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銀河日記
病室にて
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単語に二人は黙り込んだ。

“劣悪遺伝子排除法”。帝国歴九年に銀河帝国ゴールデンバウム王朝の開祖ルドルフ大帝が制定した法律。障害者や精神異常者、貧困者、遺伝病患者など、社会的弱者の一掃をはかる法律だった。“ダゴン星域会戦”の後始末にも登場してくる軍人出身の司法尚書“弾劾者ミュンツァー”などで知られる、かの晴眼帝マクシミリアン・ヨーゼフ二世の治世下においていくら有名無実化された法律であるとはいえ、今もその名は社会、思想、政策などをはじめとした銀河帝国の様々な側面、要素の後ろに暗い影として存在しつつある。遺伝子病の根絶や克服の為の治療や研究などの医学的行為も遺伝子病患者自体が“劣悪遺伝子の所有者”と認識されこの法律が適応されてしまうので、したくとも出来ないのであった。
“劣悪遺伝子排除法”はそれまで行われてきた弱者救済政策自体を否定する法ものであり、成立以後、帝国では多くの境遇の人々が間接的にその法によって冥界の門を潜らされることになった。この法律が、ルドルフの遺伝子妄信、狂信、血統崇拝という帝国創設期に際に抱かれた信念を顕著に表す法律であるのは言うまでもない事実である

「そうですか・・」
「すまない。アルブレヒト」
ゼッレはそう言って頭を下げた。親友とその愛する女性、そして二人の息子を救えない無力感が彼の胸を占めた。
「いいんです、貴方が謝らないで下さい、フランツさん。貴方が悪いのではないのですから」
アルブレヒトは弱弱しく首を横に振ってそう答えると、何も言わずに部屋を出て言った。

それから二時間後、帝国歴470年12月24日、帝国標準時22時56分。マリア・フォン・デューラーの時が止まった。享年33歳。そして、12分後の23時08分、アルベルト・フォン・デューラーも愛する女性の後を追いヴァルハラへと旅立った。享年34歳。

ベッドで眠る夫婦の傍には、一人の少年、一人の医師、一人の少女、一人の軍人が沈黙を肩に背負いながら佇んでいた。病室の中には、言いようのない沈黙が鎮座した。誰も言葉を発せない。口に鍵をかけられたようだった。
二度と覚めぬ眠りの中にいる二人の寝顔は穏やかだった。残された息子を兄、義兄に託し、ヴァルハラへと登って行った。
ベアトリクスとゼッレは目に涙を浮かべていた。伯父も俯き、前を向こうとはしない。時折、小さく肩が小刻みに震えている。
アルブレヒトは俯き、拳を握りしめていた。奥歯を噛みしめ、涙をこらえていた。
彼の胸には、悲しみとは別の感情の炎が存在していた。握りしめた拳が小さく鈍い音を立てる。炎は燃え上がり、やがて彼の胸を覆い尽くした。

「何が、何が“全人類の繁栄の為”だ。何が“神聖なる義務だ”・・!!」
絞り出す様な激怒を含んだ声がその沈黙を破った。拳が、肩が震えていた。
「“弱き事が許し難い罪
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