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幸せの色

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第三章


第三章

「わかった?」
「全然」
 その日も描いていたがわからなかった。達也が描くのは青で諒子のは黄色、それ以外になかったのだ。二人はまだ先生の言葉の意味が全くわからないままでいるのであった。
「何が何だか」
「そうだよなあ」
 達也は諒子の声を聞いてぼやいた。二人は夕暮れの道を並んで歩いていた。
「僕もだよ。何なんだか」
「中野君もわからないでしょ?」
「あかるわけないじゃないか」
 達也は困った顔になっていた。
「わかってたらこんなに悩まないよ」
「そうよね」
「一体何があるんだよ、青以外に」
「黄色以外に。あるのかしら」
 二人には本当に他には思い浮かばないのだ。幸せの色と言えば。
「青い鳥じゃないか」
「黄色いリボン」
 どちらも幸せの象徴である。
「他に何があるんだよ」
「ないんじゃないかしら」
 悩んでも悩んでもわからない。達也はその中で言った。
「ねえ」
「何?」
 諒子はその達也に顔を向けた。その声に応えて。
「先生にはわかってるんだよね」
「わかってるから言ったんでしょうね」
「だよねえ。先生にはわかっていて僕達はわかっていないのか」
「けれど聞いても教えてくれないと思うわよ」
「絶対にね」
 他の幸せの色はわからなくてもこれはわかった。あの様子とあえて言い出したことから先生が教えてくれないことはわかるのだ。肝心なことはわからなくてもこれはわかった。
「やっぱり考えるしかないのかなあ」
「困ったわね」
「うん」
 二人は空を見上げて眉も口元も顰めさせていた。
「見つからないわ」
「僕もだよ」
「先生はああ言うけれど」
「青しかないよなあ」
「黄色しか」
 それぞれ違う色だが二人にはそれしかなかった。お互いの違いはこの場合は全く考慮していなかったのである。あくまでそれぞれのことしか考えていなかったのだ。
「ないかもね」
「そうね」
 諒子は達也の言葉に頷いた。
「なかったらどうする?」
 達也は諒子に尋ねた。
「どうするって」
 そう言われてもどうすればいいのか彼女にはわからなかった。
「どうしよう」
「絵は描くよね」
「それはね」
 それ自体は変わらなかった。
「けれど」
 だが。それでも見つかりはしないのだ。それはどうしても見つかりはしないのではともさえ思われるものであった。今の二人にとっては。
「それでも描くしかないか」
 達也は言った。
「青い絵をね」
「じゃあ私は黄色の絵を」
 結局そうするしかないのがわかる。
「描いていくわ、とりあえず」
「そうするしかないしね」
「ええ。けれど本当にあるのかしら」
 何かそれ自体がもうわからなくなってきた。
「他の幸せの色なんて」
「ないかも」
 達也も不安になってきていた。
「少なくとも今は思いつかないよ」
「ええ」
 その日もわかりはしなかった。その次の日も。二人はわからないまま絵を描き続けていた。そんなある日だった。部活で外に出て風景画を描くことになったのだ。

 
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