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拠点フェイズネタ話置き場

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夏祭りフェイズ  2



 正門は閉じられている為に裏口から出て、人が出歩いていない西区の通りを馬車で移動。出店がぽつぽつと立ち並ぶ大通りの筋にて皆はひとまず集まっていた。
 提灯が家々に吊るされ、一望すると目に入るのは城まで一直線の祭り街道。帰ってくる者、これから行く者……皆が笑顔を携えていた。
 きらきらと瞳を輝かせて、華琳でさえも子供のような期待の眼差しを抑え切れずにいる。

「これが……夏祭り、なのね」
「いんや、これからが夏祭りだ。好きなモノを買って食べたり、遊戯屋台で遊んで景品を取ったりしてこそだな」

 感嘆の声を漏らした華琳に対して、秋斗が楽しげな声を紡いだ。間違いなく現代の夏祭りの様子が再現されていて、その声は何処か誇らしげである。
 屋台の設営やら何やらは兵士と民が協力して行ったのだが、指揮に動いていたのは秋斗一人。計画書としては目を通していても、昼間は城の中に居ろと言われて、魏の重鎮の誰もがその実態を見せて貰っていなかったのだ。

「兄やん、こないなもんよう一人で指揮して作りよったなぁ。言うてくれたらウチらも手伝ったのに」

 街の警備隊なのだから、民との連携は自分達も得意である。それを分かっているはずなのに頼らなかった為に、真桜は唇を尖らせて拗ねた。凪と沙和も同意だというように頷くも、秋斗ふるふると首を振った。

「俺の隊の部隊長達も指揮してたからそれほど大変じゃあなかったよ。妻や恋人と歩く道を自分で作りたくないかって言ったら、嬉々として手伝ってくれたバカ野郎共の熱意に触発されて、街の男達のやる気も燃えさせられたからいいんだ。それにな、お前さんらには祭りを元気いっぱい楽しんで欲しかったからさ」
「秋斗殿は疲れていないのですか?」

 さらりと零された言葉に、ジト目を向けるのは凪。秋斗はにやりと口の端を吊り上げた。

「クク、俺が楽しいことを前にして疲れると思ってるのか?」

 警備隊の三人はその言葉を聞いて、呆れたようにため息を一つ。そういえば悪戯や楽しい事をする時は徹夜してでもするような人だった、と思い出して。

「それじゃあお言葉に甘えて楽しむことにするの。凪ちゃん、真桜ちゃん、行こう!」
「ちょ、沙和! あんま引っ張らんといて!」
「わっ! い、行ってきます!」

 にっこりと笑った沙和は、秋斗の気遣いに感謝を込めてそれ以上は何も言わず、二人の手を取ってこけないように小走りで駆けだした。
 祭りに繰り出した一番手は警備隊長三人娘。その背を見送り、霞が片目を細めて春蘭を見やる。

「ええか? 絶対! 迷子になるんやないで、春蘭」
「おい霞、どうして私に言うんだ」

 不機嫌に眉を顰めた春蘭が睨みつける。霞は表情を崩さずに言葉を続けた。

「春蘭が一番心配やからに決まっとるやん。華琳の側に行こうとするやろ?」
「ぐっ……そ、そそそ、そんな事は――――」
「ふーん、なら季衣、春蘭の手ぇ繋いどき。ウチはもう片方繋ぐからな」
「わーい♪ 春蘭様ぁ、いっぱいおいしいモノ食べましょうね!」

 季衣に笑顔を向けられては逃げられなかったのか、春蘭はなんとも言えない表情のままで固まっていた。クスクスと笑いながら春蘭の手を握る霞。神速に隣で目を光らせられては逃げられもしない。
 その様子を微笑みながら見ていた秋蘭は、ほっと一息ついて流琉に手を差し出した。

「流琉は私と手を繋いで行こうか」
「は、はい、秋蘭様。あの……よろしくお願いします」
「ああ、今日はよろしくな。では華琳様、行って参ります」

 恥ずかしげに俯く流琉の頭を優しく撫で、振り向いてペコリとお辞儀をした秋蘭。春蘭はうるうると瞳を潤ませて華琳を見つめている。

「ふふ、いい気味だわ、あのいのし――――ひぁっ!」
「はいはい、時間が勿体ないんだから喧嘩なんか売らないの。それにあんまり広がって歩くのはダメだから、あんたはボクと手を繋いで歩きなさいね」
「ひょ、ひょんなぁ……」

