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失われし記憶、追憶の日々【ロザリオとバンパイア編】

作者:月下美人
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原作開始【第一巻相当】
  IF・Ⅱ「可能性の未来」

 
前書き

薬のおかげか、少し気分が楽になったので、ちょくちょく書き溜めたものを仕上げました。
次の更新はさらに先になると思います。
 

 


「……ん?」


 目が覚めたら保健室にいた。


 傍らにはスーツが掛けられており、ワイシャツ姿のまま保健室のベッドに臥床していた俺の脳は寝起きのためか回転率が悪い。


(なんで、保健室にいるんだ?)


 今一つ要領を得ない。


 いつなら言わずとも傍にいるハクの姿もなかった。


 無人の保健室で首を傾げながら、最新の記憶を探る。


 一番新しい記憶は……昨日のことだ。


 その日、何事もなく授業を終え、副業の便利屋としての俺宛に舞い込んできた依頼も早急に済ませた。


 人間でありながら妖を圧倒し、敵対するすべてを殲滅する鬼――【殲滅鬼】。そんな異名が裏の世界では広く知れ渡っていた。当然、舞い込む依頼もそれなりに物騒なものばかりだ。


 要人の護衛および暗殺、紛争地域の武力制圧、テロ組織の殲滅、とある大妖一族の殲滅、土地神の抹殺等々。


 もちろん、依頼のすべてを受けるわけではない。受ける前に別口から情報を仕入れて多角的に内容を吟味し、その上で俺の偏見や独善、気分などで決める。


 今回の依頼は飼い猫のマリーちゃんを探してほしいという、物騒な依頼が多い俺からすれば珍種なものだった。


 胸がほっこりした俺は十分ほどでマリーちゃんを見つけ出し、依頼人のおばあさんと三十分ほど談笑してから帰宅した。


 寝巻に着替えてハクとともに就寝。


「……で、目が覚めたら保健室、と」


 うむ、まったくもって意味不明だ。


 とりあえずハクを探そう。


 ベッドから出てスーツを羽織る。


「ん?」


 内ポケットに違和感が……。


 いつも持ち歩いている必需品の財布が見当たらない。


「んん? まいったな……。アレには部屋の鍵が入ってるんだが」


 ついでに五万程度の現金とクレジットも。


「部屋に置いてきたか?」


 まあ鍵がなくても所有者権限で管理室からアクセスして部屋に通れるから大丈夫だが。


「今日は不思議がいっぱいだな。とりあえずハクは、と――」


 ハクの位置を特定しようと気配を探ると、ドアの向こう生徒の姿が。


 誰かと思って見てみれば――、愛する我が妹、朱染萌香だった。


 萌香は驚愕の表情を浮かべている。何故か水入りの桶をその手に持って。


「朱染か。どうしたんだこんなところで」


 そして、その桶はなんだ?


「兄さん!」


 冷たい氷を彷彿させる端正な顔立ちを明るく輝かせた萌香は、早足で歩み寄ってきた。


 ああ、相変わらず可愛いなぁ……と、いつもの俺なら思ったことだろう。


 しかし今は、萌香の口から出た思いがけない単語にそんな余裕も吹き飛んでいた。


 ――待て……今、なんて言った……?


 人知れず表情が強張る。


 萌香が、『兄さん』って呼んだだと? 先生ではなく?


 ――まさか、記憶が……?


 萌香には記憶の封印処理が行われている。


 というのも、アルカードの一件でトラウマを抱えてしまった萌香は俺という存在が心の傷を開くカギになってしまったからだ。そのため、俺と過ごした日々もろとも、俺という存在を記憶の彼方に追いやり封印した。封印を施したのは他ならない俺自身である。


 そのため、萌香は俺をただの学校の教師であり、自身の所属するクラスの担任としか認識していない。事実、萌香が入学してから今まで彼女に先生、もしくは須藤先生としか呼ばれていない。記憶が封印されている限り『兄さん』呼ばわりする理由がないのだ。


 デスクに桶を置いた萌香は眦を吊り上げて腰に手を当てた。


「まったく、心配したんだぞ! いきなり倒れたと聞いたときはビックリしすぎて息が止まったくらいだ」


「――……いつからだ?」


「ん?」


「いつから、記憶が戻ったんだ?」


「は? 記憶?」


 目をパチクリさせた萌香は可愛らしく首を傾げた。


 一人混乱しながら事態を整理しようと懸命に脳をフル回転させているが、正直呑み込みきれずにいる。


 確かに、いつかは記憶が戻って、嘗てのような関係を築ければと思っていた。


 なんの前触れもなく、いきなり記憶が戻っていました的な発言だと?


