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魔法使いの知らないソラ

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第五章 友と明日のソラ編
  第三話 光と闇の交錯 後編

――――――俺は、いつも考える。

なぜ、誰かの為に必死になるのだろうか?

なぜ、誰かの為に命をかけるのだろうか?

なぜ、誰かの為に戦うことができるのだろうか?


灯火町に来て当初、俺は平凡な高校生活を過ごしたかった。

何より俺はその頃、護河家との一件もあったから、誰かの為に何かをする余裕なんてなかった。

そのため、魔法使いになって最初の頃は、魔法使いという世界から一線を引いていた。

誰かを傷つけると言うことに、慣れたくなかったからだ。

護河家との一件で、奈々の父親と喧嘩をしたとき。

あの時の、血が沸騰したような感覚、全身の筋肉が引き締まる感覚、呼吸が荒くなり、熱を帯びる感覚。

そして、自分が自分で無くなるような、自我が崩壊していく感覚を思い出すと、魔法使いとして戦うということが怖かった。

あの時は、奈々が止めてくれた。

だけど、奈々がいない灯火町で俺は、果たして冷静でいられるのだろうか?

その不安と恐怖で、魔法と言う異能の力を使うことができなかった。

今でこそ魔法を使うことはできるけど、まだあの時のことがトラウマで、全力で魔法を使うことができず、魔力や本気をセーブして戦っている。

この灯火町で出会う人と仲良くなり、平凡な日常を過ごすこと。

そして、立派な大人になって、再び護河家に戻ろうとしていたのが、最初の頃の俺だ。

‥‥‥変わるきっかけは、やっぱりあの日の夜だろう。

この町に来て、まだ間もない頃、魔法使いとして生きることを決意してなかった頃、俺が出会い、そして失った‥‥‥一人の魔法使いが、俺を変えたのだろう。

馬鹿なまでに誠実で、生真面目で、正義感の高い少女。

そして、俺よりもずっと死に怯え、必死に抗い続けていた。

俺は、彼女を守れなかった。

失うことを経験した俺は、彼女と同じように苦しむ人も、魔法使いも、救ってあげたい‥‥‥守ってあげたいと思った。

例え、精霊であったとしても、それは変わらない。

守れなかった人の分まで、守ってみせると誓った。

だから俺は戦ってきた。

そんな中でも、特に守りたい人がいた。

誰よりも孤高で、それ故に孤独でいる少女‥‥‥ルチア=ダルク。

彼女を一目見て、俺は綺麗だなと思った。

孤高であるが故に持つ美しさ、気高しさ、勇猛さ。

彼女の全てに惹かれて、今も変わらない。

俺は、そんな彼女を知りたかった。

彼女の全てを知りたいと思った。

それからの俺は、彼女と共に魔法使いとして戦ってきたんだ。

‥‥‥だから、ルチアが冷羅魏の味方をした時‥‥‥俺ではなく、冷羅魏を選んだ時は、絶望した。

胸が締め付けられて、呼吸ができなくなりそうで、生きてる心地がしなくて‥‥‥。

これが、嫉妬とかなんだろな。

だから‥‥‥今、俺がここで戦っている理由。

それは、とても我侭で自分勝手なことなんだ――――――。


「はぁ、はぁ、はぁ‥‥‥」

「ふぅ‥‥‥流石だね。 まさか同等の力にまでたどり着くなんて」


話しは今に戻り、俺は冷羅魏との戦いを続けていた。

俺の全力による一撃は、あいつの全力によって相殺された。

魔力は全部使った‥‥‥残りはない。

魔法はもう使えない。

――――――だけど、俺の持つ魔法の本領は、ここからだ!


