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Element Magic Trinity

作者:緋色の空
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魔神


いつも、何かに怯えていた。
膝を抱え部屋の隅から1歩も動かず、母親が用意してくれた料理を食べる。外に出る事はせず、自分の部屋から出る事もせず、誰かと顔を合わせる事もしない。両親でさえも、最後に顔を見たのはもう何年も前の話だ。
全ての切っ掛けである魔法書を心の中で憎み恨み、“その魔法”が習得出来てしまった自分を呪い、その力を、彼自身を、己の欲望の為に使わせようとする周りの人間に対して憐みに似た感情を覚える。

(……なんで、こんな事に)

声に出さず呟くが、返事はない。
当然だ―――――彼は、孤独なのだから。
望んだ訳ではない。ただ、孤独になる以外の選択肢がなかっただけ。
もう誰も信じられなかった。周りの人間も、両親も、自分自身さえも。
時折見つめる窓の外の世界は、そんな事知る由もなく明るい。子供の燥ぐ声が聞こえる度に、彼は自分がどれだけ暗いかを知る。
でも、どうしようもないのだ。どうにかしようとしてもどうにもならない事に対して努力するほど、彼に力は残っていなかった。

「アラン…買い物、行ってくるわね」

扉の向こうから、母の声が聞こえる。
1人息子が顔も出さずに閉じこもっているのだ。1番心配しているのは両親のハズ。
だけど、2人は彼を無理矢理引っ張り出そうとはしなかった。
出てくるまで待つ事を選んだのだ。
まさかそのまま、3年もの月日が経つとは思いもせずに。

「…うん」

出た声は力なく、か細い。
静かな足音が遠ざかっていくのを感じながら、窓に近づく。
外は雪が降っていた。朝から子供の甲高い燥ぎ声が聞こえるのはその為か。
暖めてある部屋の中ではその寒さが解らない。窓を開けてみようか、とも一瞬考えたが、そんな覚悟もない。
さくさくと雪を踏みしめながら買い物に行く母の後ろ姿が見える。
白いコートに桃色のマフラー、後ろで1本の三つ編みに結わえられている灰色の髪が動きに合わせて小さく揺れていた。

「……行ってらっしゃい」

先ほど言えなかった一言を今更ながらに呟く。
物音1つ立てずに窓から離れると、彼はまた、座り込んだ。











苦々しい表情で唇を噛みしめるアランは、桃色の目を伏せた。
ある種の恐怖を覚えそうなほどに鮮明に覚えている当時の記憶に、楽しい事なんて1つもない。
残っているのは苦さと痛み、そしてほんの少しの後悔だけ。

「行くぞ」

“金牛宮”キャトルが呟く。
腕に装備している魔法籠手(ガントレット)が淡く輝くのを視界に捉えたアランは反射的に身構えた。

魔法籠手(ガントレット)剣形態(ソードモード)!」
「!」

籠手が形状を変化させ、その先端が剣のように変換する。
ブオン!と空気を裂くような音を至近距離で耳にしながら、右へ左へ避けていく。

「紫電轟雷!」

叫び、拳に紫電を纏う。
避けて着地したと同時に床を蹴って駆け出し、その勢いのまま拳を振るう。
ガキィン!と音を立てて右拳が剣の平面に命中し、左拳は籠手へと変えた手にパシッと掴まれた。

「なかなかの威力だが、動きが読めるぞ」
「本当ですか?」

呟いて、微笑む。
ニヤリと、と言うには柔和だが、ニコリと、と言うには黒い。
その笑みの意味が解らず眉を顰めるキャトルに、アランは言った。

「肉弾戦は拳だけじゃないって事ですよ!疾風……迅雷っ!」
「うぐっ!」

風を纏った右足が放つ蹴り。
それはキャトルの腹辺りに直撃し、風の勢いでキャトルは吹き飛ばされた。
右足を下ろしたアランは吹き飛んで行った方向に目を向け、溜息と共に呟く。

「やっぱり、そう簡単には倒れてくれない……かっ!」

飛び出して来たキャトルの拳をギリギリで避け、隙をついて拳を叩き込む。
キャトルの表情が僅かに歪んだと思えば足払いをかけられ、アランはすっ転んだ。
今だ!と言わんばかりに振り下ろされた拳を床を転がって回避し、起き上がると同時に脇腹に蹴りを入れる。

