタルは靄が晴れるかのように気分が晴れていくのを感じ、深呼吸と共に大きく伸びをする。

「あー、いい気分。やっとスッキリした」
「どういう事なんだ、ワタル?」

 ワタルの隣に居たグレイは他の者と同様に驚愕していたが、ワタルの言葉に質問した。
 凝り固まった関節ほぐすように首や腕を回しながら、ワタルは答える。

「んー、そうだな……まず、この島の上空は魔力の膜で覆われていたんだ」
「魔力の、膜?」
「そ。邪気と言ってもいい。簡単に言えば月の雫(ムーンドリップ)の儀式によって発生した排気ガスだ。それが結晶化していたため紫色の膜が島を覆い、それを通して見ていたから月が紫色に見えていたって訳だ」

 おかげで今まで息苦しくてしょうがなかった、と晴れやかに伸びをしながら、聞き返したハッピーに答えるワタル。
 説明の最中にも、エルザの“破邪の槍”によって魔力の膜はみるみるうちに退けられ、遮られていた本来の月光が島に降り注ぐ。それは村人たちの身体に光が現れる事によってはっきりと知覚でき、その光景にルーシィは感嘆の息を漏らした。

 だがその光を浴びてなお、村人たちの姿は異形の悪魔のままであった。

「元に戻らねえ、のか……?」
「そんな……」
「いや、これで全て元通りだ」

 ワタルはそういうと、見張り台の方を向く。見ればナツも驚愕しているようで、エルザが彼に何かを話している。ナツへの説明は彼女に任せればいいとして、ワタルは説明を待つグレイたちの方へ向き直ると、口を開いた。

月の雫(ムーンドリップ)の残滓が冒していたのは彼らの『姿』じゃない――『記憶』だ」
「……まさか……」

 ここでグレイ、ルーシィ、ハッピーは冷や汗と共に思い出した。村が再生する前、遺跡に再突撃する前、ワタルが何といっていたかを。

『彼らが悪魔の姿になってしまうのは3年ほど前からの事だそうだが……この島が『悪魔の島』と呼ばれているのは、少なくとも10年以上前からだ』

 それはつまり、彼らの言う『呪い』などないという事で――

「彼らは元々悪魔、という事だ」

 そもそもの前提から間違っていた、という事だ。

 もともと人間に変身する力があった村人……もとい、村悪魔たちは月の雫(ムーンドリップ)の影響で、人間の姿が本来の自分たちの姿だと記憶障害を起こしてしまった。彼らは悪魔――闇の住人だから、彼らは聖なる月の光を蓄えた遺跡には近付けなかったのだ。
 ちなみにリオン達に記憶障害が見られなかたのは、月の雫(ムーンドリップ)が人間には効果が無い物だからだと推測される。


 ワタルとエルザの説明に驚愕と困惑を隠せない面々に、さらなる衝撃が訪れた。
 ナツ、グレイ、ルーシィ、ハッピーを島に導き、突如として姿を消してしまった村長の息子・ボボが姿を現したのだ。
 死んだと聞かされた妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々はもちろん、実際に彼の胸にナイフを刺した村人たちの驚愕と困惑は、不謹慎ながら劇に出しても通用すると、ワタルが感じるほどに凄まじかった。
 翼で悠々と空を飛びながら、『胸にナイフを刺した程度では悪魔は死なない』と朗らかに笑うボボに、感極まった村長が泣きながら抱き着けば、村の面々もそれぞれに歓喜を表現しながら抱き合う親子の周りを飛び回る。

「悪魔の島、か」
「でもよ、皆の顔見てると……悪魔ってより天使みてーだな」

 その光景を見たエルザの呟きに、ナツが笑いながら返す。
 確かに、一般に伝わる悪魔のイメージとは程遠いこの光景は、ナツの言葉が的を射ていると思わせるのに十分だった。

「(ナツがあの時掛けた声は、私の誓いの切っ掛けになっている、とも言えるか)……そうだな」

 ナツが穴に落ちたワタルと自分に近寄って声を掛けなければ、自分はまた気付かない内にワタルの重荷になっていたのではないか――そう思ったエルザは気が付けば、隣で見張り台の柵に寄りかかっているナツの頭を撫でていた。
 彼女なりの感謝を込めた乱暴な撫で方に、ナツ一瞬だけ呆けると、頭をさすりながら照れ隠しに怒鳴る。

