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絶望と人を喰らう者

作者:ルイス
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第一話 一

 20XX年 夏

 人間による手入れがされず道路や歩道には草木が生えており、時が経ってほとんど風化した建物やビルに囲まれている都市。
 そこでは昔、人類が我が物顔で闊歩していたが、今では色んな種族の昆虫や動物が生態系を作っていた。
 しかし、そんな状況になっていても、人間は絶滅していなかった。
 都市の中心地である公園。
 その場所で、数発もの発砲音が鳴り響いた。
 音の中心になっているのは軍服を着た複数の人間で、彼らは三メートル大を誇る大きさの昆虫のカマキリに似た化物と戦っていた。
 この異形の化物が人類を絶滅寸前まで追い詰めている敵で、荒廃とした世界へ導いている。
 今では少なくなった人間達より圧倒的に数が多い。

 兵士の一人は戦闘を仲間に任せ、道路の中心で倒れていた同じ軍服を着ている仲間を大破している車の場所まで引き摺っていた。
 倒れている仲間は腹部が深く抉られており、大量の血を出している。兵士の男はそんな深手を負っている仲間を見て、息を飲んだ。
 なにせ、傷口から飛び出した内蔵が見えていたからだ。
 兵士の男はもう助からないかもしれないっと心の中で思いつつも、重傷を負っている仲間を助けようとポケットから治療キットを取り出した。

 しかし……

 どこからともなく発砲し続ける突撃銃が飛んできて、今まさに助けようとした仲間の頭に弾が命中した。

「嘘だろ?」

 彼はすぐに血と髄液を垂れ流して死んだ仲間を放置し、その場から離れた。何故なら、今もそこに居たらいつあの暴発をし続けている銃の凶弾に当たるか分かったものではないからだ。

「あの銃は一体誰の物だ!?」

 彼は怒りと恐怖で叫びながら仲間の居る砂袋を大量に置いてある遮蔽物の影に滑り込みで入る。
 先に隠れていた仲間は恐怖で歯をカチカチ震わせながらも、何とか彼に話す事が出来た。

「あ、天羅賢治隊長……! 仲間が、銃を化物に飛ばされて、じゅ、銃の無くなった仲間が、こ、殺されました!」

 恐怖のおかげで言葉がしどろもどろになっていたが、どうにかニュアンスは分かった。
 つまり、殺された仲間の銃がこちら側に運悪く飛んできたのだ。
 そして、もう一人の命を奪ってしまった。

「は、早く、早く撤退しましょう! じゃないとみんな殺されてしまいます!」
「まだだ、まだ生存者を救出出来ていない!」
「しかし、生存者なんてどこにも居ませんじゃないですか! もうとっくに皆奴に喰われちまってますよ!」

 彼らがここへ来た理由。それは、この場所に存在する研究所の中にある、生存者の救出だった。
 本部にこの研究所が襲われたという緊急報告があり、生存者救出の為、天羅は隊を率いてやって来た。
 しかし、研究所は存在していたものの、中はひどい有様になっているだけで何も存在はしていなかった。
 壁や床に付着している血痕、腐敗した人間の腕、そして、中に何かが居たのだろうが既に存在しない割れたカプセル。
 唯一の成果は避難している時に見落とされたと思われる、散らばっていた資料だけだ。
 そして、研究所から出たら今戦っている化物と遭遇してしまい、今に至る。
 皆の隊長である、天羅賢治は悩んだ。
 果たして、まだ近くに居るかもしれない生存者を探す為に、怪物、通称『デセスポワール』を殺すかそれとも仲間の命を助ける為に任務を放棄して退却するか。

「ぎゃあ!!?」

 叫び声が近くで聞こえ、すぐさま顔を出す。
 すると彼の視界に映ったのは、怪物の鎌のような腕によって両腕を切断された仲間の姿だった。
 怪物は二撃目で両腕の無い仲間の首を飛ばし、次の獲物を殺す為に別の仲間の方へ向かう。

 もう悩んではいられない。

 彼はすぐさま「撤退! 撤退する!」っと仲間達に聞こえるように声を張り上げて命令する。
 このままでは全滅してしまう、その前に少しでも仲間を生き残らせないといけなかった。