 想定外にも程がある……ッ!


「なにを言ってるんだ?」


 コイツ、頭大丈夫か……? とでも言いたげに俺の顔を窺う萌香。


 怪訝なその眼差しにこちらは困惑を隠しきれない。


「兄さん……。いきなり倒れるくらいだ、やっぱり疲れてるんだよ」


 優しく諭すような口調。その表情は親しい者にに向けるソレであり、ここ数年は見ることが叶わなかった懐かしい顔だ。


「何故?」という疑問と、「兄と呼んでもらえた」という歓喜の念が鬩ぎ合うなか、とりあえずハクと合流することを優先した。


 再度、気配を探る。


「……んん?」


 いつも側で感じていた気配が一向に掴めない。なにか結界で阻害されているような感覚も視られない。


 俺の探知領域は妖怪学園を中心に半径三十キロをカバーできる。それで反応がないということは、ハクはこの近辺にはいないということになる。


(あいつの身になにかあったのか……?)


 ここは妖怪が跋扈する場所。弱肉強食の世界。故に最悪の状況も考えられる。


 ましてや、ハクは妖力をコントロールする術を身につけ始めたばかり。自衛手段も限られており、実力は高いとは言えない。


「も――朱染。ハクを見なかったか?」


「ハク?」


 首を傾げた萌香は目を瞬かせた。


「誰だ?」


「……いつも連れていた小キツネだ。朱染も見たことあるだろう」


「狐? 千夜は狐なんて飼ってたか?」


「なんだと?」


 これはどういうことだ?


 俺はいつもハクを連れているから、一緒にいるところを見たことがあるはずだ。なのに知らないという。


(一体なにが起きている……)


 もう俺の乏しい推理力では事態を処理しきれない。


(……並行世界?)


 ふとそんな単語が思い浮かんだ。


 そんな馬鹿な……魔術干渉による空間の歪みなんて感じなかったぞ?


「一体なにが……」


「兄さん?」


 顎に手を当ててあれこれ思考を巡らせるが、どれも現実的ではない。


 本当に何が起こっているのやら……。


(まあハクなら大丈夫だろう。自衛手段も教えてあるし、隠行にかけてはそれなりだからな)


 嘆息する俺に萌香が首を傾げた。


「…………いや、なんでもない」


 説明したところで理解できるはずがない。


 結局、そう言うしかなかった。


(はぁ……まあ追々考えていくか)


 それよりいい加減ここを出よう。


 立ち上がり背広を羽織る。


「そうだ兄さん、このあと時間はあるか?」


「ん? 大丈夫だが」


 保健室を出ると急に腕を組んできた。さも、それが当たり前だというように自然な所作で。


 急接近してきた萌香に思わず身体が一瞬強張る。


「ど、どうしたんだいきなり」


「――? なにがだ?」


「いや、なにがって……」


 なんなんだ、本当に一体なんなんだ!?


 萌香の体温やらフローラルな香りやら、二の腕に伝わる女性特有の柔らかさに心拍数が上昇する。


 あの少女だった萌香が女に成長しているのだと感じさせられた。


「それより兄さん。時間があるならちょっとこっちに来てくれ」


 萌香に腕を引っ張られるままついて行く。


 たどり着いた先はとある部室だった。


(ここは確か新聞部の……)


