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FAIRY TAIL 星と影と……(凍結)

作者:天根
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悪魔の島編
  EP.18 ウルティアの誘い

「な、に……?」

 自分を待っていたであろうウルティアの言葉はワタルにとって、目を見開いて思考を凍りつかせるほどに十分予想外だった。

 もう夜ではあるが、ガルナ島は熱帯に位置するため、森の中は蒸し暑い。
 にもかかわらず、ウルティアの誘いの言葉はワタルの背筋を震わせた。そうさせるだけの何かが、彼女の言葉には有ったのだ。

 そんな彼の頬を愛おしそうに撫でながら、ウルティアは先ほどまで老人の姿でいたとは思えない程に妖艶な笑みと共に続ける。

「私とあなたは同じよ。自分ではどうしようもない因果に巻き込まれ、世界に歪められて虐げられた存在――それが私たち。いつだって、抗いようの無い程に呪われた人生を課す、正気ではいられない程に残酷な世界……そんな世界ならいっそ――」

 そこで切ると、ウルティアはワタルに顔を寄せた。
 金縛りにあってしまったかのように動かないワタルに対し、キスを迫っているかと見間違えるほどゆっくりと近づけると、彼女はワタルの耳元で囁く。


「――――壊して新しく創り変えてしまおうかと、考えた事は無い?」


 それは、まさしく悪魔のささやきだった。
 美女の姿をした悪魔が契約を促すように……ウルティアは優しく、妖艶に、ワタルの耳に息を吹きかける。
 むず痒さに、思考を痺れさせながらも、ワタルは声を絞り出す。

「それがデリオラを……ゼレフを狙う理由か?」
「ええ、そうよ。そこは理想の世界。虐げられ、縛られる事も無い自由で幸せな世界……ワタル、あなたならきっと――!」

 嬉しそうに笑い、抱きしめるようにワタルの首と背中に手を回すウルティア。

 だが次の瞬間、彼女は顔を強張らせて飛び退いた。
 直後、彼女の顔があった空間を切り裂くように、ワタルの手刀が走る。

「……残念ね。理解してくれると思っていたのだけど」
「そうかよ」

 笑顔から一変、失望を隠そうともしない氷のような冷たい表情で、ウルティアはどこからともなく水晶を取り出した。
 一方、ワタルも吐き捨てるように応えた後、忍者刀を右手に換装して構える。

 ワタルがウルティアに感じたものの正体――それは狂気。
 過去の大きな絶望を燃料に激しく燃え上がらせる憎悪の炎を、目の前で絶対零度の如き表情をしているウルティアから感じ取ったのだ。

 同時に噴きあがる威圧感。
 洞窟でザルティとして戦った時とは比べ物にならない程のそれに、ワタルは肌を粟立たせながらも臆することなく、体内に魔力を循環させていく。

「やはり力を隠していたか……」
「それはお互い様でしょう。まさかあれがあなたの本気とか言わないわよね?」
「当然だ!」

 ウルティアの挑発に叫び返すと、持ち前の瞬発力で肉薄し、左の“魂威”を放とうとする。

「せっかちな男は嫌われるわよ」

 並の実力の持ち主であれば、反応できずに昏倒していたであろう一撃。
 だが、並でない実力者であるはずのウルティアは防御の姿勢すらとらない。

 ワタルが不審に思うと、すぐ足もとに魔力の膨張を感知。
 急ブレーキをかけてその場を飛びのくと、急激に成長した樹木が地面を割って現れた。

 先読みに長けたワタルに不意打ちはあまり意味をなさない。
 だが、ウルティアの技のキレは鋭く、完全に躱しきる事ができずなかったワタルの額から一筋の赤い筋が流れた。

「あっぶな……」
「そこには苗木があったのよ。“時のアークが”成長させた……まだ、終わらないわよ!」
「チィ!」

 ウルティアが指揮するように腕を振ると、未だ成長を続けていた樹木から尖った枝が分岐し、ワタルを襲う。
 串刺しにしかねない勢いの木の枝に舌打ちをすると、目に入ろうとした血を左手で拭い、迫りくる枝に横から忍者刀を刺す。その反動を利用して枝を躱し、忍者刀を抜きながら足場にする。

「まだまだ!」
「ち、っと、くぅ……!」

 足場にした枝から、さらに枝が幾つにも分かれながらワタルを襲う。
 身体捌きで躱そうとしたワタルだったが、数えるのも鬱屈なほどの数に分かれた枝を見てこれはマズイと、木の裏に移動した。