威力増幅(パワーアップ)!」
「魔炎爆火!」

威力が増幅された一撃を避けるべく、アランは足に炎を纏う。
火力を生かし後ろへと跳び、着地と同時に炎を消した。
汗で額に張り付いた灰色の髪に触れながら、アランは呟く。

「この分なら、“あの魔法”を使わなくても問題なさそうですね」
「…かもしれないな」

クス、とキャトルが笑う。
ただの笑みであるハズのそれに嫌な予感を覚えたアランは思わず身構えた。
そしてその“嫌な予感”は―――――的中する。




「私が1人でお前の相手をしたら、だが」




その言葉は、まるでアランの相手はキャトル1人ではないかのようで。
思わず辺りを見回すが、誰もいない。
もしかしたら相手の心理作戦かもしれない、と思い始めた―――その時だった。







幻術剣舞(ミラージュソード)!」







オレンジ色の剣が、背後から飛んだ。
咄嗟に避けると、剣の軌道が変わる。

「壊れろ!」

避けても無駄だと悟ったアランは、雷を纏った拳で剣を殴りつける。
が、剣は拳が直撃する前にボフンと煙のように消えた。
驚いたように目を見開くアランの背後から、声が響く。

「マスターもリーダーも酷いよね!この間頑張ったから、って今回参加させてくれないなんて!退屈だったから出てきちゃった!」

甲高い、無邪気な声。
それを聞いたアランの体が、びくっと震えた。
目を見開いたまま、振り返る。




「あれ?もしかしてキミ、アラン?うっわー!久しぶりだねー!相変わらずダメそうだね!」




声の主は、無邪気だった。
それが何よりも恐ろしかった。
無邪気であるが故に人を傷つけ追い詰める、聞いただけで逃げ出したくなってしまう声。
彼の過去を知る存在。そして、大きく関わっていた者。
その人物の名を、無意識に、震える声でアランは呟いていた。






「……ジェメリィ」













「ここだ」

廊下の突き当たりで、パラゴーネが呟き足を止めた。
つられるように足を止めると、目の前には大きめの扉がある。

「出られるんだよね?ここから……」
「肯定する」
「よーし!それじゃあ出よう!」

ルーシィに問われたパラゴーネはこくりと頷いた。
それを見たルーは扉に近づき、ドアノブに手を伸ばす。
ルーの手が近づいたと同時にドアノブに紫の何かが淡く浮かんだのに、グレイは気づいた。
制止をかけようとするが、遅い。

「うわっ!?」

左手が触れた瞬間、パチッと音が響いた。
静電気のような痛みに思わず手を引っ込める。
手を引っ込めるのとほぼ同時に扉に紫の文字が走り、壁を作り出す。

「これは…」
「術式だな。シグリット様には悉皆(しっかい)看破されていたか」

“全て見抜かれていたか”と、パラゴーネは苦々しい表情で呟く。
扉に現れた術式に書かれるルールを、ルーシィが読み上げた。

「“塔の中の十二宮が全員倒れるまで、この扉を開く事を禁ずる”……だって」
「つまり、まだ戦ってる奴がいるって事か」
「定めし金牛宮…双子宮も黙然しているとは思考不可能だ。磨羯宮と処女宮は単体での勇力は脆弱だから定めし敗北しているだろう。十二宮、という事はリーダーは含まれていない」
「?」

パラゴーネの複雑な口調が解らず、首を傾げるルー。
解りやすく言うと、“恐らく金牛宮…双子宮も黙っているとは考えられないな。磨羯宮と処女宮は単体での力は弱いからおそらく負けただろう。十二宮、という事はリーダーは含まれていない”だ。

「とりあえず待たなきゃいけないみたいね」

そう言って肩を竦めると、ルーシィは扉に目を向けた。











オレンジ色のショートカットに、動きやすそうで活発な服装。
ニコニコと笑みを浮かべる少女の名は、“双子宮”ジェメリィ。
かつて楽園の塔にてティアと対峙し、一撃与える事さえ出来ずに敗れた幻術使いだ。

「何でここに…」
「だってボク、血塗れの欲望(ブラッティデザイア)の所属だもん」
「!」

小刻みに震えるアラン。
そんな彼を興味深そうに眺めると、ジェメリィはアランの横を通り過ぎてキャトルと並んだ。
ただそれだけなのに全身が強張る。
ぎこちない動きで2人の方に顔を向けると、キャトルは不思議そうな表情でジェメリィを見た。