「――な、なにすんだエルザ!!」
「……ああ、すまん」
「おーい、エルザにナツ!降りてこーい!」
「ああ、今行く!」
「おい! 逃げるなエルザ!!」

 下からのワタルの声にエルザは返事をすると、ナツの抗議の拳をヒラリと躱し、見張り台から下りて、ワタルの元に向かう。

「なんでナツの奴は怒ってるんだ?」
「さあな……なあ、ワタル」
「ん?」
「……なんでもない!」
「そうか…………村の者たちが宴を開いてくれるそうだ」
「ああ、楽しむとするさ」

 本当は、先程立てた『強くなる』という誓いをワタルに宣言するつもりだったエルザ。だが、己の精神を侵していた月の雫(ムーンドリップ)の膜が取り払われたせいか、快活な笑みを浮かべている彼の顔を見て、それは取りやめた。

「(ワタルは優しい。きっと私の事を重荷ではないと言うだろう)」

 そう言われてしまえばきっと自分の脆い心は彼に甘える方に傾いてしまう。それでは駄目なのだ。他の誰でもない、自分に胸を張って彼の隣を歩くために強くなると誓ったのだから。

 エルザはそう考えると、仲間たちの方へ歩いて行った。




 その後ろ姿を見ながら、ワタルは彼女の事を想う。

「(きっと、エルザの中で何かが変わったんだ)」

 そう思ったのは、乱れた精神での荒れた思考ではなく、あの邪気の膜が晴れた後の、普段の思考力を取り戻した余裕が出てきた頭での考えだ。
 落とし穴での一件の後から、エルザを見てそう感じたワタルだが、彼女のその変化を悪い物とは思えなかった。それがなぜかは分からない。洞察力には自信があるワタルだが、彼女に関しては分からない事の方が多かった。
 それでも、自分の勘が良い変化だと言っているのだ。ワタルはそれを信じる事にした。

「(エルザと言えば……)やっぱそうなのかね、俺は――」

 スッキリした思考だからこそ、落とし穴の中での自分の行動を振り返れば、それは自ずと自覚できた。


 状況に流され、衝動に突き動かされての行動だったが……あれは確かに自分の感情での行動であり、彼女を、エルザを愛しく思ったのは偽りのない自分の感情だった、と。


 だが、それが受け入れていい感情なのか、或いは否定すべきなのでは……そう迷う自分もいるのだ。ウジウジと悩むのは自分らしくないと分かってはいる。
 だが、これは簡単に出していい答えでも、簡単に出したい答えでもないのだ。

「――――俺は」

 どうすればいいんだ。

 騒ぐ村人や仲間たちを見ながら、ワタルはモヤモヤを消す術を知らず、一人呟くのだった。


    =  =  =


「デリオラの件は残念だったわ」
「まあ、仕方ねえさ。流石に死んでるんじゃな」

 魔法評議会会場・ERA(エラ)の図書館で、長い黒髪に着物で四肢を包んだ美女、ウルティアが口を開く。それは独り言でも何でもなく、彼女からは見えないが椅子に座った男が答えた。

「デリオラが手に入れば、また一歩理想(ゆめ)に近付けると思ったんだが」

 言葉とは裏腹に、少しも残念そうではなく、むしろ整った顔に笑みすら浮かべるその男はジークレイン。彼は読んでいた書物を閉じ、立ち上がってそれに手を置くと、その本はひとりでに浮き、元の場所に納まった。
 上質で硬い床に足音を響かせ、艶を持つ長い黒髪を揺らしながら、ウルティアは彼に近付き謝罪する。

「ごめんなさいね、ジークレイン様。あの女の力があそこまで強いとは……」
「そう言うな、ウルティア。俺はお前の母を尊敬している……生きていれば、間違いなく聖十大魔導になっていただろう」

 そう言い、胸にかけたペンダント――十字架と四葉のクローバーを模した聖十の証を手にしながらジークレインは振り向いたのだが……その証は手放され、再び彼の胸元で揺れる事になった。

「おい、なんだ……その、顔、は……ぷくく……はっはっはっはっは!」
「……」

 絶句したかと思えば吹き出し、腹を抱えて爆笑し始めるジークレイン。
 不機嫌そうにむすっとしていたウルティアの左の頬が――ガーゼで一応治療されてはいるものの――オーブンで焼いた餅のように腫れていたのだ。
 当然ながらウルティアの方は愉快などとは程遠く、ジークレインの左の頬を手で思いっきり引っ張る事によって強制的に彼を黙らせた。

