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ローダンテとムナティウス

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第二章


第二章

 彼女はコリントにある自身の神殿に向かった。銀が重要な部分に飾られ、弓等が置かれている。弓矢は言うまでもなく彼女を象徴するものであり銀は彼女にとって尊いものであった。それ等で飾られているということがここが彼女の神殿であるということを雄弁に物語っていた。
 そしてその神殿の中でローダンテを探した。やがて紅い髪と緑の瞳を持つ美しい少女を見つけた。言うまでもなく彼女であった。
「ローダンテ」
 アルテミスは早速彼女に声をかけた。
「あっ、アルテミス様」
 対するローダンテは仕える女神に声をかけられまずは恭しく跪いた。
「御機嫌麗しく」
 その動作一つ一つが流れる様であり、非常に美しかった。動作にまで美しさが見られた。
「堅苦しいことはいいのよ」
 アルテミスはそう言って畏まるローダンテに対してまた声をかけた。元々狩猟の神である彼女は静よりも動を好む。だから畏まった動作はあまり好きではないのである。
「はい」
 ローダンテはそれを受けて顔を上げた。
「立ちなさい」
 アルテミスは今度は彼女を立たせた。すっと立ち上がった彼女は背の高いことで知られるアルテミスと同じ位の背を持っていた。その美貌は神であるアルテミスでさえも内心感嘆する程であった。
(これだけ美しければ)
 彼女は心の中で思った。
(彼が夢中になる筈だわ)
 顔立ちはまるでニンフの様であり身体からはほのかな香りが漂っていた。女神はその香りを楽しみながら彼女の顔を見ていた。また声をかけた。
「今日は貴女に言いたいことがあってここにやって来たの」
「私にですか、それは」
「ええ、貴女は今日から巫女ではなくなるわ」
「えっ」
 ローダンテは最初アルテミスが何を言ったのかわからなかった。思わずその整った口をぽかんと開けてしまった。
「あの、アルテミス様」
「聞こえなかったかしら、暇をあげるのよ」
 女神は何故か微笑みながらまた言った。
「明日からここに来なくていいわ。それじゃ」
「あの、お待ち下さい」
 彼女は姿を消そうとする女神に対して問いかけた。必死の顔で。
「何かしら」
 女神は消えようとするところで立ち止まった。そして彼女に応えた。
「私が何かしたのでしょうか」
 おどおどと戸惑いながら尋ねる。
「何かしたのでしたら」
「貴女は何もしていないわ」
 アルテミスの返事は意外なものであった。彼女は優しい笑顔のままこう言ったのである。
「それでは何故」
「すぐにわかるわ」
 女神はこう述べた。
「すぐにね。それじゃ」
 これを最後の言葉にして姿を消した。後には呆然と立ち竦むローダンテだけがいた。とにかくこれで彼女はアルテミスの巫女ではなくなった。そしてこれは別の意味を持っていた。
 ローダンテがアルテミスの巫女でなくなったという話はその日は誰も知らなかった。だが次の日の朝狩りに出掛けようとするムナティウスに対してあの少女がまたやって来たのである。無論その少女はアルテミスである。
「また君なのかい」
「ええ」
 彼女は元気のいい笑顔で応えた。
「実は今日貴方にいい話を持って来たのよ」
「僕にかい?」
「そうよ、実はね」
 そして彼女は昨日アルテミスの神殿で起こったことを彼に話した。無論自分こそがそのアルテミスであることは完全に隠して。
「ローダンテはアルテミスの巫女じゃなくなったのよ」
「まさか」
「本当よ。嘘だと思うのなら彼女の家に行ってみなさい」
 そして行くようにけしかける。
「もう家の扉には弓が置かれていないから」
 狩猟の神でありその神聖な証として弓が置かれているのである。これはその家にアルテミスの巫女がいるということの証明であった。
「すぐにわかるわ。そして」
「僕の愛を伝えることができるんだね」
「そうよ。頑張りなさいね」
 そしてまた言う。
「応援してるから」
「有り難う。それじゃあ行ってみるよ」
 その顔が晴れやかになっていた。
「そして彼女を」
 彼はそのままローダンテの家に向かった。アルテミスはそれを笑顔で見送っていた。恋の成就を信じて疑わなかったのであった。これも彼女が恋というものを知らないせいであった。
 ムナティウスは森には行かずローダンテの家に向かう。そしてその家の前にまで辿り着いた。
 見れば家の扉に弓はかけられていない。どうやらあの少女の言ったことは本当であったらしいと思った。
「これで」
 ムナティウスは自分の胸が高鳴るのを感じていた。
「ローダンテは僕のものに」
 見ればその扉からローダンテが出て来た。いつもと変わらぬ美しい姿で。
 だがムナティウスはこの時喜びのあまり気付いていなかった。彼女の顔が暗く沈んだものであることに。彼女はアルテミスの巫女でなくなったことに深い悲しみを抱いていたのだ。

 
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