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常識

作者:愛してる
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ある日

私は小さいときから、それなりに勉強をし、それなりに人付き合いをしてきました。
私はクラスの中心にいるわけではなく、かといって完全に外側にいるわけでもない。そんな立ち位置でした。
そして、今私は田舎から出て、東京で独り暮らしをしながら大学に通っています。
その大学生活も二年目になり、やっと落ち着いてきたというところでした。
その日もまたいつも通りの電車に乗っていました。
ふと、私は電車の中の広告に視線を奪われました。
普段はあまり気に止めないのですが、なぜかその日だけは気になったのです。
広告には、こう書かれていました。
「個性を高めろ。」
このような内容の広告はいくらでもあります。でも気になったのです。
個性とはなにか?と考えたのです。
個性とはなんでしょう?
私の個性が皆目見当がつかないのです。
個性的ってなんでしょう?面白い人や変なことをする人は個性的だと言いますが、それが個性なのでしょうか?
およそ私に個性があるとは思えなかったのです。人並みに暮らしてきた私には。
とうとう私は見当がつかないのなら、いっそ作ってしまえばいいという結論に至りました。
だから、個性的と呼ばれる面白い人や変なことをする人になろうと私は決心したのです。

とりあえず私はテレビでお笑い芸人を見ることにしました。
私は芸人を見て面白いと思ったことはありません。私は元々感性に乏しいのです。でも人はたぶん面白いと思っているはずです。だから私はずっと研究しました。
流行りの芸人の持ちネタを見ました。いろんなところで司会をしている、いわゆる大御所の話を聞きました。モノマネも多少はできるようにしました。ついには、落語や謎かけのようなものにも手を出しました。
どれも私にとってつまらないものでしたが、たぶんみんなは面白いと思っているはずです。私がおかしいだけです。
さて、私はついにその成果を試すときが来ました。
ゼミに入ったのです。そこでは会ったことのない人がたくさんいました。
その最初の自己紹介で、いきなり私は一発ギャグをしました。
その場が静まりました。
私は恐怖の汗で脱水症状になるのではないかと思いました。これまでの努力はなんだったのか。面白いはずではなかったのか。芸人の役立たず!と心のなかで叫んでいました。
私にとってはとても長く感じられましたが、数秒ほど経ったあと一人の男が「すべってるぞ!次やれ!」と言いました。その一言を皮切りに笑いが起きました。
この男には助けられました。神か仏かと思いました。私の努力は思わぬ形でうまくいったのです。その数回「すべって」私は退場しました。それ以来私はいつも「すべり役」として生きていくことになりました。
あぁこれが個性か。とうとう個性を手にいれた!と私は思いました。そのときの喜びは言葉につくせないものがあります。
それから今まで私はずっと「すべり役」としての個性を発揮しています。この仕事は誰にも変われません。僕だけのものです。

 
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