「俺が奴の注意を引きつける、赤池、お前は皆を連れて先に本部へ戻れ」
「隊長を置いて行く事なんて出来ません!」
「そんなテンプレな返しはいらん! こいつは命令だ、お前は皆を連れてさっさと本部へ戻るんだ!」

 天羅は赤池という兵士に、有無を言わさずに撤退準備させる。
 そして、自分はすぐに砂袋から飛び出すと、怪物に向かって走りながら突撃銃を乱射した。

「うおおおおおおおおおお!!」

 銃口から発射される弾丸は、怪物の身体を貫き、肉体を穿つ。
 だが、数発弾を食らっても、奴は全く微動だにしなかった。
 天羅は「嘘だろ……」っと呟き、冷や汗を流す。
 彼や彼の仲間の持っている銃の装填されている弾は全て、対デセスポワール用に開発された特殊弾なのだ。
 この弾があるおかげで人間は窮屈なシェルター暮らしから解放された。
 そんな人類にとって希望の象徴に近い弾が効かないとは……

 天羅はこのような事態に、ふと、嫌な予想が頭を過ぎった。

 もしかして、こいつ以外にも特殊弾が効かない敵が出現するのでは?っと。

 彼はその予想が当たったらと思うと、ぞっとしてしまった。

(取り敢えずその事は後だ、今はこいつを倒さないと……!)

 考えると、どんどん絶望していきそうになり、天羅はすぐに目の前の敵へ集中する。
 化物は既に彼の目前まで迫っており、絶対的な死をもたらす死神の鎌を振り払っていた。
 彼は素早く頭を下げてこれを回避。すぐに、全力疾走して化物から離れた。
 仲間はようやく撤退を済ませたみたいで、今この場所に居るのは自分と化物。
 天羅はそう思っていた。

 だが……

 天羅は突然背後から足音がした気がして、すぐに銃を構えて振り向く。
 すると、そこには血まみれになっている科学者の服を着た少年が立っており、虚ろな瞳で天羅の事を見ていた。
 一体何故こんなところへ? しかも、驚くべき事に彼はこんな化物が居る場所に無防備で丸腰の状態でいる。
 天羅は何故だか嫌な予感がした。今まで化物と戦い続けた兵士の直感と言ってもいいかもしれない。

「おい、早く逃げろ!」

 逃げるように促すが、少年はボーッとこちらを見て微動だにしない。
 化物達に噛まれているような気配は無いし、変異もしていない。普通の人間の筈だ。
 デセスポワールに噛まれた人間は奴らの仲間になるか、歩く屍、つまりゾンビになってしまう。
 しかし、少年は変異していないし生きている。
 天羅は動かない彼にイライラし、仲間も逃げたから一か八か少年を担いで逃げようかと考えたその時。

 化物が少年の方へ顔を向けた。

「まずい!」

 天羅はすかさず銃を発砲し、自分の方へ敵視を向かせようとする。
 けれど、化物は全く天羅の事を見向きもせず少年の方へ猛然と走り出した。

「早く逃げろ少年! 殺されるぞ!」

 天羅は必死に叫ぶ。
 だが、少年は振り向くどころか、化物の方へ顔を向けてじっと見ていた。

(あいつは死ぬつもりか?)

 彼はもう助けられないと確信すると、諦めて自分も退却をしようと化物と少年を視界に入れながら離れようとした。
 その時……

「なっ!?」

 突然、少年の身体が肩から裂けた。
 少年がまるで一太刀で切られたように大きく裂け、辺りに血の雨を降らす。
 そして、彼の身体は糸が切れた人形のように倒れた。
 天羅は突然の事に呆然とし、口を開けたまま少年の凄惨な姿を見ていた。

 (一体いつ……どこで奴らにやられたんだ!?)
 一部始終見ていたから天羅は分かるが、あの昆虫みたいな化物では断じて違うと思った。
 しかし、ここには他に化物の姿が今のところ無い。
 もしかして、隠れているのだろうか? 彼はそう思い、廃墟になっているビル等を目で確認する。だが、何も変化は無かった。
 もう一度倒れた少年の方へ視線を戻す。
 すると、そこには先程まで居なかった、新しい化物の姿があった。

「!?」

 頭部は前後に細長い形状をしておりエリマキトカゲみたいな傘が付いている。目は無い。口には凶悪な大量の牙が生えており、身体は爬虫類を思わせるような四足で尻尾の先端には切れ味の良さそうな刃が付いていた。
 そいつは刃のような尻尾を振り回して唸り声を上げ、昆虫型の方の化物へ威嚇している。
 天羅の仲間を殺した昆虫型の化物も、四本足の化物へ大鎌を振り上げて威嚇していた。

(こいつは……! 俺じゃなくて、あいつを狙っているのか!?)

