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相棒は妹

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由実「私に関わった男って、皆タジタジになるもの」

 学校というのは、毎週毎週必ず訪れるものだ。その中でも、月曜日ほどに憂鬱な日は無いだろうと俺は思っている。

 藤崎高校は公立なので週末の二日間は休みだ。そこで思う存分休むと、次の学校が凄く嫌になるのだ。これは今に言えた話じゃなくて、誰もが小学校の頃から抱えてきた、切実な学生の悩みである筈。学校が大好きで、皆と遊んでいる時間が大好きだとか言っている奴がいるけれど、それもそれでありだと思う。中にはそれを聞いて『リア充爆発しろ』とか言う奴もいるんじゃないか。俺もその一人だし。

 まぁ、まだ四月の下旬だから皆それなりに楽しんでるのかね。授業だって今日からだし。でも学校生活にはいずれ『飽き』っていう単語が浮かび上がるものなんだ。そんなの、義務教育を嫌でも終わらせてきた奴らには分かる筈だ。

 どうしても楽しみたいってなら、花の三年間を順風満帆な毎日に彩りたいってなら、それこそ社交性とノリが無くちゃな。それ無しにやっていくのは、難しいと思う。

 「兄貴、肉じゃが」

 ……こういう、単語のみを発して目的を達成しようとする人間は特に。でもって今の志乃の言葉の意味が全く分からないのは俺のせいじゃないと思いたい。

 「ちゃんと喋れ」

 「肉じゃが取って」

 一応答えたので肉じゃがを乗せた皿を志乃の位置にまで移動させる。今日から通常授業なので昼食が必要なのだ。母は弁当を詰める作業が欠落しているため、自分でやる事になっている。

 去年の今頃、母さんに作ってもらった弁当――おたまじゃくし弁当の事を思い出すと、今でも鳥肌が立つ。あれは危険だ。友達に毒見させてからその事実を知ったので、俺はその日昼飯を購買で買った。それ程までにヤバいのだ。

 「伊月はともかく、志乃まで自分でお弁当用意しなくていいのに。私が作ってあげるから」

 母さんは台所で食器を洗いながらそんな事を言う。一番怖いのは本人に自覚が無いところだ。キャンプで休憩している軍人に母特製弁当を差し上げたら全員がそのまま全滅する事だろう。スパイとして活動すれば、きっと有名になれるレベルだ。

 「母さんの弁当はドラマティックすぎて私には眩しいの」

 「ドラマティック……いい響きだわ~」

 志乃はそんな事を呟いて母さんを喜ばせているが、恐らくドラマティック=『劇的な』の意味から、劇薬ぐらいに殺傷力があるという皮肉なんだと思う。なんて面倒な表現の仕方だよ。まぁ、それが志乃の言い方だからな。

 先に俺が弁当を詰め終え、朝飯を食べ始めた。基本的に志乃より俺の方が行動が速いので、これもまた、いつも通りの枠に含まれる事になる。

 だが、俺は今日起きたその瞬間から何か嫌な予感を感じていた。

 別に何か要因があるわけじゃない。でも、モヤモヤは一向に取れる気配を見せず、今もまだ変な感じが続いている。

 こうしていつも通りが繰り返されるのも、今だけなのでは無いかという妙な憂惧が取り憑いている。これが予知なのだろうか。この場合、嫌な方向にどんどん進んでいる気がするが。

 「考えても仕方ないか」

 なんとなく声に出してみると、すぐに隣から視線を浴びた。そして視線を送った妹はただ一言呟く。

 「……厨二病?」

 「安心してくれ、とっとと飯食って行かないと」

 いちいち構ってられない。俺と志乃は弁当を詰める時間が増えたというのに、起きる時間が先週と全く変わっていないのだ。下手すると遅刻する恐れがある。よし、明日からは二〇分ぐらい早く起きよう。

 そうして普段通りに支度を終わらせ、やや遅めの時間で登校する。

 「まだ間に合う。走るぞ」

 「自転車使おう」

 「俺達はチャリ通じゃないから無理だ」

 「じゃあ兄貴自転車役よろしく」

 「俺を人間として見なさい」

 もはや趣旨の見えないダラダラしたやり取りだが、それも日常の一つとして受け入れる。

 だが、俺の心の胸騒ぎは、起きた時から今までに上乗せするように、学校に近づくにつれて肥大化していくのだった。

 *****

 教室に着いたのがHRの一分前。今日は本当に危なかったんだな。下らない話ばっかりしてたら危機感どっかすっ飛んでたわ。

 先週配布された時間割を見て、一時限目が現代文である事を知る。お、いきなり俺の得意分野かよ。朝のモヤモヤはきっとあれだ、夢の中で恋人とデートしてた余韻なんだよ。……自分で考えて悲しくなってきた。

 俺がわざとらしく嫌な感覚に見切りをつけ、ロッカーに向かって教材を取って来ようとした時、突然右斜め前の席から消しゴムが飛んできた。

 それは教室のタイルを軽く弾み、俺の足下で動きを止めた。勿論、人の落とした物を拾わないで無視するわけにもいかないので、日常的な手つきで――腰を屈めてそれを拾い、消しゴムの落下方向に目をやる。

