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ゾンビの世界は意外に余裕だった

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5話、プライド

「豚の生姜焼き定食です」

 俺はケイラの差し出されたお盆を、賞状のように恭しく受け取った。早速食してみたが、おばちゃんの味に僅かに届かないものの、愛情プライスでおばちゃんの生姜焼きを上回る。おかげで三回もおかわりしてしまった。

 一時間ほど食堂で昼寝をしてから、再びB棟に向かう。最初こそ他人のアンドロイドと思って遠慮していたが、俺の研究者魂が知識欲に負けたのか、今はアンドロイドを稼働させる作業が楽しくなっている。無論、他人の手柄を奪う気は全くない。

 とにかく俺はライバルの山下の研究室にきた。ここでは戦闘アンドロイドのレムルスとロムスが居る。一度、マイルズとレムルスを格闘させたことがあるのだが、レムルスにあっという間に抑えつけられて負けた。

 そのレムルスとロムスのモデルはローマ兵ならぬ金髪のがっしりしたスパルタ兵だ。格闘だけならおそらく俺のレグロンにも勝てるだろう。

 いや、ほんと、格闘だけは負けてしまう。悔しくないが、格闘だけは負けを認めるしかない。

 まあ、他は客観的に見てもレグロンが圧倒的だ。特に機動ソフトでは月とスッポンほど違いがある。

 だが、非常事態の今はスッポンでは困るんで、俺の苦心策のプログラムを参考にレムルスとロムスを強化した。

「優先指令を確認。優先人口知能を確認。ボス。ご命令を」

「レグロンに従って俺を守れ」
「承知しましたボス」

 強力な戦闘用アンドロイドを増やした俺は、さらに山下研究室でS3シリーズの戦闘用アンドロイドを八体も確保した。他にも四体ボコボコになぐられて壊れていたが、修理する暇なしと判断して放置する。

「ボス。緊急連絡です。山田所長の奥様から外線電話です」

 キャリーアバター……面倒なんで略してキャリーが報告した。

「分かった。警備指令室の電話で受ける。一時的に対応してくれ」
「了解です」

 俺はダッシュで警備指令室に向かった。

「臨時所長の斉藤です」
「斉藤さん? まあまあ、とにかく、良かった。主人がいるなら代わっていただけますか」

「……奥様。まことに申し上げ辛いのですが、所長は出勤日の昼前に他の所員と帰宅されました。その、おそらく、どこかで足止めを受けているのでしょう」
「……そうですか。電話が繋がりやすくなって、まず主人の携帯電話にかけましたの。でも、全く繋がらないので、てっきり研究所に居ると思っていましたのよ」

「お役に立てなくて申し訳ありません」
「こちらこそ、ご心配をおかけして申し訳ありません。……ところで、一つお願いがあるのですが」

「何でしょう」
「私と息子夫婦は自宅が危険なんで私の弟の家に移動したのです。自宅にはメモを残したのですが、もし主人と連絡が取れたら知らせていただけないでしょうか」

「分かりました。念のためそちらの住所と電話番号を教えて下さい」

 俺は住所と電話番号をメモしたあと、所長の奥さんのゾンビ体験談を十分ばかり聞いた。

「確か斉藤さんでしたわね。無事をお祈りします」
「ありがとうございます。私も所長のご家族の無事をお祈りします」

 やなり山田所長は行方不明らしい。もちろん、あちこちでゾンビと交戦が続いている以上、自宅への道が閉ざされているだけなのかもしれない。
 とにかく山田所長の奥様からの生の情報は役立つ。奥様によると研究所に近い複数の町は、大通りをゾンビに征服されてしまったようだ。さらに武装した人間の無法集団が略奪を始めていて、山田所長の奥様のご家族は対抗する自警団に守られているそうだ。

 とはいえ、今のところ俺に出来ることはアンドロイドを稼働させていくことぐらいだ。

 再びB棟に向かう前に大名行列になりつつ俺の護衛を再編することにした。現在、キャリー、レイア、レグロン、マイルズ、レムルス、ロムス、S3戦闘アンドロイド十四体が俺を囲んでいる。明らかに過剰警備だ。

「S3は当面本館ロビーで待機せよ」 

 これで護衛は六体に減ってすっきりした。

 さて、次はB棟最上階を占有している研究室に行くことにした。最高学府の教授や自衛軍士官学校の指導者など、そうそうたるメンバーで構成されている。ここでは、指揮型と呼ばれる戦闘指揮アンドロイドを開発しているのだが、実際には他にも色々と開発している。

