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相棒は妹

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志乃「あ」

 「お、おお……」

 「やっとだね」

 今、俺はさっき届いた機材の入った段ボールを志乃と見つめていた。窓から入ってくる涼しい風が、興奮しきった俺の頭を冷やそうとしている気がする。それほどまでに今の俺は感動に身を浸らせていた。

 おばぁちゃんや母さんが大きな段ボールを見て目を丸くしたが、それ以上はどうでもいいとばかりに自分の作業に意識を向けた。少しは俺に自慢させてほしい。

 一方の志乃はというと、こちらは普段と変わらないような無表情をキープしている、かと思えば、目がいつもより見開いていて、口角がほんの少し吊り上っていた。なんだかんだこいつもワクワクしているのだ。

 「んじゃ、内容を確かめようぜ。まず俺の部屋か志乃の部屋持ってっちゃうか」

 「兄貴の部屋で」

 「あいよ」

 そう言って俺達は段ボールを持ち上げる。中身それぞれの具体的な重さは分からないが、ダンベルの重さを思い出すと、総重量で一〇キロはあるんじゃないか。とはいえ、両手で持っている事もあって、そこまでひどく思いと感じる事も無かった。

 だが、俺の部屋は二階にあるので階段を上り切らなくてはならない。最初は油断していたのだが、半分ぐらい上ったところで足や腕に負担が掛かってきた。一〇キロを両手で抱えているとは言っても、ずっと持っていれば、負荷というものは上昇していくのだ。

 ようやく階段を上ったところで、俺は機材の入った段ボールを地に置いた。ヤバい、腕がパンパンになってる。米俵一つを一人で運ばされた気分。やっぱり志乃にも手伝ってもらえば良かった。

 「兄貴、ジンジャーエールを」

 「俺を使いパシリか何かと間違えてんじゃないのか?」

 「にしても、兄貴って力無いね。一〇キロぐらいで汗かいてるんじゃ、まだまだだね」

 「じゃあお前も一回持ってみればいい。階段でずっこけるだろうがな」

 不毛なやり取りは相変わらずだ。つか、俺にジンジャーエールプリーズ。

 数分後、再び段ボールを持って、階段から一番近い位置にある俺の部屋に運び込む。先程の感動より、今は腕に掛かった負担の方が大きい。

 だが、志乃が無言で段ボールに付けられたガムテープを剥がすのを見て、俺の中の好奇心がまた蠢き出した。この中に、ゴールに近付くための材料が入っている。そう思うだけで、まるで動画を作り終えたような安堵が生まれてしまう。まだ安心するのは早いっての。

 心臓のバクバクが止まらない。それどころか、ガムテープが剥がれていくのに比例するように、勢いが増していく。

 俺は自分の感情を隠しきれぬまま、やや大きめの声を出した。

 「なぁ、説明書は?」

 「兄貴は私が言う順に機材を確認して。変な物混じってたり足りない機材があったら困るから」

 サラッと無視されたが、今はそこに批判する気すら起きなかった。志乃が丁寧な手つきで段ボールの中を徘徊する。そして、箱の横にくっ付いているように挟んであった説明書を見つけ出し、俺に視線で合図する。さっきの指示通り、俺は箱を自分の方に引き寄せ、中身を確認出来る状態を作った。

 そして、志乃が機材の名前をはっきりした声で呼ぶ。

 「オーディオインターフェイス」

 名前と説明については自分でも調べて覚えている。今の機材は、動画を作る上で最重要である機具だ。パソコンとマイクの中継基地であり、音質を綺麗にしてくれる役割を担っている。

 別にこれが無くても、マイクとパソコンをUSBで繋げば録音は出来るのだが、周りの音を拾ったり、プツプツという雑音が入る場合があるので、本気でやる人には必要不可欠だろう。

 マイクの他にも、ギターやピアノの録音にも仕様可能である。幸い、妹のピアノはUSB接続可能なので、音を録る事が出来る。

 俺の予想では、もっとデカい物なのだと思っていたが、実際のサイズはティッシュを二倍ぐらいにした程度で、重さも言うほどでは無かった。というか軽い。これなら近くに持ち運ぶのも簡単かもしれない。

 教師が生徒の名前を呼ぶように、志乃が点呼を続ける。

 「DAWソフト」
 
 「ある」

 これは、ネットでも無料配布されている音源編集ソフトだ。ネット版はダウンロードだが、スターターセットにはCDとして付属している。ここからパソコンにダウンロードすれば、すぐに使える筈だ。

