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銀河親爺伝説

作者:azuraiiru
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第六話 怯え



■  帝国暦486年 7月15日  オーディン  ジークフリード・キルヒアイス



「何事か起きたのでしょうか?」
部屋に入るとミッターマイヤー少将が心配そうな表情で問い掛けてきた。多分門閥貴族達が嫌がらせでもしてきたのかと思ったのだろう。ラインハルト様が
「もう一人来る、少しの間座って待ってくれ」
と答えるとミッターマイヤー少将とロイエンタール少将は顔を見合わせたが何も言わずに椅子に座った。

ラインハルト様、ロイエンタール少将、ミッターマイヤー少将、私の四人がテーブルを囲む。コーヒーを飲みながら時間を潰す。しかし椅子はもう一つあった。二人の少将が時折興味深げにその椅子に視線を向けた。誰が来るのかを知ったら驚くだろう。

ロイエンタール少将とミッターマイヤー少将がラインハルト様の配下になってからもう半月が経つ。先日、ブラウンシュバイク公邸にて親睦パーティが開かれたがクロプシュトック侯の爆弾テロにより散々なパーティになった。侯の狙いは銀河帝国皇帝フリードリヒ四世、大逆罪、反逆だった。クロプシュトック侯の反乱は面子を潰されたブラウンシュバイク公を始めとする貴族達の連合軍により鎮圧されたがその時トラブルが発生した。

軍事顧問として貴族達に同行していたミッターマイヤー少将が略奪、暴行を行っていた兵士を射殺した。それ自体は法的には問題は無かった。だがその兵士はブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯とは縁戚関係にあった事がトラブルの原因になった。

当然だがミッターマイヤー少将は非常に危険な立場になった。そして親友であるロイエンタール少将はミッターマイヤー少将を守るためその保護をラインハルト様に頼んだ。代償はミッターマイヤー少将、ロイエンタール少将の忠誠……。そして二人は今ラインハルト様の呼び出しに応じてリルベルク・シュトラーゼにあるラインハルト様と私の下宿先に居る。

十分程すると待ち人が現れた。ロイエンタール少将とミッターマイヤー少将が慌てて席を立ち敬礼した。リュッケルト大将が“待たせたようだな”と言いながら答礼する。大将が空いている席に座ると二人も席に着いた。
「如何した、呼び出すとは。何かあったか?」
「ちょっと妙な手紙が来たんだ、爺さんにも見て貰いたいんだが……」

二人の少将が驚いている。慌てて“ラインハルト様”と注意するとリュッケルト大将が“良いじゃねえか、爺さんで”と言った。そして驚いているロイエンタール、ミッターマイヤー両少将に
「堅苦しいのは苦手でな、二人とも余り気にせんでくれ」
と言った。二人がリュッケルト大将に直接会うのは今日が初めてだ。

二人がラインハルト様の下に付いた事は既にリュッケルト大将には知らせてある。大将は非常に喜んでくれた。ラインハルト様が“ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯を敵に回す事になった”と言うとリュッケルト大将は“見殺しにすればもう誰もお前には付いてこない、俺も見限ったぜ”と言って笑った。ラインハルト様も“やれやれ、合格点を貰えたか”と言って笑った。二人とも冗談めかしてはいたけど本心だろう。

「あの、失礼ですが、お二人は親しいのでしょうか?」
ロイエンタール少将がラインハルト様とリュッケルト大将を交互に見た。
「二人とも上の受けが悪くてな、それで親しくなった。そうだろう?」
リュッケルト大将がニヤニヤ笑いながら答えるとラインハルト様が苦笑しながら“まあそうかな”と言った。二人の少将は困惑している。

「それで、手紙というのは?」
ラインハルト様が無言で封筒を渡すとリュッケルト大将がさっと目を走らせた。差出人は分からない。大将が封筒から手紙を取り出して読んだ。
「妙な手紙だな、二人には見せたのか?」
「いや、爺さんが来てからと思って」

リュッケルト大将は“ふむ”と言うと封筒と手紙をロイエンタール、ミッターマイヤー少将に差し出した。ロイエンタール少将が受け取ってミッターマイヤー少将と共に読む。二人とも妙な表情をした。手紙には“宮中のG夫人に対しB夫人が害意をいだくなり。心せられよ”とだけ書いてあった。直ぐに分かった。G夫人はグリューネワルト伯爵夫人、アンネローゼ様。B夫人はベーネミュンデ侯爵夫人だろう。

