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ムラサキツメクサ

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第四章


第四章

「こういったお話です」
 マスターは最後まで私に話してくれた。私はコーヒーを飲みながらその話を最後まで聞いた。
「如何でしょうか」
「何とも言えませんね」
 私は最後まで聞いてまずこう言葉を返した。
「どうにも」
「何故そう仰るのですか?」
「終わりがはっきりしませんから」
 少し首を捻ってこう答えた。
「二人がどうなったのか。それがはっきりしないと何にも」
「この話は二つの終わりがあると言われているんですよ」
 マスターは私のその言葉に応えてにこりと笑ってこう言葉を返してきた。
「二つね。あるんですが」
「そちらについてもお話して下さいませんか?」
 私はマスターにそう尋ねた。
「宜しければ」
「はい、一つはですね」
 マスターは私の言葉を受けて話しはじめてくれた。どうやら私がこう言うのを待っていたようだ。何か乗せられた気もするが決して悪いことじゃない。例えそうだとしても乗ることにした。
「湖で心中したんですよ」
「よくある話ですね」
 私はその話を聞いてまずはこう返した。
「そうですね。そのまま湖に二人で身を投げたんですよ」
「それで終わりですか」
「いえ、そうではないのですよ」
 語るマスターの顔は少し寂しげで哀しげなものになっていた。
「二人が身を投げた後湖の周りに花が咲くようになりました」
「花がですか」
「ムラサキツメクサです。ほら、花屋さんでも野原でもありますよね」
「ええ」
 私はその言葉に頷いた。確か元々牧草のシロツメクサの亜種だった筈だ。
「あの花が咲き誇るようになったのですよ。それから」
「まるでイハマのような花が」
「その通りです」
 私の今の言葉に笑顔になってくれた。
「紫がかった髪と瞳の色で。お客さんわかってますね」
「女の子を褒めるのは得意なつもりなので」
 笑って言った。実際に女の子を褒めるのは好きだ。
「それだけですよ」
「いやいや、お客さんも隅に置けませんね」
 マスターは私の今の言葉に笑いながら話を続けた。
「それならムラサキツメクサの心もわかりますね」
「かも知れません。それでですね」
「ええ」
 今度は私から言葉を出した。マスターがそれを受ける形だ。
「心中した二人は花になった。それが言い伝えられている二人の終わりの一つで」
「はい」
「それではもう一つは何でしょう」
 これを聞かずにはいられなかった。そうしてマスターもそれをわかっていたようであった。それを聞かれて顔がまた笑ったからだ。
「もう一つの結末は」
「二人は手に手を取って村を後にしました」
「駆け落ちですか」
「はい。それでですね」
 マスターはさらに話をする。
「その二人が通った後にまたしても花が咲いていったのです」
「というとムラサキツメクサがですか」
「おわかりですか」
「何となくわかりました」
 またコーヒーを一口飲んだ。その苦さの中の甘さを楽しむが今はどうにも切なさも感じられた。こんな味がするとは思わなかった。
「二人の通ったところにムラサキツメクサが咲いていったのですよ」
「そうですか。それで二人はどうなりました?」
 私はそれについても尋ねた。
「それで」
「ある場所に落ち着いたそうです」
 マスターはそう私に語ってくれた。
「そうして二人で何時までも静かに暮らしたそうです」
「ハッピーエンドですね」
 そこまで聞いてこう述べた。
「よかったではないですか」
「それでどちらだと思われますか?」
 私にこう尋ねてきた。
「貴方はどちらも結末だと思われますか」
「そうですね」 
 私は一呼吸置いてからマスターに答えた。
「僕はハッピーエンドだと思います」
「ハッピーエンドですか」
「はい、そちらの方がいいですね」
 私はまた述べた。
「本当はどちらかわかりませんが」
「私もそうだと思いますよ」
 マスターはこう答えてくれた。
「その方が。いいですよね」
「ええ、全くです」
 この場合真実よりも幸せの方を取りたかった。だから私はそう思いたかったのだ。どうやらそれはマスターも同じようであった。
 
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