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魔弾の射手
第二幕その三
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第二幕その三

 深い山の中にその谷はあった。険しく、高い山々に囲まれている。側を流れる滝も高く、清明というよりは恐ろしさを感じさせる滝であった。
 その谷の中は左右から嵐が雪崩れ込んでいた。荒れ狂う風とその音で支配されている。所々に雷で潰された岩や木の跡が転がり、残る岩や木々も禍々しい形をしている。そしてその上の月は無気味な程青白かった。
 梟や獣の鳴き声が遠くから聞こえる。それ以外の存在の囁く声も聞こえる。
「フーーーーフイ!フーーーーフイ!」 
 それは地の底から、若しくは風の中から聞こえてくる。一つではなく無数に聞こえてくる。そして何やら人に似た声も聞こえる。
「月の乳は草に落ちたか?」
「うむ」
 それに応える声もする。
「では蜘蛛の巣はどうなった?」
「血に染まっておる」
「そうか。ならば問題はない」
 哄笑も混じる。
「では次の日の夕方までには」
「ああ、美しい花嫁は死ぬ」
「それはよきかな」
 やはり風の中や地の底にあるような声であった。
「明日の夜の帳が世界を覆うその時までには」
「生け贄は我等の下に捧げられるのだ」
「よきかなよきかな」
「クックックックックック」
 やがてその笑い声も聞こえなくなった。見れば谷の中に一人の男がいた。猟師の服を着ている。カスパールであった。
 彼は黒い石を使い闇の中で円陣を描いていた。細部に奇怪な呪文が書き込まれている。どうやら魔術のものらしい。
 そしてその中央には髑髏が置かれ側に鷲の翼が置かれている。同時に釜と弾丸鋳型もある。何かを作ろうと考えているようだ。
「これでよし」
 カスパールは陣を描き終えると顔を上げてそう呟いた。
「後は」
 そう言いながら腰の鹿刀を取り出す。そしてそれを髑髏に突き刺して叫んだ。
「ザミエル!」
 その名を叫ぶと場に何か得体の知れないものが漂った。
「ザミエル!」
 もう一度叫ぶ。その得体の知れないものが見えてくる。それは黒い霧であった。
「出て来い魔王よ悪魔の髑髏の側に!」
 見ればその髑髏は人のものとは微妙に異なっていた。角等こそないものの異様に大きい。そしてその歯は尖り、まるで獣のそれであった。
「ザミエル、来たれ!」
 谷が沈黙に支配された。そして地の底が割れた。中からマックスを見ていたあの大男が姿を現わした。
「呼んだか」
 その男はカスパールの前に立ってそう問うた。
「魔王ザミエルよ」
 カスパールは彼を見上げてその名を呼んだ。
「俺の期限がもうすぐなのは知っているな」
「知らない筈がない」
 彼は地獄の奥底から聞こえてくるような低い声で答えた。
「明日だ」
「そうだ、明日だ」
 カスパールはそれを聞いてそう呟いた。
「もう少し伸ばせないか」
「それは出来ない」

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