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打球は快音響かせて

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高校2年
  第五十話

第五十話



年明けからの練習は、ウェートトレーニングやタイヤ押しなど、パワー系の種目が増える。
ここまで鍛えてきた持久力を元手に、体を大きくする練習で、野球に必要なパワーをつけていく。

「うらぁ〜〜ッ!!」

トレーニングルームで、鷹合が声を上げながらベンチプレスを上げる。その重さは120キロ。投手をしている頃は、しなやかさが無くなるなどと言ってあまりウェートトレーニングには積極的ではなかったが、昨秋に野手起用が増えてからは、精力的に取り組むようになっていた。その成果が、この高校生離れしたパワーである。片足で行うブルガリアンスクワットも、240キロを上げる。元々俊足強肩のフィジカルお化けだが、今やその体には野手的なパワーも備わった。

ブンッ!
ブンッ!

そうしてトレーニングで身についたパワーを野球につなげるべく、トレーニングの合間にはバットを振ったり、シャドーピッチングをしたり。こうする事で体が“勘違い”をして、ずっと野球の動きをした上で体が疲れたのだという事になり、筋力が野球に最適化されていくのである。

鷹合だけでなく、三龍野球部員の体は、どんどん大きくなっていく。その大きくなった体こそが、野球をする上での基礎。車で言う所の、エンジンの排気量である。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



「お、渡辺やないか」
「あ、林さん」

練習後の寮のロビーで、渡辺は林と出会った。
2月に入ってから、3年生は自主登校になっていて学校でその姿を見かける事も少なくなっていたが、寮生の林はよく出くわす。林は既に推薦で大学進学が決まっていた。

「林さん、あんまグランドに来てくれませんね。大学でも野球されるんでしょ?準備しとかんで大丈夫なんすか?」
「いやいや……推薦で受かったけど、別に野球するんは、入学の条件やないけんな」
「え〜、野球されないんですか〜?勿体無かですよ〜、林さんよう打ちよるんに」
「おい、3回戦落ちの4番打者に何を言うか」

林は少し寂しそうに笑った。

「俺の野球も、これまでかなーて気もしよるんよ。俺、それなりに練習したし、努力もした気でおるけど、お前らみたいに勝てなんだけん。潮時かなって思ったりするんよ。」
「…………」

渡辺はその陰りのある笑顔に対して、顔をキュッと引き締めた。視線が一気に鋭くなり、林を刺した。

「僕らだって、秋にあそこまで行くと思うとりませんでしたよ。ただ、監督が浅海先生になって、イケるかもって思うとったんも事実なんです。ハッキリ言って、練習の中身は林さん時と変わっとりませんよ。夏までとの違いって、イケるかもって思うてた所くらいなんですよ。」

渡辺は自分より背の高い林の顔を見上げて、少し食い気味に言う。

「だから、林さんだって、イケるかもって思うたら、もしかしたらイケるかもしれませんって。大学でもやれますって。大学では勝てますって。何も根拠はないですけど……」
「…………」

黙ってしまった林に、渡辺はニカッと笑みを見せた。

「ガチで、練習来て下さいって。安曇野のファーストが下手くそですけん、教えたって下さいよ。それじゃ、失礼します」

渡辺は林に背を向けて、寮の外に向かって走り出した。まだこれから、自主練習に精を出すようである。ロビーに残された林は、その背中を見てため息をついた。

「決勝エラーの俺に、守備を教えろってか」

そう呟いて、林は体をうん、と伸ばした。
少し硬くなったような気がする。
ボチボチ、体を慣らしてからじゃないと怪我しちまうな。そう思った林は、自室へ着替えを取りに行った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ヤバくね?」
「ヤバいわ」
「ヤバいやろー」

寮の談話室で、野球部が坊主頭を突き合わせて、ノートとテキストを広げて呻吟していた。
この時期には学年末テストがある。
美濃部も鷹合も太田も翼も、だいたい野球部はみんな成績が悪い。学校生活から離れ、野球の事ばかり年がら年中考えていると、バカになっていくのは道理であった。

