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渦巻く滄海 紅き空 【上】
二十六 黎明
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「ダーリン―――――ッッ!!」


絶叫。
かん高い香燐の声は、続いて響いた轟音にて掻き消された。
真下から舞い上がる白煙。ここまで届く砂塵が墜落の凄まじさを知らせてくる。
唯一の出入り口であり、今香燐がいる此処はかなりの高さがある。そんな高所から零尾のような巨体が落ちれば、落下地点が粉々になるのは必須。
もし、あの大きな体に押し潰されたらどうなることか。
ナルトの安否を気遣い、彼女は身を乗り出した。
朦々と立ち込める煙の中で、何かが身動ぎする気配がしたのだ。
目を凝らす。
そして眼下の光景に目を疑った。




零尾は神農を殺すつもりだった。事実、実行に移し、喰い殺す一歩手前まで来ていた。だが視界を過った小柄な影に、思わず動きを止める。

標的の前に立ちはだかった少年。己の十分の一にも満たぬ小さな子どもを前にして、零尾は躊躇した。畏縮したと言ってもいい。見た目は若くともその雰囲気はまるで百戦錬磨の強者。己との力量の差を瞬時に把握して、零尾は『この少年には逆らわぬほうがよい』と直感した。
だがその彼がなぜ神農を庇うのか。少年と己の敵は同じ。彼の後ろで無様に腰を抜かしている、神農であるはずだ。

零尾は少年を神農から遠ざけようと威嚇した。口を大きく開け、今にも呑み込まんとする。牙から滴り落ちる唾液が、彼の目と鼻の先で糸を引いた。
そのおぞましさに神農がひいっと頭を腕で庇う。反して少年は無表情で零尾を見返した。ただ黙って、瞬き一つせず、零尾を見据えている。ただ真っ直ぐに。揺るぎない青い双眸。

殺されないと高を括っているのか。喰われるとは思わないのか。恐く、ないのだろうか。

異質な彼の態度に、逆に零尾のほうが恐怖に駆られる。感情を読み取ろうと試み、少年の心に潜り込んだ。己自身が深みに嵌っているとも知らず。







なにもわからない。
どこで生まれ、どこから来たのか。
なぜ生きているのか、何がしたいのか。
おぼろげな記憶。空っぽな思い出。あやふやな己の存在。
真っ暗で何も見えない。何も感じない。あるのは自分自身が糧としている、闇そのものだった。
何もかもを忘れている事が恐ろしい。全てを思い出すのが怖い。
子どものように身を丸め、零尾は頭を埋めた。
己は何なのか、何者なのか、名前すら――――…

「…憶えていないのか」

突然、声がした。
穏やかでやわらかい、だがどこか哀しげな。
慈悲と厚意を含んだ、あまりにも優しい声。
微かな声を頼りに、顔を上げる。
刹那、ひたすらに冷たい闇に一点の光が射した。
何やらあたたかくて明るいモノがこちらに接近してくる。光が大きくなるにつれ、囁きに近かった仄かな声が明瞭な音声へ変化を遂げた。

「帰る場所がわからないのか?」

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