「なるほど、“幻の皇后陛下”、ですか」
二人の少将が異口同音に呟いた。
「ミューゼル、お前は悪戯とは思っていないようだな」
「ああ、以前何度か殺し屋を送られた事が有る、可能性は有ると思う」
ラインハルト様が苦い表情で言うとリュッケルト大将が笑い出した。二人の少将は驚いている。

「本当かよ、お前は敵が多いなあ。苦労するぞ、二人とも」
リュッケルト大将の言葉にロイエンタール、ミッターマイヤー少将が困ったような表情をした。困った方だ、直ぐに茶化す……。
「閣下、どう対応するべきか、検討したいと思うのですが」
「慌てるんじゃねえよ、キルヒアイス中佐」
「……」
もう笑ってはいない。鋭い目で私を見ている。

「先ずはその手紙、誰がどんな狙いで出したのかを知るのが先決だ。相手は落ちぶれたとはいえ皇帝の寵姫だったんだ。慌てて動くと怪我するぞ。そいつが差出人の狙いかもしれねえんだからな。俺達は敵が多いんだ、間違いは許されねえ」
そう言うと“違うか?”と言って皆を見回した。否定は出来ない、ラインハルト様も二人の少将も頷いている。リュッケルト大将がロイエンタール少将から手紙を受け取った。

「この手の手紙はな、大体目的は二つに分かれる。一つは警告だな、危ねえぞと善意から出ている。もう一つが何か分かるか?」
リュッケルト大将の問い掛けに皆が顔を見合わせた。一呼吸おいてロイエンタール少将が
「挑発、でしょうか。守れるものなら守ってみろ……」
と答えるとリュッケルト大将が“その通りだ。一つが善意ならもう一つは悪意だ。道理だな”と頷いた。

「どっちだと思う?」
大将が手紙をラインハルト様に突き出した。ラインハルト様が手紙を受け取りちょっと考え込んだ。
「……良く分からないが警告のような気がする」
ラインハルト様の答えに皆が頷いた。リュッケルト大将も頷いている。

「俺もそう思う。だとすると分からねえ事が有る。誰がこいつを書いた?」
皆が困惑している。誰が? リュッケルト大将は何を言っているのだ?
「伯爵夫人は宮中では孤立していると俺は聞いていたんだがな。わざわざ警告してくれる親切な友人が居たのか? 寵姫と元寵姫の争い、碌な事にはならんだろう。まともな奴なら関わり合いになるのを避けるはずだ、違うか? 俺ならすべてが終わった後で勝った方に付く」

“なるほど”とラインハルト様が頷いた。確かにリュッケルト大将の言う通りだ。ますます混乱した。誰が書いたのだろう。アンネローゼ様にも味方は居る。ヴェストパーレ男爵夫人、シャフハウゼン子爵夫人だ。しかし二人ならこんな手紙など送らない、直接警告してくるはずだ。また思った、誰が書いた?

「心当たりが無いな、爺さん、悪戯かな?」
ラインハルト様が自信のなさそうな表情で問い掛けた。
「有り得ない話じゃないんだろう? お前さんは何度か侯爵夫人に殺されかけた」
「そうなんだが……、挑発かな?」
「うーん、そうは見えんなあ。挑発にしてはそっけなさすぎるぜ。もっとも警告にしても短すぎる。どうも妙だ、もう少し情報が有っても良いと思うんだが……」
二人が首を捻っている。

「確かに妙ですな。悪戯でなければ送り主は何処でこの情報を得たのでしょう?」
「そうだな、ベーネミュンデ侯爵夫人に近い人物でもなければこの情報を得るのは難しい筈だ」
ミッターマイヤー少将、ロイエンタール少将も首を捻っている。もどかしい、今はそんな事を話している時ではない筈だ。

「ラインハルト様、今は危険が有るものと考えて対策を執るべきではないでしょうか。送り主の意図は不明ですが危険は看過出来ません。アンネローゼ様の御命に係わります」
「うむ」
ラインハルト様が頷いた時、“いや、待て”とリュッケルト大将が言った。皆が大将を見た。大将は愕然としている。

「……それだよ、それ」
「?」
皆が訝しがるなかリュッケルト大将がロイエンタール少将、ミッターマイヤー少将に視線を向けて“お前さん達の言う通りだぜ”と言った。何の事だろう?