 音源を編集する他、カラオケ音源と歌声を合成させる事も出来る優秀なソフトだ。これを所有している人はいっぱいいるだろう。

 「ヘッドフォン」

 「ある」

 「USBケーブル他ケーブル」

 「ある」

 志乃の問いに対して確信を持って答える。それを繰り返していくうちに、俺の中に曖昧なビジョンが浮かんできた。

 それは、コンサート会場で歌う俺とキーボードを担当している志乃の姿だった。

 俺は観客の盛り上がりを楽しみながら、喉を広げて歌っている。眩しいライトの光に、額の汗が照らされる。まさに、よくテレビとかで見るライブ会場そのものだった。

 しかし、それは志乃のデコピンによってあっさりと割れ、俺は我を取り戻す。

 「兄貴眠いの?なら、睡眠薬使って本気で寝る?」

 「すんません」

 こいつの睡眠薬、なんか一生起きなくなりそう。

 「じゃあ次、マイクスタンド」

 「えっと、ああ、あった」

 「ポップガード」

 「ある」

 「コンデンサーマイク」

 「あるよ。よし、とりあえず全部揃ってるな」

 「良かった」

 そして、同時に安堵の息を吐く。後は俺が完全に曲を覚え、志乃が……って、あれ?

 「そういえば、俺まだ志乃の課題曲の伴奏聴いて無いな」

 今まで俺が志乃に課題曲を聴いてもらう事はあったが、俺が志乃のピアノを聴いた事は無かった。志乃の事だから、ほとんど完成してるとは思うけど。

 すると、志乃は少し意地悪げな顔をして呟いた。

 「まだ、兄貴には聴かせない」

 「えー、いいじゃん」

 「完全になったら聴かせてあげる」

 完全、ね。こいつが言うとプロレベルのものが出来ちゃいそうだな。まぁいいや。その完全が出来るまでのんびり気ままに待とうじゃないか。

 とりあえず機材は全て揃っているから、段ボールにしまっておこう。俺はそう思って、確認のために周りに出していたセットを段ボールにしまおうとした。

 すると、

 「待って」

 志乃が突然俺の腕を掴み、機材を段ボールに戻す行動を塞いだ。あれ、俺なんか変な事した?

 それを聞こうと口を開くと、志乃はそれに被せるように言いたい事を口にした。

 「兄貴、マイクのテストするから歌って」

 これはなんていう無茶ぶりなんだ。家で歌えと?そんなの、鼻歌か呟き程度で十分だわ。

 最近はゲーム機器でカラオケが出来るようになっているらしいが、俺の家では一回もやったことが無いし、俺自身やる気も無い。そのため、家の中で歌うという行為にタジタジになってしまう。

 「いやいや、だったらカラオケ行ってテストした方が良くね?」

 「金と時間の無駄。ここでやったほうが絶対良い」

 確かに正論だ。むしろ正論すぎて返せない。つか、志乃の目がマジすぎて断れそうにない。こいつ、マジで言ってんのかよ。

 そこで俺は咄嗟に浮かんだ質問を志乃にぶつけてみる事にした。

 「もしかしたら母さんとかおばあちゃんが嫌がるかもしれないぞ」

 「じゃあ、今聞いてくる」

 そう言うが早く、志乃はマイクを持ったまま部屋を出る。少しして階段を走るドタドタという音が聞こえ――途中、ドゴンという聞き慣れない音がした。

 志乃が怪我をしたのかもしれないと、気になって階段の方へ行くと、そこには半分ぐらいの位置で硬直している志乃がいた。

 「あ」

 それだけ吐いて、次に俺の方を見上げた。そして、これ以上に無くヤバいぜ的な顔をした。って、え?志乃?顔がめっちゃ引きつってるぞ?

 あまりに新鮮すぎてこっちがびっくりするような展開に、俺は急いで志乃の方に行く。おいおい、本当に何事だよ。

 「もしかして怪我した?」

 冷静であるように振る舞いながらそう聞いてみると、志乃は顔を俯け、無言で一階の方を指さした。

 もしかしてゴキブリでも出たんじゃないかと、恐る恐る曲線になっている階段の先を覗いてみると、そこにはゴキブリ以上に悲惨な景色が広がっていた。

 「お、おま、お前」

 なんかこの感じ、前もあったなぁとか思いながら、平常心を保とうと深呼吸をする。さっき収まったばかりの心臓がまた暴れ出す。でも、それは好奇心や嬉しさでは無く、焦りや焦りや焦りが生じた結果である。

