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或る皇国将校の回想録
第二部まつりごとの季節
第二十五話 陸軍軍監本部にて
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皇紀五百六十八年 四月三十日 午前第九刻半
大馬場町南 陸軍軍監本部庁舎前
〈皇国〉陸軍中佐 馬堂豊久


 ――さて、まさかこんな事になって此処に来るなんてな、いやはやこの世に不思議な事など何もないと云うが、どうも妙なめぐり合わせだ。
豊久は複雑な感情を胸中に抱きながら、眼前の練石造りの巨大な建物――事実上、〈皇国〉陸軍最高司令部である陸軍軍監本部の官舎を眺めた。
「お前でも感傷に浸る事があるのだな」
 豊守は穏やかな声で云った。

「私にとっては、転機の場所ですから――」
 ――此処に配属されなかったら辺境巡りもせず、北領紛争に参加する事も無かっただろう。いや、今はたらればの妄想なぞしている暇は無い。
 頭を振るい、意識を戻す。
「若殿はどこにいらっしゃるのですか?」
「兵站課だ。各地の鎮台は通達が下れば直ぐに軍に改組出来る様に準備しているからな」
どうにも時期外れに暇なのが申し訳なく感じた豊久は僅かに顔を赤らめた。
「分かりました。父上はどうなさるのですか?」
「私は幾つか部署を回ったら兵部省に行かねばならない。仕事が山積みでね。
若殿にはお前からよろしく言っておいてくれ」
駒州・護州両鎮台は皇都周辺に集結し始めている。対〈帝国〉への本格的な準備に取り掛かるのだろう。特に予算編成は衆民院の議決を得なければならない。それは大臣と官房の最重要職務である。
「解りました、私は若殿様の話が終わった後はどうしましょう?さすがに兵部省にまで行く用事もありませんし――」
「馬車は残しておくからお前も用を済ませたら好きにしなさい。
私は誰かしらが兵部省に向かうだろうからそれに便乗させてもらう、帰りは兵部省の公用車が使えるから問題ない」
 ――ならば帰り際に防諜室に寄っていくか、仕事の話は積もる前に、って言うしな。俺も少しは家の為に働くとしよう。
「了解しました、父上」


同日 午前第十刻 陸軍軍鑑本部 兵站課応接室
〈皇国〉陸軍砲兵中佐 馬堂豊久


 大臣官房総務課理事官はさっさと戦務課へと行ってしまった。
主家の中将に挨拶もせず、など本来なら有り得ないのだがそうした実際的な態度を好むのが保胤であった。
「お久しぶりです、閣下」
 だからこそ、若き家臣が敬礼を捧げる先の中将は分厚い報告書に脇に備えていたのだろう。
「お疲れ様です。馬堂中佐。座ってくれたまえ」
 敬礼を交わし、保胤が声をかけると豊久は背筋を伸ばして席に着いた。
「北領では苦労したそうだな。直衛から聞いた」
「はい、閣下。ですが得るものも大きかったと思います。
致命傷ではない敗北から我々は学べるうちに学ばなければなりません」
 豊久の言葉に保胤も頷く、軍政畑が長い保胤自身もその必要性は認識しており、可能な限り手を打ってい
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