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FAIRY TAIL 星と影と……(凍結)

作者:天根
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悪魔の島編
  EP.17 デリオラ崩壊

 
前書き
第17話です。

ロストマジックに関するオリ設定ありです。
これから段々と小出しにしていきますが、オリジナル設定が結構出てくるので、説明はなるべく入れていきますが、ご理解の方をお願いします。
 

 
 ナツの戦場における適応力は高い。
 数えるのも億劫なほど戦い、その分だけ打ち負かしてきたワタルだからこそ、戦闘中の思考の柔軟さにおいて、ナツは自分に匹敵しうることを知っていた。
 それが滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の持つ鋭い五感がなせる技なのか、はたまたナツの野性的ともいえるセンスによるものなのか、判断は付かなかったが今はいい。
 問題は……

「クソ、ホントにキリがねーな……」

 高い適応力を持つナツが未だにザルティの“時のアーク”に翻弄されている事だ。
 向かってくる水晶を迎撃しようとすれば水晶自体の時を止める事で余裕を持って躱され、時を加速した水晶によって体を打たれる。なんとか破壊しても、次の瞬間には時間を巻き戻されて元に戻される……その繰り返しだ。
 ザルティの変幻自在の攻撃に、ナツは苦戦していた。

 手を出しあぐねているという点では、ワタルもナツと変わらない。
 初めて対峙した失われた魔法(ロスト・マジック)は、なまじ知識として知っていた分、厄介だった。百聞は一見に如かずというやつだ。
 加えて、使い手である仮面の魔導士の技量も厄介さに拍車をかけていた。

「随分と、戦い慣れしてるな」

 使用しているのはたった一つの水晶。だが、ナツとワタルの2人を同時に相手取るザルティの表情には、余裕の笑みが張り付いている。ナツの攻撃に合わせて近接攻撃や投擲を仕掛けてはいるものの、攻撃の直前に水晶で出鼻を挫かれたり、悉く軌道を逸らされたりして失敗に終わっている。
 それらが意味するのは、2対1にも関わらず、ザルティは二人の挙動を把握しながら絶妙なタイミングで魔法を使い、立ち回っているという事だ。

 いかに強力な力を使用者に与える失われた魔法(ロスト・マジック)といえど、使い手が並以下であれば対処は容易いだろう、とワタルは高を括っていた。実際は相当な手練れだった訳だが。

「(だがそれにしては……)」

 一定以上の実力者だからこそ放ち、感じる事ができる気迫、威圧感というものがある。自惚れではないが、実力者としての自負があったワタルもまた、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のS級魔導士達やこれまで出会った他ギルドの強者たちと相対した時に、そうした気迫や威圧感を感じ、彼らに自分のそれを感じさせてきた。

 だが、明らかに手練れの域にいるであろうザルティには、そうした威圧感を感じないのだ。
 牙を隠すのが巧い? いや、そんなものでは感受性の強いワタルの嗅覚を誤魔化せはしない。
 残った可能性を考えるなら、この仮面の魔導士が全然本気を出していないのは明白であった。

 強力な力を持つ失われた魔法(ロスト・マジック)使い。

 その正体は誰なのか、まさかデリオラの利用目的がその“力”だけであると決めるのは早計だろう、とワタルは考えを巡らせた。
 すると、先ほどのつぶやきが聞こえていたのか、ザルティは軽口と共に周囲の岩を劣化させてバラバラにし、散弾銃のようにワタル目掛けて打ち出した。

「珍しい魔法ゆえ、利用しようとする輩も多いのですよ」
「そうかい……“魂威・防壁”!」

 躱そうかとも考えたが、後ろにはナツがいる。
 そう考え、ワタルは鎖で十分な大きさの円を作り、魔力の膜を張って岩のシャワーを防いだ。

「ほお、それがうわさに聞く“魂威”ですか。能力(アビリティー)系のような変換なしの純粋な魔力……確かに普通の魔法とは異なるようですね」
「――ナツ、仕掛けるぞ。準備しろ」
「おう!」
「ほう?」