「ちょこまかと……捉えた!」
「しま――!」

 だがウルティアも然るもの。自らの経験に基づく勘で視界外のワタルを無数の枝と葉で覆い捕らえんとする。
 ワタルは反応が一瞬だけ遅れ、枝に絡め取られてれしまい、5秒と掛からずに全身を枝と葉で覆い尽くされてしまう。

 そこで木の成長限界が来たのか枝の動きが止まり、ワタルを絞め殺すには至らなかった。
 物体の『時』を操る“時のアーク”は樹木そのものを操る訳では無いのだ。

「私の“時のアーク”は未来を選び取る。ほんの小さな苗木の取り得る無数の未来の内からね……それから――」

 自身の魔法についての講釈をすると、ウルティアは振り向き様に水晶を突進させた。
 その標的は、彼女の後ろから“魂威”で攻撃しようとしたワタル。

 捕らわれたのは、樹木の裏に回った瞬間に作り出した囮……変わり身のワタルだったのだ。

「私に同じ手は通用しない!」
「どうかな?」
「な……水晶が!?」

 奇襲を見破られる事を予想していたワタルは難なく水晶をキャッチ、“魂威”で破壊した。
 ウルティアはすぐに時を戻そうとしたが……水晶が修復しない事に驚愕する。

失われた魔法(ロスト・マジック)なんて仰々しい名前がついてても魔法は魔法。魔力を通しやすい水晶を使ってるなら対処は容易い」

 魔法とは、いうなればガラス細工のようにデリケートな物だ。
 高すぎても低すぎてもダメという加工に必要な適正温度というものがあり、急激な温度変化は容易くひび割れや崩壊を招く。

 それと同じで、“魂威”で自分の魔力を水晶に通して操作し、“時のアーク”を乱したのだ。

魔法解除(ディスペル)まで……汎用性が高すぎるわね」
「コントロールキツイし、ある程度の制約はあるがな」

 強大な魔法を魔法解除(ディスペル)しようとすれば、それだけ多くの魔力を必要とし、繊細な魔力コントロールも要求されるため、難度は高くなる。
 直接触るという“魂威”の特性上、炎や雷に対する魔法解除(ディスペル)は魔力によるコーティングを同時にこなさないといけない。痛いから。
 物体の修復という、“時のアーク”の中では基本に位置する魔法で、水晶球という触る事が出来る物体に作用するものだったからこそ、比較的簡単に魔法解除(ディスペル)ができたのだ。

 とにかく、水晶を無効化させ、漸く彼女の余裕の表情を崩せたことに、ワタルは会心の笑みを浮かべる。
 だが、ウルティアの狼狽はすぐに立て直され、彼女の心底残念そうな言葉がワタルの耳朶を打った。

「本当に残念ね……あなたの未来がどこに向かって進むのか、興味があったのだけれど」
「俺は興味無いがな」
「自分の未来なのに?」
「未来なんてない。あるのは過去と現在の積み重ねだけ……俺は――!」

 ウルティアはすでに攻撃手段を無くしたと判断し、ワタルは魔力を手にみなぎらせ、走り出す。掌からは魔力が弾け、炎が燃えるような音が鳴る。

「全力で、今を生きるだけだ!」
「それがあなたの狂気の使い道ね!」
「何とでも――うお!?」

 自分と同じような狂気を持つものと断じ、なお現実を生きようとするワタルを嗤うウルティアは地面を強く踏むが……何も起こらない。
 絶好のチャンスに、渾身の“魂威”を当てるその刹那……ワタルの足元の地面が浮き上がった――否、断層を起こした。

 “時のアーク”の制約は生物に通じない事のみ。もちろん『衝撃』は制約から外れる。
 ウルティアは瞬間的に衝撃を過去と未来を行き来させることで溜め込んで一気に放出、地面を隆起、断層を起こしたのだ。

 すぐに効果の出る魔法では、感知に長けたワタルに対応される。その対策として使ったこれは、魔法を使ってもすぐに効果が出ないため感知が難しい。
 普段なら、地下で蠢く魔力を感知し、警戒に移る事が出来たワタルだが、今は島の上空に月の雫(ムーンドリップ)による濃い魔力の膜ができているため、意識しなければ気付けない。

 最初の足踏みで魔法が失敗したと勘違いしたワタルは時間差攻撃に不意を突かれ、宙に投げ出される。

「まだだ!!」

 数メートルほど隆起した地面から投げ出されたワタルは驚愕したが、思考を止めてはいなかった。
 地面を急激に盛り上がらせたため、周りには大小様々の岩がワタルと同じように吹き飛ばされている。
 ワタルは経験と勘でルートを算出し、宙に浮いている岩を足場に、ウルティアに飛びかかった。

