187章 信也の 作った歌『愛と幸福の ダンス』
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。人は棚ぼた式の幸福をあまり好まない。
自分で つくり上げることを欲するのだ。
子どもは我々の庭を見向きもせず、砂の山や 麦わらの 切れっぱし
などを使って、自分で 立派な 庭を つくる。》
以上を 簡単に 要約しちゃえば、
NHKの『100分de名著 』にあった言葉なのですが、
《 幸福は 自分の『手作り』である 》
《 幸福は 行動の なか にしかない 》ってことですよね。
僕の 歌詞は これら 言葉から 連想 したような 感じなのです。
とかく 世間は 詩人 や 詩を 特別に 考えるようですよね。
しかし それは まったくの その反対で、詩人や 詩こそは
普通の人で 普通の感性なのだと 僕は 感じますし 思うのです。
本来というか もともと 人とは きっと 僕も みなさんも 詩人 なのですよ。
その 証拠に 子どもたちは すべて 詩人のように感じますから。 あっはは 。
そうそう、この『幸福論』では、アランは こんなことも 言ってます。
この言葉も 今回 僕が この歌を作る きっかけ になっている のかも 知れません。
《 礼儀は ダンスのように 覚えるものだ。》
《 ダンス のように 人と つきあう。》
《 ダンスのように 礼節を習得する。》
《 礼節とは、情念に 操られた 無作法な ふるまいを 止めることだ。》
アランは、この礼節を フランス語で politesse と言ってます。
意味は 『 礼儀 正しさ 』とかです。
アラン は『 楽しい 友情 』も『礼節』と 同じと 言ってます。
NHKの『100分de名著 』の『幸福論』は こんな 言葉で まとめています。
《 人とのつながりは『奇跡の場所』。》
《『奇跡』を 自在におこすために必要なのが『礼節』です。
アランは あくまで自分自身の 意志と行動の中に、
世界に対する解決策を見出しているのです。》
なんか、こんな 現代だから、いろいろ 考えさせられる アランでしたよ。
アランは、神についての 哲学を 書いた スピノザも好きだったですよ。
僕も スピノザの 哲学は 好きですし。
スピノザの語る『神』は 日本の 神道と 似ていて
『自然』や『宇宙』が『神』だという『汎神論』に近いですからね。
スピノザの語る『神』も 日本の 神道も とても 平和を 愛する 神 だと思いますよ。
信仰の対象が 1つの 神だと ほかの 神と 争ったりね。戦争のもとですよね。
まあ、 人は 『神』をも 欲望や 権力に 利用したりしてね。あっはは 」
「 信也さんは、読書家です!! 私 マンガ しか 読まない から
信也さんを
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