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相棒は妹

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志乃「私は大丈夫」

 次に目を覚ましたのは、太陽の光を庇うようにして設置されているテントの中だった。

 錘のように重たい頭を左右に動かして、ここが外である事に気が付く。と同時に、俺がレジャーシートに横になっている事も分かった。

 周りが騒がしい。人の声、サイレン……いつもと変わらないのは、鳥の鳴き声だろうか。鳥が奏でる穏やかなメロディーは、騒々しい周囲の中でもはっきりと聞こえた。

 ゆっくりと身体を持ち上げて、誰かいないか周りを見渡す。すると、テントの端で体操座りしている志乃を発見した。


 「志乃、これ、どういう状況?」

 なんでこんなに声掠れてんだ、と思うがそれは後だ。マジでこれ、どうなってる?パトカーだよな、このサイレン音。

 すると、志乃が小さな声で呟いた。

 「警察が来て、犯行グループを逮捕した」

 目元が膝で隠れているため、表情が読み取れない。だが、志乃は一度も噛まずに状況を報告した。少しでも大きい声を出したら折れてしまいそうな不安感が伝わってくる。

 そんな志乃が心配ではあったが、とりあえず様子だけでも見ないとならない。警察が来ているなら、志乃は事情聴取を受けてる筈。なら、俺も説明すべきだろう。

 そう思ってテントから出ようとした時、入口から私服の男がやって来た。もしや、警察?


 「お、やっと起きたか。ずっと気絶してたから寝かせたんだけど、大丈夫?」

 その男は黒のジャンパーにスラックスという服装に手入れされていない癖っ毛が特徴的だった。ダルそうに髪をくしゃくしゃにする猫背の姿は、お世辞にも警察官のようには見えないが。とはいえ、俺を運んでくれたのはこの人らしい。


 「あの、俺を運んでくれてありがとうございます」

 「いやいや、お辞儀しないでくれよ。これも警察の仕事だしね」

 柔和な笑みを浮かべ素直に照れているその姿は、やはり警察官というイメージからは離れている。さしずめお年寄りの手助けをする青年といったところか。


 「俺は川島。まぁ、君が警察のお世話になるような事は無いだろうから、覚える必要は無いね」

 その言葉に俺は後ろめたい気持ちになったが、川島さんがそれに気付く事は無く、事件の顛末について話してくれた。

 今回カラオケ店内を占領したのは、これまで強盗や金銭目当てで行動していたグループで、皆無職の集まりらしい。彼らは効率の良い行動を作り、計画的に襲っていたのだと言う。

これまでの事件において捕まらなかったのは、グループの数の多さに反して、犯行後に街に溶け込む分散力の高さが原因だったらしい。しかも、グループの中には情報操作を行う人間がいて、そうした技術により警察が犯行を知るのを遅らせる事が出来たようだ。

 カラオケ店を例に挙げるなら、『突然停電が発生し運営中止。中にいる客は受付付近に集合して待機。電力復旧までは利用不可』。これらをネットや電力会社などに報告、拡散し、犯行猶予時間を作りだしていたのだ。警察が気付いたのは、カラオケ店から聞こえた発砲音を、偶然付近に居合わせていたパトロール中の警官が効いたからである。

 そこからは怒涛の警察フィーバーだったと、川島さんは得意げに話していた。

 実際、俺を狙った発砲は空発に終わり(ここで俺は気絶したらしい)、俺含め客の全員は無傷で店内を出る事が出来た。その情報に俺は深い安堵の息を吐いた。良かった、五十嵐も無事だったんだな。