「なに!?」
「――――!!」

 自分の策を破ったワタルのタフネスに驚愕したウルティアは、拳を振りかぶり、雄叫びを上げる彼に硬直する。
 断層で打ち上げられて“魂威”は不発、新しく魔力を収束させる暇も無かったワタルの拳はウルティアの頬――奇しくもナツが殴った箇所に突き刺さり、彼女を吹き飛ばした。

「グゥッ!!」
「まだ――!」

 戦闘不能にできるだけの一撃ではない事が分かっていたワタルは着地で崩れた姿勢をすぐに整え、追撃に走る。
 今度は十八番、“魂威”でとどめを刺さんとしたが……

「“時のアーク”!!」
「な――くぁ!」

 突然の突風が吹き荒れ、巻き起こされた砂塵に思わず顔を腕で覆い防御姿勢を取るワタル。
 いったい何が。そんな思考も後回しにしてすぐに視界を回復させたワタルだったが、ウルティアの姿は既にどこにもなく、ジャミングによって範囲を大幅に狭められた感知では彼女の位置を特定することはできなかった。

「――逃げられたか。何が『汎用性が高すぎる』だ。自分だって似たようなものじゃねーか」

 完全に彼女を見失った事を悟ったワタルは、既に先程起こった事を理解していた。
 大気の流れの未来を操り、局地的な竜巻を起こしたのだ。

 修復に、樹木、地面、大気と言った自然の力すら味方にする“時のアーク”。
 ワタルは“魂威”という、攻守両方に優れた武器を持っている事を棚に上げ、地面に転がる石くれを蹴飛ばして悪態をつく。
 結局彼女が何者なのか分からなかった――すでにウルティアが唯の評議員である可能性は捨てていた――彼は脱力感から溜息をつくと、仲間たちと合流しようと歩き始めた。


「ったくもー、なにも同じところ殴らなくたって……痛たた――うわ、腫れてるし」

 即興の目眩ましが上手くいき、何とかワタルの感知範囲の外まで逃げる事が出来たウルティアは痛みに涙すらにじませ、頬をさすりながら赤く腫れた頬を氷で冷やしているのだった。


    =  =  =


 一方、エルザ達はリオンと別れた後、村が大損害を被ったため村人が避難所としていた資材置き場に到着していた。

 『エルザを探す』……そうナツに言って姿を消したワタルだったが、実際に彼女を見つけたのはナツの方だった。
 まあ、見つけたというより見つかったと言った方が正確なのだが、この際それはいい。
 とにかく、ナツからワタルが自分と合流しようとしていると聞いた彼女は、感知に長けたワタルが自分を見つけられないという事に、疑問と少しの不満――まあ、突っ込むのも野暮というものだろう――を抱いた。

 そこで、先に資材置き場に行っているのかもしれないと、来てみたのだが……

「ワタルどころか、誰もいない……」
「みんなここにいたのか?」
「村がなくなっちゃったからね……でも、どうしたんだろ」
「とりあえず傷薬と包帯貰っとくぞ」

 不可解な事に、ワタルどころか、資材置き場(ここ)を拠点としていた村人の姿すら無い。
 ナツとルーシィは頭を捻り、グレイは彼らの中では重症だったため治療道具を拝借しにテントの中に入っていく。

 そんな中で、流石に不満よりもワタルに何かあったのではないかという不安が勝ったのか、エルザは心配そうに周りを見回す。
 その時だ。

「あれは……鳥?」

 エルザと同じように辺りを見回していたルーシィが、空を飛んでこちらに近付いてくる、白い鳥のようなものに気が付いたのだ。
 黒い枠の正方形を中心に刻んだその白い鳥はあまりに無機質で、生命力を感じさせないが、今回の依頼の原因である紫色の月光に照らされて目立っていた。

 その鳥の形をした何かは、ルーシィと一緒に自分を見ていたエルザの腕に止まる。

「ああ、ワタルの式神じゃないか」
「式神?」
「ああ。紙に魔力を込めて自律させてるそうだ。戦闘はこなせないが、色々な雑用なんかを任せられるとも言ってたな……この場合は伝令か」

 ルーシィにエルザが簡単に説明する中、役目を果たした式神は元の紙に姿を変える。
 中心に、鳥に刻まれていた物と同じ黒枠の正方形が書いてある紙。その裏を見れば、ワタルの字で何か書かれており、エルザはそれを読み上げる。