「聖なる星よ、我が星のもとへ集い、一つとなれ!」


この詠唱によって発動されるのは、攻撃でもなく、防御でもなく、補助でもない‥‥‥特殊魔法。

皆が言うには、俺の持つ魔法は例のない、あまりにも特殊な能力を持っているらしい。

魔法とは、一人一つの能力と性質を持つ魔法しか持つことができない。

その理由は確か、一人が持つには魔法と言うのはあまりにも強大過ぎるからだそうだ。

過去に何名かの魔法使いが、二つ以上の魔法を得る実験をしたことがあるらしい。

その結果は‥‥‥魔法の持つ強大な力を制御しきれず、魔法に食われて崩壊した。

そう。 魔法とは、それだけ強大にして危険なものなんだ。

そんなことがあるにも関わらず、俺は複数の能力と性質を持つ魔法を使うことができる。

武器は『天叢雲』のみだが、魔力許容量的に言えば、もっと増やせるそうだ。

多種多様な能力を持ち、戦うことも、守ることも、救うことも出来るのが俺の魔法。

その本質は、『星』の加護を受けた魔法。

炎は『火星』、水は『水星』、雷は『金星』、木は『木星』、土は『土星』となっている。

他にも『彗星』『星屑』と言った、特殊な星の加護も存在する。

それらは全て『星』と言う共通点を持つため、俺の魔法は一つに複数の能力と性質を持つ魔法と言える。

そして、そんな特殊な能力を持つ俺の魔法は、魔力を失ってこそ、その真価を見せる。

俺が発動した魔法は、空気中に散らばっている魔力を吸収して、失った魔力を補給する能力を持つ魔法。

魔法使いの中には、治癒魔法を持つ者はいるが、それはあくまで身体に対して効果があるだけで、魔力に対しては効果を与えない。

それに比べ、俺の持つ治癒魔法は異質で、身体のみではなく魔力も回復させることができる。

俺は今、空気中に散らばった皆の魔力を吸収し、傷も、体力も、魔力をも回復させた。

恐らくこの世界で、俺だけが持つ『魔力治癒魔法』。

 散りゆく想いを、相良翔(ほし)を中心に集結させる魔法――――――『想い集う白銀の星(ハイレンリヒト・スター)』。

今まで、本気で戦ったことのない俺にとって、この魔法を使うのはこの時が初めてだった。

だけど、出し惜しみは無しだ!


「冷羅魏氷華っ! お前との戦いは、まだまだここからだ!」

「そうこなくちゃなッ! 行くぜ!」

「このぉっ!!」


俺と冷羅魏は、同時に駆け出した。

刀と鎌が夜天の下で交じり合い、激しい火花を散らす。

火花は一瞬で俺と冷羅魏を照らし、互いの表情をはっきりと見せる。

俺の瞳に映ったのは、大きく歪んだ唇に、ニヤニヤとした笑を浮かべる冷羅魏の姿だった。

この戦いを、まるで楽しんでいるかのような笑に、俺は怒りを覚えていた。

あいつの持つ鎌は、間違いなくルチアの使う鎌だ。

それを使い、傷つけることを楽しむあいつが許せない。

俺は、白銀に輝く魔力を刀身に纏わせ、冷羅魏を狙って振るう。

冷羅魏はそれをひらりとかわし、バックステップを取りながら詠唱を始めた。


「生み出すは氷、放つは槍! 全てを貫く無限の氷槍ッ!」

「ッ!?」


冷羅魏の右掌は、魔力によって巨大な氷を創り出す。

そして氷は魔力によってさらに形状を変化させ、鋭い槍へと変える。

掌で完成した氷の槍は、渦を巻くように魔力を纏い、さらに鋭くなっていく。

筋力を魔力で強化させた冷羅魏は、槍投げの要領で俺に向けてそれを放った。

放たれた槍は轟音を立てて、大気を揺るがしながらロケットの如く、俺に迫った。

狙う者の全てを貫き、凍てつかせる最強の氷槍――――――『凍て射抜く破滅の冬(ピーケシュトース・フィンブル)』。

今までの中で、恐らく冷羅魏のもつ最強の魔法だろう。

その上、あの規模の魔法であれば、俺だけじゃない‥‥‥静香さん、奈々、そしてルチアまで巻き込むことができるだろう。

そう思った俺は、迎え撃つために魔法を発動させる。

想い集う白銀の星(ハイレンリヒト・スター)』を発動させたことで、俺の持つ魔法は上位魔法へと進化している。

これによって俺は、先ほどまで強かった冷羅魏と同等に渡り合えている。

今なら、冷羅魏の魔法を防ぎ、みんなを守るっ!