 ザルティの興味ありげな言葉を無視し、ワタルはナツに合図した。
 明らかに意味有りげな行為に、ザルティは警戒するが、すぐに呆れた声を漏らす。
 何らかの策を講じたと思ったのだが、ワタルの合図を受けてナツが取った行動はそれまでとなんら変わらない突撃だったからだ。

「芸が無いと言いましたよ、火竜(サラマンダ―)!!」
「――どうかな?」
「なに!?」

 すでに対策のとれている攻撃に対して、対処法を変える必要などない。
 そう言わんばかりに、ナツの突進に合わせて、横からぶつけて勢いを削ごうと水晶を操作しようとしたザルティだったが、突如その行動を止めた。
 走りこんでいるナツと待ち構えているザルティの丁度中心辺りの上空にワタルが現れたのだ。

 見れば、先ほどまで鎖鎌を構えていた手には忍者刀が握られている。向上した身体能力に任せて跳躍したそのスピードは、呆れ、油断していたザルティには不意を突いたものだった。

「“魂威・爆”!!」

 着地に合わせ、忍者刀を握っていない方の腕に魔力を込めてしならせ、岩場に叩きつける。
 ワタルが魔力を放出、更に爆発させた事によって岩場は砕けて細かいちりとなり、ザルティの視界を妨害した。これではナツに水晶を当てることは出来ない。

「む、煙幕か!? ならば……天井よ、時を加速し朽ちよ!」

 ならばと、ザルティは水晶を引っ込め、天井の岩の時間を未来へ。強制的に老朽化させ、降り注ぐ石を周囲に展開し、たった今煙幕から出て来たナツや未だ煙幕の中にいるワタルを狙おうとした。

「その荒ぶる炎は我が“時のアーク”を捉えられますかな」
「アークだかポークだか知らねえが……この島から出て行け!!」

 煙幕に突っ込んだ勢いのまま出て来たナツはザルティ目掛けて跳躍、拳を振るって迎撃の岩を吹き飛ばそうとしたが……

「ガフッ」

 的確な迎撃に、体を打たれナツはのけぞった。
 無様なナツの姿にほくそ笑むザルティ。ワタルが講じた策というのもどうせ、ワタルが隙を作りナツが殴るという単純なものだったのだろうと、内心で失望の念を抱き、次はどうするのかと口を開きかけたが……硬直した。


 身体中を岩で打たれ、空中で体勢を崩したナツが軽い破裂音とともに白煙となって消えたのだ。

「ぬ!?」
「ナツ!!」
「おう!!」

 あまりに予想外の事に思考を硬直させ、次の一手を取りそこなったザルティが聞いたのは、煙幕から出たワタルの掛け声と……水が蒸発し、爆炎が弾ける音だった。
 振り返れば、不敵且つ凶暴な笑みで身体中に着いた水滴を振り落とし、拳の炎の熱で蒸発した水蒸気を微かに纏う桜髪の青年の姿が。

 拳を振りかぶって襲い来るナツの姿を認めたザルティは、今更ながら自分がワタルの策に嵌った事を悟った。
 煙幕から出てきたのはワタルの作った変身魔法を使ってナツに変わり身(エルザとの模擬戦で使った実体を持たない出来損ないではなく、魔力を多く込めて実体を持たせた本来の変わり身だ)。
 なら本物はどこにいたのかだが……身体中に水滴がついている事を見るに、デリオラの氷が溶けてできた小さな川に身を潜めていたのだろう。

 煙幕と変わり身の二重の罠にはまったザルティはナツの啖呵を聞いた。

「そういや、俺にも時が操れるんだ」
「くぅ!」

 間に合わない事を悟りながら、ザルティは防御態勢を取るが、ナツはお構いなしに拳を振るう。

「一秒後にお前をぶっ飛ばす!! “火竜の鉄拳”!!!」
「きゃあああああああああ!!」
「……女?」

 ナツの鉄拳はザルティの頬を捉えて吹き飛ばし、岩に叩きつけた。その際に響いた甲高い悲鳴に、ワタルは眉を潜めて首を傾げたが……それどころではなかった。

「おい、ワタル!!」
「……なんだ?」

 見るからに不機嫌そうな表情をしたナツが、掴み掛からんばかりの勢いでワタルに詰め寄ってきたのだ。

 ザルティとの話は当然ナツにも聞こえている。
 ワタルにとってあまり聞かれたい類の物ではなかったため、ワタルは気を重くしてナツに応えたのだが……それは杞憂だった。

「あの身代わり、なんだよあれは!?」
「あ?」

 予想とはまったくの見当違いの言葉に、ワタルの口から気の抜けた声が漏れた。
 ナツが何を言っているのか、いまいち図りかねたワタルが黙っていると、ナツが岩場で伸びているザルティを指差しながら怒鳴る。