「なになに……至急、村に来られたし――だそうだ」
「それだけ? でも村は――」
「ああ、アイツ等がメチャクチャにした」

 ルーシィといつの間にか近くに来ていたナツが顔を見合わせて話す。

 村が昨晩、リオンの手下たちによって壊滅した事はワタルも知っている筈なのだが……と、エルザは首を捻るも、他に当ては無い。
 グレイの怪我の応急処置が終わり次第、村の跡地に向かう事を決めたのだった。


    =  =  =


 遡ること10分……ウルティアを撃退――逃げられたという方がワタルの心情的には正確か――したワタルは、エルザの合流を目的に資材置き場に向かっていた。
 しかしその途中で、ワタルの耳は村人たちの歓喜の声を拾い、その方向へ進むと、信じ難い光景に目を見開く。

「これは……どういう事だ?」

 人的被害は無かったもの、村はリオンの手下がばら撒いた溶解液で消滅したと聞いていたし、ワタル自身もエルザと一緒に村の惨状を見ている。
 だが、今彼の目の前にあるのは村としか思えない集落に、村人たちが喜びに沸く姿だった。
 驚愕するワタルのつぶやきが聞こえたのか、1人の村人――紫色の月の影響か、角と尻尾が生えている――が駆け寄る。

「あ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士さん! 見てください、村が元通りになったんです!」
「あ、ああ……戻った? 前と全く変り無い状態に、か?」
「はい。家から店の売り物まで何一つ変わっていない、私たちの村です!」
「そうか……」

 嬉しくて仕方ないという満面の笑みで話す村人とは対照的に、ワタルの胸中は複雑だった。

「(ウルティアめ、やってくれる……)」

 何も変わっていない状態に戻ったという事は、十中八九“時のアーク”、下手人はウルティア以外には居ない。
 時間的に見て、デリオラ崩壊のどさくさに紛れて洞窟から姿を消したすぐ後、彼女の後を追ってきた自分と戦う前に村を戻したのだろうとワタルは見当を付けた。
 つまり彼女は、ワタルを待つ片手間に小規模とはいえ、1つの村を再生させたのだ。

 ワタルの正体を知り、ゼレフを狙う失われた魔法(ロスト・マジック)使い。
 他にも何らかの目的があって評議院に潜伏している彼女だが、それでも村を再生させた。
 だからといって彼女に対する数々の疑念を晴らす程、ワタルはお人好しでも楽天的でもない。
 しかし、例え暇つぶしの気まぐれであったとしても、目に見える形で善行をされれば、疑念は抱けても敵意を抱きにくい。

 それが甘さだと自覚してはいたが、だからといって彼女を完全に悪人と断じて割り切れるほどドライでもなかった。

「――あの……聞いてますか?」
「え……ああ、悪い。なんだ?」
「いえ、その……依頼の方がどうなったかを、ですね……」

 思案していたワタルは村人の声で我に返る。

 村人は村が再生した喜びから一変、不安げな表情で以来の進行状況をワタルに尋ねた。

 ワタルは又聞きでしかないが、彼らは紫色の月の光の影響で心まで悪魔と化して理性を失ってしまい、そうなってしまえば同じ村人に殺されてしまうという危機的状況にある。
 それは村人全員が抱える不安で、その焦燥は700万J(ジュエル)という高額の報酬にも表れている。
 この数字がそのまま村人たちの不安を表している訳ではないにしても、決して軽い気分で出せる額ではない。ガルナ島のような無人島にある小規模の村なら尚更だ。

 村人の抱える不安を察し、予想外だったとはいえ個人的な事情に傾倒していたことを恥じるワタル。
 だが彼の頭の中では、この依頼の解決法がある程度ではあるが纏まっていた。

「解決法はもう見つけてあるんだ」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。だが、まずは仲間たちと合流しなくちゃな……」
「では、私がひとっ走り――」
「いや、いい」

 呪われた身体からの解放の希望に顔を輝かせ、走り出そうとした村人を制止したワタルは、懐から一枚の紙を取り出し、何かを書きはじめた。

「それは?」
「式神っていってな。まあ、早い話が雑用だ――よし、エルザのところに行け」

 書き終えたワタルは紙に魔力を込めると、それは鳥の形になって飛んでいく。

 ちなみに、ワタルの式神がこなす雑用の中で一番の得意分野は建築物の補修作業だ。
 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々――主にナツとエルザだが――の巻き添えで破損した物の修理、酷い時は全損して一から建て直している事も、ワタルが『ストッパー』と呼ばれている主な要因である。

