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ラ=ボエーム
第一幕その二
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第一幕その二

「これなら。よく燃えると思わないかい?」
「いいのかい、それで」
「ああ。どのみち失敗しているしな。また描きなおすよ」
「そうか」
「今の寒い状況じゃあ。エジプトなんて描けはしないよ」
 その顔に憂いが宿った。
「ムゼッタもいないしね」
「別れたのは聞いてるよ」
「浮気な女さ」
 たまりかねたように言う。
「僕みたいなうだつのあがらない画家より。金持ちの男を選んだんだ」
「そうなのか」
 この時代のフランスではよくあることである。いや、ブルボン朝の時代からか。一人の若い女が生きる為にパトロンを探したり、身体を任せたりするのは。それは特に悪いことだとは思われていなかった。女優にしろ娼婦にしろ。針娘の様に普段は頼まれた刺繍等をして生きている娘達でもそれは同じであった。
「所詮僕とのことはお遊びだったんだろうね」
「それで心まで寒いと」
「ああ、男は薪さ」
 彼は言った。
「そして女は暖炉だ」
「片方は燃え上がり、片方はそれを眺めているだけ」
「いい言葉だな、流石は大詩人」
「そっちは大画伯だろ」
 ロドルフォは笑って返した。
「今更何を言ってるんだよ」
「そうだったな。では今からその大画伯様の絵を昇華させよう」
 そう言って暖炉に入れる為に壊そうとする。だがここでロドルフォが制止した。
「待ってくれ」
「どうしたんだ?」
「キャンパスを燃やしたら変な匂いがするじゃないか」
 絵の具の油のせいである。
「そんなの構ってはいられないだろう?」
「いや、油の匂いはちょっとまずい。ここは止めた方がいい」
「それじゃあ寒いままだぜ」
「僕にいい考えがあるんだ」
「何だい、それは」
「僕の芸術を燃やすんだ」
 彼は言った。
「君の?」
「そうさ、それはここにある」
 そう言って部屋の端に無造作に置かれていた原稿用紙を持って来た。かなりある。
「もう雑誌には発表したし。これなら構わないさ」
「僕に読んで聞かせるつもりかい?」
 マルチェッロは笑ってそう尋ねてきた。
「生憎だけれどもう読ませてもらった作品だろうから遠慮するよ」
「いや、そうじゃない」
 だがロドルフォはそうではないと返した。
「これを暖炉の中で燃やすんだ」
「これをか」
「そうさ。大詩人の草稿が失われるのは大きな損失だがこの偉大な作品の霊感を天空の世界に昇華させよう」
「それはまた崇高な行動だ」
「今ここは危機に瀕している。偉大な芸術家達の城が」
「君はそれを救う為に犠牲になるのか」
「そうだ、こうやってね」
 そして一気に原稿を暖炉の中に投げ入れた。
「さあ、次は」
「その神の火だ」
 マルチェッロが火を持って来た。そしてそれを暖炉の中に投げ入れた。
「これでよし」
「城は
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