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夫婦蕎麦

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5部分:第五章


第五章

「随分と慣れた入れ方じゃねえか。はじめてなのによ」
「ずっと横で見ていたからね」
 だからだというのである。
「何時の間にかわかったんだよ」
「山葵や生姜のすり方や刻み方もいいな」
 こちらはざる用である。
「そっちもはじめてなのによ。全部見てかよ」
「家でもやってるしね」
 和栄はにこりと笑って亭主に応えた。
「身体が自然に覚えてくれたんだよ」
「そういうことかい」
「そうだよ。じゃあ山葵すっておくからね」
「おうよ、頼むぜ」
 こうして何時の間にか二人で蕎麦を作るようになっていた。そして後片付けも。あまりにも片付けるものが多くなってきていたので二人でやるようになっていた。
 忠義も椅子をしまい丼を洗っていた。そうしながら女房に対して言うのだった。
「なあ。後片付けだけれどよ」
「何だい?」
「こんなに大変だったのかよ」
 丼を一つ一つ丁寧に洗いながら問うのだった。
「これってよ。思ったよりずっと大変なんだな」
「そうだね。数が多いとどうもね」
 和栄は椅子をなおしていた。そうしながら夫に答えるのだった。
「大変になるよ。全部洗わないといけないからね」
「おめえは今までずっと一人でこれやってたのかよ」
 そしてこのことに気付いたのだった。
「こんな大変なことをよ」
「あんただってそうじゃないか」
 しかし和栄は和栄でこんなことを彼に言ってきた。
「あんただって一人で蕎麦作ってたよね」
「ああ」
「山葵とかすったり葱刻んで入れたり」
「そうさ。全部一人でやってたさ」
「あんな大変なことを一人でね」
 またこのことを言う和栄だった。
「凄いよ、本当にね」
「いや、すげのはおめえだよ」
 しかし彼はあくまでこう自分の女房に言うのだった。
「こんな大変なことを一人でやってたんだからな」
「別に。けれど」
「けれど?」
「今は大分楽だよ」
「楽かい」
「だって二人でやってるじゃない」
 彼女が言うのはこのことだった。
「二人だよね。だから楽だよ」
「そういえばよ」
 忠義も女房の言葉を聞いてあることに気付いたのだった。
「こっちも楽だったぜ」
「二人で作ったからだよね」
「ああ。それでこっちでやる仕事にも専念できたしな」
 それもだというのだった。
「いい具体でできたな」
「そうね。何かね」
 そしてここで和栄は言うのだった。
「一人でやるよりいいわよね」
「そうだな。意外にな」
「だからね。あんたそれでね」
 そうしてここでまた亭主に話す。
「これから何でも二人でやっていかない?」
「今までだってそうしてるだろ?」
「だからお蕎麦作るのも後片付けもよ」
「それもか」
「そうよ。仕事は何でもね。二人でやっていかない?」
「そうか。何でもか」
 ここで女房の言っていることがはっきりとわかった忠義だった。
「確かにな。いい感じだしな」
「だからよ。やっていかない?何でも二人で」
「よし、やってみるか」
 忠義も男だ。しかも彼は決断の早い男だった。何事もすぐに決める、それが彼の信条であり実際に常にそうしてきているのである。
 それならばだった。彼は言うのだった。迷うことなく。
「じゃあこれからは何でも二人でやっていくぞ」
「あいよ」
 こうして二人で何でもやっていくことにしたのだった。それで話が決まり二人でやっていく。そうしてあらためて屋台をやっていくと。遂にあの客が来たのだった。
「おう、あんたかい」
「久し振りだね」
 客は屋台に入って来るとすぐに挨拶をしてきた。
「ちょっと時間が空いたけれどね。また来たよ」
「待ってたぜ」
 忠義は不敵に笑って屋台の真ん中の席に座る彼に言ってきた。
「この前のことだけれどよ」
「うん、覚えてるよ」
 客もそれは覚えているのだった。彼はにこりと笑ってきた。
「完璧かどうかだよね」
「そうだよ、それだよ」
 彼はここぞとばかりに客に言ってきた。
 
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