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相棒は妹

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志乃「グレートオレンジスクランブル versionAK 最終決戦仕様で」

 カラオケ店に着くまでの間、俺達は一度も言葉を交わさなかった。

 喧嘩しているわけではない。だけど、少なくとも俺は気まずい感覚でいっぱいだった。

 出発する直前の、志乃の一言が原因だった。


 ――『兄貴こそ、自分から逃げようとしたのに、よく黒パーカーなんて着れたね』

 ……黒パーカー、どこに関係ある?

 なんていう不満は置いといても良いとして。

 問題は、妹が発した言葉の内容である。

 俺は逃げた?何に?自分に?いつ?

 いろんな疑問が浮かんでは消え、最終的に理解不能という壁にぶち当たる。

 俺には志乃の言葉の意味が分からない。何故、あいつがあの時あのような言葉を俺に言ってきたのか。その意図が読めない。

 妹は我関せずという形で、俺の隣を体操服姿で歩いている。すれ違う人や信号待ちの人からは奇怪な目で見られ、中には妹の容姿故に見惚れている学生もいたりする。全く、妹に変な気起こすんじゃねぇぞ。

 その妹だが、先程から俺と目を合わせやしない。かといって、勝手にどこかに行ったりはせず、黙々と足を動かしている。

 にしても暑いな。四月に入ったばっかりなのに、何でこんな暑いの?なんか俺も体操服着てくれば良かったなーとか思いつつある。

 何で俺ら外出てるんだっけ。あーそうだ、カラオケだ。こんな真っ昼間から、しかも友達じゃなくて妹。誘ったのも妹。マジでワケワカメ。

 一緒に行動するってのに、その直前で空気悪くしてどうすんの?本当に、妹の考えが分からない。もしかして、こいつ何も考えてないのか?

 いや、それはない。こいつは俺なんかよりよっぽど物事を考えてる。俺を再起させてくれたのは、まさしく志乃なんだから。

 俺を堕落させずにしてくれたのは、妹なんだから。

 *****

 ……でも、それでも。俺と志乃の間に会話は無かった。

 あぁちきしょう!妹も妹だけど、俺も情けねえ!兄貴なのに空気を良くすることすら出来ない。不器用とはよく言われるけど、こりゃ不治の病かも。

 カラオケ店に入る。店内には最近人気急上昇中のアイドルグループの曲が流れている。曲は知らない。

 この間妹とやって来た時の店員(憎)がカラオケの機種や時間などの受付をする。まぁ、知り合いよりはマシだ。


 「いつもご来店ありがとうございます。歌、お上手ですね」

 「どうも」

 軽く会釈して、無言の妹と共に指定された部屋へ向かう。店員が男じゃなくて女の人だったらめっちゃ嬉しかったのに。ちょっぴり萎えたわ。

 部屋に入り、明かりを点ける。今思ったけど、カラオケの明かりの仕様ってなんか大人っぽいよな。

 妹は端の席にちょこんと座り、ヘッドフォンを装着。曲を聴き始める。これから大音量が部屋に充満するってのに、こいつどんだけ音量大きくしてんだよ。


 「なんかジュース飲むか?」

 ここで、初めて俺は口を開く。とりあえず、このぐらいはな。

 妹は曲を聴く前だったようで、俺の声をしっかり認識していた。俺とは目を合わせずに、


 「グレートオレンジスクランブル versionAK 最終決戦仕様で」

 「日本語で頼むわ」

 「正当な日本語だけど」

 「どこがだよ!」

 「兄貴、そこまで腐っちゃったの?」

 「元々腐ってるみたいな言い方すんな!」

 ってか、なんだよグレートオレンジって。あれか、通常よりも甘みが増してんのか?つか、お前スクランブルの意味分かってんの?兵器の緊急発進だよ?オレンジ出撃させてどうする!


 「ちなみに、AKは『兄貴クズ』の略称」

 聞いてねえ!しかも俺を蔑みやがって!

 俺はキチガイな妹に溜息を吐きながら部屋を出る。一応、オレンジジュースを持っていこう。なんて優しい兄なんだ、俺は。


 そうして、ジュースが入ったグラスを両手に持って、俺は志乃の待つ部屋に入ろうとするのだが、


 「ジュース邪魔で開けられねえ……」

 たまに起きる事象なのだが、こういう時は連れの誰かが気付いてドアを開けてくれる。これまでに俺がこの状況に苦い顔をする事は一度も無かったのだが……。

 妹は、やっぱり開けてくれない。

 「おーい、志乃。ドア開けてくれないか?」

 無理だと分かりながらも、一応声だけはかけておく。もしかしたら、開けてくれるかもしれないしな!

 しかし、俺の言葉に応じる気配は無く、部屋からは物音一つしない。

 やってくれましたよ志乃さん。期待通りに開けてくれねえ!

 つかあいつ、曲聴いてるんだよな。俺の声聞こえるわけないじゃん。

 いやいや、でも俺は今ドアの目の前でずっと立っている。気付いてもおかしくは無いと思うんだけど。

 考えられる事はただ一つ。

 「あのクソ野郎、ガン無視しやがったな?」

 *****

 それから十分後、俺の存在にやっと気付いた志乃は、静かに楽園への扉を開けてくれた。その際に発した我が妹の言葉と言えば、


 「気配消さないでよ。私、喉渇いてたの」

 もう、ツッコむ以上に飽きれた。俺、気配消したつもり無いんだけどな。

 そんな俺の切ない思いを知る筈も無く、妹は俺が持ってきたオレンジジュースを見て、不満そうな顔を張り付けた。


 「兄貴、頼んでたやつと違う」

 「当たり前だ!戦闘用のオレンジジュースなんざ聞いたことねぇよ!」

 「死ね」

 え?今俺死ねって言われた?泣くよ?泣いちゃうよ?激おこぷんぷん丸ですよ?

