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或る皇国将校の回想録
第一部北領戦役
第九話 苗川攻防戦 其の一
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皇紀五百六十八年 二月二十日 午後第一刻半 小苗川より 北方一里 東方辺境領鎮定軍先遣隊本部 
ユーリィ・ティラノヴィッチ・ド・アンヴァラール・シュヴェーリン少将


 先遣隊司令官であるシュヴェーリン少将はひどく立腹していた。
「全く!たかが一個大隊でよくもやってくれる!」
 夜襲に阻止砲撃、兵站破壊の為に放火に井戸に毒を投げ込む、そして野戦築城、まったくよくも小細工を重ねたものである。
「敵の指揮官は一体何者だ!例の猛獣使いか?」
 彼が忌々しげに敵の陣地を睨みながら吠えると、それに応えるかのように、凄まじい雄叫びが何重にも連なって響きわたった。

「やはり、あの猛獣使いか・・・三個大隊を僅か一個大隊で食い荒らした」

「どうやらその様ですな。二日前に捕えた捕虜によると野戦昇進の少佐が指揮官です。ショウケ――モリハラと同じ貴族の産まれだそうです。 因みに彼個人は猛獣を使いません。砲兵出身で夜襲で我々が討ち取った大隊長の幕僚でした」
 参謀長のアルター・ハンス中佐が答える合間にも兵達が橋を渡ろうと密集し――対岸から十門以上の砲がそこに霰弾を一斉に降らせる。
 シュヴェーリンは一瞬、目を伏せるが再び声を絞り出した。
「あぁそのようだな――見てみろ。見事な砲撃じゃないか?」
 橋の周辺は鮮血により赤に染まり、兵達は戦友だったモノを踏み越えながら橋を渡る。その痛ましい状況にシュヴェーリンは首を振った。
 人間――取り分け自分の兵達への情が深い彼にとっては、幾度見ても慣れない光景であった。だがそれでも熟練の闘将の下した発令に従う千を超える兵達は対岸の敵を打ち倒すべく同胞の屍を踏み越え、進撃していく。
 ――陣地が此処まで厄介なものだったとはな。
 シュヴェーリンは、思わず舌打ちをした。
 基本的に軍事大国である〈帝国〉をふくめた〈大協約〉世界の軍では、野戦築城は存在こそしていてもこれまで殆ど重視された事はなかった。
 なぜならば塹壕に散らばった部隊への伝達手段が無く、陣地の存在意義である多勢に対応しうる為の柔軟性が損なわれるからだ。

 ――それを良くも此処までやるものだ。兵の姿を見事に隠蔽し、十数リーグ離れた此処から望遠鏡で見るだけでは砲もろくに見えない。
 シュヴェーリンの知る限りではあのような状態で部隊の連携を維持する方法はない。
 石神の教えに背き遠い過去に〈帝国〉から排斥された背天ノ技は”遠い者に声を届け、誰にも見えない遠くの出来事を知る事ができた”と噂されている。そして蛮族達はそれを使っていると。

「伝令!第18猟兵連隊第37猟兵大隊壊乱!!」
 シュヴェーリンは舌打ちをした。
 ――1個大隊が壊乱か・・・やってくれる!!
「砲の布陣はまだか!!急がせろ!!」
 声を荒げて指示を出すが、参
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