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相州戦神館學園 八命陣×新世界より  邯鄲の世界より

作者:サノス
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第6話 蠢く闇、そして力

 地脈、というものがある。

 それは近代において地層の連続面を指しての言葉であり。
 かつての東洋では、陰陽五行太極風水においていつパン的に用いられる。

 曰く、地を走る血管。

 曰く、力を司る経路。

 曰く、大龍の寝床。

 これらは地域や思想によって表現を微々に変えつつも、示している太源は何も変わって
いない。大地を流れる霊的な力の通り道、地球という巨大な生命体に張り巡らされた血流
のようなものだった。

 その解釈と表現は単なる荒唐無稽に留まらない。人間にも経路の集うツボがある。
神経が集中する箇所がある。

 神経・血管・筋走行上に位置した体性内臓反射など。それらを性格な知識のもと鍼や
灸など刺激するという医療は近代でも一般的なものだ。そこをうまく操作すれば対象を
健康にすることも、逆に病ませることも自由自在。

 要はそれと同じこと。星を生命と解釈するなら、人間のつぼに該当するものが大地にあるのも
当然だろう。

 森羅、あまねくものは「混ざってしまう」。純金や蒸留水など、純度の高いものはおしなべて
人工的だ。

 巣のままに生まれた天然物であるほどに、不純物となってしまうし単一では
いられない。だからこそ自然と陰陽  "吉"と"凶"が顕在化する。

 科学的に述べるなら、大陸間断層同士の干渉による地表の軋り……とでもいうべき
だろうか。天然から生まれた資源の宝庫を吉とするなら、煽りをうけて痩せた土壌を
凶とするというように。

 
 だからこそ大地に張り付いて生きる人間にとって、健常な地脈にそって街を造るのは
非常に重要なこと。

 活力のある土地に住めば人の調子も良くなるが、病んだ土地に住めば不幸が起こる。破滅する。

 それは噴火などの災害であったり、それによって発生する陰鬱や怨恨という気質であったり、
現象は様々であるが、徹底して凶事だ。

 逆に言うなら、地から利を得て福寿と成すのが人の営み。都を繁栄させる要である。

 これは世の理であり、少なくとも古くからそう信じられてきた事実だった。黒船が
来航するより以前となれば語るまでもない常識であり、風水師とはすなわち方位と地脈に
相通じる専門の科学者でもある。

 星の動脈───東洋ではこの力を龍に喩えている。

 黄龍、または勾陳。大地を走る黄金の龍。
 五行説における黄は土行、方位として中央を指す吉兆そのもの。都を守る龍神である。

 だが今、それが病んでいる。近代化を遂げていく日本、いや世界全体で突如として起きた
不足事態、異常事態───。

 人の身でありながら、超越した力を生まれながらに持っている存在。

 呪力───。

 この力を持つ者と持たざる者との戦いの末に文明は滅びた。いや、正確に言えば「後退した」と言うべきだろう。

 文明のレベルで言えば近代以前に逆行したと言っていい。文明の崩壊により、多くの命は死に絶えた。

 そして最初の文明の崩壊から五百年に達した時、人類の歴史において大きな転換点が訪れた。

 人の身にして神の如き超常の力を持つに至った呪力者は自らを「神」と称したのだ。

 その呪力使い達を神と崇めるは持たざる人間達───否、醜く、醜悪な生物に改造された者達だ。

 人間でありながら、同じ人間であった者達に対して「神」となった新人類、呪力者達。

 その思考は端的に言って傲慢でしかない。だが、その傲慢さも人類を生き延びらせる為にしたこと。

 傍目から見れば非道という言葉すらも生温い所業によって五百年に渡る新人類と旧人類の戦いに終止符を打ったのだ。

 人間であった時の誇りや尊厳を奪われ、力のある者に支配され、抑えつけられる旧人類。

 とはいえ、呪力者達は過去に存在した宗教、信仰を捨てているわけではなかった。

 信仰とは即ち神にとっての力の源。だが最大の問題はソコではないのだ。

 言うまでもなく呪力者よりも、旧人類、怪物に改造された者達の人口は比べるまでもないまでに大きい。

 信ずる者が多いに越したことはない。しかし、決定的な過ちを呪力者達は犯してしまったのだ。

 怪物に改造された旧人類の者達は当然のことながら自分達の出自など知る筈もない。呪力者達が真実の歴史
を隠蔽した為だ。文明崩壊以前の歴史など五百年の時を経た旧人類の子孫達が知る由もないのだ。

 当然のことながら、人口の多い旧人類の分だけ「信仰が減った」ことを意味する。

 文明崩壊以前の宗教、神など知らない旧人類は、自分達を支配する呪力者達だけが神と信じる。

 旧人類が崇めて良いのは呪力者達だけ。

 人の身でありながら神を騙るその姿勢こそが黄龍を反転させることになったのだ。

 即ち狂える邪龍へと───。
 
 が、その龍は今は眠っているのだ。深く、深遠なる眠りについている。

 何かのきっかけで目覚めてしまうことは確実だ。

 そのきっかけが成された時───前の時(・・・)とは比べようがないまでの暴威を顕現させるだろう。

 今この時点では本来の主の制御下には置かれていない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。

 邪龍は何者かの手により変えられたのだ(・・・・・・・)

