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星の輝き

作者:霊亀
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第41局

 第26戦。

 現在2位が21勝で2名。奈瀬と辻岡。そして、続く4位に20勝で3名が並ぶ。伊角と真柴と本田だ。
 今日の対戦を2位の二人が勝ち、4位の3人が負ければこの時点で結果が確定することとなる。
 第26戦の奈瀬の相手は院生の福井で辻岡の相手は小宮。伊角の相手は院生の石川、真柴の相手は院生の林、本田の相手は院生の磯部。外来の辻岡は別として、他はすべて院生同士顔見知りの対局となった。

-今日の相手はフク。最近の対局では負けていない相手。落ち着いて打ちさえすれば私が勝てる。大丈夫。私は普段通り。

 奈瀬と福井の対局は、進行が早かった。福井は普段からあまり時間を使わないタイプで、この日も早打ちだったのだ。普段の院生対局でそれをよく知っている奈瀬も、福井に合わせるようにペースが上がった。盤上は比較的穏やかな進行だった。負けられない奈瀬はなかなか踏み込んだ手を打つことができず、福井の早打ちもあり単調な碁になってしまった。

-んー、なんか調子上がらなかったけど、まぁ、仕方ないか。このまま行けば私が1目半程残る。どんな形でも勝てばいいのよね。


 この日、奈瀬が負けた。奈瀬の目算が間違っていたのだ。最後並べたところ、奈瀬が半目足りず、福井の勝ちとなった。その他の4名は勝ち、辻岡は22勝で単独の2位、奈瀬、伊角、真柴、本田が21勝で並んだ。

 勝負は最終日に持ち越しとなった。






 第27戦。

 2位の辻岡は院生の金田と対戦。勝てば合格が確定する。
 3位同士で本田と真柴が対戦する。辻岡の結果にかかわらず、この対戦で負けれ方は不合格が確定する。奈瀬は院生の佐々木と、伊角は片桐との対戦。本田と真柴のいずれかは必ず勝つため、奈瀬と伊角も勝つことが絶対条件となる。非常に過酷な最終戦となった。

 そして、奈瀬の対戦相手の佐々木麻衣は、同じ院生の女子で年が近いこともあり、非常に気心の知れた相手だった。院生の帰りに軽く食事をしたり、カラオケ等にもよく行く仲だ。

「大変な日にあたっちゃったね」
「ほんとね。でも、麻衣が相手だからかな。へんな緊張をしないですんだのは助かるかも」
「…でも、私も明日美に簡単に負けるつもりはないからね」
「分かってる。お互い全力で勝負よ」

「それでははじめてください」

「おねがいします」
「おねがいします」

 最終日の対局が始まった。


-明日美は、今年一気に腕を上げた。もう今の私じゃ、明日美には勝てない。そう思ってたのよ、本気で。プロ試験も絶好調だったね。……でも、今日の明日美はおかしいよ。いつもの明日美の碁じゃないよ。前回フクに負けたの驚いたけど、こんな碁じゃだめだよ。明日美、私ね、あなたが一緒にいるからがんばれてるの。いつもの明日美ならプロ試験合格すると思ってたんだけど、今日みたいな碁を打つんならだめだよ。私、こんな碁じゃ明日美をプロとして認められないよ。明日美、私勝つよ。


  奈瀬対佐々木、佐々木の5目半勝ち。
  本田対真柴、真柴の2目半勝ち。
  伊角対片桐、片桐の半目勝ち。
  辻岡対金田、辻岡の3目半勝ち。

 プロ棋士採用試験合格者。塔矢アキラ、辻岡忠男、真柴充。


-うわー、俺合格しちゃったよ……。なんか信じられねー……。だって俺、塔矢に辻岡さんに、奈瀬にも伊角にも飯島にも負けてんだぜ。奈瀬と伊角さんには完全に負かされたってのに、何であっちが落ちて俺が合格なんだよ、おかしいだろ、これ。え、マジで?マジで俺がプロ?絶対最後プレーオフで落ちると思ってたのに……。え、俺プロでやって行けんの?