「ミューゼル、もしもだぜ、こいつが善意から出た警告じゃないとしたら如何だ?」
「善意じゃない?」
「ああ、こいつを出したのがベーネミュンデ侯爵夫人の周りの人間だとしたら?」
「……」
「さっき俺が言っただろう、寵姫と元寵姫の争い、碌な事にはならん。まともな奴なら関わり合いになるのを避けるってな」

今度はラインハルト様が呆然としている。そして“そういう事か”と呟いた。私もようやく腑に落ちた。二人の少将は顔を見合わせている。
「こいつを書いた奴は怯えているのさ。巻き込まれたらとんでもない事になるってな。しかし自分にはベーネミュンデ侯爵夫人を止める事は出来ない。ならば如何する?」
「ラインハルト様に知らせて侯爵夫人を止めさせようとした、そういう事ですね」
私が答えるとリュッケルト大将が”その通りだ”と頷いた。

「味方が頼りにならねえなら敵を利用するしかねえ。道理でそっけねえ手紙の筈だよ。余り詳しく情報を入れれば身元がばれちまうからな。本人は誰にも気付かれる事無く事を収めたい、そう考えて手紙を書いたんだろう」
「虫のいい話だ」
ラインハルト様が顔を顰めて吐き捨てた。なるほど、だからG夫人、B夫人か。特定はせず分かる人間だけに分かるように記述した。

「しかし、もしそうだとするとグリューネワルト伯爵夫人はかなり危険な立場にある事になります」
ミッターマイヤー少将が危険を指摘すると皆が頷いた。
「送り主を特定出来ないかな、奴から話を聞き出せればこっちがかなり有利になるんだが」
リュッケルト大将の言葉に皆が唸り声を上げた。

「ただの侍女じゃねえ。もしかすると実行犯に予定されているのかもしれん、それで怯えている。……となると宮中に出入りが出来る人間、伯爵夫人に近付いても不振には思われない人間だがそんな奴が侯爵夫人の周辺に居るのかな……」
リュッケルト大将が首を捻った。

「聞いた事が有ります。グレーザーという宮廷医が頻繁に侯爵夫人の屋敷に出入りしているとか」
ロイエンタール少将の言葉に皆が顔を見合わせた。
「ラインハルト様、宮廷医ならば……」
「姉上に近付くのも難しくは無いな、キルヒアイス」
難しくは無い、毒を盛るのも可能だろう。

「ロイエンタール少将、ミッターマイヤー少将、そいつをここに連れてきてはもらえんかな。ちょっと締め上げてみよう、そいつが送り主じゃなくても何かは分かるだろう」
リュッケルト大将の言葉に二人の少将が頷いた。



■  帝国暦486年 7月16日  オーディン  ジークフリード・キルヒアイス



目の前で椅子に座っている宮廷医グレーザーは目に怯えを見せていた。ラインハルト様、リュッケルト大将、ロイエンタール少将、ミッターマイヤー少将、そして私と五人の軍人に囲まれているのだ。疾しい事が無くても怯えるだろう。リュッケルト大将が“じゃあ始めるか”と言うと益々怯えた表情を見せた。拷問でもされると思ったのかもしれない。そんな様子に大将が苦笑を浮かべた。

「宮廷医グレーザーだな。お前さん、少し困ってはいないか?」
「……」
グレーザーは目を瞬いている。そしてリュッケルト大将からラインハルト様へと視線を移した。明らかに困惑している。
「いやな、俺達は協力出来るんじゃないか、そう思ったんだよ。お前さんが困っているなら助けてやろうってな。俺達の勘違いかな、グレーザー」
「な、なにを仰っているのか」
おどおどしている。

「分からねえか? これは書いたのはお前さんじゃないのかな?」
リュッケルト大将が封筒を突き付けるとグレーザーの目が飛び出そうになった。じっと封筒を見ている。
「し、知りません。私では有りません」
ぶんぶんと首を振って答えた。声が震えているし汗をかいている、やはりこの男が送ったのだろう。“随分と汗をかいているな”とラインハルト様が皮肉ると慌ててハンカチで汗を拭った。

「そうか、人違いか。そりゃ失礼したな。帰って良いぜ、いや送っていくよ、グレーザー。ベーネミュンデ侯爵夫人の所にな」
「それは……」
慌てるグレーザーをリュッケルト大将が笑って遮った。

「遠慮するな。こっちが無理やり連れてきたんだからな、送っていくのが礼儀ってもんだ。それに俺も侯爵夫人に用が有る、こんなものが送られて来たが心当たりは有るかって訊かねえと」
「そ、そんな事をしたら……」
グレーザーが顔面を強張らせた。リュッケルト大将はニヤニヤしている。