 ううん、どうしたものか。

 ついさっき届いたばかりのマイクがバラバラになってるこの状況を、どうすればいいだろうか。

 「兄貴、ごめん。慌てすぎた」

 志乃が申し訳なさそうに頭を下げてくる。俺は「大丈夫」とか言いながら頭を上げてもらう。こんな事で怒ってちゃやってられないだろ。

 でも、まだ良い方かもしれない。あのいかにも高そうなオーディオインターってやつを粉々にされたら、さすがに説教モードに入るかもしれないし。

 マイクなら、単品で通販で頼むか量販店で良いやつ見つければ間に合うだろ。それに、今すぐ始めるわけじゃない。時間はまだたっぷりある。

 俺達はマイクの残骸を集め、それをゴミ箱に捨てた。とても直せそうには無い状態だった。

 部屋に戻り、説明書を読む。だが、そこに補償みたいな内容は書かれていなかった。ここから取り寄せるのは出来ないのか。

 「しょうがない。通販で頼むか」

 暗いテンションを盛り上げるように声を上げ、志乃のパソコンでマイクについて調べる。だが、同じマイクはすでに売り切れており、他のマイクを頼むしかなかった。

 だが、志乃はそれを頑なに拒否した。どうしても赤いマイクが良いのだと言う。

 まぁ、確かにあれはかっこよかった。俺があれを使って歌ってるとか、めっちゃイケてねとか、少しは考えたりしていた。

 「じゃあ、今度俺が家電見て回って探してくるわ。通販限定じゃないだろ、それ」

 「私も探す」

 「じゃあ別々のところ探してみるか。それでも無かったら通販で同じ性能の色違い買うしか無いな」

 そう言って、この問題は何とか道を開く事に成功した。機材も丁寧にしまい、俺の部屋に保管する事にした。最後に志乃が深く息を吐いたのを、俺は見ていた。

*****

 四月も早く、もう下旬だ。今週末はすでに五月に突入し、土曜日からはゴールデンウィークだ。これまでは部活とかで忙しかったが、今年は異常なまでに暇だろう。それはそれでどういう一日を過ごす事になるのか、少しだけ気になっていたりする。

 しかし、現実は三日四日程ジャンプさせてくれはしない。ゴールデンウィークまでの残りが本当に無駄だった。普段以上に細かな描写であるように感じるのだ。

 今日はまだ月曜日。先は長い。

 「葉山君おはよ!」

 そんな俺に対し、本山はいまだに密接に絡んでくる。ちなみに、その日になって気付いたのだが、クラスの男子のほとんどと女子の半分ぐらいが、本山にゾッコンだった。マジでこいつ怖いんだけど。クラス全体の七、八割を虜にしてるんだぜ。

 それを五十嵐にこっそり話してみると、五十嵐は苦笑いを浮かべながら話した。

 「私の友達も、皆本山さんと仲良くなりたいって言っててね。なんか取り残された気分だよ」

 「五十嵐は本山の事どう思ってんの?」

 「可愛くて運動出来て、すごい人だなーって。でも、付かず離れずが一番だと思ってる」

 なるほど。どうやらこいつは俺と同じ側の人間のようだ。

 その他にも友達と話してみたのだが、そのほとんどが本山の話題を振って来た。やべぇ、本山由実やべぇ。俺そんな奴と関わっちまったのか。

 志乃を見てみると、自席で本を読んでいた。もはや周りの空気など知ったこっちゃないみたいな感じだった。本当なら俺もあの立ち位置だったのに……本山め、本当に俺に何がしたいんだ。

 俺が内心張り詰めていると、突然後ろから誰かに抱き付かれた。背中に今まで感じた事の無い柔らかな感触。首元にそいつの息が当たり、くすぐったい。

 「誰でしょう?」

 可愛らしい声で呟かれた言葉と同時に、甘いシャンプーの匂いが微かに鼻孔を刺激する。何か素敵なものに包まれたような錯覚を感じる……って、俺よ何を想像してる!

 「一旦離れようか本山!」

 「心の中では楽しんでたんじゃないの?ちなみに私はCカップ」

 「誰もそんな事聞いてねえ!」
 
 ああもう、最近同じようなやり取りよくするなぁ!俺を全体的に混乱させたいのか?