 ちなみにレグロンやマイルズも指揮は出来るのだが、この研究室から俺に声がかかったことはない。

「それにしても、こいつがレグロンの五倍の資金で開発されたアンドロイドか」

 カール大佐と名付けられた黒い軍服を着た片腕のアンドロイドを見て、俺は思わずレグロンを見た。通信機能や情報処理機能以外、そんなにレグロンとスペックは変わらないのだが、俺が予算超過で諦めた素材をふんだんに使ってやがる。

 ちなみにカール大佐の片腕は未完成で遠く離れた部品工場にある。それともう一体、カール大佐の改良型があるがこちらは完成率五十パーセントで稼働しない。

 俺はカール大佐を稼働させる準備を始めた。教授先生どもは妙に複雑なシステムを組んでいて、プログラムを修正してする起動までにかなりの時間を要した。

「閣下ご命令を」
「私のことはボスと呼べ」

「閣下としか呼べません」

 教授どもめ! 複雑なプログラムにしやがって。

「今は潜入任務中だ。ボスと呼んでくれ」

「分かりますた。ボス」

 ふっ。チョロいな。しょせん教授どもは温室育ちだ。

「カール。腕がないようだが戦闘可能なのか」
「戦闘能力は70%です。少佐シリーズ及び四等兵シリーズがあれば、カバーできます」

 四等兵シリーズと呼ばれる低スペック戦闘アンドロイド達は、レグロンを少しひ弱にした体型の黒髪黒目のアンドロイドだった。S3型より僅かに性能を上回るだけの安い機体をこの潤沢な予算の研究室が開発した理由は、あくまでもカール大佐の戦闘指揮を実証するためだ。そして、その中間的性能が少佐シリーズだ。

 それから俺はグスタフとマルクという少佐アンドロイドと、十体に及ぶ四等兵アンドロイドを稼働させた。

 教授どもの嫌がらせのような複雑な設定のせいで、結局ここまでで夜になってしまった。後は明日だ。



 臨時所長歴五日目。昨日の夜まではB棟最上階の隔離研究室に行こうと思っていたのが、爽やかな朝から教授達の高慢な精神を感じるプログラムに触れたくないと感じ、あっさり予定変更してB棟5Fの田中研究室に向かった。

 そこでサラリーマン型戦闘用アンドロイドの慶太とOL型戦闘用アンドロイドの幸子を稼働させる。

 キャリーから得た研究室のデータによると、予算は内務省と情報省から出ている。

 レグロンより戦闘力で劣るようだが、社会に溶け込みやすいアンドロイドには、一定の需要があるのだろう。

 研究室には他にS3シリーズを改良した戦闘アンドロイドが六体。

 いつものようにデータを少し書き換えてから全員起動させて全員を本館ロビーに向かわせた。そして、俺は本館B棟から少し離れた八階建てのC棟にお出かけした。

 C棟7階8階は軍医大学校や大学病院などと提携した医療研究室が占拠している。ここも初めて入ったが、多数のアンドロイドや医療ロボット、医療機材がひしめいている。

 本館の医務室がおままごとにみえるくらいの設備だ。

 ここで真っ先に稼働させたのは最新の医療アンドロイドの爺型型Dr.コンクと女医型Dr.イリス。もちろん彼らも集団的自衛権を行使できるようプログラムをしている。

 ドクターアンドロイド達は、複数の専門医療ロボットを利用することで真価をはっきりするらしく、早急に室内の総てを利用できるよう望んだ。

 しかも、医者の魂を持つ医療アンドロイドだけあって、俺をこき使うのがうまい。

 ボスの命を救うためなんですって白衣を着た女医型美人アンドロイドDr.イリスにねだられたら、十万円のドンペリでもボトルキープしちゃう。

「お疲れ様です。ボス」

 ようやく一仕事を終えた俺に、アンドロイド達がねぎらいの言葉をかけてきた。彼らのセンサーでも相当不健康なデータが出ているのだろう。

「Dr.コンクとDr.イリス。君たちをこの病院の院長と副院長に任命する」

「はい」

「それと二体のS3医療支援アンドロイドを本館の医務室へ、別の二体に医療キットを持たせ俺の近くに置く」

 医療支援アンドロイドは看護士特化型などを含めて二十体近く居たが、まあB棟最上階の教授どもみたいにひねくれていない分、プログラムの変更は簡単に終わった。

「医務室には他に医療ロボットを送るべきです」

「それは院長に任せる。もう夜の九時だ。俺は飯を食って自由時間に入る」

 そう宣言して本館に引き上げたが、結局飯を食ったりシャワーを浴びたりしているうちに眠くなり、自由時間を睡眠で使ってしまった。
 
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