「コイツのあんな攻撃、ヨユーで避けられたっての! それをあんな――オイ、聞いてんのか!?」
「あーはいはい、聞いてる聞いてる」
「ウガー! 納得いかねー!!」

 あんな攻撃とは、ザルティがナツの偽物に当てた岩のシャワーの事だろうとは予想がついた。が、そんな事を言及されるのは予想外であったワタルは半眼で生返事を返す。
 別に反論の余地もあったし、しても良かった。あれはザルティを油断させるためとか、だ。
 だがそんなことは、ワタルにあっさりと流され、地団太を踏んでやり場のない怒りを示すナツの姿を見ていると、考えるのもばからしくなったのだ。

 一緒にいて楽しいと思えるナツ。それは始めて会った頃から何も変わっておらず、それがワタルにはほほえましかった。

「あ、ワタル! 今笑ったな!?」
「いやいや、そんなボロボロでよくそんな事が言えるなーって」
「こんなもん、怪我の内に入らねーよ!!」
「さいですか……ナツ、お前は変わらないな」
「な、何だよ急に……意味分かんねーな」

 急に暖かな表情になって笑うワタルに困惑するナツ。

 彼にとって妖精の尻尾(フェアリーテイル)とは家であり、そのメンバーは家族だ。
 もちろん、ナツが『父』と呼ぶのは育ての親であり、7年前に突如として消えたドラゴン・イグニールだけである。だが、そんな『父』に近いものをマカロフやギルダーツから感じているのも確かだった。

 そんなナツがワタルに対して抱く感情は『兄』に対するものに近いと言える。
 いつも自分の先を歩き、あの暴れん坊のラクサスすら一目置くその存在に羨望を抱いた事も一度や二度ではない。だがそれ以上に、ワタルの背中に並び、追い抜きたい、面と向き合って拳を合わせたい……そんな存在なのだ。

 そんなワタルがいつもの皮肉気な笑みではなく、純粋に穏やかな笑みで自分を見ている。それがなんだか照れくさかったのだ。


 対するワタルの内面は穏やかではあったが、そのさらに奥は複雑だった。

 『変わらない』と言ったのは嘘偽りのない本心からの褒め言葉だ。
 ナツの年齢が幾つなのか、正確に知っている訳ではないが、グレイあたりと毎日のように張り合っているのを見るに、精神年齢はグレイ彼らと同じくらいなのだろう。そのくらいの男なら、周囲の影響で幾らでも芯がぶれるのは必然だ。
 だが、ナツは変わらない。
 身に纏う爆炎のように荒っぽい気性もそうだし、仲間を想い、大事にするその心は穏やかな日の光のように暖かいままだ。

 それはいいのだ。変わらない方がいい。そうでないナツはナツではないとさえ言い切れる自信がワタルにはあった。
 だが、周囲に自らを取り繕う事が馬鹿らしくなるような陽気さは、ワタルには微笑ましく思う事もあるが……羨み、疎ましく思う事もあった。そして、その理由も分かっている。

 …………怖いのだ。いつか、自分の持つ『影』が光に暴かれ、それに対するナツ達大切な仲間たちの反応を見るのが。

 ワタルを暗い思考から引っ張り上げたのは、皮肉にも、その切っ掛けとなったナツだった。

「おい、聞いてるのかワタル?」
「そういうところが変わらないなって言ってるんだよ」
「あ、何か馬鹿にしたな!? よく分からんけど馬鹿にしたな!?」
「だから違うって、面倒くせーな……ッ!?」

