「冥王来訪」の感想


 
コメント
>チトーあたりに会わせて、ユーゴスラビアを反ソにけしかけましょうか

いいえ、これはソ連が自国の将軍を外国の国防大臣に、諜報員を外国の検察官に任命したことを皮肉するだけです。どう考えても不条理に聞こえるとそのことができれば、強い力を持つマサキがソ連を解体する理にかなったので、ソビエトは「勝者は裁判にかけられない」という論理を反駁できないのでしょう。 
作者からの返信
作者からの返信
 
>いいえ、これはソ連が自国の将軍を外国の国防大臣に、諜報員を外国の検察官に任命したことを皮肉するだけです。
 
 小生も短慮を起こしてしまい、深い意味まで理解できませんでした。

 
 1952年のポーランド軍では、500人のソ連顧問が所属しており、将官の70パーセントは、ソ連軍の将官でした。
ロコソフスキーはそのトップで、軍そのものをソ連赤軍と同じものに作り替えた人物でした。
傭兵や軍事システムだけではなく、思想教育、果ては常勤の制服までソ連と同じものを着用していました。
(礼服は伝統的なポーランド軍の意匠を反映した制服でした。
なお同時期の東独の兵営人民警察もソ連と同じ制服を着ていました) 
さてロコソフスキー元帥ですが、国防大臣だけではなく、閣僚会議副首相(支那風に言えば国務院副総理ですかね)、ポーランド元帥を兼務していました。
1956年のポズナン暴動の時、ロコソフスキーはソ連の軍事介入を要請し、フルシチョフも乗り気だったのですが、ゴムウカの粘り強い交渉の末、ソ連はポーランドの介入を回避しました。
 ポーランドに居づらくなったロコソフスキーはソ連に帰国するとすぐ国防次官になり、1962年までその地位にいました。
ただ根っからのスターリン主義者だったため、フルシチョフの不評を買い、引退させられました。

 
 今回ポーランドの事を調べて驚いたのは、1956年までのポーランド秘密警察の将校の8割がユダヤ人で、しかもスペイン内戦やソ連NKVDなどで勤務経験のある人間を送り込んでいたという事でした。
彼等の中には拷問のプロもいて、拷問を楽しむためにポーランド人を無作為に逮捕していた模様です。
そのことがポーランドの反ユダヤ感情を高めた面があるという事でした。
 マブラヴ世界も、ソ連がBETAに本腰を入れて戦っていれば、ポーランドでの悲劇は防げるものでした。
原作では出ませんでしたが、BETA対策失敗の事でポーランド人などはソ連の事を相当恨んでいたのではないでしょうか。

 形の上だけでも東独はドイツ人だけで回していましたから、ドイツはまだ優遇されていた方なのかなと改めて思いました。