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軽い男 堅い女

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第二章


第二章

 家に帰って洋子は制服を脱いで夕食を食べた後でシャワーを浴びた。それからパジャマを着て自分のベッドの上に寝転がった。寝転がったままふと考え込んだ。
「一体何なのよ、全く」
 考えることは友一のことであった。
「いつもいつも私の側にいて。鬱陶しいったらありゃしないわ」
 思うだけで忌々しかった。友一のことは前から知っている。
「一回振ったらすぐに離れていくって聞いていたのに」
 それは今までの友一であった。彼は振られるとすぐに別の女の子に声をかけてきたのだ。だからこそ女の子達からは受けがよくなかったのだ。あまり軽薄だとかえってもてないのは何時でも何処でも同じなのであろうか。
「それがどうしてずっと私の側にいるのよ。おかしいじゃない」
 どう考えてもわからなかった。振っても振っても彼は来るのだ。そして今日も側にいた。朝学校に来ると教室に来ているし休み時間になったら来る。逃げようとしても先回りしている。まるで洋子のことなら何でも知っているように。
「本当にストーカーとして訴えてやろうかしら」
 起き上がってそう考えた。だがそれはすぐに打ち消した。
「・・・・・・けれどなあ」
 それには少し可哀想な気もしたのであった。
「悪気はないみたいだし」
 それだけはよくわかった。写真を盗み撮りされてもそれは決して嫌らしい写真なぞではなかった。あくまで彼女の笑顔やそうしたものを写したものであったのだ。
 それに彼は彼女をそんなに嫌らしい目で見ているわけでもなかった。ただ純粋に声をかけて側にいるだけであった。この年頃にしては純情であると言ってもよかった。お互いに凄く意識し合う年頃なのだから。
「それでもね」
 洋子にとって不愉快であるのには変わりがなかった。
「ストーカーがいい加減にしなさいよ」 
 そうは言ってもここにはそれに答える彼もいない。結局今ここで何を言っても何もなりはしないのであった。
「寝るか」
 悩んでいても仕方がない。寝ることにした。
「お休み」
 そして灯りを消した。暫くして彼女は夢を見た。
「・・・・・・・・・」
 起きてすこぶる不機嫌になった。夢にまで出て来たのだ。
「何だっていうのよ、全く」
 ブツブツと呟きながら身支度をする。部活の朝練の為に早くに家を出た。その前に朝食を採り、歯を磨いて顔を洗って髪をすいた。何故か最近以前よりも身支度に時間がかかるようになっていた。
「何でかなあ」
 学校への通学途中洋子はそのことについて考えていた。
「最近朝出るのも遅くなりがちだし。嫌だなあ」
「お早う、洋子君」
 そしてここでまたあいつの声が聴こえてきた。
「今日も一段と綺麗だな。何か最近どんどん可愛くなってきてるよ」
「・・・・・・あんたねえ」
 洋子は顔を見上げた。するとそこに彼の顔があった。
「何でこんなところにいるのよ」
「ちょっとね」
「ちょっとじゃないわよ。あんたの部活は朝は何もない筈でしょ」
「うん」
 友一はにこにことしてそれに頷いた。彼は写真部に所属しているのである。彼女の写真を持っていたのはその為でもあったのだ。
「じゃあどうしてここにいるのよ」
「それは決まってるじゃない」
 彼はにこにことしたままそれに答えた。
「決まってるって?」
「そうだよ。僕はね、洋子君に会う為にここにいるんだよ」
「またそんなこと言って」
 それを聞いてその細く緩やかなカーブを描いている眉を歪めさせた。歪んだあまり左右のその眉が輪を描いて繫がりそうであった。
「からかうのもいい加減にして」
「からかってなんかないよ」
「それじゃあ何だっていうのよ」
「好きなんだよ」
「・・・・・・もう聞き飽きたわ」
 一日に何度も聞いている。耳にタコができるというレベルではなかった。
「馬鹿馬鹿しい。朝から不愉快にさせないでよ」
「けれど僕は気持ちいいよ」
「私に会ったから?」
「うん」
「・・・・・・くっ」
 それを聞いて何故か顔がほんのりと赤くなるのがわかった。自分では納得がいかなかった。
「嘘ばっかり」
「嘘なんかじゃないよ」
「嘘にしか見えないの、あんたの場合」
 そしてそう言い返した。
「私だってね、あんたのことは知ってるのよ」
「洋子君のことが好きなことをだね」
「まさか。あんたがどれだけの女の子に声をかけてきたか。学校で知らない人なんていないじゃない」
「昔はね」
 彼は言った。
「けれど今は違うのさ」
「どうだか」
「じゃあ証拠を見せようかい?」
「何?また写真か何かなの?」
「ううん、もっと別のものさ」
「何なのよ、一体」
「ほら」
 彼は自分の右腕を洋子に見せた。そこには千切れた輪があった。
「それって・・・・・・」
「ミサンガさ」
 彼は言った。
「これが千切れるとね、願いが適うんだよ」
「聞いたことはあるわ」
 わりかし有名な話である。彼女も知っていた。
「私は信じていないけど」
「けれど僕は信じているのさ。そしてそれは適うんだ」
「何を願ったのよ」
「決まってるじゃないか」
 そう言って洋子を見る。
「僕と洋子君がずっと一緒になれるようにって」
「ばっ」
 それを聞いて今までほんのりとした彼女の顔の赤が爆発したように真っ赤になった。
「何馬鹿なこと言ってるのよ!どうして私があんたなんかと!」
「嫌だなあ、照れなくてもいいのに」
「照れてるんじゃないわよ!あんたなんか大嫌いなんだから!」
「そんなに嫌い?」
「当たり前でしょ!この世で一番嫌い!顔も見たくなんかないわよ!」
「まさか」
「昨日も夢にまで出て!どういうつもりよ!」
 激昂してそう叫ぶ。だがここで彼女は一つミスを犯していた。
「夢にまで?」
「そうよ、どうして出て来るのよ」
「幾ら僕でも洋子君の夢のことなんて知らないよ」
「あっ」
 それに気付いてハッとした。
「嬉しいなあ、やっぱり気にしてくれていたんだ」
「嫌いなだけよ」
 そうは言っても昨日のその夢を思い出すと説得力がまるでなかった。何しろ彼女と彼が夫婦になっている夢だったからだ。だから今朝は機嫌が悪かったのだ。
「けれど気にはしているんだね」
「うっ」
 もう反論はできなかった。
「それじゃあ願いは適うんだ。やっぱりそうだったんだ」
「何処をどうやったらそんな答えが出るのよ」
「それは僕だからさ。洋子君はやっぱり僕が好きなんだそうなんだ」
「・・・・・・勝手に言ってなさい」
 もうこの日は何も言わないことにした。洋子はつきまとってくる友一を無視して勉強と部活に励んだ。だが無視しようとすればする程彼のことが気になる。そして部活では変に力が入ってしまっていた。


 
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