「星に集え、全てを切り裂く光ッ!」


白銀の魔力が、刀身を纏ってソラまで伸びる。

夜を照らし、白銀の光が俺を包む。

全てを貫く槍に対抗するのは、全てを切り裂く刀。


「はぁああああああッ!!!」


轟くような雄叫びをあげると、それに合わせるように魔力は輝きとその質を上昇させる。

ソラまで伸びた刀の柄を両手で握り、俺は上段の構えから一気に振り下ろす。

振り下ろされた刃は、全てを貫く氷の槍と正面からぶつかり合う。

全てを持って全てを切り裂く、白銀の刃――――――『星斬り裂く白銀の聖刀(ディヴァイン・ルミエール)』。

二つがぶつかりあった瞬間、空間が歪む程の激しい衝撃波が広がった。

鼓膜が破れそうになる程の轟音、大地に細かい亀裂が入るほどの振動、全身が弾けそうになるほどの衝撃。

耐え難い現象を、俺たちは魔力で全身を鎧のように纏って防ぐ。

そんな中でも、俺と冷羅魏の魔法は、拮抗して一歩も譲らないぶつかり合いを繰り広げていた。

歯を食いしばり、吹き飛ばされそうな程の衝撃に耐える。

ここで負ければ、俺だけじゃない、皆が傷つく。

今日この時、この場所にまで辿りつけたのは、俺の背にいる皆のおかげだ。

皆がここまで連れてきてくれた。

もう二度と‥‥‥絶対に、失わせない。

今度こそ、守るんだ!