 まぁ、いつもの事なので軽く無視。ここからは楽しませてもらうぞ。

 「うわ、美味しくない」とかほざいてる妹は放って、機械でマイルームに入って曲を探す。なんか歌いたいやつ無いかなー。

 そうして、部屋の中に必然的な『無』が生じる。そこにあるのは、機械をタッチする度に響くピ、ピという音だけで、俺達の声は無かった。

 そこで再び、俺の頭に志乃の言葉がリピートされる。

 ――『兄貴こそ、自分から逃げようとしたのに、よく黒パーカーなんて着れたね』

 俺には分からない。この言葉の意味が。

 志乃が何を俺に伝えたいのか、何を示そうとしているのか。

 これを理解出来れば、妹との仲も深まるのではないか。そうも考えた。

 だが違う。これはそういう話じゃない。

 ならなんだ?俺は何から逃げた?俺はもう、逃げないって誓ったのに。また何か、間違えたのか?

 その時だった。隣から、小さな声が吐き出される。


 「……私の言ったこと、理解出来たの」

 それは、俺に対する疑問だった。

 「……ごめん、まだ理解出来てない」

 素直に答える。ここで強がっても、鋭い感性の妹にはすぐにバレてしまうだろうから。

 すると、妹はヘッドフォンを耳から外し、首に下げる。俺と話すために取ってくれたのか。やっぱ常識人だな。

 と思ったら、志乃は俺が持ってきたジュースを飲み始めた。って、え?

 まさか、そのためにヘッドフォン取ったの?ジュース飲む事と関係無くね?

 妹の言葉より、妹本人を理解する方が先な気がしてきたんだけど……。

 *****

 とりあえず歌う。必死に歌う。頑張って歌う。それ以外は無い。

 ロックからJポップ、アニソンやゲーソンまで、俺は多くのジャンルに手を伸ばしている。歌えないものとすれば、民謡とかオペラ系だ。演歌も一部歌えたりする。

 ちなみに、俺が一番好きなジャンルはロックだ。別に歌手の人に憧れてるわけじゃないけど、あのサバサバした感じが好きなのだ。

 というわけで、俺が歌う曲の中の半分はロック系の曲だ。カラオケに来たら必ず歌う曲もあるし、覚えてきた曲を試す事もある。そうして、歌いやすい曲を見つけてはひたすら練習する。

 これは、志乃から言われた事である。とにかく、自分が歌いやすい曲を練習しろ、そのような命令が下されているのだ。

 そこに反論するような部分は無いので、俺もそれに従って同じ曲を何度も歌う事がある。まぁ、俺自身が飽きる事が多いけど。

 志乃は勿論歌わない。そんなのは元から知っている事であり、俺が志乃にカラオケの機械を渡す事が無い。もはや、いる意味が無いのである。

 ……ジュースならその辺の店で買えるじゃん。

 それなのに、こいつは曲を聴いてジュース飲んで携帯弄って曲聴いてジュース……を繰り返すのだ。俺の歌う声を無視して。マジで何でお前いるの?っていつも思う。

 そこで、一度だけ妹にそれを言ってみた事がある。すると、


 ――『そんな事も分からない兄貴には鼻にマッチを押し込むべき』

 という、俺の質問を完全無視した謎の脅迫を掛けられたので、それ以降は口にしていない。こいつ、マジで精神やべぇ。その辺のチンピラ程度なら物怖じしなさそう。

 そんな事を思いながら、俺は今初めて歌った曲を終え、ジュースを一口飲む。ずっと歌っていると喉がジリジリするのは必然的なのだ。

 とはいえ、一気に飲み干すと歌ってる最中にトイレに行きたくなる。そのため、ジュースはチビチビ飲んでいる。

 全国採点の結果を見る。初めて歌ったにしては高い方だろうか。とはいえ、自分としては低い方だ。

 そして、画面が次の曲に移る事を示している時に、後ろから声が聞こえた。


 「兄貴は、今の自分の事を他の人に言いたくないの?」

 それは、久しぶりにはっきりと聞こえた志乃の声だった。

 あまりの唐突さに、そしてその内容に、俺は思わず全身を硬直させる。今後ろを振り向くのは出来なかった。俺という存在が、あいつの目に吸い込まれて消滅してしまうような、そんな感覚が頭によぎったのだ。

 それは、今の問いに対する逃避だったのかもしれない。ここであいつの顔を見て偽りの答えを出しても、すぐにバレる。俺の表情をあいつの目から守ったのだ。

 それでも、俺は真実も虚実も答えられず、ただ突っ立っている事しか出来なかった。マイクが、不規則になった俺の呼吸音を捉える。そこで俺はマイクの電源を一旦切る。

 少し後に曲の前奏が流れ始めるが、今の室内ではBGMと同じようなものだった。

 「そう。なら、私が兄貴の事言ったの、不味かったよね」

 俺の答えを聞かずに、志乃はそんな事を言い出す。そりゃそうだ。俺が変な目で見られる事に……。

 ん?ちょっと待て。

 こいつ、それが分かってて言ったのか?まさかの計画的犯行?俺の高校生活ぶち壊すのが目的かお前。

 ……いや、違う。

 その可能性に関しては捨てきれないが、多分違うだろう。

 そこで、俺は志乃の方を向く。これ以上背を向けるのは兄貴として情けない。

 そして妹の目を見た時、やっぱりな、って思った。

 あいつは、嫌がらせでやったんじゃない。すぐ分かった。

 だって、妹の目はどこまでも真っ直ぐ俺を射止めていて、そこに嘲笑や悪意といった色は全く描かれていなかったんだから。 
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