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霊群の杜
輪入道 前編
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―――その『事件』の経緯はこうだ。


姉貴は娘…小梅を寝かしつけ、一日の疲れを軽い飲酒で癒していた。
旦那さんは同僚の送別会とかで、その日は遅くなると聞いていた。姉貴は『あー晩飯テキトーでいいやラッキー』位にしか思っていなかったらしい。小梅は基本的に文句の少ない子で、ミートソーススパゲティさえあればニコニコなのだ。
……姉貴に油断があったとしても、責められまい。姉貴のところは、共働きなのだ。
軽く酔いが回り、そろそろ寝るか…と思ったその時、姉貴は奇妙な物音を聞いた。
その音は、自宅前の細い通りから聞こえた。ギリギリ2車線、あるかないかの狭い道だ。
ぎしり、ぎしり…と、木枠がきしむような不快な音だったという。
壊れかけのリヤカーでも引いてる奴がいるのか、といぶかしく思った姉貴は、曇り硝子を嵌めた明かり取りの窓を少しだけ開けて、通りを覗いた。…ここからは、酔った姉貴一人の信じがたい証言だ。


どす黒い木製の車輪の中央に、醜く無表情な男の顔が、車軸のようにはめ込まれていた、という。


それがギシギシと音を立て、街灯のあかりを掠めるように通り過ぎていった…らしいのだ。よく意味が分からないので、俺は何度も問い質した。それでも姉貴は泣きじゃくりながら車輪が、車輪がと繰り返すのみ。親戚連中は酔って幻覚でも見たのでは、というが、姉貴は酒に弱いタイプではない。というか酒豪と云っても過言ではない。ビール1本程度の酒量で幻覚を見るわけがないのだ。姉貴が何らかの奇妙なものを目にしたのは確かだろう。
そしてその車輪の顔は姉貴に気が付き、はったと目が合った、という。
震え上がる姉貴に、『顔』は押し殺すような声で呟いた。


「なんじがあこをみよ」


車輪の軋みに粘つきを加えたような、厭な声だったという。それらの出来事はほんの数秒だったらしいが、姉貴はその声を聴いた途端、ぴしゃりと窓を閉めたという。あれはやばいやつだ、と本能的に察した…と、少し落ち着きを取り戻した姉貴が云っていた。
不吉な体験をした姉貴は、娘の寝顔を見て落ち着こう…と、リビングと寝室を隔てる襖をそっと開けた。


―――寝室は、もぬけのカラだった。


知らせを受けた俺たちは飛び起き、姉貴の家に集合した。…何故か集合した面子に、呼んだ覚えのない奉が混ざっていたのだが、今は猫の手でも借りたい。俺と奉は近所を練り歩いて心当たりを回ったが、小梅の姿は見えない。
夜が明けかけた頃、一旦姉貴宅に戻り、この奇妙な話を聞いた。


そして俺たちは何故か、奉の洞へ急いでいる。


「夜明けまでに、解決致します」
そう云って奉は、深々と頭を下げた。いつにもまして曇った眼鏡の奥は伺えない。
「あの子の居場所…知ってるの!?
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