 天羅は油断せず銃を構えながらも、威嚇し合う二匹の化物の攻防戦に見とれていた。

(今まで様々な化物達と出会ったが、仲間に敵意を向ける個体は初めて見たぞ……?)

「ギィィィィ!!」

「グルァァァ!!」

 四足の化物は敵の振り払った大鎌を跳躍して避けると、翻って相手に背中を向け、尻尾の刃で先程振って隙を晒した大鎌になっている右腕を目に見えぬ速度で切り飛ばした。
 飛んだ化物の右腕が、紫色の血を噴き出しながら天羅が居るほぼ真後ろの地面に突き刺さる。
 天羅はあの飛んだ右腕がほんの少し前へずれていたら自分の頭に刺さっていたと思うと、今日何度目かになる冷や汗が出た。

「全く、自分の悪運の良さがたまに誇らしく思うよ、こんな人類にとって貴重な場面を見ていて死んでたまるか」

 四足の化物は天羅に見られている事など、全然気に留めず。昆虫の化物に相対する。
 相手のあまりの力の差に怯んだのか、昆虫の化物は徐々に後退していき、逃げようとしていた。
 四足の化物は戦意喪失している敵にすぐさま追討ちを掛ける。
 四本の足を利用した俊敏な移動力で相手の間合いにすぐさま潜り込んだ四足の化物は、相手の頭目掛けて跳躍し、そのまま昆虫型の頭を鋭い牙で噛み付いた。

「ギィィィィィィィ!!」

 相手は頭を噛みつかれ、激痛で叫び声を上げ、その大きな身体を振り回す。
 だが、四足の化物はそれでも吹き飛ばされず、グッと顎に力を入れて相手の頭を噛み砕いた。
 昆虫の化物の頭のあった部分から紫色の血液や肉が飛び散り、辺りの地面に降り注ぐ。
 四足の化物は頭を潰されても未だに動きを見せる敵に止めを刺すため、尻尾で相手の胸部分を一突きした。
 すると、今までタフだった昆虫の化物は糸が切れた人形のように、倒れた。
 生き残った四足の化物はそのまま相手が動かなくなると、再び牙を立てて、そのままさっき倒した化物を食べ始める。
 そして、紫色のクリスタルみたいなもの、『コア』を取り出してそれも噛み砕いて咀嚼した。
 天羅はそれ見て、必死に口を抑えて叫びたい声を抑えた。

(化物が化物を喰ってるだと!? 今までそんな事例は見た事も聞いた事も無い、これは世紀の大発見だぞ!?)

 彼は是非ともこの情報を本部に伝えたいで胸がいっぱいだった。
 天羅はすぐに四足の化物が食事に夢中になっている事を確認すると、気づかれないように足音を立てず、気配を消しながらこの場所から離れようとする。
 ところが、四足の化物は気配を察知する能力がずば抜けて高いらしく、たった一度足を動かしただけで、天羅の方へ顔を向けた。

「グルルル……」

「あぁ、嘘だろ? クソッタレめ!」

 天羅は無駄だと分かっても、足を素早く動かして走りだした。

(俺は生きてこの事を報告しないといけないんだ! 腕や足がやられたとしても這いずってでも絶対本部の下まで戻る!)

 そう彼は心の中で決心し、無我夢中で走る。
 そして、今まで自分や仲間があの場所から遠く離れたところで、天羅は何かがおかしいと思った。
 後ろを振り返っても、あの化物が追いかけていない。

「どういう事だ? 普通なら…… あまり考えたくないが、自分はとっくに引き裂かれていただろうが? そういえば研究所に変なカプセルがあったな…… もしかしてあれと関係があるのか?」

 彼は疑問に思いながらも、すぐに頭を振り払って考えるのをやめた。
 ともかく、今やらないといけない事は命がある限り、自分の知った情報を全力で持ち帰る事だ。
 そう思い、天羅は再び前へ走り出して振り返る事も無く数分掛けて自分の帰る場所へ帰った。 
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