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銀河親爺伝説

作者:azuraiiru
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第九話 第四次ティアマト会戦




帝国暦 486年 10月 12日   イゼルローン要塞 ラインハルト・フォン・ミューゼル



「いや、酷い戦いだったわ。事前に自然環境が厳しいとは聞いていたがあそこまで気象条件に左右されると人間なんてどうにもならんな。嫌というほど無力感を感じたぜ、生きて帰れたのは奇跡だ」
「そんなに酷かったのですか」
キルヒアイスが問い掛けると爺さんが疲れた様な表情で頷いた。

「雲は分厚いし雷はピカピカゴロゴロ鳴りやがる。レーダーは殆ど使えん。おまけに酷い嵐で有人の索敵機は使えねえ、無人の索敵機を使っても情報は上手く伝わってこねえ、ナイナイ尽くしだぜ。結局目視に頼るしかねえんだが暗いし雲は分厚いしでどうにもならん。目の見えねえ状態で闇の中を彷徨っているようなもんだ。大体艦隊運動だって嵐が酷くてまともに出来ねえんだからな。情けねえ話だが敵さんと出会わねえ事だけをオーディンに祈ってたよ、びくびくしてたぜ」
爺さんの言葉に皆が溜息を吐いた。

爺さんの控室には俺、キルヒアイス、ロイエンタール、ミッターマイヤーで来ている。惑星レグニツァへ出撃した爺さんは反乱軍と接触、一時は苦戦したが反乱軍に大きな打撃を与えて帰還した。勝ったのは爺さん、祝いの言葉でもと思ったのだが実情はかなり違ったらしい。爺さんは肩を落としている、まるで敗けたかのようだ。

「それなのに出会っちまうんだからな。いきなり反乱軍がぬうっと目の前に現れた時には仰天したわ。嵐の中での遭遇戦だ、心の中で大神オーディンを思いっきり罵っちまった。それが悪かったのかな、先手は向こうに取られちまったよ」
「……」
軽口は叩いているが精彩がない、爺さんらしくないな。それほど酷かったか。

「兵力もこっちは一万隻なのに向こうはどうみても一万四千隻は有りやがる。おまけにまともに攻撃が出来ねえ、参ったぜ」
爺さんが首を振っている。攻撃が出来ない? 皆が不思議そうな顔をした。爺さんも気付いたのだろう、“酷いもんだぜ”とぼやいた。

「ミサイルもレーザーも当らねえんだ。重力と嵐の所為で弾道計算すらまともに出来ねえ。ようやく出来た弾道計算も一瞬の気象変化で意味の無いものになっちまう」
「それは……」
ロイエンタールが絶句し、そして首を横に振った。皆も声が出ない、俺もだ。爺さんがぼやく筈だ。

「何度もそれの繰り返しだ。オペレータはパニックを起こして艦橋は煮えたぎった鍋のお湯みてえになっちまった。あっちでブクブク、こっちでブクブク、戦争みてえな騒ぎだ。まあ実際にドンパチしてるんだがな」
「……良く勝てたな、爺さん」
俺が溜息混じりに言うと皆が頷いた。どう見ても勝てる要素は無い、どうやって勝ったんだ?

「俺じゃ勝てねえよ」
「……」
皆が爺さんを見た。爺さんは奇妙な笑みを浮かべている。
「リメス男爵がな、惑星レグニッツァの大気に核融合ミサイルを撃ち込めって教えてくれたのさ。あそこの大気は水素とヘリウムだからな、爆発させてガスを噴き上がらせろって」
唸り声が上がった。なるほど、その手が有ったか。

「一瞬で戦局が変わったぜ。反乱軍は噴き上がったガスに翻弄されて大混乱だ。後は連中を叩きのめしてなんとか引き上げた。まあそれでも二千隻程は失ったな。上は勝ち戦と評価しているが実際は引き分けが良いところだろう。多少贔屓目で見て六分四分で有利ってとこかな」
爺さんが嬉しそうじゃないのは自分の力じゃ勝てなかった、その思いの所為かもしれない。或いは損害が予想以上に多かったという事か。それにしても核融合ミサイルを撃ち込むか……、リメス男爵は機転の利く男らしい。敵に回せば手強いだろう。

「それにしても惑星レグニッツァの大気を利用しろとは……、リメス男爵は出来ますな」
ミッターマイヤーが嘆息すると同意する声が上がった。爺さんが“ミューゼル”と俺の名を呼んだ。
「お前に宜しく伝えてくれと言っていたぞ」
「俺に?」
驚いた、何故俺に? 爺さんがニヤリと笑った。

「まあ貴族達に嫌われているのはリメス男爵もお前さんも同じだからな、誼を通じたい、そんなところじゃないか」
「誼か」
「敵に回られるよりは良いだろう」
「それはそうだが素直には喜べないな」
爺さんが笑い出した、冗談だと思ったのだろうか、本気なんだが。爺さんが笑うのを止めた。

「まあ冗談はともかくちょっと気になる事をリメス男爵から聞いた」
いやだから冗談じゃないんだ、爺さん。
「コルプト子爵が遠征軍に参加しているらしい。正確にはお前さんの艦隊に居るらしいぞ」
まさか、と思った。しかしロイエンタールとミッターマイヤーは驚いていない。事実なのか……。何時の間に俺の艦隊に配属になった?