 そこで、目の前でニコニコしている本山の顔を見る。このおっぱい悪女めぇ……マジでとんでもねぇぞ。

 と同時に、俺は周囲の冷たい空気を感じ取る。皆が俺を睨んでいるような気がする。皆が俺を殺したがっているような気がする。全て錯覚だと思いたい。全て夢だと思いたい。だが、そいつらの刺のある会話が俺を現実へと引き戻す。

 「……そろそろ葉山やっちまった方がいいんじゃね?」「うわぁマジでうらやましすぎる」「本山さんの……本山さんのぉ……!」「葉山君だけズルくない?」「その点志乃ちゃんの方はマトモだけどね」「私もっと由実っちとお喋りしたいのに!」「やっぱあいつ警察突き出した方が」

 ……お前ら、俺が年上だっていう考慮をもう取っ払っちゃったんだな。俺はものすごく悲しいよ。

 そして、俺は本山に背を向け、無言で教室を出るようにして歩き出す。とりあえず、ここから離れたい。そして二時限目はサボろう。

 だが、やはり現実は俺を見逃さない。俺が甘い行動を取る事を許さない。それが自分で人生を壊した罰だと言うように。

 本山は、突然歩き出した俺に対して、これが自然とばかりに言葉を紡ぎ出した。

 「葉山君、もしかして、トイレ行くの?私が手伝ってあげようか?」

 という、これ以上に無い爆弾発言を。

 そして、俺と男子軍団の追いかけっこが始まる。

 「葉山ああああああ!!」「年上だからって調子こいてんじゃねぇぞコラァ!!」「うおおおああ!本山さんのおっぱいどうだったああああ!!」「それ気になるぜ教えろコラァァアア!!」

 ……どうしてこうなった。どうしてこうなったああああああああああ!!

*****

 数十分後。授業開始のチャイムと同時に、男子達は悔しそうにクラスに戻っていった。ここは俺も戻った方が良いのかもしれないが、ここで行ったところで授業に集中できるとは思えない。行く当てを失った俺は、仕方なく男子トイレに入った。


 「はぁ……」

 校内を爆走した疲れと、本山に振り回される精神的な疲れが合わさって、俺は長い溜息を吐いた。ホント、家帰りたい。

 「どうしたんだ。そんな溜息吐いてると幸せが逃げるぞ」

 突然トイレに声が響いた。だが、どこを見ても声の主の姿は無い。なんだ、トイレの神様か?

 「てか、授業始まってるんだからそろそろ戻れ」

 その声を聞いて、俺はそれが幼馴染の声である事に気付いた。

 「健一郎?お前どこにいんの?」

 「やっと気付いたか。今俺は右から二番目の便器でうんこをしてる」

 そんな情報求めちゃいねぇよ。お前こそ、うんこしてないで授業出ろや。

 とはいえ、幼馴染がいる事に少し気が抜けた俺は、ついつい本山について聞いてしまった。すると、健一郎は「あぁ、あぁ」とか言いながら説明してくれた。

 「入学式の時、めっちゃ美人だと思ったから覚えてたんだよ。そっか、お前あの子と同じクラスなんだ。良いな」

 「そう思うなら今すぐ変えてほしいよ」

 そして、俺は本山の本性について話した。一度喋り出したら止まらなくなってしまったのだ。

 健一郎は、トイレ越しにでも分かるぐらい苦笑していた。つか、とっととうんこ出して出てきてくれないかな。なんかトイレとお喋りしてるみたいで違和感が尽きないんだよ。

 「なるほどな。やっぱり美人は美人ほど怖いんだな。でも、本山って運動出来る人なんだろ?」

 「まぁ、そう聞いてるけど。詳しくは分からん」
 
 「え、知らないの?あの子、ちゃんと成績収めてるんだぞ?」

 そこで健一郎から話を聞いた俺は、半ば呆れてしまった。だって、本当に凄いんだもん。

 小学校の頃の記録会で長距離走の新記録を弾き出し、中学の大会でも一位を連発。中二の頃に県大会長距離パートで優勝していると言う。これは、まさに『出来る』人間なんじゃないだろうか。

 そこで、俺は微かに頭痛を感じた。どうやら、いろいろな情報を一気に受け止めすぎたらしい。入学以来、普通に過ごした日が少ないぐらいだし。

 いまだにうんこを出すのに苦労している健一郎と別れ、一階に向かって自販機で缶コーヒーを買った。購買部に用意されている椅子に座り、再度溜息を吐く。

 こりゃ、最初に俺が目標にしていた静かな生活は送れそうにないな。
 
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