 周囲の院生仲間に合格を祝福されつつも、真柴の内心は混乱でいっぱいだった。







 プロ試験が終わり、ヒカル達の勉強会が再開された。
 結果を知ったヒカルは、当初勉強会の開催をためらっていた。何せ、アキラが合格して奈瀬は落ちているのだ。きっとお互い気まずいだろうと。
 アキラも遠慮していた。やはり、奈瀬と顔を会わせにくかったのだろう。ヒカルと打ちたい気持ちを押し殺し、当初はアキラ抜きで別の場所での勉強会でもかまわないと話しをしていた。
 しかし、結局勉強会は今まで通り塔矢家にて行われることとなった。誰よりも、奈瀬がそれを希望した。

 そして、久しぶりの勉強会。緒方プロも参加し、勉強会が開かれた。

「まずは塔矢、学校でも言ったけど、プロ試験合格おめでとうな。そして、奈瀬はお疲れ様」
「ありがとう、進藤。奈瀬さんは残念だったね」
「……うん。ヒカル君、塔矢君、あかりちゃん、せっかく私を鍛えてくれたのにごめんね。合格できませんでした」
「奈瀬さん、残念だったね。今日は、だめだった碁の検討からする?」
「あのね、あかりちゃん、塔矢君との碁は検討したいけど、他の碁はもう検討済なの。後で自分で打ち直したら、すぐに分かったミスばっかりだったの。何であんな手を打ったんだろうって、そんなのばっかり。自分でもすっごく不甲斐ない結果だった」

 涙ぐみながらも、しっかりと言葉を続ける奈瀬。普段の様子とはまったく異なる奈瀬の表情に思わず動揺するアキラ。

「そうなんだ……」
-彼女はかなり悔しい思いをしたようですね。
-そうだな、佐為。ま、プロの先輩として、何とかアドバイスしてみるよ。

「奈瀬さんは、試験に落ちたのは何が悪かったと思ってるの?」

 ヒカルは奈瀬の態度に動揺することなく静かに問いかけた。ヒカルの落ち着いた言葉に、奈瀬は指先でにじんだ涙をぬぐった。

「……うーん。正直自分じゃ分からないのよね……。特に終盤の本田君、フク、麻衣との対局、自分では普段通りに打ってるつもりだったの。それなのに、後から見返してみたら、とても自分の碁とは思えない感じだったの」
「そっか。塔矢はどうだった?全勝だったけど、全部普段通り打てた?」
「え!?」
「なんだよ、ちゃんと話を聞いてるのか?塔矢はプロ試験の碁、普段通りに打てたのかって聞いてんの」

 奈瀬の表情に釘付けだったアキラは、あわてて答えた。

「いや、いつも通りとは行かないさ。プロ試験だからね。当然緊張してたよ」
「え、ウソッ!塔矢君はまったく緊張なんかしていないと思ってた!ぜんぜん普通に見えてたよ!?」
「いや、そう見えてただけだと思うよ。ほとんどの相手が初対局だし、プロに直結する対局だからね。当然緊張してたさ」
「うわー、気がつかなかったなぁ」

「そこの差なんじゃないかな?」
「え?ヒカル君、どういう意味?」
「大事な試験としての対局となると、緊張するのが当たり前だと思うんだ。たとえそれが顔見知りでもね。いつもの練習と同じように行かないのが普通だと思う。だから緊張している自分の心をきちんと把握して、それを乗り越えていくことが必要なんだと思う。いつもの自分の力を出すためにね。塔矢にはそれができた。だからちゃんと実力を発揮して、実力通りの結果を残した。だけど、奈瀬は緊張してることに気づいていなかった。緊張しているのに、いつも通りの自分と錯覚して、力を出し切れなかったんじゃないかな」

「……そっか。私は緊張してたのか」

 それまで静かに話を聞いていた緒方が割って入った。

「進藤の言う事には一理あるな。確かにプロ試験の終盤で緊張を感じていないというのは不自然だ」
-当然ですね。大事な対局であればあるほど、緊張するものです。

「緒方先生でも、やっぱり緊張されるんですか?」
「そりゃそうさ。三大棋戦のリーグ戦のような重要な対局はもちろんだが、練習ではない、公式の対局では、誰と何度打ってもピリピリしてるよ。プロだからな。恥ずかしい碁を打つわけには行かない」
「緒方先生は、どうやって緊張を抑えているんですか?」
「俺の場合は抑えるのとは違うな。飲み込むんだ。緊張を丸ごとな。そして力に変える」
「緊張を飲み込む…」
「緊張すること自体は悪いことじゃないんだ。勝ちたいという気持ちの表れだからな。だからその気持ちをしっかりと認識することが大切だ。その上で乗り越える精神力が必要になってくる。そして、その乗り越え方は人それぞれなんだ」

