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機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア

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第一部 刻の鼓動
第二章 クワトロ・バジーナ
  第三節 過去 第四話 (通算第34話)

 アーガマに相対速度を合わせ、チベ改が静止する。静止といっても宇宙空間では絶対静止ではなく、相対的であり人間にとっての感覚的なものだ。静止衛星は地球上からみて静止しているようにみえるだけであり、現実には秒速?キロメートルで地球を周回している。
 宇宙空間に浮かぶ白亜と臙脂の二隻の艦を繋ぐものはない。二隻は国籍の違いはあれど、規格は同一であり、互いに搭乗降橋で固定が可能だ。ジオン共和国軍のパプア級補給艦などには連結固定帯が具わっており、直接接舷することもあるが、軍艦同士では望むべくもない。
 チベ改の後部デッキから曲面で構成されたジオン製らしい内火艇が出た。軍の艦艇に必ず積載されている内火艇は脱出艇や連絡艇として使われ、十人ほどが搭乗できる。艇内はお世辞にも広いとは言えないが、連絡艇としては充分だ。艦同士が接近するといっても、三○○メートルを超す矩躰では人が自由に往き来できる近さにはない。
 内火艇は気密性の低さからノーマルスーツの着用が義務付けられている。搭乗する者たちは全員が同じノーマルスーツを着用していた。ジオンのノーマルスーツは伝統的に兵科の区別がない。士官用と兵卒用の区別があるがヘルメットの一部が違うだけであり、外形から兵科を見分けることはできなかった。
ジオン共和国軍の軍旗を掲げた内火艇が《アーガマ》の後部甲板へ進入体勢をとると、レーザーサーチャーを同調させた。ガイドビーコンが投射され、光通信による無線接続が行われる。ゆっくりと進入し静かに着底すると、甲板脇の格納庫に固定された。
 あわただしくデッキハッチが閉じられた。甲板内が与圧されAIRと書かれたグリーンランプが点るのを確認して、内火艇から数人がでる。カーキ色のノーマルスーツの中に鈍色のノーマルスーツが一つ。それがエルンストであることは間違いない。
 エルンストは銃状のもの――ワイヤーガンからワイヤーを射出した。再び引き金を引くと銃が自動的にワイヤーを巻き取り、一定のワイヤーが収納されると先端の磁力吸着が外れるようになっている。ワイヤーガンは実用化されたばかりのものであり、全てのノーマルスーツに標準装備という訳にはいかなかったが、艦内――特に甲板での移動に汎く利用されていた。無重力下では作用反作用の関係で、方向転換が難しい。戦闘で疲労したパイロットには必需品といえる。
士官と一目で分かるジオンのノーマルスーツは連邦軍には馴染みのない文化である。しかし、《アーガマ》の甲板員に戸惑いはない。エゥーゴではジオンは友軍なのである。
「ジオン共和国軍第一機動艦隊、月面派遣軍所属、チバーヌス艦長、エルンスト・ミューラ大佐である。貴艦の艦長に取り次ぎを願いたい」
エルンストがヘルメットを外すと束ねられていた豊かな金髪が流れ出でる。獅子と渾名されるエルンストらしい姿である。いかにも軍人らしい堅さが、ジオン軍人の平均的気質でもある。一年戦争においてもジオン軍人の規律の厳しさと連邦軍人の頽落さが対照的であった。それ故にジオンは占領地を橋頭堡とできたのだ。国防と独立の志士揃いであったジオン軍と、喰い詰めた行き場のない者たちの受け皿となっていた連邦軍の差でもあった。
 ただし、そんな連邦軍において比較的まともなのが宇宙軍である。ジオンを恨むこと骨髄の宇宙軍にあって、然程嫌ジオンではないのが元月面駐留軍――エゥーゴである。エゥーゴは自由闊達な寄り合い所帯であるが故に、この取り合わせが受け入れられているといえる。
「ご無沙汰しております、大佐。アーガマ所属のトーレス・ハミルトン中尉です。艦長より艦橋への案内を仰せつかっております。こちらへ」
些かぎこちない海軍式の敬礼を返し、トーレスがメインシャフトへの通路に案内する。トーレスの後にエルンストらが続いた。数少ないエルンストの顔見知りを出迎えに出すあたりに歓迎の意を感じると、随員らの雰囲気が和らいだようだった。
 これはトーレスの――というよりもヘンケンの配慮である。実際、エゥーゴの連邦軍兵士より、ジオン共和国軍の方に強い警戒心があり、受け入れる側のエゥーゴの方にこそ警戒心が低かった。
 それを知っているが故にヘンケンはエルンストに艦橋に来てもらわなければならなかった。エゥーゴのジオン歓迎ムードを副長以下に肌で感じてもらいたかったのだ。
「それにしても大分時間が掛かりましたね」
 随員から緩んだ緊張が一気に消え去る。あからさまにトーレスを睨む者もあった。エルンストは一瞥で随員を黙らせると、トーレスを見向きもせずに答えた。
「ソロモン……いや、コンペイトウ宙域は今や紺碧に染まった……ということだ」
「やはりそうでしたか。艦長も、クワトロ大尉も同意見です。しかし、それほどまで……」
 トーレスの表情が険しくなる。コンペイトウ鎮守府が敵にまわるとなると、彼我の戦力差は三倍以上になるからだ。艦隊動員力はそれ以上の差がある。エゥーゴには艦隊が少ない。《アーガマ》を旗艦としたアイリッシュ級四隻からなる新設のグラナダ艦隊と各サイド政府から派遣されたサラミス改級四隻と連邦宇宙軍のマゼラン改級一隻からなる月面駐留艦隊がその全てであった。それ故にブレックスはジオンの参戦を希んだのである。
「吉報がないわけではない」
 エルンストは人をくった笑いを浮かべて後ろ向きのトーレスを視る。それは〈静かなる獅子〉と呼ばれた彼を知るものには初めて目にする光景だった。 
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