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雲は遠くて

作者:いっぺい
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19章 信也と 詩織の ラブ・ストーリー (2)

19章 信也と 詩織の ラブ・ストーリー (2)

クルマは、国道413号線の、井の頭通(いのがしらどお)りを、
西へ 2分ほど走ると、信号を左折(させつ)して、
上原中学校の グランドの横を通って、下北沢へ()かう。

「このへんの地形って、坂が多くって、緑も多いから、
なんとなく、山梨県を思い出すんだ」

「そうなの、山梨県に、似ているのね。
でも、しんちゃん、それって、ホームシック(homesick)
かもしれないわ」

「はっははは。おれ、そんなことないって!
東京は、楽しいよ、やっぱり。
詩織ちゃんとも、出会えたし!」

「わたしも、しんちゃんと出会えたから、しあわせよ!」

「さあ、今夜は、どこで食事をしましょうか?詩織さま・・・」

「どこでもいいわよ。しんちゃんと、いっしょなら、
どこでもいいわ・・・」

「おれだよ。詩織ちゃんと、いっしょにいられるだけで、
しあわせ、感じるよ。
(じつ)は、おれ、今夜は、下北(しもきた)
(この)み焼き(やきや)さんに、
予約(よやく)を入れておいたんだ。
前に行ったとき、
予約なしで、来た人たちは、結構(けっこう)
(ことわ)られていたんだ。
そんなわけで、
あの店、おいしくて、人気あるから、
行っても、(はい)れないときあるからさ。
予約じゃ、キャンセルも、できるしね!
店長は、バンドマンだった人で、
バンド活動は、引退しちゃったっていうけど、
やっぱり、音楽的なセンスは、
料理にも()きるってことだろね!」

「うん、そんなものよね。
音楽も料理も、
感性が大切だからじゃないかしら。
そのお店行ってみたいわ!
そこの、お好み焼きって、
私も食べてみたい!」

詩織の、ほっそりとしたラインの(うで)が、
信也にのびて、そっと、信也の手を (にぎ)る。

夜の6時ころ。
ふたりは、クルマをマンションにおいて、北沢2丁目にある
下北沢なんばん(てい)で、
生ビールを飲みながら、お好み焼、鉄板焼(てっぱんやき)
楽しいひとときを()ごした。

夜の8時30分ころ。
ふたりは、下北沢なんばん(てい)を出ると、
信也のマンションに帰った。

ふたりとも、ビールに酔って、上機嫌(じょうきげん)である。

大沢詩織(おおさわしおり)は、シャワーを()びている。

川口信也(かわぐちしんや)は、ケータイを、
スマートフォンに、()えたばかりで、
その画面を、指でタッチして、
タップを(ため)している。

「しんちゃんも、スマホにしたら?」

先日(せんじつ)、詩織がそういった。

信也は、ガラケイとかいわれるケータイで、
()にあっていたのだけど、
詩織が、そういうものだから、
きょう、スマホに()えた。

「しんちゃんって、すごい、素直(すなお)!」

そういって、そのとき、詩織はほほえんだ。

「はははっ。詩織ちゃんに対しては、
素直になっちゃうのかな?おれって!」

信也は、()れて、わらった。

詩織が、1994年6月3日生まれ、19(さい)
信也が、1990年2月23日生まれで、23歳。

詩織は、3年と、4か月ほどの、年下なのだけど、
おしゃべりが大好きで、明るいから、友だちも多い、
詩織は、信也の心を、()ちつかせる。

詩織は、おしゃべりが好きだけど、
グレイス・ガールズのリーダーの、
清原美樹についての話は、
あえて(さぐ)るような、
(いや)みになるような、
信也に、不快な思いを与えるようなことは、
まったく、話題にしない。

詩織は、おれの心の傷に、()れないように、
してくれているんだな・・・。
そんな詩織の(やさ)しさに、また、
(いと)おしさを感じる、信也だった。

シャワーを浴びて、バスタオル1枚だけの、
まだ、しっとりと、()れて、
ピチピチと、(はず)むような、
詩織のからだを、
信也は、そっと、抱きしめる。

しっとりと、まだ()れている、
つややかな(かみ)(はだ)からは、
レモンの、心地(ここち)よい、(かお)りがした。

「しんちゃん、シャワーは?」

「じゃあ、おれもシャワーしてくる。そのあいだに、
詩織ちゃん、帰っちゃったりして」

「そんな(はなし)、どこかで、聞いたことある!」

あっはっはと、声をたてて、ふたりはわらった。

詩織は、その夜、はじめて、信也に(だか)かれた。

詩織にとっては、信也が、初めての相手であった。

信也は、酔っているのに、ベッドの上では、
終始(しゅうし)、気をくばって、
詩織には、ていねいで、やさしい。

信也には、詩織にとっては、
これが、初めの経験とわかっているらしい。

照明(しょうめい)(くら)くした部屋(へや)には、
詩織(しおり)が見つけた、マライヤ・キャリーのCDの、
マイ・オール(My All)のリピートが、
小さな音量で、()がれ、つづける。

今宵(こよい)は、あなたの愛と引き(ひきか)えに、
すべてを()てる

あなたの(あい)と引き換えに
すべてを()てるわ

そんな歌詞のバラードの名曲であった。

≪つづく≫ 
 
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