 新聞部が活用している部室だ。ちなみに顧問は猫目先生である。


 放課後だが今は使用していないらしく、部室の中は無人だ。


 部室の中央に置かれている長机には作成途中の新聞が乱雑に置かれており、インク特有の臭いが微かにした。


「今日、授業で調理実習があってな、パンプキンパイを作ったんだ」


 部室の隅に目立たないように置かれていた箱を持ち出し差し出してきた。


 受け取ってなかを開けてみると。


「……パンプキンパイ?」


 黒焦げたナニかが出迎えた。


 しかも一ピースでなくホール。香ばしい匂いの変わりに焼け焦げた炭の臭いが鼻腔をくすぐった。


 腕を組んだ萌香が捲くし立てるように言う。


「ちょっと作りすぎてしまったからお裾分けするのであって別に他意はないからな。兄さんに食べてほしくて焼いたとか初めての手料理は兄さんにとかそんなつもりはこれっぽっちもないうぬぼれるなよ」


 萌香よ、一息ではなくせめて区切って言いなさい。本音がだだ漏れしているぞ。


 しかし、これが萌香の初手料理か。怖いような嬉しいような、感慨深いものだ……。


 俺を想って作ってくれたのだから兄冥利に尽きる。これは味わって食べないと萌香にもパンプキンパイにも悪いな。


 可愛らしい妹の反応に頬が緩みそうになった。


「そうか、嬉しいよ。ではありがたく頂こうかな」


 その場で小型ナイフを創り、切り分ける。


「…………」


 刃が通らなかった。


 ナイフの切れ味を修正しつつ力を込めて再度切り分ける。


「いただきます」


 一口サイズに切り分けたパンプキンパイを頬張った。


「ゴクリ……」


 咀嚼する俺を真剣な眼差しで凝視する萌香。


 ジャリジャリと砂を噛むような音がした。


 黙々と食べる俺に業を煮やし、次第にオロオロし始めた。


「や、やっぱり美味くない、か? すごい音がするものな。……やはり失敗――」


「……うん。美味い」


「え?」


 きょとんとした顔の萌香に微笑み返す。


「表面は焦げて硬くなっているが、なかはしっかり焼けている。ん……、美味いなこれは」


 ナイフも通さないほどの硬度をみせた表面だが、なかはしっかりとパンプキンパイをしていた。


 味もよく、なによりも萌香の手作りという点がイイ。


「そ、そうか……よかった」


 胸に手を当ててホッと息をつく萌香。


「よかった……」


 その顔は穏やかでいて思わず見惚れてしまうほど綺麗だった。


「む、ぅ……」


 妙な気恥ずかしさを覚え早々に視線を切る。


(あ、相手は萌香だぞ。妹相手になに意識しているんだ俺は……!)


 熱を帯びた顔を萌香から隠すように残りのパンプキンパイにかぶりついた。





   †                    †                    †





 パンプキンパイを完食した俺は現在萌香を寮まで送ることにした。


 時刻は午後の五時を過ぎたところで部活に勤しむ生徒たちの声が聞こえてくる。


「別に送ってもらわなくてもいいんだが」


「まあ、たまにはいいだろう? 萌香なら心配いらないとは思うが、念のためな」


「はぁ……、まったく。過保護な兄だ」


 何気なく口にした『兄』という言葉に喜びを感じる。


 本当に俺を兄として認めているんだなと、改めて実感を覚えた。


「むっ……?」


 萌香と二人並んで廊下を歩いていると、不意に強い視線を感じた。


 殺気や敵意などは感じないが……。


 それとなく振り返ってみると、廊下の柱から顔を出した一人の女生徒と目が合った。


「……見つかった」


 柱の影から現れたのは透き通った紫銀の髪の生徒だった。


 口には棒キャンディーと思われるものを咥え、目は半開きで眠そうだ。


 学年を示す胸元のリボンの色は紺。ということは一年生だ。


 しかし、今年の一年のなかで彼女の姿を見たことは一度もない。出席簿にも記録はないし、もしかして編入生か?


