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Ball Driver

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第二十二話 無敵艦隊

第二十二話



「はーい、“勇者チャレンジ”始まるよーん」

実に悪い笑顔。悪意がそこに権現したかのような哲也が、一年生達を震え上がらせる。
この行事も、年度が変わってもまだ継続している。

「それじゃあ、1年A組松山洋!お前が先頭バッターだ!先陣を切れ!」
「はっ、はぃい!」

哲也に指名されたのは、野球部の松山洋だった。少し長めの栗色の髪で、雰囲気もノリも軽く、“大してかっこ良くないけど、チャラさだけは一人前”という、痛いオッサンのような見た目をしている。調子良く先輩の前でネタを披露し滑り倒してからというもの、ひたすらにイジられる役割が定着してしまった。

「よーし、お前ら、見とけよォ!俺が手本って奴を見せてやるからなぁ!」

洋は他の一年生にこう啖呵を切って、両サイドのドアが空いた中廊下を猛然とダッシュする。
それを合図にするかのように、ガスガンが撃ち出したBB弾が洋に殺到した。

「うひゃぉおおおおああああ!?」
「痛っ!いてててててっ!!」
「おぉーーぅまぁーーいがーーーーっ!!」

洋は相変わらずのオーバーリアクションで転げ回り、その顔といい、動きといい、先輩方の腹筋を崩壊させるには十分だった。

「あっははははは!何だよこりゃ!?洋のリアクション芸は安定だなぁ!もう一回チャレンジするのを許可しても良いぜ!ひゃはは!」

権城も、例に漏れず笑い転げていた。
その右手には、ガスガンが握られていた。
……時の流れは、遂に権城を狩られる側から狩る側へと誘ったのである。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



カァーン!
「うわ、また行ったわ」
「何だよサザンクロス。こんなの抑えられる訳ねぇよ……」

野球は春季大会が始まっていた。
南十字学園は、その強打で相変わらず、大会序盤のブロック予選を圧倒していた。もう2年ほどこういう展開が続くと、そろそろ高校野球ファンも南十字学園に注目し始める。
例え雑魚相手に無双しているだけとはいえ、無双もここまでくると立派だからだ。
大会における台風の目を期待される程にはなっている。

バシッ!
「ストライクアウト!」
「こりゃあすげぇな」
「チビなのにこの球威か」

その中心に居るのはもちろん、エースで4番の紅緒。1年夏にいきなりエースで4番で登場しホームラン3本、2年の夏は名門・帝東を力でねじ伏せ、試合には敗れたものの投打に圧倒した。
ミートセンス、長打力共に抜群の打撃力に、140キロを優に越えるストレートによるパワーピッチング。一体この小さな体のどこにこんな力が詰まっているのかと、誰もが思う。この冬には、(人生で初めて)走り込んだ成果もあって、パフォーマンスの持久力が増し、安定感が増した。

カァーン!
「またかよおい!」
「これで本当に1年なのか!?ついさっきまで中坊だったんだろ?」

絶対的柱である紅緒の前を打つ3番センター。
そこにこの春から、天才打者の呼び声高い楊茉莉乃が入った。紅緒の再来を予感させるような強打、俊足そして強肩。元々圧倒的な強打に、更に厚みが増した。
この絶対的3番4番の前に、俊足の哲也、テクニシャンの銀太がチャンスを作り、例え2人が歩かされても1年時から紅緒と並び立ってきた5番の紗理奈、怪力打者の譲二、侮れないスラッガーの月彦が綺麗に塁上を掃除する。

「で、俺はライパチ、と」

茉莉乃加入の煽りを最も食ったのは、誰でもない権城だった。3番という打順、センターというポジション、全て茉莉乃と被ってしまったが為に、しっかり権城は退かされてしまった。
8番ライトという、下手の代名詞とも言うべき打順そしてポジションに左遷された。(ライトに行って左遷とはこれいかに)
権城の成績がダメな訳ではなく、むしろ着実に結果は残しているのだが、茉莉乃がそれ以上に活躍するのだから仕方がない。

ズパァーーン!

ブルペンからは、物凄いミットの捕球音が響いてくる。観客席からは、驚嘆の声が上がった。

「何だあの10番!品田より凄ェ球投げてないか!?」
「サザンクロスはまだこんなのを隠してんのかよ!」
「まだあれ、1年らしいぜ?」
「どうなってんだよ一体!」

姿がブルペンで投げ込んでいた。
ブルペン捕手のジャガーは捕球する度、ビリビリと痺れる左手の痛みも忘れて目を輝かせている。姿のボールを捕る為にキャッチャーをしているらしいから、むしろ試合に出る事よりもこちらの方が幸せなのかもしれない。

「坊っちゃま、素晴らしい球です!」
「まだまだだよ、ジャガー。試合で投げられなきゃ意味が無いんだ。」

姿は至ってクールにブルペンでスタンバイを続ける。




(野手としてもライパチ降格、投手としても3番手降格かよ……俺がこんな扱いなら、甲子園もいよいよ夢じゃねぇな!)

権城は菩薩顏で頷くが、その顔はどこか引きつっていた。

 
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