 春蘭が華琳の側にいない事で気をよくしている桂花は、ざまあ見ろ、と言わんばかりの意地悪い笑みを浮かべていたが……背後から詠に両のほっぺたを抓られて飛び上がった。
 詠の言葉を受けて、この世の終わりとでも言わんばかりの表情で固まってしまった。

「ええ、いってらっしゃい。五人とも楽しんで来なさい」
「はい! 行ってきまーす!」
「……行って……参ります……華琳様」
「ほなまた、舞台が終わったら城で」

 ふりふりと手を振った華琳に、口ぐちに返事を返して、二番手の五人はゆっくりと街道を歩み始めた。

「リンゴ飴は、お腹がもたれるので始めはやめておくべき、です。この前てんちょーと、幽州の視察に行った時に作ってたのを食べたことがあります」
「大きいのじゃなくて小さいのなら良さげかとー。たこ焼きは三人で分ければいいですねー。からあげは小さな入れ物で十分ですし」
「お好み焼きや“たません”も外せません」

 軍師であるが故に、街にある屋台の種類を知っている風と稟、朔夜の三人は、入る前からどれを食べるのか計画を立て始めていた。
 祭りの入り口で食べるモノを決めている小学生のようだな、なんて考えながら、秋斗は三人に言葉を零した。

「三人もそろそろ行け。ああ、それとな、お前達には内緒にしてたが、店長が変装して店を一つだけ出してるんだ」

 瞬間、得物を狙う目で見たのは……秋斗と一緒に歩く事が決まっている雛里を除いた全員。教えるべきだと鋭い光が訴えていた。秋斗はあまりの威圧感にたじろいで目を泳がせる。

「秋斗……? もしかして……ここで新作を出してる、とか言うんじゃないでしょうね?」

 笑っているのに殺気が漏れている華琳。他の者達はジト目で彼を睨んでいた。秋斗はいつも通りに……悪戯っぽく笑う。

「民も兵も将も軍師も王も、祭りに行く者が分け隔てなく楽しむ為に内緒にしてただけだ。新作を出してるかは店長の気持ち次第だな」

――当然出してるけど、全部の種類を食べきれない悔しさを味わって欲しいからな。

 心の中で舌を出して、不機嫌そうに見つめる華琳の視線を受け流した。

「秋兄様とてんちょーの、お考えなど読めます。てんちょーの店には、複数人で行った方がいいのでしょう」
「ちょっとずつ食べさせあうのが最善ですか。新作は確定ですねー。甘味ならよりいいのですがー」
「あなた方二人が簡単に情報開示をした時点で罠。ふふ、甘いですね、秋斗殿。では、我らも行って参ります」

 軍師の三人は秋斗の内心を読み取り、勝った、と言わんばかりの笑みを向けてから大通りを進んで行った。
 その背を見送った華琳は、それなら問題ないかとばかりの様子である。後に満足そうにため息を一つ。

「見送りのやり取りを繰り返しているけれど……あの子達の親にでもなった気分だわ」
「皆に愛されてるってこった。お辞儀したり、行ってきますって言ったり、手を振ったり……華琳にちゃんとソレ向けてくもんな」

 同じようにふっと息を付いた秋斗の言葉に、華琳は目を細めて不敵に笑って見返す。

「ふーん。なら、あなた達二人が次に出てくれるのね」
「……祭り屋台の概要を知ってる俺は最後に歩くさ。華琳達が先に行けばいい」
「ダメよ。一緒に歩く三人以外は私が見送りたいもの。あなたなんかにその役目はあげないわ。私が皆の長なのだから当然でしょう?」

 自分が皆を見送りたかったのに、と苦い顔をした秋斗に対して、華琳は勝ち誇った笑みを向けていた。
 さすがに聡い覇王には内心の誤魔化しは出来ない。

「……欲張りめ」
「ふふ、意地っ張りに言われたくないわ。雛里、存分に楽しんでいらっしゃい」
「はいっ! 行ってきます!」
「いってらっしゃい、秋斗さん、雛里ちゃん」
「また後でね、二人共」
「ふん、ちゃんと雛里を守りなさいよ!」

 手を繋いで歩き出しながら何度も振り返って空いている手を振りかえす雛里。秋斗は背中を向けたままひらひらと手を振るだけであった。
 恥ずかしがっている秋斗を可愛く感じて、雛里はクスクスと笑みを零す。

「ちゃんと行ってきますって言わないとまた華琳様が拗ねてしまいますよ?」
「いいんだ、これくらいで。華琳の望み通りになんかしてやらん」
「ふふ……秋斗さんが見送ってた側なら、華琳様は振り向かなかったでしょうね」
「クク、確かにな。ま、帰った時にただいまはちゃんと言うさ」