「二人とも知っていたのか?」
俺が問い掛けると二人は顔を見合わせた。そして“はい”と肯定した。
「コルプト子爵は我々の前に現れてミッターマイヤーに復讐すると言っていました」
「……」
「御心配には及びません。戦場でならコルプト子爵など恐れるものでは有りません」
ロイエンタール、ミッターマイヤーの表情に不安は無い。しかし、後ろから攻撃されることほど危険なことは無い。

「コルプト子爵を外すことは出来ないかな?」
爺さんに視線を向けたが爺さんは“ウーン”と唸った。
「難しいだろうなあ」
「難しいか……」
「ああ、難しい」
爺さんの表情が苦しげだ。やはり難しいか……。

「ミューゼル、お前は軍上層部がコルプト子爵の狙いに気付いていないと思うか?」
「いや、それは無いと思う」
「そうだな、にも拘らずお前の艦隊に配属したって事は復讐を黙認したって事だ。やれるものならやってみろ、その代り失敗しても責任は取らねえ。そんなところだろうな」
「……」

軍上層部、おそらくは軍務尚書エーレンベルク元帥と宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥の考えだろう。エーレンベルクの奴、俺にはミッターマイヤーを前線に送り武勲を上げさせることで罪を償わせると言っていたが狙いは戦場でコルプト子爵に復讐させる事か。卑怯な!

「例えお前が外してもミュッケンベルガーに直訴して戻って来るだろう。復讐なんて考えていません、そう言ってな。ミュッケンベルガーもその辺りの事は分かっていて送り返してくると思う、茶番だよ。フレーゲル男爵が遠征に参加しているのは見届け人かもしれねえな」
「見届け人?」
爺さんが頷いた。

「ああ、ミュッケンベルガーがちゃんと便宜を図った事を確認する見届け人さ。男爵にそれを命じたのはブラウンシュバイク公だろう」
「なるほど、有り得るな」
相手は用意周到に準備してきたという事か……。包囲されている、そう思った。ロイエンタール、ミッターマイヤー、キルヒアイスも表情が厳しい。

「ミッターマイヤーだけじゃねえぞ、お前も危ない」
「俺も?」
爺さんが厳しい表情で頷いた。
「リメス男爵が言っていたぜ、連中の本当の狙いはお前を潰す事だってな。ミュッケンベルガーだけじゃねえぞ、エーレンベルクもお前を潰したがっている。ミッターマイヤーをお前の下に付けて出兵させたのはそのためだ。期待されている、信頼されていると思ったら罠だと思えと言っていたぞ」
「……」

出兵前の会話を思い出した。武勲を上げる事で罪を償わせる、エーレンベルクはそう言った。俺の配下にすると言ったのもエーレンベルクだ。あの時、既に決まっていたという事か……。疑うべきだった、連中は俺に好意的ではない。それなのに何故俺に好都合なように事を運ぶのか、疑うべきだった……。

「俺を戦場に出したのもそれが絡んでいるのかもしれん」
「どういう事だ」
「俺とお前は親しいからな、邪魔だって事さ。決戦が始まる前に反乱軍の手で俺を片付けようって腹だ。さもなきゃ一個艦隊に満たねえ俺の艦隊をあんな悪条件の戦場に出すか? おかしいだろうが」
「確かにそうだな」

爺さんがじっと俺達を見た。
「正念場だぜ、ミューゼル。連中は俺達を潰しに来ている。ここを切り抜けるんだ、勝ってな」
「ああ」
「くたばるんじゃねえぞ」
「分かっているさ、爺さんも死ぬなよ」



十月二十日、帝国軍と同盟軍はティアマト星域に布陣をした。そして俺はミュッケンベルガーより帝国軍左翼部隊の指揮官を命じられた。爺さんは戦力の回復がままならないとして予備だ。前回の戦い、第三次ティアマト会戦では俺は予備に回された。それを考えれば明らかに優遇、期待、信頼の表れだろう。どうやら何かを仕掛けてくるようだ。爺さんを予備に回したのも俺と爺さんを分断するつもりかもしれない……。



帝国暦 486年 10月 20日   ティアマト星域  総旗艦ヴィルヘルミナ  グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー



馬鹿な! 一体何を考えている!
「こ、これは……、左翼部隊、我が軍の前方を横切りつつあります」
オペレータの声が上擦っていた。オペレータだけではない、皆が彼方此方で驚きの声を上げている。気持ちは分かる、今反乱軍に攻撃されたら左翼部隊は壊滅的な打撃を受けてしまう、そうなれば……。