「大変な騒ぎになるだろうな、誰が裏切ったって血眼になって書いた奴を探すはずだ。可哀想に、そいつは殺されるかもしれん。まあお前さんは無関係だ、俺が侯爵夫人にそう証言してやるよ」
「……」
今度は蒼白になった。ラインハルト様とロイエンタール、ミッターマイヤー少将は笑いを堪えている。“良かったな”とミッターマイヤー少将が声をかけた。グレーザーが恨めしそうな表情で少将を見た。

リュッケルト大将が表情から笑いを消した。
「もう一度訊こう、良く考えて答えるんだ。間違えると伯爵夫人が死ぬ前にお前さんが死ぬことになる」
「……」
「こいつを書いたのはお前だな、グレーザー」
グレーザーが助けを求めるかのように皆を見回した。そして項垂れて“はい”と答えるとラインハルト様が一つ息を吐いた。二人の少将も頷いている。

「どうやって伯爵夫人を殺そうとしているんだ?」
「……殺そうとしているのではありません」
グレーザーの答えに皆が顔を見合わせた。
「しかし害意有りと書いたのは卿だろう、嘘はいかんな」
ロイエンタール少将が非難したが“違うのです”とグレーザーが首を振った。

「伯爵夫人を身篭らせろと、もちろん陛下以外の人物とです。そうすれば、ミューゼル大将も、伯爵夫人も一挙に始末できると……」
“馬鹿な、何を考えている”とラインハルト様が吐き捨てた。ロイエンタール、ミッターマイヤー少将も嫌悪に顔を顰めている。

「そんな事が可能なのか?」
リュッケルト大将が訊ねるとグレーザーが首を横に振った。
「もちろん宮中にいる限りそんな事は出来ません。だから……」
「だから?」
「伯爵夫人を宮中から追い出せと。それからなら出来るだろうと」
グレーザーが疲れたように答えた。ウンザリしている様だ。

「しかし追い出すと言っても何処に追い出すのだ?」
ミッターマイヤー少将が疑問を呈した。確かにそうだ、こう言っては何だがアンネローゼ様には実家が無い。行く所等無い筈だ。ミッターマイヤー少将もそれを考えたのだろう。

「何とかしろと言われています。……以前から侯爵夫人は伯爵夫人、そしてミューゼル閣下に敵意を持っていました。しかし最近はそれが酷くて……、もう限界です」
溜息混じりの答えだ。グレーザーはベーネミュンデ侯爵夫人の取り巻きの筈だが憐れみしか感じない。皆も困ったような顔をしている。

リュッケルト大将が皆に“訊きたい事が有るか”と言ったので気になる事を訊いてみた。
「この手紙ですがミューゼル大将にだけ出したのですか?」
「いえ、リヒテンラーデ侯、ノイケルン宮内尚書、ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯にも出しました」
反応を示したのは我々だけらしい。

それを最後に質問は終わった。グレーザーには侯爵夫人の要求を適当にはぐらかすように、何か有ったら連絡しするようにと言って帰した。グレーザーは“見捨てないで下さい”と言って帰った。多分こちらを裏切る事は無いだろう。グレーザーが帰るとリュッケルト大将が“厄介な事になったな”と呟いた。表情が苦い。大将がラインハルト様を見た。

「ミューゼル、ベーネミュンデ侯爵夫人の気持ちが分かるか?」
「気持ち?」
「ああ、あの女が何を考えているかだ」
「……俺と姉上が憎い、だと思うが」
ラインハルト様が答えるとリュッケルト大将は“違うぜ、ミューゼル”と言って首を横に振った。

「怖いんだよ、お前が。侯爵夫人はお前に怯えているんだ」
予想外の言葉だった。ラインハルト様だけではない、皆が驚いている。ラインハルト様が“爺さん”と声を出した。
「次の戦いに勝てばお前は上級大将、ローエングラム伯爵になる。軍、宮中に於いてしっかりとした地位を得る事になるんだ。それを恐れている」

まさか、と思った。ローエングラム伯爵家の継承がこの問題に絡んでいる?
「以前殺し屋をお前に送ったからな、お前が強くなれば報復される、殺されると思っているんだ。お前は上り調子、あの女は下り坂、どう見ても勝ち目はねえ。だから必死なのさ、生き残るためにな」
「……」
「厄介な事になったぜ」
そう言うとリュッケルト大将は太い息を吐いた。



 
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