 それなら俺にも知らせが入るはずだが……。


「さすがセンセー。すぐに私の視線に気がつくなんて、これも愛の力」


「なにが愛だ、ただのストーカーの間違いじゃないのか?」


「……ブラコンの萌香にだけは言われたくない」


「だ、誰がブラコンだ! 兄さんを意識したことなんてこれまで一度も――」


「そう。なら私がセンセーとくっついても問題ない。もちろん、物理的にも心理的にも」


 それまで仲良く俺を挟んで言い合いしていた二人にアクションが起きた。


 唐突に少女が俺の手に腕を絡めてきたのだ。


 二の腕に女の子特有の柔らかさとひんやりした冷気が伝わる。


 柑橘系の良い匂いが鼻腔をくすぐった。


 戦闘ならあらゆる状況に対処できる自負がある俺でも、こういった場面にはめっぽう弱い。女性関係初心者の俺の身体が反射的に強張ってしまった。


「なっ」


 絶句する萌香を尻目にぐりぐりと頭をこすり付けてきた。


 さらに筋肉がガチガチに強張り、それに伴って心臓の鼓動も早くなる。


(……熱くもないのに汗が出てきた)


 教師と兄の威厳を保つために必死にポーカーフェイスを保つも内心は結構一杯一杯な俺。そんな俺を余所に再び子猫たちのキャットファイトが始まる。


 萌香も少女に対抗するように反対側の腕にガシッとしがみついた。


「おい兄さんから離れろ。迷惑してるだろ」


「そんなことない。センセーはすごく喜んでくれている。汗が吹き出るくらい」


「どう見ても緊張によるものだろう! 第一、兄さんの好みは私のような大人の女性だ。お前は大きく外れている」


「知ってる。可愛いより綺麗系が好みだと把握してる。私も綺麗系」


「ふん、一部は大人と言えないがな」


「……私も萌香もたいして差はない」


「たいしてであって決定的に数字として差は現れている。確かこの前の健康診断では私のほうが三、上だったな」


「む……成長が止まった萌香と違って私はまだ発展途上。将来は母様のようなボインボインになるに違いない」


「誰の成長が止まっているだと!」


 ギャーギャー、喧しくてかなわない。


「落ち着け二人とも……」


 嘆息した俺はヒートアップしている二人を余所にするっと腕を引き抜いた。


「ところで、君はどこのクラスの生徒だ? 萌香とも親しいみたいだが」


「え?」


 きょとんとした目で見返してくる生徒に俺も目を丸くして見つめ返す。


 なんだかすごく場違いなことを聞かれたかのような反応に内心困惑気味だ。


「なに言ってるのセンセー。センセーのクラスの三組に決まってる」


「なに?」


 俺のクラスだと? こんな子は知らないが……。


「もしかして編入生か?」


「……? 本当にどうしたの?? 今年の入学式からいただろう。センセーが不登校だった私を直々に学校まで引っ張ってきたんじゃないか」


 あの時の強引さは忘れない、と頬に手を当てて顔を赤くする生徒。


 ……ダメだ、もう何がなんだかさっぱり分からない。意味不明だ。


 頭痛すらしてきたこの意味不展開に頭を押さえていると、俺の腕に手を絡めていた萌香が顔を覗き込んできた。


「兄さん……本当に大丈夫か? もしかしてまだ本調子じゃないんじゃ……」


「いや、そんなことないが……」


「センセー……私のことが判らない……? 私だよ、白雪みぞれだよ……」


 両手を胸の前で合わせて上目遣いで見上げてくる女生徒――白雪。


 しかし、俺が知りうる在校生および卒業生のなかで白雪みぞれという生徒の名前はいない。


「君は――」


「あっ、あぶなーい!」


 無意識に出た言葉はしかし、後方からやってきた声に上塗りされた。


 カキーンッ!! と耳に残る金属音が廊下に響き、後頭部に衝撃が走る。


「兄さん!?」


「センセー!」


「すみませーん! 大丈夫……ではないですね!」


 ばたりと受け身も取れず棒立ちのまま倒れる。


 萌香と白雪、そして野球部のユニフォームを着た生徒たちが慌てて駆け寄ってきた。


「貴様ぁ! 兄さんになんてことをしてくれたんだ!」


「そもそも室内で野球をするな」


「いやー、どうもすみません! 巨○の星ごっこに夢中で注意不足でした!」


 メンゴメンゴ! と気軽に手を上げる野球部に萌香と白雪が暴れだす。


 白雪が放った氷柱を目に炎の闘志を燃やしたバッターが打ち返すのをボーっと眺め、俺の意識は途絶えた。





   †                    †                    †





 ――千夜……。


(ん……)