「はぁぁあああああああッ!!!」


咆哮、そして魔力がその輝きを増し、巨大な爆発を起こす。

ビックバンを思わせるような程の強大な爆発を、俺は瞬時に魔力で作り出した障壁で防ぐ。

障壁で防ぐと、大地が吹き飛んで砂煙を作り出して、視界を悪くする。

先が見えなくなる中、俺は冷羅魏ではなく、ルチア達の向く。

意識を失っている三人に、衝撃波は当たっていないことに安堵した俺は、障壁が破壊されないように意識を集中させる。

両者の一撃は結局、互角の状態が続いて、そのまま相殺された。

恐らく冷羅魏も、俺と同じように障壁を作って、衝撃波を防いでいるだろう。

衝撃波が消えれば、すぐに新しい詠唱で魔法を作り出し、戦いが再開されるだろう。

そう考えながら、俺は衝撃波が消えるのを待つ。


「‥‥‥ッ!?」


激しい死闘の痕が残る中、爆風が消えて広がった情景に、俺は衝撃を受けた。

冷羅魏氷華はすでに、詠唱を唱えていたのだ。

両手で鎌を握り、腰を右に捻り、溜めの姿勢をとっていた。

鎌には、冷羅魏の持つ氷の性質を持つ水色の魔力、ルチアの持つ闇の性質を持つ漆黒の魔力が二つの線となって渦を巻くように覆う。

先ほど‥‥‥いや、今までよりも遥かに上回る、膨大な魔力と殺気を感じる。


「まさか‥‥‥さっきまでの魔法は、この為の布石だったのか!?」


先程まで、俺たちは死に物狂いで戦った。

ついさっきのぶつかり合いは、俺と冷羅魏の全力のぶつかり合いだと思っていた。

‥‥‥だけど、それら全ては、今から発動されようとしている冷羅魏氷華の持つ奥の手の為の、布石だった。

魔法は、強力なものになればなるほど、詠唱から発動までに時間がかかる。

そして詠唱から発動までの時間がかかれば、それは敵からすれば最大のチャンス。

だが、もし発動に成功すれば、その威力は想像もつかないものとなる。


「我裁きしは裏切りの罪。 氷と闇、今交わりし時、嘆きの川より永久の地獄、与えられん!」


冷羅魏の持つ氷の性質を持つ魔力と、ルチアの持つ闇の性質の魔力が二重螺旋となって、漆黒の鎌を包み込む。

禍々しいオーラと、吐息が凍る程の冷気を放つ。

詠唱が終わり、あいつは俺を狙って奥の手である最後の一手を放つ‥‥‥。

だけど、俺は違和感を覚えていた。

ルチアや静香から教わったことだが、魔法使いは戦いの中で、相手の『気配』と言うものには極めて敏感になるらしい。

気配のみならず、五感全てが敏感になり、所謂『超感覚』を身につける。

俺も戦いの中で、超感覚と言うのがどういうものかを理解した。

これを駆使することで、敵がどこに隠れていても、五感全てが探り当てることができる。

だが、気配だけでは気づけないことがある。

いくら気配が読めても、敵が誰を攻撃するか、どんな攻撃をしてくるかまでは予測できないらしい。

‥‥‥だが、俺は特殊だそうだ。

俺は気配だけでなく、『殺気・思考』を予測することができる。

これにより、敵が誰を狙い、誰をどう攻撃するかを予測できる。

ただし、それはあくまで予測に過ぎないため、多様はできないし、信頼しきれない。

それでも、今この状況でこの予測は、信用するに足るものだと俺は思った。

だから俺はこの予測を信じ、そして行動する。


「雷より求めよ、神速の光ッ!!」


俺は脳内に駆け巡る膨大な魔法文字(ルーン)を複雑に組み合わせ、魔法を発現させる。

発現させたのは、金星の加護を受けた『雷』の魔法。

初めて魔法使いになった時から使っている、雷の如く大地を駆ける光速移動魔法。

――――――『|金星駆ける閃光の軌跡(ブリッツ・ムーブ)』。

俺は光速で駆け出し、――――――ルチアのもとへ向かった。

冷羅魏の殺気は、俺に向いていなかった。

先程まで、ずっと俺に向いていた殺気が違う方向に向いていた‥‥‥それが、俺の感じた違和感の正体。

恐らく、ルチアを狙えば俺が必ず守るために走り、庇うのを分かっていたのだろう。

そしてそこは、俺にとっての隙となり、ルチアと俺‥‥‥一度に二人を殲滅できる。

それが、冷羅魏氷華の狙いだろう。

‥‥‥悔しいけど、俺にはルチアを庇うことしかできない。

冷羅魏の企み通り、俺はルチアを庇ってこの命を失うだろう。

‥‥‥まぁ、それでも構わないか。

冷羅魏はこの一撃で、恐らく魔力の大半を失うだろう。

あとは、他の仲間に任せればいい。

俺はただ、守りたい人を守れれば‥‥‥それで、――――――それで十分だ。


「ルチアッ!!」


俺は仰向けで倒れるルチアの傍に辿りつくと、首と腰に手を回し、そっと抱き寄せる。

白く、きめの細かい肌がすぐ目の前にあった。

全身は氷のように冷たく、まるで死者のようだ。

だけど、心臓の鼓動が聞こえる‥‥‥生きている。


「よかった‥‥‥ルチア‥‥‥」


俺は安堵の息を漏らすと、白銀の魔力を体内から大量に放出させる。

白銀の魔力は強く輝き、俺とルチアを優しく包み込む。

そして、それと同時に冷羅魏の魔法が放たれた。


「二人揃って、仲良く氷漬けになれ、――――――永遠にな」


鎌を大きく振るうと、鎌に溜まった魔力が一気に放出され、尾を引きながら巨大な一閃が放たれる。

通った場所を、瞬間凍結させる光景は、まるで迫る氷河期のようだ。

死を与えず、死より苦しい地獄を与えし永久の氷河――――――『|全て裁く永久の地獄(コキュートス)

俺たちはあの氷に包まれ、死ではない永遠の地獄を味わされるのだろう。

――――――そして、その一撃は俺の背を直撃し、巨大な爆発を巻き起こした。

俺とルチアは、水晶によく似た、ダークブルー色に光る氷の中に、封じ込められたのだった――――――。


                   ***


――――――正直、悔しくないと言うと、嘘になる。

本当は、すごく悔しくて、怒りを覚えてしまう。

それは、たった一人しか守れなかったこと、冷羅魏を倒せなかったことだ。

ルチアを守れたと言っても、それは死を回避させただけであって、氷漬けにされてしまったのは事実だ。

結局俺は、何もできなかった。

そう思うと、俺の胸からは、熱く込み上げてくるものがある。

本当はもっと抗いたい。

指先一本でも動かしたい‥‥‥戦って、勝ちたかった。

だけど、俺には力が足りなかった。

氷漬けにされて、体は一ミリも動かない。

今の俺は、本当に無力だ。

こんなところで、俺の旅は、終わってしまうのだろうか?

あのソラに届かず、俺の全ては終わるのだろうか?


――――――イヤだ‥‥‥イヤだッ!!

――――――まだ‥‥‥まだ、終わりたくないッ!!

――――――こんなところで、俺の旅を終わらせたくない!!

――――――頼む‥‥‥こんな、無力な俺に、ほんの少しでいいから‥‥‥抗う力を、守る力を!

