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トワノクウ

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トワノクウ
  第十四夜 常つ御門の崩れ落つ(二)

 
前書き
 少年 の 頼み 

 
 ――かなしみにどれだけ立ち尽くしていただろう。

 暗く長い廊下で進みも戻りせず、とにかくただ突っ立っていたくうの耳に、足音が聞こえた。顔を上げたくはなかったが、黒鳶が戻ってきたのだとしたらまた何か怖いことを言われるかもしれない。

 くうは恐る恐る顔を上げて足音の主を確認した。
 前に陰陽寮に来たときに朽葉を見送った男だった。確か名は――

「萱草さん……? 朽葉さんの白児の」

 萱草は答えずくうの腕をむんずと掴むと、歩き出した。くうも引きずられる形で歩いてしまう。

「え、え、あの!?」
「朽葉が探していた。さっさと帰ってやれ」

 また朽葉に迷惑をかけてしまったのか。くうは消沈して黙った。




 宛がわれた部屋の前まで戻ると朽葉がいた。

「くう! 遅いから心配したぞ。藤袴のところで何かあったのか? それとも黒鳶に何か言われたか?」

 どちらも正解です、とくうが答えるより早く、萱草が無言で踵を返した。

「萱草さん!!」

 くうは、慌てたせいか、自分でも驚くような大声を上げていた。

「連れてきてくださって、ありがとうございました!」

 萱草はちらりとくうを伺ってから去った。

「萱草が驚くのは珍しいな」
「今の、驚いてらしたんですか? 表情おんなじでしたよ」
「まあ初対面の者にはそう見えるだろうな。私は付き合いが長いから分かるだけだ。陰陽寮の古株ならもっと濃やかに分かるんだろうが」

 萱草と朽葉の仲もいまいち分からない。犬神と白児、主人と使用人。それにしては彼らの互いを見る目が、掛け違ったボタンのように全く違う感情に彩られていた。

「くう。すまないが今夜は陰陽寮に泊まってもらうようにと佐々木殿が言ってきた。いいか?」

 くうは首肯した。坂守神社よりはましな待遇だから気にならない。

「私は着替えやらを取りに一度寺に戻る。退屈だろうがいい子で待っていておくれ」
「分かりました。いい子にしてます」

 朽葉はほほ笑んでくうの頭を一つ撫で、廊下の向こうに去った。

 くうは朽葉を見送ってから部屋の中に入った。今度は窓を開けず、窓際にもたれて座るだけにした。

 すでに夜は始まっている。薄暗い室内を探り、灯籠を見つけ出す。ここ一週間で覚えたやり方で灯籠に火を点し、室内を明るくした。そこまでするとやることがなくなり、くうは壁にもたれて三角座りをして灯篭の火を見ていた。



 無音の部屋に襖が開く音が割って入った。朽葉が帰ってきたのかと胸躍らせて顔を上げたが、立っていたのは、潤だった。

「身体、もういいのか?」
「はい。おかげさまですっかり」

 嘘はない。打撲痕も骨の軋みも吐血もすっかり治まった。便利だと思う。思わなければやってられない。

 潤は襖を閉めて部屋に入って、くうの前に腰を下ろした。片膝を立てた雑な、あるいは男らしい座り方に、どうしても違和感を覚える。

「どうして陰陽寮にいるんですか」
「ここへのメッセンジャーは大体が俺だからな。今回も、篠ノ女に頼みがあって来た」
「――、神社関係のご用事ですか」

 不死の呪いという異質がさらに発覚した今になって、筆頭侍官の彼がくうに頼み事をするなど不自然だ。潤がくうの異質を放置する理由で妥当なものは、坂守神社の、それも銀朱か真朱に関わることとしか思えない。

 やはり潤は肯いた。「今日の昼に別口であった討伐で損失が出た。一旦は退いたが、敵の疲弊を逃す手はない。今夜もう一度討って出る手筈になったが、人手が足りないんだそうだ。だから今夜は俺も出る」
「頼られてるんですね、姫巫女さんに」

 すると潤は初めて表情を緩めた。

「朱の字を頂いたからにはお応えしないとな。潤朱には守り通す、って意味もあるからな」
「遵守、にかけてるんですね。掛詞の名前なんて素敵」

 すると潤がぱっとくうの前に身を乗り出してきた。

「そう思うか? 本当にっ?」
「は、はい。思います」
「そうか、そうだよなあ」

 手放しで喜ぶ潤に、かつての中原潤の面影が覗いた。子犬のように嬉しいことには手放しで喜ぶ姿を、かつてくうはとても愛しく感じた。

「わざわざ帰る報告にきてくれたのではないでしょう?」
「あ、いや、それもそうか」

 潤は居住まいを正した。

「頼みってのは、この討伐に篠ノ女に一緒に来てほしいってことなんだ」
 
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