 ――起きなさい……。


(んん……あぁ……)


 ――起きなさい、千夜や……。


(誰だ、俺を呼ぶのは……)


 沈んでいた意識が浮上する。どうやらあのまま気を失ったようだった。


 俺もまだまだだなと思いながら目蓋を開けると――。


「…………誰だ、あんた」


 妙に太ったオッサンが「ハァー、ハァー」と鼻息を荒くして姿がまず視界に映った。


 驚くことにこのオッサン、起立の姿勢から手首だけをパタパタ動かして浮遊している。魔術らしき形跡もないため本当にこの動作だけで浮かんでいるのだろう。息を切らせているのも納得だ。


「わたしは貴方の退魔のナイフ、夜葬の精です」


「……は?」


 夜葬というと、俺が肌身離さず所持しているナイフのことだ。退魔の術式が刻まれており長年愛用してきている。


 ハクとは違ったもう一つの相棒ともいえる存在、の精が――。


「このオッサンだと……?」


「オッサンとはなんです失礼な。わたしはこう見えて永遠の六歳、お肌もピッチピッチ」


「はぁ」


 袖をまくったのはいいけど、毛深いだけじゃないか。


「ところで、ここはどこだ?」


 辺りを見回す。四方には緑豊かな山があり、頭上を見上げれば太陽が燦々と輝いている。


 その太陽が妙にこちらを小馬鹿にしたような間抜けな顔をしているが。なぜ、太陽に顔……?


「……ああ、夢か」


 それならば目の前の自称夜葬の精やこのカオス空間にも頷ける。ひどく納得した。こんな夢は生まれて初めてだが。


「そう、ここは夢の世界。貴方の素敵なドリームワールド」


「だまらっしゃい」


 このオッサン、生理的にイライラする。


「さて千夜や、よくお聞き。貴方はこれからこの面白いんだか面白くないんだかよくわからない微妙な空間で一生を過ごすのです」


「なに……?」


「これから貴方は剣と魔法の世界に召還されて魔王をぬっ殺したり、ソードでアートな世界でハニワを率いてデスゲームから生還したり、ハイなスクールの世界で無限龍をメロメロにしたり、織田家の野望でノブノブを召使にしたりとやることがてんこ盛りです!」


「なにを言ってるんだ、あんたは……」


 ずずいと顔を寄せてくるオッサン。近い離れろ! うぉ、加齢臭がする……!


「いいですか、読者は貴方の一挙一足に注目しています。今や貴方は彼らの操り人形。月下な美人さんは血反吐を吐いて――」


「おい止めろ!」


 なにか危険な言葉を発しそうな予感がしたので思いっきりビンタを一発。


「ぶべらっ」


 ……首がもげた。


 スプラッターな光景に唖然としていると、空間にノイズが走る。


 そして、俺の意識もどんどん落ちていって――。





   †                    †                    †





「千夜? 大丈夫ですか、千夜?」


「うぅ……ハクか」


 ぼんやりした頭のまま身体を起こす。


 場所は――どうやら自室のようだ。


 人化したハクは心配そうな顔でベッドに手をつき俺の顔を見上げてくる。


「うなされてましたが、大丈夫ですか?」


「なんだか、よくわからない夢を見た気がする……」


 とても幸せな夢と、最悪の悪夢を。


「……まあ、所詮夢は夢か」


 とりあえずもう一眠りしよう。出勤までまだ四時間はあるのだから。


「――? 千夜?」


 ハクを抱き寄せてそのままベッドにもぐりこむ。


 いつもは別々のベッドに寝るため、不思議そうに首を傾げていた。


「まあ、たまには……な」


「……はいっ」


 嬉しそうに微笑んだハクは俺の首筋に顔をこすり付けてきた。彼女がよく行う『甘え』だ。


 ――今度はよく眠れそうだ。

 
 

 
後書き
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