「(式神そんなに使ってないのに、建築関連のスキルが異常になってるなー……)」

 いくら言いきかせても、方々に頭を下げる回数や補修作業に式神を使う機会が減る気配が無い事に半ば現実逃避じみた思考をしながら、珍しそうに式神が飛んで行った方向を見ている村人たちの傍らで、ワタルは溜息を吐くのだった。




 少し経って、エルザ達は村に到着、ワタルと同様に村が再生している事に驚く。
 ワタルが同じような反応をする彼らに苦笑しながら近付くと、エルザが気付いて近寄る。

 その表情は平静そのものだが、ワタルは心なしか薄ら寒いものを感じ、声を掛け損ねた。

「ワタル、その額はどうしたんだ?」
「あ、ああ、少しな……エルザ、どうかしたのか」
「そうかそうか……じゃあ、その少しは――」

 エルザに額の傷を指摘され、応えるワタルの胸に残る嫌な予感は消えない。
 その正体を探り当てるより早く、ワタルは彼女に詰め寄られて怯んだように後ずさる。

「この香水の匂いとも関係があるのか?」
「香水?」
「ああ。お前から女物の香水の匂いがするのだが」

 エルザの声は、彼女の表情と同じく平静そのものだが、ワタルは何故か怖いものを感じた。

 そして言われた事を考える……女物の香水――そういえばウルティアに結構密に接触されたような……。

「(それ以外にある訳ねーな……ってか、ナツじゃあるまいし、なんで香水の匂いなんて分かるんだよ!?)」

 エルザが何について言っているのかを理解したワタルは答えを胸中でのみ呟く。
 正体と思惑がどうあれ、ウルティアは表向き評議員であり、彼女の事を言うのは事実をややこしくするだけで面倒極まりないと、ワタルは考えた。

 そこで、ウルティアに触れずに何とか弁解しようと、今までになく頭を回転させたワタルの視界に桜色が映る。

「(そうだ、ナツだ!)」

 ナツの鋭い嗅覚なら、ウルティアがザルティの姿をしていた時の匂いを覚えているはず。
 彼女の変身魔法はスペシャリストであるミラジェーンのものと比べて、匂いまで誤魔化せるほど精密ではない事は把握済み。

 ならば、ナツに香水の匂いはザルティの物だと、誤解を解いてもらえばいい。

 これならウルティアの正体に触れず、誤解も解けて一石二鳥。
 そう考え、一縷の希望を託し、ナツに声を掛けようとしたのだが……

「エルザ怖ええええええ!」
「今までで一番怖いよー!」
「ば、馬鹿、ひ、引っ付くなクソ炎!」
「(駄目だ、ナツは役に立たん……!)」
「何故目を逸らす? 心当たりがあるのか? ん?」

 当のナツ、ついでにハッピーは震えながらグレイにしがみついている。
 グレイはそんなナツを鬱陶しがっているものの、ナツと同じことを思っているのは、滝のように流れる冷や汗を見れば明白だ。

 儚い希望だったことを悟るワタル。
 目が笑っていない……いや、段々目が据わってきたエルザ。
 今までで一番の恐怖を感じているのではないかと思う程に震えるナツ、グレイ、ハッピー。

 ある種のカオスとなってきたこの場の雰囲気を崩したのは、以外にもルーシィだった。

「なんか……浮気の問答をする夫婦みたい」

「「まだ夫婦じゃない!!」」

「……まだ?」

 ルーシィの呟きは、他意の無い単なる感想だったのだが、ワタルとエルザはこれに過剰反応。
 エルザがワタルに懸想しているのはとっくに知っていたルーシィだが、ワタルまで反応するとは……と、意外に思いながらも、面白いものを見たと、ニヤリと笑う。

「へー、何がまだなのかな~?」
「あ、いや、これはだな……」
「あの、その……そうだ、まだ恋人でもないのに夫婦は無いだろう夫婦は!!」
「そうだなエルザ、その通りだ!」
「だから、何が『まだ』なのかな~?」
「「う、うるさい!!」」

 狼狽を隠せず、顔を赤くして怒鳴る2人。
 17歳、縁が少ないとはいえ、恋愛事に興味津々のルーシィは愉快そうに笑う。

 ちなみに、当の2人は自分の事で精一杯で、相手が同じ反応をしている事に気付いていない。

「なんか……ルーシィってすごいな……」
「エルザとワタル同時に相手してるもんな……」
「あい……」
「あの……依頼……」

 ナツ、グレイ、ハッピー、ついでに村人たちは完全に蚊帳の外だった。

 
 

 
後書き
式神については、結界師のものを想像してもらえればいいです。

悪魔の島編は次で終わりになります。
本当は今回で終わりのはずだったのに……orz 
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