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フィデリオ
第一幕その一
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「クッ」
「おおい」
 そこで外から年配の男の声がした。
「!?」
「ヤキーノ、いるかい?」
「?何だろう」
「行った方がいいわよ、ヤキーノ」
「ちぇっ」
 マルツェリーナは逃れられたと見た。ヤキーノはそれを残念に思った。彼は仕方なくその場を後にした。
 こうしてマルツェリーナは一人になった。そしてほっと安堵の息をついた。
「とりあえずは行ったわね」
 だがすぐに戻ってきた。マルツェリーナはそれを見て心の中で溜息をついた。だがあえてそれを隠して彼に尋ねた。
「で、何だったの?」
「ちょっと午後の仕事のことでね」
 彼は答えた。
「ちょっとした打ち合わせだ。けれどすぐに終わったよ」
「そうだったの」
 彼女はそれに頷いた。
「それでまた聞きたいんだけれど」
「また!?」
 今度は露骨に嫌な顔をした。
「そうさ、さっきも言っただろう?僕は何度も確かめるって」
「あのね、ヤキーノ」
 彼女はたまりかねて言った。
「今は言えないわ、すぐに」
「それも何回も聞いたよ」
「それでもよ」
 彼女は言い返した。
「これもさっき言ったわね」
「じゃあ答えは変わらないんだね」
「ええ」
 彼女は答えた。
「とにかく今すぐは駄目よ」
「そうか、わかったよ」
 彼はそれを聞いて止むを得なく頷いた。
「じゃあ今はいいよ。それじゃあね」
 そう言って昼食を手に取って部屋を出ようとする。
「けれど僕は諦めないからね」
 マルツェリーナはそれに答えなかった。彼女はそれを聞き流していた。
 ヤキーノはその場を後にした。そしてマルツェリーナは今度こそ一人になった。
「やっとね」
 ふう、と一息ついた。
「何を言っても駄目なのに。馬鹿な人」
 彼女の心は彼にはないようであった。では誰のところにあるのか。
「前までだったら受けられたのに」
 だが今は駄目なようだ。それは何故か。
「フィデリオがいるから。あの人には心を動かされなくなってしまったわ」
 フィデリオとはこの前新しく来た看守である。ヤキーノの同僚にあたる。銀色の髪に青い目をした凛々しい若者である。背は高くスラリとしている。いつも物憂げな顔をしている。彼女は彼に心を奪われてしまったのだ。

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