 緒方はいつになく真剣な表情で奈瀬に語っていた。彼としても、何か思うところがあるのだろう。つられるようにアキラも口を挟む。
「緒方さんの場合はその方法が緊張を飲み込むんですね」
「そうだ。緊張を冷静に抑える人もいれば、緊張のままに気分を高め、荒ぶる人もいる。名人クラスになると、緊張を何か一段階上のものに昇華してるんじゃないかと感じることもある。相手の緊張感が、何か威圧のようにこっちにまで伝わってくるんだ。怖いくらいにな」

 緒方の言葉に、奈瀬は深く考える。自分は明らかに普段の碁が打てていなかった。結局、プロ試験の空気に呑まれていたのだろうか。緊張感を感じ取れないほどに。

「囲碁の強さって、結局技術だけじゃないと思うんだ」
 そんな奈瀬を見ながらヒカルは静かに言葉を続けた。
「よく言うじゃん、心技体。心と技術と体力。囲碁の場合、まずは技術が必要なのは確かだ。まあ、段位が目安になるかな。そして、精神力としての心。自分の緊張感をもしっかりと捕らえて、自分の力に変える強さ。最後に、その精神力を対局の最後まで維持するための体力。どれがかけても、同じ力を持った相手には勝てない」
「心技体か…」
「心を鍛えるには結局は経験をつむしかないと思うんだ。そして、きつい言い方になるけど、奈瀬にはまだ足りてなかった。プロになるには力不足だったってことだと思う」

「進藤!何もそんなきつい言い方をしなくてもいいじゃないか!」
「……いいの、塔矢君。ヒカル君の言う通りだと思う。結局は私がまだプロになれるレベルに届いていなかったってことなんだと思う」

 ヒカルの言葉に思わず声を上げたアキラ。そんなアキラに感謝の目線を送りながら、奈瀬は続けた。
「私は正直言って、ヒカル君に会わなかったら今のレベルには届いていなかった。去年のプロ試験と比べたら、これでもすっごい良くなってるの。でも、まだ足りてない。届いていないって思い知らされた」
 そして、奈瀬はヒカルの目をまっすぐに見た。
「ヒカル君、お願い。厚かましい押しかけ弟子で申し訳ないんだけど、私はもっと強くなりたい。これからも、私に教えてくれるかな?」

「まぁ、今まで通りでよければね。俺のできる範囲で協力するよ」
-私も私も!ビシビシ指導してあげますからね!
 ヒカルはにこっと笑いながら、佐為は笑顔で扇子を振り回しながら奈瀬に返事を返した。もっとも、奈瀬には佐為は見えてはいないのだが。

「ありがとっ!」
 奈瀬は、こぼれんばかりの笑顔を振りまいた。
「あ、塔矢君、これからもこの場所都合がつく限りでいいから貸してね。そして、ずうずうしいけど指導碁もお願いね」
「ああ!もちろんさ!な、奈瀬さんのおかげでこの勉強会ができて、僕もすごく嬉しいんだ。いつでも声かけてよ!」
 笑顔の奈瀬に正面から見つめられて、アキラは顔を真っ赤にしながらも答えた。

「……やっぱり、プロになろうと思ったら中途半端な覚悟じゃだめだよね。私も院生に入るべきかな」
 思わずこぼれたアカリの声に真っ先に飛びついたのは奈瀬だ。

「あっ!それいい、大賛成っ!あかりちゃんも、院生においでよ!」
「うん。色々迷ってたけど、本気で考えてみるね」


 にぎやかに騒ぐ子供たちを見ながら、緒方は一人考えていた。

-子供というのは本当に不思議なものだ。春先はこの面子の中で明らかに力が物足りなかった奈瀬が、ここまで力をつけ、いまさらに大きくなろうとしている。そんな奈瀬に周りの子供たちも引っ張られていく。ふむ、面白い。こいつらが果たしてどこまで成長していくのか。しっかりと見届けてやろうじゃないか。

 いつしか、最初の暗い雰囲気は吹き飛んでいた。奈瀬は、プロ棋士へと続く道を改めて歩き続ける決意を新たにした。




-……しかし、あんなアキラ君の様子も初めてだな。市河さんが見たらどんな反応をすることやら……。

 子供たちを見守りつつ、さりげなく不謹慎なことも考えていた。

 
 
 

 
後書き
誤字修正 アカリ → あかり 
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