 陽気なナツの声に引っ張られるかのように、暗い思考を打ち切っていくワタル。
 だが彼らは油断していた。とりあえずザルティを撃退したところで、少なからず心に緩みが出てしまった。


 未だ問題は解決しておらず、その元凶が目の前にいたのにも関わらず、だ。


『グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』

「「!!」」」

 さっき――ワタルがナツに加勢する前に轟いたものよりも大きく、威圧的なデリオラの咆哮が洞窟内……いや、遺跡中に響いた。
 ワタルとナツがハッと振り向くと、そこに居たのは――――

 全身を絶対氷結(アイスドシェル)の残滓で濡らし、頭部に鋭い刃物のように尖った二本の禍々しい角を持ち、体を鎧のような装飾で覆った悪魔が、剣山のように尖った歯を隠そうともしないで開けた大口で復活の調べを目撃者たちに刻み込む姿だった。




 リオンとの決闘を制し、遺跡の地下の洞窟に到着したグレイが見たのは、幼い自分に二度――最初は家族との永久の別離、もう一度は自分の私怨が理由で師匠を永久に氷へと変えてしまった事――トラウマを植え付けた悪魔の復活の姿。
 吠える度に周囲の空気を洞窟が崩れんばかりに震えさせているその風貌や、巨体から漂う威圧感も、かつて幼いころに味わった物となんら変わることなく、グレイはただ呆然としていた。

 そして、デリオラの威圧感が物理的な力を持っているかのように周囲の水を逆立て小さな波を起こし、グレイの足に跳ねる。
 その水はデリオラを封じていた氷のなれの果て。絶対氷結(アイスドシェル)で氷となった師匠・ウルそのものだった。

「(ウル……)」

 その水を手ですくうが、液体であるゆえにすぐに手から零れ落ちる。
 そのことが、自分の罪を見せつけられているように思え、グレイは表情を哀愁に染めた。

 自分さえ……自分さえデリオラに挑まなかったら。

 何度自分をそう責めただろうか。
 だが、幾ら自責の念に駆られようとも、過ぎ去った日々が戻ってくる訳でも、犯した過ちが償われる訳でもない。
 ならば……やらなくてはならない。


「グレイ、いたのか!」
「その様子だと、決着はついたみたいだな」
「ナツ、ワタル……ああ。世話を掛けたな」

 グレイが決意を新たにした所で、ワタルとナツは彼がこの場に来た事に気付き、近寄る。

 氷で止血という、グレイだからこそできる荒療治で応急手当てをしたとはいえ、グレイは傷だらけだった。
 だが彼は立ってこの場にいる。それはグレイがかつての兄弟子に勝ったという動かぬ証拠であった。
 自分たちを連れ戻しに来た筈のワタルが、自分の意思を汲んで送り出してくれたことにグレイが感謝の笑みを浮かべると、ワタルもひらひらと手を振ってそれに応えた。

 一つの問題に片がついた事に笑みを浮かべる面々だが、まだ問題は終わっていないことは、デリオラの復活の咆哮が木霊するこの空間にいれば火を見るより明らかな事である。
 その口火を切ったのはナツだ。

「そんな事よりグレイ、ワタル! アイツぶっ倒すぞ!!」


「ククク……」

 だが、ナツに応えたのはグレイでもワタルでもなかった。
 暗闇から響くような掠れた笑い声。その声に含まれた狂喜とも呼べるような感情に、一同は声の主……リオンを見やる。

「お前らでは、無理、だ。アレは、俺、が……ウルを超える、ために……ククク……」

 この場で最も満身創痍であるグレイのゆうに倍はボロボロの姿で、立つこともままならず、震える手で這って進むリオンの顔には熱で浮かされたような虚ろな笑みが張り付いている。
 師を超える事への狂的とすら執念に、ワタルは憐みの念を抱いた。

