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死んだ身

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第二章

「わしも聞いただけじゃ」
「そうか」
「しかしそこに辿り着ければな」
 誰も辿り着けない場所にだ。
「もう誰にも会うことはないじゃろうな」
「そうなるか、しかしご老人」 
 雷獣は密かに身構えた、これからの自分の問いに対する老人の返事次第では老人を切ってすぐに舟から出て泳いで逃げるつもりだった、それで身構えたのだ。
 懐の中に隠してある右手には苦無がある、それを手にしつつ問うのだった。
「何故それをわしに」
「教えるかというのじゃな」
「わしは只の旅商人」
 あえて嘘を言った、ここでは。
「山人なぞとは何の縁もないが」
「そうじゃな、商いにもならぬしな」
 山人相手ではだ。
「御前さんの商いはな」
「左様、針なぞはな」
 一応それを売っていると言っているのだ。
「売れぬわ、そういった連中には」
「何となくじゃよ」
「何となくだと」
「渡し守を長い間しておるとな」
 そうしていれば、というのだ。
「多くの者を見るからな」
「だからか」
「御前さんは逃げたいか逃げておるな」
 彼が忍とはわからない様だ、それでも言うのだった。
「そう思ったからじゃ」
「山人のことを話してくれたか」
「左様、まあ商いに励むのなら励むのじゃ」
 雷獣にこうも言うのだった。
「そして儲けるのじゃ」
「そうさせてもらう」
 雷獣は身構えたままだがそれでも応えた、そしてだった。
 渡し守に向こう側まで渡してもらった、そのうえで彼に礼を言った。
「助かった」
「うむ、それではじゃな」
「山人の話は覚えておく」
 こう言うのだった。
「しかとな」
「まあ商いにはならぬがな」
「面白い話だった」
 だから覚えておくと言うのだ。
「それでだ」
「そういうことじゃな」
「そうだ、ではな」
「また縁があればな」
「会おう」
 こう挨拶を交えてだ、そしてだった。
 雷獣は老人の前を後にした、舟は彼が進んだ方を引き返していく、だが彼はそれを最後まで見送ることなく。
 忍の服に戻ってだ、そして。
 老人の言葉を聞いて安芸の奥を目指した、そうしてだった。
 その安芸の山人達の中に入りそこで生きようと考えた、それでただひたすら進んだ。
 ただひたすらだ、追っ手は暫く来なかった。
 しかしそれに安心せずに彼は山の中を遮二無二に進んだ、川も谷も越えた。もう人の家は全く見えない。
 そしてだ、相当な最早獣の声も聴こえない様な奥に入り夜木に背をもたれかけさせて休んでいた、だが。
 人の気配を感じた、するとすぐに目を覚まして駆けた、木と木の間を跳んでいると。
 手裏剣が数発飛んで来た、それをかわすとだった。
 その手裏剣の動きから察した、それで言った。
「この手裏剣の動きは」
「察したか」
「風狼、御主だな」
「如何にも」
 横に影が来た、見ればそれは雷獣と同じ忍装束の男だ。
 彼は雷獣の横を駆けつつだ、こう言ってきた。 
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