 この時、日常的な動きをした俺だったが、それが俺の平穏な日常をぶち壊すきっかけになろうとは、全く思っていなかった。

 腰を屈めた俺の視線の先、ちょうど真っ直ぐを見据えるように動いた俺の頭の位置は、右斜め前の女子の膝辺りだった。

 荒れやシミ一つ無い、真っ白な肌。そしてそれが形成する足の先――スカートの中までもがわずかに見えそうな、ある意味ベストなポジションだった。

 恐らく、俺がその状態で固まった時間は二秒。しかし、二秒というわずかな時間が俺には永遠に感じられた。

 まるで急速に育つタケノコのように、膝を伸ばし直立になった俺。うわー、今のはヤバい。初めて女子のスカートの中見えそうになった。

 だが、俺の方が一つ年上という謎の優越感が興奮しそうな血を急激に抑えた。そして、平常心を保ったまま座っている女子に消しゴムを渡す。

 「はいこれ」

 「……葉山君だよね。君、なんか変わってるね」

 こいつ、礼を言わないで俺を指摘してきやがった。まず最初にお礼を言うのが普通だと思うぞ。

 「変わってる?俺が?」

 いちいちそれを教える程、俺も義理難く無いので、あえて女子の言葉に乗る事にした。するとそいつは俺の言葉を肯定した。

 「うん、変わってる。だってさ……」

 そして、言葉の続きを俺の耳元で紡ぎ出す。周りには聞こえないボリュームでありながら、聞き間違いを否定させない力強い声で。

 「私に関わった男って、皆タジタジになるもの」

 ……俺、こんなに典型的な腹黒初めて見たわ。間近に女の子の顔があるというのに、俺はドキドキもせず、そんな事を考えていた。気付いたらそいつの顔はさっきの位置にまで戻っており、優しい笑顔を浮かべている。

 でも、俺はそいつの目が笑っていない事に気付いた。

 「それ、どういう意味?」

 小声で言われた事に対して、周りに気にする事無く真正面から問うと、そいつは太陽のように陽気な声を放った。

 「え?それこそどういう意味かな?ていうか、私の名前覚えてくれてる?」

 話を逸らされた。一瞬でそう感じたが、その前にこいつの名前が気になった。入学式から一週間以上経ったが、クラスメイトの名前は半数近く覚えていない。ちゃんと認識しているのは志乃と五十嵐、それと男子生徒を極わずか程度で、それ以外は事件後の質問で二言三言会話したぐらいだ。

 だが、目の前のこいつは、それを除いても初めて喋る相手だった。自己紹介の時はパニックになっていたので、自分がどうやって家に帰ったのかすら記憶していない始末だし。

 こうしてよく見てみると、先程の綺麗な肌といいスラリとした足といい、この女子はなかなかに女性としてのスタイルが完成している。身長は座っているので詳しく分からないが、背筋はピンとしているし、出るところは出ていて引き締まっているところはキュッとしている。

 また、顔のラインはモデルのようにシャープで、全体を通して眉目秀麗を具現化しているように思える。

 だが、先程の発言を聞いてしまった今では、それら全てが嫌味にしか聞こえず、その笑顔も計算し尽くされたものなのだと思えて仕方が無い。こんな女子が自分の近くにいた事にも気付かないなんて、俺は今まで何を見ていたんだよ。

 「ああ、ごめん。実はまだ覚えてないわ」

 相手の態度に仕返しをするつもりでそう伝えると、その女子は笑顔を全く崩さぬまま、自分の名を名乗った。

 「ちゃんと自己紹介聞いてね。私は本山由実。これから一年よろしくね!」

 「俺は……言わなくても分かるか」

 「葉山伊月君でしょ?一歳年上なんて、なんか頼もしいなぁ」

 その言葉に感じるのは、圧倒的な自然。元からそういう人間であったかのように自分を演じている。そして、自身の性格をちゃんと理解しているのが一番問題だろう。きっとこのクラスでこいつの本性を見破る事が出来るのは、俺と志乃ぐらいだろう。

 「そんな事ねえよ。でもまぁ、これからよろしく」

 分かるように冷たくすると、すでに本山の虜にされたかもしれない人に仕打ちを受けそうなので、相手を傷付けないような言葉で返す。もっとも、これが冷たい態度を取っていると思われたらその時点で終わりなんだけど。

 だが、本山は俺の言葉にニコニコして、それ以降俺の方を振り向く事は無くなった。そして、改めて教室を見渡すと、本山を見つめていたり、胸を揉む仕草をして笑っているような男子達を何人か見つけた。まさか、本当にもうメロメロにさせちまったのか?

 俺の嫌な予感は、これが必然とばかりに的中した。この先、悪い事が起こらなきゃいいけど。 
 

 
後書き
8月15日は日本の終戦記念日ですね。
おやおや、Twitterさんでは三者三様の答えが続出してますね。
正解は、全部だと思いますけど(^ω^) 
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