 すでに気づいてしまったのだ。

「オメーの方が無理だよ! 引っ込んでろ!」
「やっと……会えたな。デリオラ……!」

 ナツの言葉も、今のリオンには届かない。
 息を荒くしながらも、リオンは生まれたての小鹿のように震える足を踏ん張り、立ち上がろうともがく。

「あのウルが……唯一、勝てなかった、怪物……今、この手で……!」

 最強の魔導士と名高いウルに弟子入りを志願し、彼女を超えるためだけに己を磨いてきた。彼女がいなくなった後も、師匠を越えなければ自分は先に進めないと、見えない鎖で自分を縛ってまで、リオンは師匠を超える事にこだわった。

 長年の野望がついに叶う時が来たのだ。
 その執念は限界を超えていた身体に力を与え、リオンは震えながらも立ち上がった。

「俺は、今……アンタを超える……!!」

 そんな彼を、ワタルは止めようとした。見ていられなかったともいう。
 リオンの執念の対象となっているデリオラが今どんな状態なのか、彼は持ち前の感知能力で、この場にいる誰よりもはっきりと分かってしまったのだ。

 だが、そんな彼より早く、リオンを止めた者がいた。

「ガ……!!」
「リオン、もういいよ。後は俺に任せろ」

 グレイだ。

 リオンの首筋を打った手刀には殆ど力がこもっていなかったが、限界を超えたリオンの身体は彼の意思に反して、あっさりと地に伏した。

「デリオラは俺が封じる!!」

 グレイはリオンに背を向けデリオラの方を向くと、両手を伸ばし、クロスさせた。
 その構えは……

絶対氷結(アイスドシェル)……!? 止せグレイ! あの氷を解かすのにどれだけ時間が掛かったと思ってるんだ!! 同じことの繰り返しだ! いずれ氷は溶け、再びこの俺が挑む!!」
「これしかねえんだ。今、奴を止められるのはこれしか……!?」

 デリオラにこの島を、あの村を故郷やブラーゴの様に滅ぼされる訳にはいかない。それではウルが自分の身を犠牲にしてまでこの悪魔を封じた意味が無くなる。

 そう覚悟を決め、禁じられた魔法を使おうとしたとき、グレイの前に2つの人影が現れた。

「……」
「俺はアイツと戦う」
「ワタル! ナツ!」

 黙ってたたずむワタルと、一言だけ発したナツだ。
 2人ともグレイたちに背を向け、デリオラと相対している。
 魔法の射線を遮り、こちらを見ようともしない2人に苛立ち、グレイは声を荒げた。

「どけっ、邪魔だよ!!」

 ナツが振り返ると、グレイは怯んだ。
 彼の顔には明らかな失望や呆れと言った表情があったのだ。今まで何度も拳を交えてきた相手ではあるが、ナツがこんな表情を自分に見せた事は無い。

「死んでほしくねえからあの時止めたのに、俺の声は届かなかったのか」
「ナツ……」
「やりたきゃやれよ、その魔法……俺は絶対あきらめねえぞ!!」

 そう言って再びデリオラの方に向き直るナツ。
 ワタルは『素直じゃねーな』と内心でこぼしながら、しかしこんな状況でも変わらないナツに愉快さを覚えていた。

 だが、今やるべきはそれではない。

「戻ったら説教だと言ったはずだがな、馬鹿野郎」
「ワタル……」

 腕に魔力を循環させながら、ワタルはグレイに言う。
 その言葉には怒りが僅かに漏れていた。
 グレイが何を思って、師と同じように身を滅ぼすような魔法を使おうとしているのか、彼の境遇を聞けば、想像するのは容易い。

 だが、だからと言って納得できるわけが無かった。

 ウルが弟子・グレイに何を託したのかは知る術は無い。
 だが、そんなワタルでも、1つだけ確信を持って言える事があるのだ。

「弟子に死んでほしい師匠がいるものかよ」

 縋りたいだけの希望かもしれないが、そう呟くと、ワタルは大木でも一発で輪切りにできそうなほど巨大な手裏剣を換装、魔力を込めながら振りかぶった。

「グレイ! それに、リオンと言ったな……よく見ておけ。これが――」

 デリオラがかつて都市を破壊した腕を振り上げれば、ナツはワタルの隣で拳に炎を纏わせて闘志を燃やし、グレイはかつて味わったデリオラのもたらした破壊を幻視し絶叫する。
 そしてワタルは――