「髪と顔は女の命なの。お分かり、ジ・ー・ク・レ・イ・ン・さ・ま?」
「…………肝に銘じておこう」
「まったく……!」

 よほど腹に据えかねていたのか、手を放しても青筋を浮かべて相当の怒気を放つウルティアに、ジークレインは痛む頬をさすりながら白旗を上げる。この特別性の思念体が消えかねない程に、彼女の怒りようは凄まじかったのだ。
 だが、まだ聞きたい事はある。ジークレインはまだ怒りの冷めない彼女をなるべく刺激しないように言葉を選びながら尋ねた。

「それで……黒き閃光(ブラック・グリント)と戦った感想は?」
「……流石に強かったわね。『力』を開花させていないのにあの強さ……次の聖十候補筆頭だけはあるわ」
「そうでなくては困る。俺の理想(ゆめ)のためにも、散るその間際まで輝いてもらわなくてはな」

 不機嫌な様子から一変、真剣な表情で感想を述べるウルティアに、ジークレインは逸る心を抑えるように拳を握りしめる。野望に燃えて笑みを燃やす彼を肯定するように微笑むウルティアだったが、胸中ではまったくの反対の事を考えていた。

「(残念だけど、ジークレイン……いえ、ジェラール様。ワタル・ヤツボシはそうならない。なんたって彼は……私の望む新世界への鍵ですもの)」

 ウルティアにとっては、目の前で笑う男は彼女の手で踊る憐れなマリオネット、道化でしかない。ジークレインに一片の疑念すら持たせる事なく彼を嗤うと、いかにも腫れた頬が痛むかのように手で押さえ、彼女は思考を続ける。

「(それにワタル。私はどんなことをしても欲しい物は必ず手に入れる女……この頬の借りもあるのだから、楽しみにしていなさいね)」

 ほんの一分ですら、その狡猾さや野望を感じさせることなく、彼女もまたジークレインの様に野望に燃えるのだった。


    =  =  =


「帰って来たぞー!!」
「来たぞー!」

 マグノリアの街中でナツとハッピーが帰還を叫び、ワタルも正規に受けた物ではないとはいえS級クエストを無事に終えて帰る事ができた事に安堵の息をついた。

「何とか無事に終わったな」
「ああ。無断で受けたと聞いた時はどうなる事かと思ったがな」
「「「「反省してます」」」」

 ワタルの安堵に応えたエルザの言葉に、ギルドのルールを破った3人と1匹は間髪入れずに頭を下げる。

 あまりの息の合いようと落ち込みように、ワタルはガルナ島を去る前の説教が効きすぎたかと、思い返す。




「S級クエスト達成だーー!!」
「もしかしてあたしたち、『2階』に行けるのかな!?」
「さあ、どうかな……」

 つい今朝方のことだ。
 エルザが村長と話している間、S級依頼を無事に達成した事ナツ、ルーシィ、グレイ、ハッピーは喜び、顔を輝かせていた。

 だが、それはワタルが口を開く前までの事だった。

「さっさとその口を閉じろ」

 3人と1匹が冷たさすら感じる彼の声に硬直し振り向くと、そこにあったのは……いつもの温厚さが一分も感じられない程の無表情のワタルだった。ワタルは彼らの反応を意に介さず、怒りを含んだ言葉を放つ。

「自分が何をしたのか、分かっているのか? ギルドの掟に背いただけじゃない、一歩間違っていたら死んでいたかもしれないんだぞ」

 魔導士のこなす仕事には危険がつきものだ。S級以上となれば難度が高いだけでなく、死の危険すら付き纏うことになる。
 いつになく無機質なワタルの声に、ナツ達は黙り込んでしまう。

「……なぜ、ギルドがS級の依頼を受ける資格のあるものを制限しているか、分からない訳じゃないだろう。あまりこんな事を言いたくないが…………リサーナがどうなったか、忘れてしまったのか?」
「それは……!」
「……リサーナ?」

 『リサーナ』の名前が出た途端に、ナツは声を漏らし、唇を噛む。グレイやハッピーもそれは同様のようで、拳を握りしめたり俯いたりしている。ナツの陽気な姿や怒っている姿しか知らないルーシィはその変貌に驚き、初めて聞く名前に首を捻った。

「ルーシィは知らなかったな。2年前……S級クエストに出て、そのまま死んでしまった魔導士だ」
「死……!? でも、S級魔導士しかS級には行けないはずじゃ……?」
「当時はS級魔導士の付き添いなら、普通の魔導士でも受けられたんだ。そして、それ以来、ギルドはS級魔導士以外の魔導士がS級に行くのを固く禁じている」
「そんな事が……」
「ミラジェーンには言うなよ。その時付き添ったS級魔導士、ってのは彼女だ」
「ミラさんが!?」