「馬鹿な! 何故反乱軍は攻撃しない!」
フレーゲル男爵が喚いた。馬鹿が! 何も分かっていない。今攻撃されては拙いのだ! そうなれば兵力の約四分の一を失った我々だけで反乱軍を迎え撃つ事になる。敗北は必至だ。幸いな事に反乱軍は何もせずに左翼部隊を通過させている。おそらくはこちらの陽動作戦とでも思っているのだろう。

計算が狂った……。本来なら左翼部隊と反乱軍が潰し合いその後にこちらが反乱軍を押し潰す計算だった。だがこれでは……、我々と反乱軍が潰し合う事になってしまう。あの小僧、まさか……。
「元帥閣下」
声のした方向を見た。リメス男爵が居た。この男、驚いていない。馬鹿な……。

「何かな、リメス男爵」
声に震えは無い、大丈夫だ。
「攻撃の準備を、至近距離での砲撃戦になります」
「!」
冷たい声だった、非難の色が有る、慌てて目の前の状況を確認した。確かにリメス男爵の言う通りだ、反乱軍は至近の距離に迫っている。もう避けることは出来ない、左翼部隊の動きに気を取られ過ぎた!

「全艦に命令! 主砲斉射準備!」
「全艦に命令! 主砲斉射準備!」
私の命令をオペレータが復唱する。全ての艦隊に命令が伝わっただろう。後は左翼艦隊が通り過ぎるのを待って砲撃だ。あと少し、あと少し……。右手を上げた。
「ファイエル!」
振り下ろした右手が放ったかのように反乱軍に向かって光の束が放たれた。


……混戦、数時間後戦況は混戦状態になっていた。ミューゼル艦隊、もはや左翼部隊とは言えないだろう。あの艦隊は敵前旋回の後、反乱軍の側背に展開している。形としては帝国軍が反乱軍を正面と側背から半包囲しているように見える。しかし我々とミューゼル艦隊の間に連携は無い。帝国軍の主力と反乱軍は入り乱れて戦っている。連携を取るような余裕が無いのだ。

総旗艦ヴィルヘルミナでさえ最前線で反乱軍の攻撃を受けている。爆発したミサイル、レーザーのエネルギーの所為で艦体は小刻みに震えている。
「ミュッケンベルガー元帥、総旗艦を後退させましょう。今のままでは危険です。そして予備の投入を」
「フレーゲル男爵、無用だ、その必要は無い」
「し、しかし……」
なおも言い募ろうとするフレーゲル男爵を睨みつける事で黙らせた。戦場に出るのが怖いのなら来るな!

この状況で総旗艦を後退させる? 馬鹿が、そんな事をしたら総旗艦が怯んだと周囲は誤解しかねない、戦線が崩壊してしまうだろう。それほどに戦況は混乱している。最前線で戦う姿を全軍に示さなければならんのだ。予備も現状では投入出来ない、今投入しても混乱が酷くなるだけだ。もう少し反乱軍が消耗しなければ……。

「大丈夫ですよ、フレーゲル男爵。この戦争は勝ちます」
声を発したのはリメス男爵だった。
「いい加減な事を言うな!」
フレーゲル男爵の激高にリメス男爵が軽く苦笑を漏らした。この戦況で嗤うとは一体どういう男だ……。

「本当の事です、両軍とも混乱しまともな指揮系統など有りませんがミューゼル提督の艦隊は統率を保っています。そしてリュッケルト大将の艦隊も有る。いずれ機を見てミューゼル提督が攻勢に出るでしょう、それに合わせてリュッケルト大将を動かせば帝国軍の勝利です。それまでの辛抱ですね」

フレーゲル男爵が“馬鹿な、それでは”と言って口籠った。ミューゼルに武勲を立てさせることになる、そう思ったのだろう。その通りだ、不愉快だが事ここに至っては止むを得ない事では有る。だがもっと不愉快な事実が有る。私にはこの戦争を勝利に導く力が無いという事だ。そして……。

「リメス男爵の言う通りだ。しかしあの艦隊が動くまで我々の艦隊は損害を出し続けるという事か」
リメス男爵が微かに目を細めた。何だ?
「戦争である以上犠牲は出ます。勝つためにはいかに効率よく敵を殺すか、効率よく味方を死なせるかを考えなければなりません。楽に勝てる戦争など無い、そうでは有りませんか?」
「……」

つまり勝ちたければこのまま犠牲を出し続けろという事か。時が来ればミューゼルの艦隊が勝利を確定するだろう。私はミューゼルの武勲を讃えなければならない。拷問にも等しい屈辱だろう。そしてミューゼルを犠牲にして楽に勝とうとした私にはこれがもっとも相応しい罰というわけだ……。自嘲が漏れた。



 
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