 本来の主以上の力によって……。

 今、この瞬間に黒衣の影法師がゆらめき続けている。深い眠りにつく邪龍を愛でるかのように見守っているのだ。

 この存在こそが邪龍の主の計画を狂わせた張本人。

 黒衣の影は、霞掛かった唇を僅かに歪ませながら呟いた。

 「さあ、恐怖劇(グランギニョル)を始めよう───」

 影の言葉と同時に邪龍の胎動が大きくなってゆく。そう、時は近い。邪龍がその牙で偽りの神達に裁きを与えるその時が───。




 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


 
 「いよいよ納得できんなってきたのぉ……」

 壇狩摩は不機嫌そうに煙管を吹かせながらぼやく。

 「あの甘粕がこがぁなヘボイ試練を与えるとは到底思えんのぉ。お嬢、あんたもそう思うか?」

 狩摩はそう言うと傲岸さで光る蜥蜴のような細い目の中の瞳を椅子に座る宝石、芸術品と言っても比喩ではない程の美しさで形成された少女に向けて告げた。

 辰宮百合香は狩摩の思う心中を察しているのか、

 「狩摩殿の不信感、このわたくしもよく分かります。大尉殿にしては聊か手温いとしか呼べない試練です」

 「おぅよ。そもそも甘粕ちゅう男は手加減、手心の類なんて持ち合わせとらんのじゃけ。あれは気に入った輩にこそ洒落にならん真似を
する男じゃ。試練、試練の釣瓶打ちよ」

 「甘粕殿が危惧しておられる未来……。あれはわたくし達にとっても由々しい事態なことは確かなのですがね。それにしても
五ヶ月もの間、あの廃神を戦真館に入らせ、柊四四八以下七名とお戯れを命じるなど不自然としか映りません。塩屋虻之、確か
その名前を使ってはおりますが、本来の名はスクィーラ。あの方には一度人間の皮を着た状態で会いましたが……。あの方には
私の「術」がどうしても通じませんでした」

 「ほう……」

 辰宮百合香の持つ邯鄲の夢を知る狩摩は不自然がる。術のタネ(・・)を知る狩摩であるが、
スクィーラがあの術を逃れる条件に当て嵌まっているとは考えにくい。

 「あの廃神モドキがのぅ……。ちょっと待てや、それじゃひょっとするとあのネズミ……」

 狩摩は思いついたかのように考え込むと、直後に大笑いを上げた。

 「くはっ! かはははははははは!!! そうきたか! そう来るでか!? いよいよこの夢は退屈させんわ!!!」

 小首を傾げながら洪笑をあげる狩摩を不思議そうな目で見つめる百合香を尻目に、狩摩は愉快とばかりに笑い続けた。

 「となるとどの道、あの町の神様気取っちょる連中には灸を据えなきゃならんのぅ!!! 気になるんは甘粕から指揮権(・・・)
奪っちょる奴じゃけえ」



  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※

 
 そこは深海の底に沈んだような空間だった。

 重く、暗く、冷たく、静か。華やかさや温かみは徹底して存在せず、正常な世界から切り離された特殊な様相を呈している。

 一見すれば冥府や地下墓所、そのように表現するほうが正しいようにも思えるが、にも関わらず海の底を思わせるのには訳があった。

 ここには生ある者が存在する。よって死者の国では断じてなく、ある種の前向きな営みが行われているのは間違いない。

 ただし、それが常人のものとは趣をまったく異にするという事実があるから、ここは海の底なのだ。

 深海魚は異形である。

 日の光を浴びて生きる者には、その姿と習性が奇怪でグロテスクな異次元の仕様に見える。

 だが彼らにとっては至極真っ当で、自らの行き場に適応した美しくも無駄のないカタチなのだ。

 暗黒の闇に包まれる礼拝堂を、燭台に点った炎が不気味に照らしていた。

 そしてその蝋燭の放つ光を跨いで、対峙している二つの影がある。

 無貌、神野明影。

 盧生、甘粕正彦。

 この時点で数十分程の沈黙が両者の間に続いていたものの、この静寂を神野の振動する蝿声が破った。

 「主よ……、まさか空亡の主導権まで奪われてしまうとは予想外でしたね」

 普段は嗜虐と諧謔、冷笑、嘲笑の四拍子が合わさった笑みを常時浮かべる神野ではあるが、今この場に限っては
無表情だった。

 「全くだ。まさか盧生であるこの俺でさえも抗えない力があるとはな」

 「何せ全世界の盧生になりえる資格を持つ者が人質ですから。そして挙句には全ての人間は庇護されることだけを
求める輝きの欠片もない凡愚だけしか存在しなくなる、と。まぁ、つまり全ての人間が人質ってわけでしょう。
貴方にとっては地獄しかない未来が待っているだけ……。貴方にとっては自分が死ぬことなんて大して気にも留めない
でしょうけど、人間達がひたすらに堕落していき、盧生になりえる者は0人にされると言われちゃ貴方でも従わざるを
えませんよね。眼前には貴方の嫌悪する光景、未来が広がるだけ……」

 「認めたくはない世界だな。俺にとっては断じて受け入れたくはない地獄だ」

 「ひたすらに救いようのない愚図、凡愚、劣等だけが存在する世界……。しかもその中には盧生なんて一人もいない、
ぱらいぞなんて作りようがありませんねぇ、これじゃ」

 「盧生とて神ではない。だが神とはいってもピンからキリまでだがな。あの黒衣の男の目的が何なのかは分からん。
だが、千年後の世界は俺にとっても認められん世界であることには変わりはない。使い走りにされても、しようとしている
ことは少なくとも俺的に言わせれば悪くはないと思っている」

 「ま、それもそうでしょうね。きははっ、きはははあははははあ!!!!」

 神野は甘粕の言葉を受けて普段通りの嘲笑的な雰囲気を纏い、礼拝堂を哄笑で振るわせた。

 夢界の頂点を極めている筈の甘粕の絶対的支配権が、今この時限りは別の存在に握られている。

 そう、盧生以上の何かに……。 
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