――――――力をくれるなら、鬼でも悪魔でもいい。 どんな代償でも支払って、ルチア達を守ってみせるから。


目の前には、俺に巻き込まれて氷漬けになっているルチアがいる。

彼女の姿を身ながら、俺の思考は真っ白に染まる。

怒り、後悔、絶望が俺を支配していく。

魔法使いになって、魔法を使えれば、みんなを守れると思っていた。

魔法は、どんなファンタジーの物語でも、誰かを幸せにしてくれた。

俺は、そんな魔法使いになりたかった。

皆は俺の魔法を、特別なものだと言ってくれた。

普通とは違う、特殊なものなのだと言ってくれた。

だから俺は、その特殊な力で、俺だけにしかできないことをしたかった。

――――――だけど、俺には何もできなかった。

失ってばかりの道だった。

今、ここで無力に、そして無様に殺されず、ただ凍結させられているのは‥‥‥当然の報いなのだろう。

だけど‥‥‥それでも‥‥‥俺の報いに、ルチアを巻き込みたくなかったな‥‥‥。


――――――『どうしてこんな時に、私のことを考えるのよ?』


不意に聞こえたその声に、俺は冷静に答えていった。


「そりゃそうだろ? だって俺は、お前を助けるためにここに来たんだから。 それなのに、守れず、助けられず、結局は負けた。 俺、駄目な奴過ぎるだろ?」


――――――『ええ。 ほんとに駄目な人ね。 |人じゃない存在(わたし)なんかを守るなんて‥‥‥お人好しなのか、又は大馬鹿ね』


「‥‥‥分かってる。 俺は確かに、大馬鹿だよ。 それでも俺は、命を賭けて、お前を守りたかったんだ」


――――――『何もわかってないッ! あなたは、私がどういう存在なのか、全然わかってない!! 私は、皆を騙してきたのよ!? 精霊って事実を隠して、あなた達を騙してきたのよ!? それに、私はあなたを裏切った! あなたが私を助けてくれた時、私は冷羅魏の味方をして、あなたを傷つけた!! それなのに‥‥‥どうして‥‥‥!?』


「分かってるよ。 ずっと前から‥‥‥分かってたよ」


――――――『え‥‥‥?』


「この灯火町に来て、最初の頃‥‥‥一週間もしない頃、瞳さんから、ルチアが人じゃなくて精霊であることを聞いてた。」


――――――『嘘‥‥‥それじゃ、どうして私なんかの傍に‥‥‥?』


「‥‥‥そんなこと、決まってる。 俺はその答えを、瞳さんにも言った」


あの時、斑鳩瞳さんは俺を信じていたから、ルチアの真実を伝えたんだ。

だから俺は、俺の思うことを言った。

例え精霊であっても、ルチアがルチアであることは変わらないから。

俺は‥‥‥精霊であることなんて、どうでも良かったんだ。


「ルチア。 俺は、ルチアのことが‥‥‥ルチア=ダルクのことが――――――好きなんだ」


――――――『しょ、翔‥‥‥』


「精霊でも、人でも、どっちでもいい。 俺はただ、ルチアのことが好きで、大切な人で、この町で出会った守りたい存在なんだ」


――――――『‥‥‥良いの? こんな、偽りの存在でも?』


「ああ、良いよ」


――――――『精霊でも? 裏切り者でも?』


「もちろん」


――――――『私、めんどくさいわよ? 迷惑ばかりかけるわよ?』


「知ってるよ」


――――――『‥‥‥やっぱり、あなた、大馬鹿ね』


「‥‥‥そうだな。 でも、ルチアを好きでいられるのなら、俺はずっと、大馬鹿でいい。 俺はルチアを、愛してる」


――――――『‥‥‥ほんと、大馬鹿ね。 だけど、ええ、そうね。 私は‥‥‥そんなあなたが、相良翔が、――――――嫌いじゃないわ』


「‥‥‥だったらルチア。 俺と一緒に、戦ってくれないか? 一緒に戦って、今度こそ、嘘のない真実の日常を始めないか?」


――――――『‥‥‥そうね。 こんな私でも、私を愛してくれる人がいるのなら、そんな日常も悪くないわね。 ええ、お付き合いしましょう。 どこまでも、あなたと――――――翔と一緒にッ!!』