 浴衣姿で愛らしく笑う雛里に見惚れそうになった秋斗は、緩く握る手に力を込めて前を向く。小さな掌の温もりは変わらず、握り返されてじわりと胸が温かくなった。
 雛里の歩幅は狭い。転んでしまわないように、無理をさせないように、彼はペースを合わせて進む。
 どの店の食べ物を食べようかなと考えながら歩いていると、ふいに、雛里が繋いでいる手を離して、ぎゅっと腕に抱きついて来た。

「どうした?」
「しょ、しょの……もっとくっちゅきたかっただけ……でし」

 驚いて聞くと、恥ずかしいのか彼女は耳まで真っ赤に染め上げて、秋斗を見上げて噛み噛みで呟いた。
 うるうると潤んだ瞳に見つめられると秋斗の心臓は鼓動を早めた。まさか雛里がそんな大胆な行動に出るとは思いもよらなかったから。

「……ご迷惑なら……離れましゅ」

 緊張と嬉しさと恥ずかしさで、歩きながらも反応出来ない秋斗を見て、しゅんと俯いた雛里は絡めた腕を放した。
 寂しさが少し湧いた。秋斗にとって迷惑なわけがない。だから彼は……

「……じゃあさ、もうちょっとくっついて歩こうか」
「え……あわっ」

 雛里の肩を優しく引きよせた。今度は雛里が何も反応できなくなった。
 幾分か後、秋斗の腰に腕を回して、ピタリと寄り添って歩いて行く。その姿は、間違いなく恋仲の男女にしか見えない。公然といちゃつく姿を晒すのは恥ずかしい。胸が高鳴り、顔は真っ赤に茹で上がる。まともに顔を見る事も出来ない。

――恥ずかしい。けど、幸せ……

 雛里は頬が緩んだ。胸にこみ上げる幸福感から、それも詮無きかな。ただこうして二人で寄り添って歩いている事が、嬉しくてしかたなかった。
 下駄がカラコロと音を鳴らす。歩幅の違いから重なる事は無い。それすら雛里にとっては幸せを齎すモノであった。
 彼と彼女はそうして……夏祭りの夜を進んで行く。









~後ろの一コマ~



 秋斗と雛里が寄り添って歩いている姿を遠目に見ていた二人は、羨望の眼差しを向けていた。

「……少し……アレはやり過ぎでは無いでしょうか?」
「人目も憚らずにイチャイチャイチャイチャと……あんなの普段の街中では絶対に出来ないじゃない」

 しかしながら、華琳は人のことを言えそうに無い。
 華琳と月が繋ぐ手はしっかりと指が絡められ、並ぶ身体は寄り合い、隙間など全くない。話す声は喧騒から聞こえ難い為に、耳元まで口を寄せて囁き合う。
 後ろの二人、桂花と詠からすれば、華琳と月も十分にいちゃついているように見えるのだが……さすがに言えない。

「ねぇ、桂花」
「何よ、詠」
「大通りを半分行ったくらいにさ、手を繋ぐ人を変えようって提案してみるの……いいと思わない?」
「っ! いいわね、それ」
「じゃあボクは月に、桂花は華琳に提案しましょう」
「そうね、それまでは……詠で我慢してあげるわ」

 羨ましくて提案した作戦。乗ってくれたまでは良かったが、最後に零された一言に詠のこめかみに青筋が走る。

「ふーん、いいんだ。そんなこと言って。じゃあボクは月と手を繋いでこよーっと。華琳はいじわるだから桂花とは手を繋がないでしょうね。この人波じゃ三人くらいしか並んで歩けないのもある、か」

 目を細めて口ずさまれた話に、華琳の嗜虐趣味を十分に理解している桂花は、さーっと顔を蒼褪めさせた。

「なっ! い、いやよそんなの! 寂しいじゃな――――あ」

 さすがの桂花も、この祭りの状況でぼっちにされては堪らなかったようで、詠に本心を零してしまった。
 にやりと、詠は口の端を歪めた。

「ふふ、嘘よ。手を繋いでてあげる。桂花」
「……くっ」

 やり込められて、悔しげに顔を顰めた桂花であったが、握る手は放されないように力を込めていた。



 
 

 
後書き
読んで頂きありがとうございます。

祭りの入り口での他愛ないやり取り。
次からは雛里ちゃんと祭り街道を歩きます。

店長の店はなんでしょうか。

それと、三姉妹の服をミニ浴衣に変更しました。
舞台衣装にはそっちの方が可愛い気がしたので。

ではまた 
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