「――お前たちの師匠の力だ!!」

 言霊を乗せるように声を張り上げ、渾身の力を込めて手裏剣を投げた。

 弧を描きながら、手裏剣はデリオラの腕に当たり……紙でも裂くかのように、何の抵抗も無く断ち切った。

「え!?」

 漏れた声はリオンの物か、グレイの物か……とにかく、2人にとっては信じがたい光景だった。それほどにまで、幼い日にデリオラに植え付けられたトラウマは彼らにその強大さを印象付けていたのだ。

 驚愕はそれだけでは終わらない。いや、ここからが本番だった。

 腕を断ち切った断面からデリオラの巨体にひびが入り始め、1分も経たないうちに全身が崩れていったのだ。

「なんてことはない。10年の月日は不死身の因果をも超えたという事だ」
「まさか、そんな……デリオラは、すでに死んで……?」

 不死身の悪魔が死ぬ。

 そんな矛盾に対するワタルの言葉に、リオンが呆然と呟き、俯く。
 ワタルがそんな彼にしたのは頷く事だけだった。
 10年間もデリオラと再戦することを望んできたのだ。すぐに受け入れろという方が酷だろう。

「10年間、ウルの氷の中で徐々に命を奪われ……俺たちはその最期を見ているというのか……」

 ワタルの手裏剣はキッカケに過ぎなかったのだ。彼が手を下さずとも、遅かれ早かれデリオラは今目の前でそうなっているように崩れていったであろう。

 否応にでもその事が思い知らされ、リオンは拳で岩を叩いた。

「敵わん……俺にはウルを越えられない」

 師を超えるための、残された最後の壁が勝手に崩れ、涙を流すリオン。
 その弟弟子、グレイはリオンの嗚咽を聞き、尚も呆然としていた。

「す、スゲーな、お前の師匠!」

 ライバルであるナツの言葉さえまともに耳に入らない。
 耳によみがえるのはかつて、師匠が最期にグレイに残した言葉だった。

『お前の闇は、私が封じよう』

 幻聴かもしれない。
 だが、かつてと変わらない、厳しくも優しい師匠の声に、温かい何かが胸にこみ上げてきたグレイは涙を抑える事が出来なかった。

「ありがとうございます……師匠」




 顔を覆いながら嗚咽で震える声を聞こえないふりをしながら、ワタルは辺りを見まわした。

「(何だ……違和感? ……いや、何かが足りない?)」

 胸に残る、喉に魚の小骨が刺さったかのような違和感に、周囲を注意深く見まわす。

 既に欠片でしかないデリオラのなれの果て、月の雫(ムーンドリップ)によって溶けたウルの氷は川となって海に流れていく。おかしなものは……

「あ」
「なんか言ったか、ワタル?」
「あ、いや……エルザを探してくるよ」
「げ……そういやエルザも来てるのか……」

 不意に違和感の正体が分かり、声を漏らすワタルに、ナツが聞き返す。
 適当に誤魔化し、洞窟の外に出たワタルはすぐに駆けだした。

 感じた違和感、それは――

「あのお面、どこに行った!?」

 デリオラ復活と崩壊の騒動のさなかに、ザルティが忽然と姿を消していた事だ。
 悪魔デリオラの力を狙ったただの子悪党であれば放っておいても良かった。だが、あの仮面の魔導士をそうと断じるには、怪しい要素が多すぎる。

 “時のアーク”という失われた魔法(ロスト・マジック)、熟練の域にまで達しているほどに卓越した力量、ゼレフ書の悪魔であるデリオラに接近した事。

 そして……

「アイツ……何故、俺の事を知っている?」

 無意識に左の二の腕を撫でながら、ワタルは自分の正体を口にしたザルティへの疑惑を口にする。
 すでに遺跡からも離れ、深い森の中での独り言だったが、それに答えた者がいた。上から振ってきた声にワタルは振り返って見上げる。

「ヤツボシの名は有名ですよ?」
「そうかい……だが、お前は有名な方の噂で俺を知っている訳ではないみたいだな?」
「ああ、『ヤツボシは不幸と破滅を呼ぶ』というやつですかな? 無論、あのような不確かで根拠もないものであなたを存じている訳では無いですよ」
「不確かね……まあいい。そんなことより――」