 「けど、あいつらがどうやって拳銃なんかを入手したんだかがまだ分からなくてね、それについては俺達がなんとかするよ」

 当たり前だ。これ以上面倒事になったら堪ったもんじゃない。学校中の噂になっちまう。いや、もしかしたら五十嵐の奴が喋るかも。だとしたら本気で学校行きたくないなぁ。


 「あ、そうそう。店内にいた客の人達が、君が犯人の何人かを倒したって言ってたんだけど、それは本当の話?」

 あー、この話大半喋ったの五十嵐だな。あいつのテンションからして、多分話に尾ひれが付くような事も言ったかもしれない。


 「えっと、確かに刺又使って牽制はしましたけど、そんな大それた事はしてないっすよ」

 笑いながら、いや本当に笑えてるか不安だけど、俺はそう答えた。とりあえず家に帰してくれ。今は休みたい。ちょっとうんざりした顔を見せてみる。

 だが、川島さんは俺の態度に気付く様子は無い。この人鈍いな。

 「やっぱり君か!多分、感謝状貰う事になるかもしれないな。さっき先輩が言ってた」

 「そうですか……」

 その後、川島さんは事件の後始末で苦労した事を愚痴ったり、俺の実力について聞いたりして長い時間話した。正直、帰れるなら帰りたかった。

 「まぁ、今日は本当にありがとう。君のおかげで被害はゼロだったよ」

 その川島さんの言葉に、俺は思わずこう言ってこの場を後にした。

 「俺は、妹のために動いただけですから」

 *****

 帰り道。

 川島さんは保護者が必要だと言ったが、俺の家がすぐ近くである事を説明したら、「俺からは保護者が来たようにしとくから」と言って帰してくれた。あの人、本当に刑事やってて大丈夫なのか?

 俺は隣を歩く妹をチラッと見る。表情をやっと見る事が出来たが、その顔は曇っていた。やっぱ、あの事引きずってんのか。


 「どうした志乃。もしかしてちょっとビビってたとか」

 俺が軽くからかってやったのだが、応答する素振りを見せない。おい、こっちが空しいだけだろうが。

 「それとも、さっきの事まだ」

 「私は大丈夫」

 俺の言葉を遮って、志乃がいきなり声を上げた。どうやら、俺には言わせたくないらしい。

 もちろん、今のこいつが大丈夫に見えるわけがない。大丈夫だったらこんなに、こんなに……

 悲しそうな顔をしていない。

 「大丈夫じゃないのに、そんな事言うな」

 「……」

 「こんなダメ兄貴だけど、何かあったら聞いて……」

 「大丈夫だって言ってるでしょ!」

 いきなり志乃が声のボリュームを上げた。途中まで話していた俺はその豹変ぶりに思わず目を丸くしてしまった。おい、どうした。

 「本人が大丈夫だって言ってるんだから、兄貴は気にしないで」

 まるで俺を拒絶するように、志乃はそう言ってくる。目をやると、志乃は曇った顔に苛立ちを上乗せしているような複雑な表情をしていた。

 そんな妹に、俺は再び理解不能という壁にぶち当たった。こいつ、何で怒ってる。俺何か悪い事言ったか?

 理不尽な怒りをぶちまけられて、俺も少し苛立つ。不満があるなら言えよ。じゃなきゃ分からないってのに。

 「気にしないでいられるかよ。兄貴として、悩みを聞くのは当然だろ」

 「……」

 その言葉に、志乃は黙り込む。だが、こいつの身体全体から負のオーラが出ているような気がしてならない。気に障るような事は言ってない筈、だぞ?

 その時、志乃が何かを押し込んでいるような低い声を呟いた。


 「じゃあ、何で兄貴は私に構うの。私が話しかけるまでほとんど会話してなかったのに」

 言われてみればそうだ。

 俺と志乃がこうして話すようになったのは、この間一緒にカラオケに行った時からだ。その時話しかけたのは、紛れもないこいつだ。

 けれど、俺はその理由を簡単に話す事が出来る。こんな問題、考えなくても解ける。

 「それは、お前が俺の相棒だからだ」

 「……は?」

 俺の言葉に、志乃が拍子抜けしたような顔をこちらに向ける。それは段々と訝しげな表情へと変わり、否定の言葉を紡いだ。


 「兄貴の相棒になった覚えは無い。むしろ兄貴は私の引き立て役」

 「ああ、そうだったな。でも、それだけじゃない。それだけの理由だったら、お前と組む事自体無かったからな」

 「……」

 「お前が妹で、俺が兄貴だから。それが、俺がお前の悩みを聞く理由だ。お前が俺の悩みを聞いてくれた時のように」

 そう言うと、志乃は呆れたような顔をして溜息を吐く。そして重たそうに口を開く。


 「バカみたい。私は兄貴を『復活』はさせたけど、私が何かをしてもらう義理は無いよ」

 志乃はそう言い終えた後、俺よりも前を歩き始めた。

 「あ、おい」

 俺が呼び止めようとしてもあいつは振り向かない。それどころかさらに歩く速度は増した気がする。

 あいつが何を考えているのか、何を思っているのか、再び理解出来なくなった俺は溜息を吐きながら志乃の後をとぼとぼ歩きだした。

 にしても、今日は穏やかな天気だな。雲一つない。

 俺とは大違いだな。 
 

 
後書き
どうも。三週間ぶりです。推敲は行っておりますが、誤字脱字や熟語の運用について何か問題点がありましたら気軽にお声を掛けていただけると助かります。
 
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