その声は、その言葉は、遠ざかっていく俺の意識を一瞬で覚醒させた。

消えていた五感も一気に回復し、魔力も体力も全てを取り戻し、俺は目を大きく見開いた。


「ぉぉおおおおおおおおおッ!!!!!」


喉の奥から、溢れ出る咆哮。

溢れ出る想い。


「はぁぁああああああああッ!!!!!」


歯を食いしばり、永遠の地獄に抗うように叫びながら、全身へ魔力を行き渡らせる。

体を動かそうとすると、強力な魔力によって作られた氷が重く、固く、俺の動きを封じようとする。

こんな、たかが氷なんかに屈するわけにはいかない。

こんな、想いの欠片もない物体に、俺とルチアの恋路を邪魔させたりはさせない!


「はぁッ!!!」


覇気のある声と共に、俺は全身に行き渡った魔力を一気に放出し、俺を封じる氷を粉々に粉砕させる。

立ち上がった俺の足元には、砂のように砕け散った氷が散らばる。

そして俺の両腕には、お姫様抱っこされたルチア=ダルクがいた。

彼女は細める程度に目を開け、こちらを見つめていた。

俺は彼女に向かってそっと微笑み、小さな声で言った。


「やっと、お前に届いた気がする」


そう言うと、ルチアもそっと微笑み返して言った。


「そうね。 遠くて、長い道のりだったけれど、 ようやく届いた」

「ああ」


俺とルチアが見つめ合っていると、奥の手を破られた冷羅魏が驚愕の表情でこちらに言った。


「お、お前ら‥‥‥どうやって、永久の地獄を‥‥‥!?」

「俺たちなら、それくらいのことは造作もない」

「そういうことよ」


俺とルチアでそう答えると、冷羅魏は頬と眉を大きく歪め、苛立った声で罵倒するかのに言った。


「ふざけるなッ!! そんな簡単に‥‥‥俺の魔法が‥‥‥ッ!?」


俺は、訝しい顔をする冷羅魏を無視し、脳内で流れる一連の詠唱を口にした。


「『我、魔法使いの名のもとに、汝、精霊との契約を望む。 受け入れしは、魔の全てを共有せし、否定せしは魔の全てを拒絶する。 我、魔法使いは汝、精霊の返答を求む』‥‥‥ルチア、俺と一緒に戦ってくれるな?」


これは、『精霊系魔法使い』になるための、契約詠唱。

受け入れれば、俺とルチアは精霊系魔法使いになる。

その答えを、ルチアに聞いた。

彼女は、なんの迷いもなく、優しく微笑んで真っ直ぐな瞳で答える。


「ええ。 我、精霊の名のもと、汝、魔法使いとの契約を受け入れます。 私の全ては、あなたのものです、翔」

「ありがとう、ルチア」


俺は両腕を使って、ルチアを抱き寄せる。

そしてそのまま、ルチアの桜色の唇に、俺の唇を重ねた。

一瞬だけ驚いて身を固めるルチアだが、すぐに受け入れて、俺の体に腕を回して、抱きしめ返した。

すると、――――――俺とルチアの持つ、白銀の魔力と漆黒の魔力は二重螺旋を作り出して、俺とルチアを覆う。

そして俺とルチアはそのまま二つの魔力に包まれ、一つの魔力に収束する。

収束した魔力はしばらくすると、小さく爆発して、中から一人の影を作り出した。

光と闇に包まれた、黒いラインが入った白の服とズボン、そして黒い柄に、白銀の刀身を持った刀を持つ少年の姿がそこにあった。


「まさか‥‥‥精霊契約をしたのか!? ほとんど魔力を持たない魔法使いと精霊が契約をすれば、どうなるかわかってるのか!?」


未だに驚愕を隠せない冷羅魏は、精霊系魔法使いの代償を言った。

そう。 俺とルチアの魔力はほとんど残っていない。

そんな状態で契約をすれば、身体にかかる負荷は計り知れない。

下手をすれば、死を迎えるかもしれない。


「これは、俺たちの意思だ。 俺たちが望んだことで、それを実行しただけだ」


俺は右手人差し指で冷羅魏を指差して、目を見開きながら言った。


「そして、お前を、冷羅魏氷華をここで倒すッ!」


光と闇を得た魔法使いと、氷と闇を得た魔法使いの戦いは、いよいよ結末に向かう――――――。 
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