 無表情のまま語るワタルの言葉に絶句して俯くルーシィ。必然的に下がった視界に、血が出そうなほどに力を入れて握りしめたナツの拳が映る。
 きっと仲の良かった魔導士なのだろう……そう思わせるには十分だった。

「……もう、あんな事は御免だ」
「「「「!」」」」

 それまで、まるで機械の様に無機質だったワタルの声に震えが混じり、ナツ達はハッと顔を上げる。彼もまた、手が白くなるほど強く拳を握っており、その表情は誤魔化しきれない苦さで歪んでいた。
 感情を押し殺そうとして無表情になっていたワタルは表情を歪めたまま口を開く。

「魔導士の仕事は、中には過酷なんて言葉じゃ済まない物もある。今回無事に終わったのは幸運に過ぎなかった……それだけなんだ。ルールがあるのはそれなりの理由がある。どうかそれを分かってくれ……」

 仲間を失って悲しまない者などいない。
 あんな悲劇はもうたくさんだ、とワタルの泣きそうな言葉は、どんな罵倒よりも重く彼らの心にのしかかった。彼らが落ち込み、黙ってしまったのを見た彼は静かに笑うと、声を掛ける。

「お前たちが無事で良かったよ」
「ッ! ごめん、なさい……!」
「ごめんなさい、ワタル」
「俺たちが悪かった……すまなかった」
「分かってくれればいい……ナツは?」

 安堵したワタルの声に、ルーシィ、ハッピー、グレイは頭を下げた。喪失の悲しみは彼らにとっても、想像するのも痛いものなのだ。
 一人返事を返さなかったナツも、それは同じだった。ワタルの問いかけに、彼は頭を上げると、後悔を滲ませた顔で口を開く。

「俺は……ただ、ワタルやエルザに追いつきたくて……」
「その気持ちは俺にも分かる。いつでも挑戦は受けるさ。俺だって、お前には負けたくない」
「……ああ!」

 ワタルが穏やかに笑いながら言った言葉に、ナツは腕で顔を拭うと陽気に笑った。

「こっちは終わったぞ……どうしたんだ、お前たち」
「いや、何でも……さて、お説教はこれで終わり! 帰るぞ、お前ら!!」

 ちょうど村長との話が終わったのか、エルザが話しに加わると、ワタルは手を叩きながら明るく言い放ち、エルザを従えて歩き出す。他の者も、慌てて立ち上がって彼らの後に続きながら帰還の手段である海賊船に向かうのだった。




「反省しているところ悪いが、ギルドの処分がある事も忘れてくれるなよ?」
「まあ、初犯だし、俺からも説教したし……一応弁護はするつもりだがな」
「私はそのつもりはないがな。まったく、お前はそういうところが甘いんだ」
「あー……こういう性分だし?」
「改善の兆しくらい見せんか!」

 人差し指で頬を掻くワタルに怒鳴るエルザ。2人の様子をよそに、他の者は罰の内容に戦々恐々としていたのだが……ギルドが近づくにつれて、それは急に無くなっていった。

 街の人間の様子に違和感を抱いたのだ。

「――なんか、噂されてるみたいだな」
「ああ」

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だ。知らないみたいだな。可哀想に――etc

 鋭い聴覚を持つワタルとナツが、彼らを見てヒソヒソと話している街の人間の言葉を断片的に聞き取って首を傾げていると、ギルドが見え始める。


 それと同時に、噂の正体も確信することになった。


「俺たちのギルドが……!!!」

 ナツが絶叫するほど、ギルドの様子は惨憺たるものだった。
 建物の至る所から鉄柱がハリネズミのように突き刺さっており、壁は砕け、象徴であるギルドマークを刻んだ旗は破れ、『FAIRY TAIL』と書かれ看板は真っ二つになっている。

「誰が……!!」
「何があったというのだ……」
「さあ、な」

 目に涙すら浮かべて俯くナツ、歯ぎしりしながらも絶句するグレイ、口に手を当てて目を見開くルーシィ、尻尾を力なく地面に垂れさせて落胆するハッピー。
 エルザの驚愕を含んだ疑問に曖昧な返事をしたワタルは、新たな騒動の予感に重い息を吐くのだった。

 
 

 
後書き
悪魔の島編漸く終わりましたね。
途中で長い言更新が開いてしまいましたこと申し訳ありませんでした。

次のファントムロード編ではそういう事が無いように精進していきますので、これからもよろしくお願いします。 
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