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【旧】銀英伝 異伝、フロル・リシャール
紅茶と葛藤
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ンの元に行くことになるのだ。

 その瞬間、フロルの心の中を駆け抜けた激痛は、余人には理解できぬものであったろう。フロルは誰が、いつ、死ぬのかを知っている。それは前世の記憶、というチートなものであって、人に言える類のものではなかった。だが、それを使えば、本来は死ぬであろう人物を生かすことも出来るはずなのだ。事実、フロルはそのために本来は望まぬ軍隊生活を過ごしている。もしこんな面倒がなければ、それこそ悪たれコーネフと共に、フェザーンで自由を謳歌してるだろう。だが、それがしたいのではなかった。

 彼は愛すべき人たちが死ぬのを、諦められなかったのである。

 だが、このミンツ大尉が戦死しなければ、ヤンの元にユリアンが行くこともなくなる。ユリアンという思春期の少年にとって何よりも代え難いヤンの薫陶を、受けることが出来なくなるのだ。ユリアンの父親を、できるなら助けてやりたい。だが、それが本当にユリアンにとっていいことなのか。いや、実の家族の暖かみは誰より自分が知っている。だが、これからの波乱の時代に、ユリアンの果たす役割はかなり大きいのだ。

 そしてもう一つ、彼を縛り付けるものがあった。それは彼はまだ士官学校出の中尉に過ぎなかったということである。人事に対して口を出す権利もなく、そんなツテもない。そもそもこれから2年間このミンツ大尉の命を見守り続けるなんてことはできないのだ。フロル自身の命を途絶えさせないことだけで、彼にとっては精一杯だったのだから。
 そんなフロルの葛藤は、キャゼルヌにもミンツ大尉にも気付かれることはない。

「……コーヒーか」
「む? フロル、おまえはコーヒー好きだったじゃないか?」

 フロルは士官学校時代からコーヒー党の党首だった。一日の3、4杯は飲む、という男で、こいつが喫茶店で飲むのは必ずと言っていいほどコーヒーであった。ちなみにもちろんのことだが、紅茶党の党首はヤン・ウェンリーである。

「……なんとなく、今日はそんな気分じゃないんです。美味しい美味しい紅茶が飲みたくてね」
「おう、それは良かったな。ミンツ大尉は紅茶を淹れさせたら天下一品の男だ。今日はおまえが来るからと思ってコーヒーにさせたが、最近は俺も紅茶ばかり飲んでる始末でね」
「じゃあ、紅茶をお願いできますか?」
「わかりました。美味しい一杯をご用意させて頂きますよ」
 そう言うと、ミンツ大尉はとても柔らかい笑顔を零したのである。

「もしよかったらミンツ大尉もどうですか?」
 気付くとフロルは、そう彼に話しかけていた。

 そのあとは、三人でとてつもなく美味しい紅茶を飲みながら色々と話した。ミンツ大尉には可愛い男の子のお子さんがいること、母親は既に他界していること。フロルは一種、異様なまでの執着でミンツの話を聞きたがった。無論
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