 木の枝の上に居座り、先ほどと変わらず、にやけ笑いを口元に張り付かせるザルティに鼻を鳴らし、ワタルは眼光を鋭くさせ、射抜くような視線で見ながら続きの言葉を発した。

「いつまで下手な変身をしているつもりだ?」
「フム……まあ、あのような変身魔法が使えるなら驚く事も無いわね」
「知り合いに変身のスペシャリストがいてね……って」

 先の戦闘で変わり身に使わせた変身魔法の事を言いながら、ザルティは突然女言葉に変え、仮面を外して変身を解いた。

 さほど驚かなかった彼……いや、彼女とは対照的に、ワタルは変身を解いた姿に目を見開いて驚く。

「アンタは……確か、ウルティアといったか。なんで魔法評議会の検証魔導士がこんなところにいるんだ?」

 仮面を片手でもてあそぶ、白い着物に女性らしい肢体を包んだ長い黒髪の女は、魔導士であれば誰でもその存在を知っている評議院のメンバーだった。
 デリオラの調査にでも来たのかと訝しむワタルだったが、すぐに、それは無いと思い直す。

 もし、評議院がデリオラを調べようとするなら、たった一人で調査を命じるはずがない。
 人員に乏しい闇ギルドやリオン達のような有志の一派などとは違い、評議院には一般の魔導士ギルドよりもはるかに潤沢な資金と人材があるのだ。仮に単独での潜入調査でも、彼女のような顔の知れた、重要な地位にいる物がやる事ではない。

 ではなぜ彼女は単独でここにいる?
 陰謀めいたものを感じるワタルに、ウルティアはクスクスと笑いながら話す。

「そんなに警戒しなくてもいいわよ。どうせあなたでは私に何もできないのだから」
「だろうな。一介の魔導士と評議院のメンバーじゃあ、どっちを信用するかなんて誰でも分かる」

 ましてや問題児の巣窟・妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だ。そう言うと、ワタルは重心を落とし、いつでも攻撃を仕掛けられるように戦闘態勢を取った。

「――俺が現行犯でアンタを取り押さえない限りはな」

 そんな彼に対し、ウルティアはあくまで自然体で、笑顔を崩さないまま話す。

「あら、私と()るつもり?」
「アンタは怪しすぎる。何をしでかすか分かったもんじゃない。大体何で失われた魔法(ロスト・マジック)を使えるんだ? あれは――」
「あなたたちの魔法?」
「!(そこまで知っているか……いや、評議院なら当然か)」

 そう言おうとしたわけではないが、ウルティアの言葉は的を射ていた。
 黙り込むワタルに、ウルティアは鈴の音のような言葉を紡ぐ。

失われた魔法(ロスト・マジック)。強力な効果と副作用を持つがゆえに秘匿された魔法。世間じゃそう言われているけど、実際は違うわ。本当の意味は言葉通り。大昔の争いで滅んだとされる者たちが使っていた魔法よ。それはあなたの方が詳しいわよね?」
「……ああ」

 反論の余地のないウルティアの言葉に、ワタルは苦虫を噛み潰したような顔でうなずく。
 苦痛のような感情で表情を歪めたワタルに、ウルティアは恍惚とした表情で続ける。

「フフフ……まあ、私が言いたいのはそんな事ではないわ。本題に入りましょうか」
「本題?」
「ええ、そうよ」

 聞き返したワタルに肯定したウルティアは腰かけていた木の枝からするりと飛び降り、難なく着地。そのままワタルに歩み寄る。
 ワタルは嫌なものを感じ、後ずさるも、背中がぶつかる。ちらりと見れば木の幹に背中を打っていた。

 知らぬ間に退路がなくなっていることに舌打ちした瞬間……ウルティアの柔らかな手がワタルの頬を撫でる。

 女性特有の感触だったが、ワタルが覚えたのは興奮ではなく、何故か寒気だった。
 その正体を探り当てる前に、ウルティアの艶やかな声が耳を打つ。

「ねえ、ワタル……私と来ない?」

 
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