「知り合いか?」
「まあね、一応同郷ってヤツ」

肩を竦め再度アランを見る。
灰色の髪も桃色の瞳も変わっていない。背は伸びているし顔つきも大人びてはいるが、雰囲気はジェメリィの知る当時と何も変わっていなかった。
優しくて柔らかくて暖かい、それでいて全てを遠ざけようとする雰囲気。
周りに誰かがいる事が怖くて仕方ない――――そう言っているかのような、怯えに似た感情が混ざっている。
対人恐怖症という訳ではなく、過去のトラウマを克服するチャンスを見出せず、ここまで引き摺ってきただけだという事を彼女は知っていた。

「で?キミはまだ昔に怯えてるんだ?」
「!」
「情けないなあ、ビクビクしちゃってさ。別にボクが何かした訳じゃないのに……でもまあ、キミは昔から誰かの後ろに隠れてる事しか出来ない臆病者だったもんね」

目を細め意地悪そうな笑みを浮かべるジェメリィの言葉に、アランは唇を噛みしめ俯く。
反論する隙もなかった。
グサグサと突き刺さってくるのではなく、チクチクと一撃は小さい。が、小さい攻撃が狙うのは1番弱い部分。アランが反論する事を封じるように、狙う。
だったらいっそ、関係ない事ごとグサグサ突き刺さってくれた方がマシだ、とアランは思った。

「何なら見せてあげよっか?完全に同じようには出来なくても、似た幻術なら見せてあげるよ?」
「結構、ですっ……!」

笑うジェメリィに絞り出すように返すと、アランは床を蹴った。
右拳に紫電を纏い、桃色の目でジェメリィを睨む。

「紫電…轟雷!」

顔面に叩き込む。
相手が女だから顔は狙いにくい、とか考えてる場合じゃなかった。
アランの拳はジェメリィの顔に直撃し―――――ふわりと、その姿が煙のように消える。

「!」
「ボクは幻術魔法(ミラージュマジック)の使い手だよ?自分の幻作るくらい……どうって事無いんだよね!」
「がっ!」

いつの間にか後ろに回っていたジェメリィの一撃が、ガラ空きのアランの背中に直撃する。
バランスを崩したアランは前に倒れ込みかけ、更にジェメリィはオレンジ色の剣を振りかざす。
気配でそれを感じたアランは横に転がって避け、起き上がると同時にジェメリィの腹に蹴りを決めた。

「ぐ、ふっ……中々強くなったね!“あの魔法”ナシで戦えるように頑張っちゃったカンジ?」
「黙ってください」

投げつけるように呟く。
目の前にジェメリィがいる限り、彼女は確実にアランの過去について語る。アランはその度に苦痛を覚える。
だけど、いちいち俯いている暇はない。
カトレーン本宅にいるティアを助ける為にここにいるのだから。

(ウェンディとココロに言ったしね……“絶対助ける”って!)

外で頑張っているであろう2人の姿を思い出し、アランは拳を握りしめる。
バチバチと紫電の音を耳に入れながら、力強く床を蹴った。











大火円盤(レオソーサー)!」

炎で構成された鎖が、アルカの両手に握られる。
その鎖の先には刃の付いた炎の円盤。
ぐるっと振り回される円盤をエストは難なく避けると、杖をアルカに向けた。

「落雷」

短く呟く。
頭上で何やらゴロゴロと音がするのに気づいたアルカは後方に跳んだ。
アルカが着地すると同時に、先ほどまでいた場所に雷が落ち、床を砕く。

「相変わらず便利なモンだ、夢を描く者(ドリーム・ペインター)
「覚えていたのかい?」

意外そうな表情でエストは言った。
息子であるアルカと最後に会ったのは14年も前の事。彼の前で魔法を使う事は多くなかったし、話す事も特になかったはずだ。
その表情からエストの言いたい事を察したのだろう。アルカは溜息をつく。

「知らねーよ。ただ、昔姉貴が“大人になったらこの魔法を覚えるんだ”ってよく言ってたから、そっから推測しただけだ」
「……そうか」

その答えを聞いたエストは少し俯いた。
覚えていてくれた訳じゃない―――――そんなの当然といえば当然の事なのに、一瞬にして叩き落とされたような気がする。
覚えてた、と言ってくれることを心のどこかで期待していた事に気づき、首を横に振る。

(…いけない、これ以上は。目の前にいるのは敵だ……)