「お前らなぁ、ヤバいヤバいって言う暇あったら、分からないなりに何が分からないのかをしっかり考えろよ。じゃないと、教える側も何を教えたら良いか分からないんだよ。」

寮生の中で唯一の文武両道、宮園が呆れ顔でこう言うと、隣の渡辺がうんうん、と頷いた。
宮園はその気になれば進学コースにも入れたほど成績が良い。夏までの旧チームまでは自主練もせずにテスト勉強をしていたほど、元々勉強に対する意識も高いのだ。
ちなみに、宮園と同じ立場に居る風な渡辺の成績は、そこまで良いわけではない。
ただ、他の四人のレベルがレベルなので、相対的に指導的立場になってしまっているのだ。

「つーか、数学とか何の役に立つねんて。何がsinπcosπオッπやねん、アホちゃう?」
「何か最後変なの混じったな」

鷹合は既に厭戦モードであった。
DQN特有の、「こんなもの社会で役に立たない」という理屈で、早くも努力を放棄しつつある。宮園はそんな鷹合にため息をついた。

「社会で役に立つか立たないかは今問題じゃないだろーがよ。俺たちは今社会に出てないの、学校に居るの。そんで数学は学校を卒業する為に必要なんだよ。それ以上に何か理由が必要かよ?」
「はぁ?学校って社会に出る為に勉強する所ちゃうん?」
「社会に出る為なら、社会に出た事もない教師に教わる理由がねーだろ。子どもを早いうちから社会に出さねー為に学校があるんだよ」
「じゃあ、学校なんて意味ないやんけ!」
「そんなもん俺に言われても知るか、バカ!一つ言える事ァ、学校に居るからこそお前は大好きな大好きな野球が出来てんだ!学校に居なきゃお前今頃土方でもしてんだろーが!ほんで学校には勉強がセットなんだよ、だから勉強しろ、分かったか!」

宮園にこれでもかと言い負かされて、鷹合はシュンとしながらテキストに向き合う。宮園の表情にはイライラがありありと浮かんでいたので、太田や美濃部は翼は、これ以上不平も不満も言いようが無かった。

「……宮園さんが説教こいたやん」
「相変わらず、偉そうやねぇ」

談話室の別のテーブルでは、寮住みの野球部1年生達がこれまた先輩と同じように集まってテスト勉強に励んでいた。先輩の様子を見て、枡田と京子が口を開いた。

「でも、ああいう集まりに光君が参加してんの、初めて見たかも」
「そら、あれやん。京子にサイテーって何度も言われたからちゃうん?」
「は?光君が彼女と別れた時の話?関係ある?そんなん」

京子は首を傾げたが、枡田は確信を持っていた。

「いや、あれから、宮園さん優しk……はなってないな。でも、スカした態度が減ったで。微妙に、他人と距離を縮めてきやるねん。俺ら後輩とも喋ってくれるようになったし。いちいちムカつく事ばっかり言うけど。」

枡田が他の1年生に同意を求めると、皆うんうんと頷いた。最後の一文にだけ頷いている可能性もあるが。

「やっぱ、多少気にしとんちゃうんかなー。あの人なりに、人から最低だの何だの言われるんは痛いんやろなー。ま、その割にはムカつく事しか言わんけど。」
「…………」

ずっと昔から宮園を見てきた京子も、自分の言葉が宮園に響いた事は記憶にない。枡田の話が本当なら、初めて宮園が自分の話を聞いた事になる。
……サイテーという言葉だったというのが、かなり微妙だが。

「だから、どうしてこの答えになるんだよ!バカかよ、考えろよ!この答えに辿り着いたプロセスを教えて欲しいわ、このボケ!」

翼の作ったトンチンカン解答にバチ切れる宮園の声が談話室に響く。
京子はその背中を見て、ため息をついた。


 
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