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不思議な縁

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第二章


第二章

 それから暫く経ったある日。彼はまた河村さんと話をしていた。またベンチに座ってである。
「今度の合コンだけどな」
「はい」
「俺の彼女にセッティングさせるから」
「先輩のですか?」
「ああ」
 先輩はにこやかに笑ってそれに答えた。
「あいつが可愛い女の子連れて来るってさ」
「へえ」
「その子が丁度彼氏と別れたばかりでな。狙い目だぜ」
「そうですよね」
 彼氏がいなくなった直後の女の子が狙い目だというのは彼もよくわかっていた。そうしたことまでよく勉強しているのである。報われてはいないが。
「それでいいな」
「勿論ですよ」
 達之にそれを断る理由はなかった。
「お願いしますね」
「ああ、任せとけ」
「それで時間は」
「今週の土曜だ」
「土曜ですか」
「俺とあいつが球場から帰ってからな」
「球場って」
「カープが遠征に来てるんだよ」
 先輩はここで笑った。
「だからな。合コンは試合の後だ」
「そうなんですか」
 実は河村さんは広島ファンなのである。親の実家が広島にあり、その関係だという。
「悪いがそれまで適当に時間潰しておいてくれよ」
「わかりました。それじゃ」
「今度こそ彼女ができるといいな」
「はい」
 その言葉が非常に有り難かった。
「今度こそ」
「そうだよ、その意気だ」
 そう言って達之を励ます。
「まっ、運も大事だけどな」
「やっぱりそれですか」
「天佑を待ちな」
「何かねえ」
 そう言われると頼りなくなる。
「結局それなんですか」
「それ以外にもうないだろ」
 河村さんの返事は素っ気無いものであった。
「違うか?そこまでやってよ」
「そうかも知れないですけれど」
「それを信じて頑張るんだな。いいな」
「はい。ところで河村さん」
「ん!?礼ならいいぜ」
「いえ、あの」
「何だよ、一体」
 急に口籠った達之に笑顔を見せる。
「またこの埋め合わせは」
「だからそんなのいいって言ってるだろ」
 屈託のない笑顔でそう返した。
「こっちだって御前の彼女が出来た時見たくていいんだ」
「そうなんですか」
「そういうことだ。気にするなよ」
「わかりました。それじゃあ」
「ただな、毛はえ薬はそのうちな」
「そういえば」
 ふとここで河村さんの額に目をやる。歳のわりには結構危ない雰囲気である。
「あの、またちょっと」
「気にしてるんだよ」
 どうやらこれが河村さんの急所であるらしい。
「ったくよお、中学の時から言われてるんだよ」
「中学の時からですか」
「そうだよ、そっから段々とな」
「まずいんですね、やっぱり」
「前から徐々にな」
 男にとって最も怖いものである。
「親父も爺ちゃんもそうだからな」
「はあ」
「何かなあ、いい毛はえ薬ねえかな」
 本気で探しているようであった。その顔を見ればそう言っていた。
「どっかにあったら教えてくれよ」
「わかりました」
「御礼はそれでいいからよ」
 結局御礼はすることになりそんなところで落ち着いた。先輩との話は終わり程無くしてその日がやって来た。先輩は話通り彼女と一緒にカープの試合を観に行った。
「カープもな」
 行く前にふと寂しい顔になった。
「どんどん選手がいなくなるからなあ」
「金本ですか」
「兄貴だけじゃないしな」
 今や阪神での人気者である。その逞しい身体と温かく、男気のある性格からファンに愛されている。これは広島時代からそうであるが阪神ファンの応援は別格だ。
「江藤も川口もな」
「はあ」
「何か俺がファンやってからあまりいい目見たことがねえんだよ」
「昔はそうじゃなかったらしいですね」
「いや、そのもっと昔も似たようなものだったらしいぜ」
「もっと昔って?」
「赤ヘルになる前だよ」
 昭和五〇年より前である。この時代の広島東洋カープを覚えている人間はもうあまりいない。ノーヒットノーラン男外木場義郎の殺人光線と謳われた剛速球なぞ過去の歴史となってしまっている。どういうわけか彼のデッドボールを受けた田淵幸一の話はよく言われる。これは阪神ファンからであるのは言うまでもない。阪神ファンにとっては過去もまた現在と同じなのだ。それは記憶であり歴史ではないのだ。
「そんな昔のこと知りませんよ」
「俺だって知らねえよ」
 実は先輩も同じである。
「俺が生まれてすぐに山本も衣笠も引退したしな」
 カープ黄金時代と言えばこの二人である。他にも選手は大勢いたがこの二人なくしてカープの時代は語ることが出来ないとまで言われている。
「最後に優勝したの見たのは何時だったかな」
「そんなに昔なんですか」
「御前は日本ハムファンだったよな」
「はい」
 リーグが違うが。
「そっちはもっと凄いか」
「何回もチャンスはありましたけどね」
「そっちも何とかなるんじゃねえのか?」
「どうでしょうか」
 優勝しそうでしないのが日本ハムである。いっそのこと一時の阪神の様に華麗とまで言える程の壮絶な弱さを見せて欲しいものだと思ったことがある。一種のマゾヒズムである。
「北海道に移ってもね」
「ちょっとは変わったじゃねえか」
「さて、どうでしょうか」
 変わったという実感があまりないのが本音である。

 
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