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他人は占えても

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第二章


第二章

「要するに」
「その通りです。あの方でしたか」
「意外だったかしら」
 顔から笑みを消してマスターに問う。目線が上向きになる。それが大きめで澄んだ目をよく映えさせていた。何か誘うような目になっている。
「私がああした人を気にするなんて」
「いえ」
 マスターはそれは否定した。
「こういうのはわかりませんから。何しろ恋は」
「盲目ね」
 その言葉を口にする。
「よく言われる言葉よね、本当に」
「占い師をされていたらよく聞く御言葉では?」
 マスターは今度はこう尋ねてきた。
「違いますか?」
「いえ、その通りよ」
 由佳里の返事は何か予定調和めいたものだった。
「実際に。歳が親子程離れたカップルとか。不倫もあるし」
「そういうことですね」
「これだけは本当に自分ではどうしようもないものなのよ」
「そしてそのどうしようもないことを導くのが」
「占い師なのよ。私みたいな人間」
 そう述べてうっすらと笑う。彼女も極端な悪人ではない。多少歪なところもあると言われているが取り立てて意地悪でも陰険な人間でもない。まあ普通である。
「けれどね」
「けれど?」
 由佳里の溜息に気付く。
「若しかして御自身も」
「そういうこと。わかったのね」
「ええ、まあ」
 マスターは少し笑って由佳里に答えた。その手にあるグラスを丁寧に拭きながら。
「勘ですけれど」
「こういうことは気付かれ易いのよね」
 由佳里の笑みが変わった。苦笑いに。
「案外ね。心って外に出るから」
「そういうものですか」
「少なくとも私はそう思うわ」
 多少微妙な言葉を出す。どうにも自分自身ですら言葉が出しにくくなっているようである。
「職業柄でしょうね。見えるのよ」
「オーラとかですか」
「ううん、そう言ってもいいわね」
 マスターの言葉に応える。
「お客さんがどういった事情で来るのかわかるのよ。おおよそのことは」
「はあ」
「そうしてどんな占いの結果を望んでいるかもね。けれど結果はまちまちだし」
 そういうものである。占いは決して自分の願った結果ばかり出るものではない。また解釈一つでどうにでもなるものだったりするのだ。占い師というものはある意味人生相談的な存在でもある。由佳里もそれは今までのことでよくわかっているのだ。
「それに」
「それに?」
「自分は占えないのよ」
 また溜息をつく。どうしていいかわからないといった感じで。
「それだけはね」
「占っておられる方もいるようですが」
 マスターはふとしたような感じで由佳里に問うてきた。
「貴女は違うのですか」
「それは私の流儀じゃないの」
 それが彼女の返答であった。
「流儀でないと」
「もっと言うとね。占おうとするとどういうわけかインスピレーションが止まって」
「はあ」
「これだけは占えなくなるのよ。自分でもどうしてかはわからないけれど」
「では自分ではわからないと」
「ええ」
 マスターの言葉にこくりと頷く。その後でカクテルを飲み干す。また同じものを頼む。
「もう一杯ね」
「どうぞ」
 すぐに次のブラッディ=マリーが出された。由佳里はそれを手に取ってまた飲む。
「だから。自分でもどうしようかと思ってるのよ」
「あの方が好きなのですね」
「そうよ」
 それははっきりと認めた。気持ちは偽らなかった。
「それはね。はっきりとしているわ」
「では。どうされるのですか?」
 マスターはまた由佳里に尋ねてきた。
「告白されますか?」
「したいけれど」
 言葉が呟きになった。視線が下に落ちてしまう。
「できないわね。何故か」
「わかりますよ、それは」
 マスターはその言葉を聞いて由佳里に述べてきた。
「どうしても。臆病になりますよね」
「ええ」
 マスターのその言葉にもこくりと頷く。その通りだからだ。
「仕事の時はよく言うけれどね。怖れてはならないって」
「勇気を出して告白しろと」
「ええ。占いの結果にもよるけれど」
 由佳里はどちらかというと客に対して明るく積極的なアドバイスをする方である。迷っている相手にはきっぱりと教えるべきであると考えているからだ。しかし今は違っていた。
「大体はそうね」
「ではそうされてはどうでしょう」
 マスターはそう提案してきた。
「御本人に。如何でしょうか」
「怖いわね」
 笑みが力ないものになる。溜息と共にある笑みであった。
「そういうのって。自分自身では」
「怖いですか」
「今気付いたけれど。臆病なのよ」
 自分を評してこう述べた。
「こういうことには。本当にどうしようかしら」
「迷っておられるのですか」
「そういうことよ。言おうか言うまいか」
 そのことも素直に述べる。
「わからないの。自分では」
「では。こうされてはどうでしょうか」
 マスターは困っている由佳里に対して述べてきた。
「こうするって?」
「とりあえず明日もここに来られて下さい」
 こう提案してきた。
「明日に。如何でしょうか」
「この店になのね」
「はい」
 顔を上げて問う由佳里に対して述べる。
「そうです。来られるだけなら問題はないと思いますが」
「そうね」
 その言葉には何も思うことなく頷くことができた。確かにそれ位はと思った。
「じゃあ。また明日ね」
「ええ」
 マスターは由佳里のその言葉を聞いてにこりと微笑んでみせた。それからまた述べた。
「では。宜しく御願いしますね」
「わかったわ」
 またマスターの言葉に頷く。
「じゃあまた明日。御願いするわ」
「はい。ではまた明日」
 こうして由佳里は次の日もこのバーに来ることになった。次の日いつもと同じく仕事を終えた彼女はバーに来た。そうしてまたカウンターに座るのであった。
「来たわ」
 昨日と同じような服だった。ただし今日は赤い丈の長いスカートをはいている。
「これでいいのよね」
「はい。よく来て下さいました」
 マスターは穏やかな笑みで彼女を出迎えた。そうして述べる。
「どうぞ。お座り下さい」
「ええ」
 マスターに勧められるまま席に座る。そこはいつもの指定席だった。
 
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