厄介だった。
殴ってもそれは幻で、後ろからの奇襲に備えれば死角から攻撃される。
かといってジェメリィ1人を相手にしている訳にはいかない。気を抜けばキャトルの重い一撃が直撃してしまうのだから。

「疾風迅雷!」
幻術弾丸(ミラージュガンズ)!」

アランの拳をヒラリと避け、両手からオレンジ色の弾丸を放つ。
それを見たアランは僅かに表情を歪めた。
ジェメリィの放つ弾丸は当然本物だが、彼女にかかれば本物を偽物に変えたり偽物を本物に変えたり出来る。
厄介だな、と心の中で呟くと、アランは弾丸を避けるのを止め床を蹴り、ジェメリィ目掛けて駆けていく。

「紫電轟雷、疾風迅雷、魔炎爆火……全身付与、弾丸疾走!」

右腕に紫電、左腕に風、足に炎を纏い、駆ける。
両腕を掠める弾丸は纏うそれによって消され、足を狙えば燃やされていく。
顔を狙う弾丸は腕を薙ぎ払うように振るう事で払い、体はもう片方の腕で防ぐ。

「三種混合…」

右手と左手を合わせる。
短く息を吐きゆっくりと瞬きをする。
左腕の風が右腕の紫電に引き寄せられるように纏われ、足の炎も引き寄せられていく。
3つ全てが右拳に宿り、アランは叫んだ。

「煉獄撃覇!」

アランの魔法の中でも高威力を誇る一撃が、ジェメリィに放たれた。
周りの弾丸を吹き飛ばし、防御態勢を取れなかったジェメリィも吹き飛ぶ。
拳を前に突き出した状態で停止していたアランは右腕を下げ、大きく息を吐く。
くるりと振り返れば、薄く微笑むキャトルがいる。

「…次はあなたですか」
「いいや」
「は?」

アランの言葉に、キャトルは首を横に振る。
意味が解らず再度問うアランに、キャトルは言った。
嘲るような笑みを浮かべて。
そこに響く、声。






「ボクに勝ったと思わないでよ?こんな幻の中で!」






幻。
その言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。
そしてその数秒のうちに、彼女は次の手を発動する。



幻術弾丸(ミラージュガンズ)、一斉攻撃!」



ふわり、と世界が崩れるのを、アランは見た。
目を見開いている間に何かが迫ってくるのを感じ、振り返る。
が――――アランがそれを目視するのは不可能だった。

「うああああああっ!」

目視するより、早く。
オレンジ色の無数の弾丸が、全方向からアランを攻撃した。











「……」

塔の1つ。
既に戦闘が終わっている塔のとあるフロアで、1人の青年が起き上がった。
数回瞬きを繰り返しある方向を向くと、立ち上がる。

「……行くか」

誰に言う訳でもなく呟き、ドアを開ける。
静かな部屋に、ドアが閉まる音だけが響いた。












「幻術使いのボクが、正々堂々戦うと思った?」

そう言って、“無傷の”ジェメリィは笑う。
全身に傷を負ったアランは俯せに倒れながら、顔だけを前に向けた。

「いつ…から……」
「最初からだ」

途切れ途切れの声が尋ねる内容を理解した“無傷の”キャトルが呟く。
アランの桃色の目が見開かれ、ジェメリィは意地悪そうな笑みを浮かべる。
キャトルは薄い笑みを湛えたまま、続けた。

「ジェメリィがこの塔にいる事には気づいていた。だから呼び、お前と戦う前に幻術をかけた。お前はあっさりと騙されたようだな」

くくっと笑うキャトル。
アランはキッと睨みつけるが、全身の怪我のせいで起き上がれない。
痛いほどに拳を握りしめる。
ジェメリィがそんなアランを見下ろし、口を開く。

「ま、キミももう動けそうにないし、ボク達の勝ちだよね?“あの魔法”も使えない今のキミじゃ……最初からボク達には勝てなかっただろうけどさ」

そう言って、キャトルに向き直る。
無邪気な声のまま、言う。

「どーする?サクッと殺しておく?」
「マスターは殺害の有無は自分で決めていいと言っていたが」
「じゃあグサッと一突きいきましょう!ボクに任せて!」

その会話を聞いたアランは歯を噛みしめた。
握りしめた拳が震える。
涙が零れそうなのを必死に堪え、俯く。

(約束したのに…絶対助けるって、言ったのに……!)

