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Shangri-La...
第一部 学園都市篇
第2章 幻想御手事件
七月二十二日:『待てば海路の日和あり』
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える《イア》――――!」

 満足のいく食事を終えた獣のように、闇に吠えるかのように――――その『右手』の一冊の『本』を、ヌメつく夜闇に掲げた。


………………
…………
……


 瞼を開く。狂気の混沌の底からの帰還に、散大していた瞳孔が鈍い痛みすら感じる勢いで引き絞られる。
 涙に霞んだ視界の先には、自室の天井。そこには、渦を巻く混沌の銀河などはない。喧しい蝉の鳴き声こそあれ、躍り狂う蕃神も居ない。極めて健常な、夏の朝だ。

「……ッたく、途中までは最高だったのに。最終的には、やっぱり悪夢かよ」

 寝汗を拭い、悪態を吐き――――右腕を見遣る。握り締めて強張っていた掌を、ゆっくりと解いていく。
 まだ、あの柔らかな温もりと冷たさ。そして嘲笑する虚空の如き、硬く鋭い漆黒の鉤爪の感触が残る掌を。

「ッ……ああ、ヤベェ。完璧に遅刻だな、コリャ」

 携帯で日付と時刻を確認すれば、七月二十二日の……朝と昼の境。既に、風紀委員の活動は始まって久しいだろう。
 どうやら、また美偉に小言を言われて黒子の顰蹙(ひんしゅく)を買うだろうと、溜め息を吐きながら。体に、怠さや痛みの無い事を確認して。

「ん……?」

 すんすん、とばかりに鼻を鳴らす。男臭く汗臭い『だけ』である筈の、己の部屋にふわりと漂う――――甘く、芳しい……有り体に言えば、腹の減る臭いに。
 近所の部屋から流れ込んだのだろうか、嚆矢には料理などする習慣はない。第一、昨夜は風呂から上がるなり布団に倒れ込んで前後不覚。泥のように眠った筈である。

「……そういや、撫子さんの好意、無駄にしちまったな」

 思い出したのは、『後で温かい物を持っていく』と言っていた撫子の言葉を忘れていた事。
 取り敢えずは腹拵えだ、とリビングに繋がる戸を開き――――

「――――う〜ん……やっぱりお米と調味料だけじゃ、お粥が限界ですね」
「そうね。でも、病み上がりならお粥くらいで丁度良いと思うわよ?」

 自室の簡素な台所に人影。片方は毎朝見る、藤色の和服に割烹着の撫子と……柵川中の制服に、同じく割烹着を着けた花束の少女。

「あら、嚆矢くん」
「あっ――――こ、こんにちはです、嚆矢先輩」
「ああ……どうもこんにちは、撫子さん、飾利ちゃん」

 振り向き、淑やかに微笑んだ撫子。振り向き、慌てて頭を下げた飾利。状況を呑み込むのに、少々の時間を掛かった。『風紀委員(ジャッジメント)』の方には、撫子さんから『病欠』する旨を連絡してくれたらしい。その後、見舞いとして――――

「――――ふぅ。今、戻りましたわ、初春……あら、目が覚めましたの、対馬先輩?」
「ああ、白井ちゃん。つい今、ね」
「そうですか。丁度良かったですわ、食材も無駄にならな
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