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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか
18.なきむしオーネスト
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 全てが終わった少年は、先ほどまでの烈火の如き怒りなど無かったように、静かに身を翻す。
 自らの行動の虚しさを悟ったように、その存在感は年相応の小柄な背中に収まっていた。
 その少年の背に、ヘスティアは泣きそうな程に上ずった声をかける。

「どこに行くんだい、アキくん……ボクの顔も忘れてしまったのか?」
「……………あんた、は」

 振り返った少年の眼がヘスティアを捉え――その濁った意志に、ほんの僅かな動揺が走った。
 今の今まで、こっちには気付いていなかったとでもいうような表情に、ヘスティアは自分の爪が掌に食い込むほど握りしめて、涙を流した。
 ――ああ、天よ。どうしてこの子がこんな姿になるまで放っておいたのだ。どうして、自分は彼がこんな姿になるまで見つけ出すことが出来なかったんだ。ヘスティアは、他の誰でもない――たった一人の子供を助けられなかった自分が憎くなった。

「うちにおいで……その血を体に塗したまま大通りを歩かせたくない。お風呂、貸してあげるよ」
「俺は!……俺は、もうあんたの知ってる子供じゃない。俺は――」
「いいから、来るんだ」

 ヘスティアの細い手が少年の手を掴んだ。手まめだらけでごつごつとした年齢不相応な掌の感触が、ヘスティアを更に悲しくさせた。かつて差し伸べれば笑顔で握り返してくれた無邪気な手も、今や血を啜り赤く滲んでいる。血生臭いその掌は、幾ら洗っても拭えぬ罪の重さを宿しているかのようだった。

 その罪を背負うような生き方を、ヘスティア達はさせないことが出来た筈なのに。

「一度だけでいい、来てくれ……二度目を逃したら、ボクは今度こそ自分が嫌いになってしまう……」

 一度目は見つける事さえできなかった。
 だから、二度目は――例え手遅れだとしても、手を握り返して欲しかった。

 少年は一瞬その手を振り払おうとして――止まった。
 まるで腕が自分の意思を無視して動いたっかのように目を見開いてヘスティアと繋がれた手を見つめた少年は、小さな小さな嗚咽を漏らし、やがて力なく項垂れた。

「―――………わかっ、た」

 静かに、とても静かに、自分でも理由の分からない涙を流しながら、手を引かれて少年は歩く。
 その姿は先ほどまでの悪魔のような姿からは想像も出来ないほどに小さく、まるで迷子の子供が母親を求めて彷徨っているかのように痛々しかった。


 その涙は誰かに縋る涙ではない。
 オーネストは決して他人の為に涙を流しはしない。
 彼が哭いているのならば……それは、オーネストがオーネストに対して流す涙だ。

 だとしたら、最もオーネストを憐れんでいるのは、本当は――

 
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