無力だった。
今のアランは、ただ無力なだけ。
“あの魔法”がないから、ではなく、ただ魔導士としての実力の問題。
相手が強くて自分が弱かったという、単純な事。

「さーてっ!いっくよー!」

無邪気なジェメリィの声。
昔と変わってないな、とどこかで思いつつ、アランは目を閉じる。
今の自分には拳を握りしめる力も残っていない。
ジェメリィの次の一撃を避ける気力もない。
――――――ここが、本当の意味での終わり。

(皆さん……ごめんなさい。僕は……もう…)

最後に、ギルドのメンバーにありったけの謝罪を。
中で戦っているナツ達に対して。
外で戦っているスバル達に対して。
そして―――――アランにティアの事を託した、ウェンディとココロに対して。

(……さよなら)

誰にも届かないと知っていながら、呟く。
闘志も意識も何もかもを手放そうとした―――――――刹那。








――――――聞こえてる!――――――







「!」

声が、聞こえた。
この声の主をアランは知っている。

(ナツさん……?)

それを思い出すと同時に、この言葉を彼が言った状況も思い出す。
確かあれは連合軍の一件の時。まだ最近の事と言えるのに、随分昔な気がする。
ニルヴァーナを止める方法を知り人数を集めていた時、皆の声に答えたナツの声。
直接見た訳ではないが魔力もほぼゼロで、ボロボロの傷だらけだったはずだ。

(そうだ…ボロボロで…今の僕以上に傷ついてたのに……ナツさん達は、立ってくれた……)






――――大丈夫!ギルドはやらせねえ。この礼をさせてくれ。必ず止めてやる!――――






そう言って。
力強く、そう約束してくれて。
本当に、守ってくれた。
アラン達の幻の家族を、守ってくれた。

(……これは、そのお礼だ)

傷つきながら戦ってくれたナツ達に対しての。
アラン達をギルドに導いてくれた彼等に対しての。
入ってまだ数週間のアラン達を“仲間”と呼んでくれる、皆に対しての。

(覚悟なんていらない)

ずっと使っていなかった“あの魔法”。
思い出すだけでも苦しくて、2度と使うまいと決めていた魔法。
だけど、あの魔法に少しでも希望があるのなら。
勝てるかもしれない―――初めてギルドの為に何か出来るかもしれない可能性があるのなら。

(ただ立ち上がるだけでいい。あとは……あの魔法を、信じる)









「!」

キャトルが目を見開いた。
息を呑む音が聞こえたのか、ジェメリィが振り返る。

「どうしたの?キャトル」
「……この空間のエーテルナノが急速に減っている…引き寄せられてる?一方に……」

呟き、気づく。
首を傾げジェメリィもキャトルが見る先に目を向け―――――目を、見開いた。
そこに、倒れるアランの姿はない。

「……」

――――――アランは、立っていた。
小さく俯いて、2人の方を見ようともしていない。
僅かに開いた口が、何かを()()()()()()()

「……まさか!」

ジェメリィが叫んだ。
同郷であり、かつての彼を知るからこそ気づける。
慌ててキャトルに回避するよう呼びかけようと振り返るが―――――遅い。
既にアランは、頬を大きく膨らませていた。
そして―――――放つ。









「魔神の―――――――怒号ォォオオオ!」









放たれたのは、黒い光の怒号。
それは2人を呑み込み、塔の窓を割る。
光が消えた時、キャトルとジェメリィは傷を負い立っていた。
が、その表情には驚きが宿っている。

「ウソでしょ……何で…」

ジェメリィが呟いた。
キャトルがゴクリと唾を呑み込む。

「これが…奴の隠して来た魔法……“魔の滅神魔法”…」

灰色の前髪の間から、桃色の目が覗く。
ふぅ、と息を吐いたアランの口元には笑みが浮かび、こちらを真っ直ぐに見ていた。
その目を真っ直ぐに見つめ、キャトルは右手を握りしめる。

(これが神殺し……これが……)












――――――――魔の滅神魔導士(ゴットスレイヤー)。 
 

 
後書き
こんにちは、緋色の空です。
アランの隠して来た魔法は滅神魔法!いろいろ考えて迷って、魔神っていいかもなーと思い決定しました。魔神なのに怒号が魔力じゃなくて光なのは、黒い魔力ってゼレフだよね、って事に気づいた為です。
何か最後の方の展開がいつも似てる気がする!まあいっか!

感想・批評、お待ちしてます。
メイビスの頭の天使の羽みたいなのがいつから生えてる(?)のか気になる今日この頃。 
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