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信じる心

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第二章


第二章

「誰も一緒だ」
 そう固く信じていた。これだけは信じていた。
「裏切る。平気でな」
 そのことを覚えていたのだ。忘れる筈がない。
「だから俺は」
 また呟く。
「付き合わない。誰ともな」
 それを徹底させていたのだ。飲むのも一人で以前は皆で明るく騒いで飲んでいたのが今では自分の部屋で一人静かに飲む。音楽も暗いものばかりになっていた。本当に何もかもが変わり果ててしまっていた。その変わった心の中でいつも思い出すのはあの時の記憶。それしかなかった。
「俺は裏切られた」
 こう思うのだった。
「そして全てを失った。それなら」
 今度は失わない。そう誓うのだった。だからこそ話すことはなく付き合うことはなかったのだ。孤独の中にその身を置き続けていた。それが長い間続いた。
 やはり彼は孤独で周りには誰もいなかった。仕事はできるが全て一人の仕事だった。それ以外にはなかった。彼以外には。それで日常を過ごしていた。
 日常生活は暗く冷たいものだった。けれどそれも何とも思わない。馴れきってしまい一人でいることにも何も感じなくなったある日。ふと本屋に立ち寄ってある本が目に入った。
「んっ!?」
 それは所謂人物伝だった。ある牧師のものだ。
「ああ、確か」
 彼はその牧師の名を記憶から取り出した。そうして呟くのだった。
「あの牧師か。人権活動家の」
 所謂人権屋ではない。今の日本では人権屋が跳梁跋扈しそれこそ恐ろしいことになっているが。人権を楯に己の主張を押し通したり食い物にしている連中があまりにも多いのである。
「下らないな」8
 この時はこう思った。
「何が人権だ」
 そしてまた呟く。
「結局は自分だけが可愛いんだよ、人間っていうのは」
 そして今の己の考えを出した。徹底した性悪論を。
「それでどうして。他人の為に何かできるんだ。偽善だ」
 まずはこう言い捨てた。
「偽善なんだ。それだけなんだ」
 これで終わらせようとした。しかしその中で、であった。
「・・・・・・・・・」 
 考えるのだった。ふと。
「待てよ」
 こう考えたのは気紛れだった。気紛れからまた呟くのだった。そしてその呟きは少しずつだが動きになった。手が前に出ていたのであった。
「金もあるしな」
 まずはこれがいい原因であった。
「暇だし。ここは」
 最初はただの暇潰し、そして冷やかしのつもりだった。
「買ってやるか。そして」
 今度は悪意であった。
「笑ってやるか。偽善をな」
 こう呟きながらその伝記を買った。文庫本なので軽く値段も手頃だった。それがまた彼の気を引き買わせたのだった。思えばこれ等が全てないと彼は買わなかっただろう。これも運命であろうか。
 何はともあれその本を買った。電車の中で読みだす。最初はその内容を笑っていた。
「やっぱり馬鹿だな」
 こう言うのだった。
「騙されてな。しかも」
 その騙され方が半端ではなかった。信じていた仲間に裏切られ戦場の慰問に行かされた。しかも金を全部騙し取られてだ。明らかに彼はその牧師を死なせるつもりだったのだ。
 それを見て。彼は思った。
「俺より酷いな」
 騙されてリストラされた自分よりもだ。それはわかった。
「これはまた」
 そうは思ったがそれだけだった。それ以上思うことはなかった。そのうえでまた読み続ける。
 読んでいくとその戦場において牧師がしたことは。
「おいおい」
 思わず本に対して突っ込みを入れた。
「戦場でこんなことをやるか」
 驚いたことにその戦場で心をすさませる兵士達の為に牧師として話を聞き慰めるだけではなく傷付いた彼等の手当てを手伝いそのうえ様々な手配も行っていた。金さえないというのにだ。
「金がないのにどうするんだ?」
 読みながらこう思うのだった。
「金がなければ・・・・・・んっ」
 読んでいくうちにわかった。どうするか。
「そうか」
 読んで納得したのだった。
「そうしたのか」
 自分で道具を揃えて持って来て作る。ボランティアであった。
 それで施設も作ったりしていた。粗末なバラックであったがそこで兵士達の世話もするのだった。これまでのテントから離れて。
 しかも休むことなくだった。不眠不休で働いて人々に尽くす。そうして彼は何時しか兵士達から神の様に称えられるがそれでもそれを意に介さず働き続けるのだった。
「マジなのか」
 それを読んで次に思ったのはこうであった。
「しかもよ」
 ここでそのページから戻って彼の幼い頃のことを読みなおす。そこに書かれていたのは。
 辛い前半生だった。孤児であり周りには冷たくされそれでも必死に生きてきた。それでも苦学して牧師になっている。しかしその間も誰も恨むことなく生きてきているのだ。
「信じられないな」
 それを見ての言葉だった。見返してみて。
「ここまでできるのか。人は」
 思わず呟いた。それからまた戻って見ていく。何度騙されてもそれでも人の善意を信じ、そして人の為に生き続ける。最後の最後までそうであった。そこまで見て思うのだった。
 
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