つぶやき

こばやかわひであき
 
バレンタインネタ 伝える想い 当日話 1
 雛里と朱里にバレンタインの話をして二日後の朝。
 何かを準備するでも無く、何を贈ればいいのかまったく決まらなかったので安易に料理でも、と思い立って来てみたのだが……扉に一枚の張り紙が貼ってあった。

『本日、徐晃将軍入室禁止。入った場合お説教とお仕置き十刻』

 一度読んだ時は何が書いてあるのか理解出来なかった。
 二度、三度と読み直して漸く内容が頭に溶け込み、疑問と恐怖が心を襲い来る。
――なんで俺限定なんだ。しかも十刻……だと……!?
 可愛らしい文字なので軍師のどちらかが書いたのは間違いない。中からも二人の楽しそうな声が聞こえてくるし。
 そこでさらに張り紙の下に小さく書かれていたモノを見つける。

『予約済み、昼から関羽』

 律儀に予約したと書く所が愛紗らしいと感じた。
 多分、二人からバレンタインについて聞いたのだろう。誰かに何かを贈りたいと思ったのかもしれない。

「そういやぁ愛紗の手料理って食べたことないな」

 才色兼備の愛紗ならばきっと料理の腕もいいのだろう、と考えながら料理をここで作るのは諦め、他に何かないかと街に繰り出すことにした。


 †


 日輪が遠くの山に掛かり、大地は橙色に照らされていた。肌寒い風が吹き始め、街道は人の行き来もまばら。
 俺は一人寂しく城への帰路についている……わけでは無く、隣にご機嫌な鈴々が居たりする。
 休日だが街を警邏しながら何かないかと考えても思いつかず、せめて買って帰るか、と考えて団子屋に立ち寄ったのが先ほど。買ったのは餡がたっぷり乗った串団子。
 そのまま城に向かう途中で鈴々に見つかり、すぐに一つくれとねだってきた。
 城につくまで待て、皆で一緒に食べよう、もしかしたら他にも何かくれるかもしれないぞ、とバレンタインの説明も交えて言ったので彼女は今ご機嫌だった。

「鈴々は何も準備してないし食べる係りを引き受けるのだ!」

 なんてことまで言ってたりする。
 鈴々の頭をくしゃりと撫でてやり、そのままくいしんぼな彼女をからかいながら城への歩みを進め、到着したと同時に門番の兵に声をかけられた。

「お二方に軍師様より言伝です。食堂に来ていただけないか、と」

 言われてピンと来た。朝から作っていたモノを振る舞ってくれるのだろう。
 俺にもくれるのだという事に気づき小躍りしたい気分になる。鈴々は首を傾げていたが朝から二人が厨房に籠っていたと伝えると意味を理解し、さらに上機嫌な様子。
 二人で何が食べられるのかと語らいながら、食堂へと向かった。
 厨房の前を通り過ぎた時に少しだけ異臭がしたのは気になったが。


 †


「あ! 二人ともおかえりなさい」
「ただいまなのだ!」
「ただいま」

 扉を開けると元気のいい桃香の声が出迎えてくれる。
 しかし、俺達の姿を目にして朱里と雛里の二人はもじもじと身を捩じらせていた。

「お、おおおおかえりなさい!」
「お、おかえりなしゃい」

 ただ帰ってきただけなのに何故そんなに噛むのか。そんな二人に鈴々は不思議そうに首を傾げ、桃香はおかしそうに口に手を当てて笑った。

「秋斗さん、今日は『ばれんたいんでぇ』っていう特別な日なんだってね」
「ああ、親しい人に贈り物をしたりするんだ」
「私にも教えてくれたらよかったのに。何も準備出来なかったし」

 不満げに口を尖らせる桃香。朱里と雛里が話しているんじゃないか、とも思っていたが……

「すまないな。俺の場合、桃香にはびっくりさせたくて隠してた。新作の団子買って来たから皆で食べてくれ。売り物で申し訳ないんだがな」

 買ってきた団子を見せると少し三人が目を丸くして驚いていた。

「わあ! ありがとう! ふふ、考える事は一緒なんだね。朱里ちゃんと雛里ちゃんの二人も隠れて用意して驚かそうとしてくれたみたい。ほら」

 指差された先の机の上には丸いクッキーがたくさん並んでいた。
 色合いも上々、焼き加減もサクサクからしっとりっぽいのまで。俺はサクサクのしか作ってなかったんだが……二人は凄いな。

「くっきぃなのだ!」
「二人で作ったんだ。愛紗さんが来たら食べようね鈴々ちゃん」
「ありがとなのだ! そういえば愛紗は?」
「愛紗さんは厨房でお料理をしておられるようです。お昼に皆に手料理を振る舞うんだと楽しそうに話されてましたから」

 やはり愛紗は手料理を作ってくれるのか。少しの異臭は何かを焦がしてしまったのだろう。誰でも失敗する時はあるし。

「皆いいなー。私も何か贈りたい」
「クク、その気持ちだけで嬉しいもんだよ。皆、いつもありがとう」

 桃香がしゅんと落ち込んだので俺がいうと皆も口々に日頃の感謝を伝え合う。
 チョコは無いがなかなかいいモノだな、こういうのは。
 そのまま少しの間談笑していると扉を開けて愛紗が入ってきた。

―――――
つぶやきは5000字以内らしいので二つに分けます