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Ball Driver

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第五話 土を耕し実りを待つ

第五話 土を耕し実りを待つ


熊手のような、レーキという道具がある。
グランドの黒土にその歯を噛ませ、手前に奥に、前後に動かして地面を引っ掻き、その表面を柔らかくしていく。
全国の高校球児ならお馴染みの行為だ。
グランド整備の基礎だ。

「……はぁーー」

権城は汗だくになってレーキを動かす。
グランド整備だというのに、息が上がっている。

南十字学園の野球場には、権城とジャガーだけが居た。島の太陽は、朝の6時からでも強い日差しを投げかけていた。




ーーーーーーーーーーーーーーー


「権城さん、ファールゾーンは……」
「いい!いいよそんなもん!適当にブラシかけて誤魔化しゃ分かんねぇから!」

週3回の野球部の練習。本来、一年生が活動日の昼休みにグランド整備を行うのだが、権城とジャガーの2人は朝早くにそれをやっていた。
何故かというと、たった2人しか居ないからだ。
昼休みではとても間に合わないからだ。

「くっそー……何で俺達2人だけがこんな苦行を……」
「品田さんがハッスルしすぎちゃったからでしょうか、まぁ仕方がないですね」

ジャガーの言う通り、野球部の新入部員が極端に少なかったのは、ほぼひとえに紅緒のせいだった。新入生が見学にやってくる度、勝負を挑み、頭おかしい弾道の一発もしくは剛速球での3球三振を見舞って「何だ、大した事ないな」などと大声で罵られれば、新入生してもわざわざ入部する気が失せるというものだろう。練習の見学だけで心を折られて、そのままこなくなった一年生の数は十数人に及んでいた。
そのしわ寄せがモロに権城とジャガーに来ている。

(あいつらマジ後輩への情け容赦がねぇ……昨日も晩遅くまで俺ら1年で遊びやがってぇ〜〜)

権城の中の、先輩への怒りは着実に臨界点向けて膨れ上がっている。昨日も寮では、「勇者チャレンジ」なるモノが紅緒らによって開催された。2年生のフロアの中廊下を、端から端まで駆け抜ければクリアというシンプルなモノで、またいたいけな一年生諸君がチャレンジャーとして駆り出された(ちなみに権城は気に入られたのか、そういう“行事”には今の所皆勤である)。
権城が中廊下を駆け抜けるにあたって、廊下の両サイド、先輩達の部屋のドアの向こうから、様々なモノが飛んできた。チョコエッグ、水鉄砲、サッカーボール、それら全てを何とか避け切ったゴール目前では、かなり強めのエアーガンの模擬弾が権城の脳天を直撃し、次に目が覚めた時には時計の針が一時間進んでいた。
夜遅くまでこんな仕打ちを受けたあげく、次の朝は早くからグランド整備だからたまらない。


「よし、それじゃ、次はトンボがけですね!」
「…………」

権城がゲッソリとしているのとは対照に、ジャガーはどこかイキイキしている。掃除だの洗濯だの、普段からメイドとして働いてるジャガーの事だから、こういう雑用には慣れているのだろう。立派だなぁ……権城は感心する。
そしてそんな心の持ちようは真似れるとは思えない。

「おーい、ジャガー」
「あ、姿ぼっちゃま!」

権城がグロッキーになっているその時、野球場に新しい人の影が現れた。それも何人も。
ジャガーの主人にして、中等科3年の新道姿だ。姿が、和子や、あと何人かを連れてきている。

「ぼっちゃま、これは一体どうして……」
「ジャガーが朝早くから少ない人手でグランド整備をしているというので、僕の知り合いを募って手伝いに来たんだが……」
「ありがとう!本当にありがとう!そしてお願いします!」

権城は姿の申し出を、ジャガーが断ってしまわないうちに強く了承した。さすが姿だ。下々の民にも気を配ってくれる王様の器だ。これはありがたい。

中等部の生徒を含めた一同は、あと半分ほど残っているグランド整備に取りかかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーー


(あぁ、やっぱり何人も居るとはかどるなぁ……シニアのグランド整備の、これでも半分くらいの人数だけど……)

権城は解放されたような気分になっていた。
たった2人でやっていた頃が嘘のように、手っ取り早くグランドが均されていく。

「権城先輩、もっと腰を低く」
「えっ?」
「それでは下半身に効きませんよ。せっかく整備をするんですから、ついでにトレーニングの意識を持って」

そう権城の姿勢を注意した姿のトンボがけは、股関節が後ろに引かれ、背筋が地面と並行になるレベルで姿勢が低く、まるでスクワットである。その低い姿勢を保ったまま、恐ろしいほどの速さでトンボが前後に動く。雑に、速くやっているわけではなく、きちんと整備されているのが恐ろしい。

「権城先輩は、甲子園を目指していると聞きました。ならば、どんな小さな事でも鍛錬に結びつけないと」
「お、おう……」

権城は「何というストイックさだよ」と口をあんぐり開けつつ、そのまま感心するだけで終わらせたかったのだが、こういう風に追随を要求されては、年上な手前、やらない訳にはいかない。
姿と同じように、低い姿勢を保ったままトンボを動かす。

(き、きつい!)

見た目通り、やはりキツかった。権城の下半身は一気に張り詰める。そして……

「あぎゃぁああああ!!」

しばらくすると、権城の悲鳴が響き渡った。
足が攣ったのだ。痙攣の痛みに、権城はゴロゴロとグランドを転げ回る。
寝不足で疲労も溜まっているので、こうなっても仕方が無い。

「あらあら」
「ダメだよ姿君〜無理強いしちゃぁ〜」

ジャガーはその様子をクスクスと笑い、和子は姿に口を尖らせた。姿は全く意に介さない様子で、

「いや、皆最初はこうなんだ。でも、続けて行くうちに慣れる。とりあえずやってみる事が大事なんだ。」

相も変わらず、低い姿勢でトンボをかけていた。




 
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